極大爆釣魔法(アルティメット・フィッシング・バースト)
俺がベッドで気持ちよく寝ていると、ネムの張りのある声が耳元で響いた。
「正太郎!起きろ!朝マズメだ!魚を釣りにいくぞ!」
ドスン、と腹の上に衝撃が走る。
「お、おい、馬乗りになるな。分かったから。起きるから。起きるから、俺の上から降りてくれ」
まったく……朝から変な気持ちになるだろうが。勘弁してくれ。
俺は重いまぶたをこじ開け、自分の上に乗っている少女?を見る。
「おお。今日のネムは、まさに魔法使いって感じだな」
ネムは、ふふんっ、と自慢気に胸を張る。
ああ……やっぱりネムは可愛い。魔導師姿も最高に可愛い……。このまま押し倒したい……。
くそ、こんな朝っぱらから興奮するな俺。みっともない。
ネムは鼻息を荒くして言った。
「この服で大爆釣だ!ふっふっふ。楽しみだ。今日は千穂ちゃんも、釣りするらしいからな。負けないぞ!」
「おう。頑張ってくれよ」
ネムはベッドから飛び降りると、俺が昨日プレゼントしたロッドを手に取った。
「正太郎。ワタシ、もう行くから。おいてくからな!すぐにこいよ?」
※※※
コテージのリビングに行くと、千穂がキッチンに立っていた。
ああ、今日のエプロン姿も最高だ。天使。
「しょうちゃん、おはよう。朝ご飯出来てるよ!」
「千穂、おはよう。今日の朝ご飯もすごい美味しそうだな!」
「しょうちゃん、ありがとう!ネムちゃんはもう釣りにいっちゃったよ?あの魔法使いの服を着て、ニッコニコしながら出てったよ」
俺は席に着きながら、思わず苦笑してしまう。
「そうなのか……あの服、効果あるといいんだけどな」
「え!?効果ないかもしれないの!?」
「あると思うけど……世界で初めての魔導具だからな……正直、わからない」
「そ、そうなんだ。こ、効果なかったら、ネムちゃん可哀想じゃない?すごい生き生きとした顔で出てったよ?」
千穂は心配そうに眉を下げる。
「そうか、じゃあ千穂のご飯を食べたら、すぐに行かないとな。釣れなくてポツーンとしてたら、哀れだし」
「早く行った方がいいよ!私も、片付けが終わったらすぐに行くから!」
「わかったわかった。んー、千穂の手料理は最高だなあ。毎日朝からこんなご馳走を食べれるなんて、俺は幸せ者だなあ……」
呑気に味わっていると、千穂に背中を押された。
「しょうちゃん、早く!」
※※※
釣り場にいくと、ネムが魔導師ハットと魔導師ケープをまといながら、大騒ぎしていた。
釣り場では騒ぐんじゃありません。魚が逃げるだろ。
「うわっはっはっは!釣れる!釣れるぞ!今日は釣れるぞ!」
どうやら、一匹も釣れなくてポツーンしてる様子ではない。
心配は杞憂だったみたいだな。
見ると、魔導師姿のネムは、数投ごとに、魚をヒットさせている。
昨日半日かけて、人差し指ぐらいの小魚一匹しか釣れなかったのとは大違いだ。
朝マズメのゴールデンタイムかな?魚は早朝と日暮れには、よく釣れるものなのだ。
「わははは!爆釣だぁ!ワタシは大魔導師、星ヶ谷ネムだあぁ!」
周りの人間からは相当注目を浴びているようだ。当たり前だろう。少女(成人)が魔法使いの格好をして、大騒ぎしながら釣りをしているのだ。
『お兄様……スクリーンを介した、アヤトリの世界間事象記述操作、本当に効果が出ているんでしょうか?』
オリガミの冷静な声が、イヤホンから響いてくる。
「どうなんだろうな?あれじゃあ、効果があるのかないのかわからないよな……ただの偶然かもしれないし。もうちょっと、ハッキリと効果がわかるような対象じゃないと」
『テストの対象、間違えましたね。』
「まったくだな……第一、殺気なんてものが本当にあるのか?」
釣り人の中では、殺気が出過ぎていると釣れないというのが通説なのだが。
『少なくとも、私が持っているセンサーで観測できるものでは無さそうです。』
人工知能である彼女には、非科学的な概念は理解不能なようだ。普通の人間である俺も、殺気とか感じ取れないけど。
「お?正太郎、遅かったな!この魔導師の服、すごいぞ!」
ネムはニッコニコだ。
少しいつものネムらしくない。
科学的考察とかどうした。魔導師の服が、どのように効果を発揮してるのか気になったりしないのか?
……魚釣りに興奮して、我を失っているのかも知れない。
ああ、なるほど。調子にのっているんだろうな。
わかる。俺も良く調子に乗っちゃって、失敗してるから分かるぞ?
※※※
そんなことを言っていたら、俺が貸した釣りセットを持って、千穂もやって来た。
今日の千穂は、動きやすいアウトドアスタイルだ。
ベージュのマウンテンパーカーに、デニムのショートパンツ。その下には黒のレギンスを合わせている。頭にはワンポイントの刺繍が入ったネイビーのバケットハットを被っていて、とてつもなく可愛い。
千穂は見てて見惚れちゃうけど、ネムは見てて面白い。やっぱり、二人とも最高だな!絶対に俺の嫁になってもらう!
「千穂、今日の服、滅茶苦茶似合ってるな……」
「あ、ありがとう。しょうちゃん、最近女の子褒めるの上手いよね?」
俺は肩をすくめる。
「そうか?思ったことを口にしただけだよ」
千穂は、可愛いもん。
俺の言葉に少し顔を赤らめた千穂は、辺りをキョロキョロ見渡す。
そしてネムを見つけ、魚がたくさん釣れているのを確認すると、安堵の息を漏らす。
「よかった……ちゃんと釣れてるみたいだね?魔法使いの服の効果なのかな?」
千穂のそんな言葉に、腕組みをして、首を傾げてしまう。
「正直なところ、よくわからないんだよね。魚が元気なだけかも知れないし」
「そうなんだ。しょうちゃんは、ネムちゃんを見ててあげてね?」
そして、少し遠慮がちに切り出した。
「私もちょっとだけ、釣りしてきていい?」
千穂は、昨日釣りしてなかったからな。俺たちがギャーギャーやり取りをしているのを見て、やりたくなったのかも知れない。
「もちろんだよ。思う存分してきて。ネムが興奮しすぎて池に落ちないように見とく。千穂も、気を付けてな?」
「わかった!」
「でも。俺が釣る分は残しておいてね?千穂なら、全部釣っちゃいそうだ」
千穂、魚釣り、上手だからな……。
「ふふふ。そんなことないよぅ。しょうちゃんは大げさだなあ」
そう言って、千穂はゆっくりとした足取りで水際へと向かっていく。
流れるような動作で道具の準備をし、竿を振り、ルアーを投げる。
そして、パカパカ魚を釣り上げはじめた。いつもの千穂だ。あの釣り名人の父さんが嫉妬してた千穂だった。
「相変わらず、釣りすぎだろう……なあ、オリガミ?千穂、ネムより釣れてないか?」
千穂の入れ食い状態を見て、俺はオリガミに話しかける。
『そんな感じですね……』
やっぱり、殺気なんて迷信なのかな?ネムが釣れてるのは、魔導師の服の効果じゃないのか?
いや、千穂の殺気がゼロという仮説があったな。それに、場所とか釣りスキルとかの、違いもあるだろうし。
うーん。魔導師の服に効果があるのか、本当にサッパリわからんな。関与しそうな要素が多すぎる。
そんなことを考えていたときだった。
どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
※※※
「お!?あの子、かわいくない?それに、ガンガン魚を釣ってるぞ!」
「本当だ。声かけてみるか?」
「いいな。でも、嫌がられたらすぐに引こうな。前にひどい目にあったし」
「そうだな。でも、声かけるくらいならいいだろ?」
以前俺が、御老公でバズったきっかけとなった三人組だ。
仲良さそうにこちらに向けて歩いてくる。
あのナンパトリオ、また管理釣り場でナンパしてるのか。ナンパとかするなら、もっといい場所があるだろうに。
「うーん。でも、あの子、どっかで見たことあるんだよなあ」
「あ、やっぱり?俺もなんとなくどっかで見たことあるような気がする」
「分かる。俺もなんとなく見たことあるような」
三人は顔を見合わせて、真剣な表情になる。
「おいおいおい。俺たち三人が見たことあるって、ひょっとして……」
その記憶が確信に変わった瞬間、三人の表情が一瞬で凍りついた。
そんな三人に、釘を差しておこうと声を掛ける。もう御老公の時みたいなのはゴメンだ。
「久しぶりですね?前も言いましたけど、あの子は俺の婚約者なので、声掛けとかは止めてもらえますか?」
「あ、あなたは……!御老公!」
だから、御老公、違う。お願いだから、やめて。
「お、思い出した!じゃ、じゃあ、あの子……いや、あの方は、御老公の婚約者様!?」
御老公じゃないんだけど……まあ、いいか。
何やら緊張している様子のナンパトリオ。
「お久しぶりですね。ちゃんとボランティア活動やりました?」
「も、もちろんです!反省に反省を重ねて、丁寧に丁寧に、心を込めてボランティアしてきました!」
「はい!俺たち、もう無茶なナンパもしてません!断られたら、すぐに引いてますから!?」
必死に弁解する三人に、俺は頷く。
「そうみたいですね。さっきのあなた達の会話を聞いてましたから、それは分かってます」
「よ、よかった……」
三人は、心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。
「あのバズリちらかした御老公の動画には、参りましたけどね……」
「お、俺たちもです!」
リーダー格の男は、照れくさそうに頭をかいた。
「でも、あの動画のおかげで有名人になりましたし、ナンパでも使えましたよ。ははーっ!ってやるとウケました!」
「俺たちのことは"そちたち"って呼んでって言ったら、爆笑だったもんな!」
取り巻きの二人も、うんうんと頷き合っている。
「鉄板ネタだよな!」
くそう、仲良さそうで羨ましい。男友達うらやましい。俺も男友達とバカやりたい。
※※※
そんなとき、釣りに熱中していたネムから声がかかる。
「おい、正太郎!小物ばかりで飽きてきたぞ!もっと大物を釣りたいんだが、この服にそういう機能はないのか?あれ、オマエたちは御老公のときの?」
周りが見えなくなっていたネムが、ようやくナンパトリオに気付いたようだ。
「「「はい!ご無沙汰しております!」」」
「おお。あのときの正太郎は笑えたな!オマエたちもナイスな演技だったぞ?」
無邪気な笑顔で、ネムは彼らを称賛する。
「「「ありがたき幸せ」」」
なんで、こんなにハモってるの?やっぱり三人でナンパしてるから、チームワークが完璧だったりするのか?「こうきたらこう!」っていうシミュレーションをしてたりするのか?
そういえば、コイツらもかなりの高学歴だったよな。高学歴だから頭が良いとは限らないと思うけど、コイツらの立ち回りは、なんかスマートさがあるように思う。ありえる。
い、いいなあ……。
そういえば、あのときは、ネムに煽られて、「そちたち」なんて言ってしまったんだっけ。
なんだか、納得いかないぞ。
ネムも、一度くらいバズってもいいんじゃないかな?
俺が何度も味わってきたあの気持ちを……一度くらい、味わっておくべきなんじゃないかな?
それが、酸いも甘いも共に過ごしたパートナーというものなんじゃないのか?
「あの……どうして、お連れ様は魔法使いの格好をしてるんですか?」
恐る恐る尋ねる彼らに、俺は普通に答える。
「大魔導師だからな。魔法の力で、魚を釣ろうとしてるんだ。かわいいだろ?」
その否定を許さない俺の態度に、三人は顔を見合わせ、そして声を揃えた。
「そ、そうですね。魔法使いのコスプレ、すごくお似合いで、可愛らしいです!さすが御老公のお連れですね!」
そんな、おべっかを受けながら、俺の心のなかに、とある考えが浮かんできた。
俺とネムが本当に分かりあえる、そんなチャンスがとうとう来たんじゃないか?
どうなるか分からない。けれど、ちょっとだけ調子に乗らせてみるか。
※※※
「なあ、正太郎?この服でもっと大きな魚を釣る方法はないのか?千穂ちゃんが、向こうでガンガン釣ってるのが見えるんだ。大きいのもいるみたいだし……負けるわけにはいかないんだ!なんでもいい。思いつきでもいいから、なんかないか?」
「うーん。詠唱とかすればいいんじゃないか?アヤトリがそんなこと言ってたような、言ってなかったような?」
「詠唱?どんな詠唱すればいいんだ?」
真剣な眼差しで見つめられ、俺は適当なことを口走る。
「ええと。気持ちが大切って言ってたような。そう、なんか"いける!"って気持ちが大切だって、言ってたような言ってなかったような」
「そうか。正太郎がそう言うなら、チャレンジしてみるか」
素直に信じたネムは、大きく深呼吸をした。
「じゃあ、いくぞ……」
『深淵の彼方より来たりて、我が針の虜となれ!爆釣招来!』
そんな詠唱をして、ネムが竿を振る。ぴゅ〜とルアーが飛んでいく。
可愛い!可愛いけど……痛すぎる!
共感性羞恥にもだえていたら、どうやら魚が釣れたようだ。それも今までよりも大きい。マジで詠唱に効果があったのか?まさか?
「魔導師様!すごい!すごい大きな魚です!」
一人が声を上げると、残りの二人もそれに続く。
「さすがです!魔導師様!さすが、魔導師様!さすまど!」
まるでアイドルを応援するかのような熱気だ。
「輝いてます!輝いてます!魔導師様!さすまど!」
ナンパトリオが大魔導釣り師ネムを褒め称える。
お、おい、YuuTubeのタイトルになりそうなこと言うなって。
俺は、俺はただネムの厨二病なところをみたいだけなんだから。
ネムは、そんなナンパトリオのおだてに乗せられたのか、顔を少し上気させながら言った。
「正太郎!今までより、大きいのが釣れたぞ!なるほど、わかったぞ。"いける"って気持ちだな!」
ネムの瞳が、怪しく輝き始めた気がした。
「もっともっとだ。もっと大きな魚を釣りたい。もっと心を込めないと。もっと大きな魚をワタシに……大魔法だ。大魔法的な詠唱がいる。いくぞ……」
ネムの口から、更に厳かな厨二病ワードが連発していく。
『悠久の時を越え、水底の玉座に座す絶対王者よ!我が呼び声に応え、その巨躯を白日の下に晒すがいい!天地鳴動!極大爆釣!!』
そして竿を振ると、ふたたび、ぴゅ〜とルアーが飛んでいく。
ぎゃー、やめて!俺が悪かったからやめて!これ以上、黒歴史を増やさないで!
そして、まさかのヒット。それもかなりの大型だ。本当に魔導師服の効果なのか?わからん!
「お、おお!さらに大きな魚がかかったみたいだ!流石魔導師様!さすまど!」
興奮する彼らの声に、ネムは満足げに頷く。
「魔導師様、本当に大きいです。流石です!さすまど!」
おだてられ調子に乗るネムは、釣り竿を高々と天に掲げた。
「ふっ……たかが水棲生物ごときが、ワタシの絶大なる魔力に抗えるわけもなかろう。その魂、大魔導師への供物として捧げるがいい!」
ネム、やめろって。絶対に後で後悔するぞ。
ふと見ると、こいつらネムのこと撮影なんかしてやがる。
たしかに、ネムの魔導師厨二病フィッシングは、無茶苦茶かわいい。小さい可愛らしい女の子が、盛大に拗らせてるようにしか見えない。
だが……ネムは昨日二十二歳になった立派な成人女性だ。中学生の女の子ではないのだ。
これがバズったら……間違いなく……俺と同じく黒歴史に悶え、床を転げ回ることになるだろう。
「あ、あの。御老公様!この動画、アップロードしてもよろしいでしょうか?」
本当はアップロードするなと言うべきなんだろう……だけど思い浮かんでしまう。
ネムに乗せられて俺が御老公ムーブをしたときに、映像を見て腹を抱えて床を転がっていた彼女を。
い、一度くらいなら……自分の身で、あの恥ずかしさを味わってみてもいいんじゃないかな?
俺は、ちょっとだけ罪悪感を感じながら、小さな声でナンパトリオに伝える。
「あ、ああ。顔は……わからなくしてやってな?あと、一応連絡先は教えてな?問題があったら伝えるから。それと動画送ってくれない?オリジナルのやつ」
これは永久保存版だ。俺の可愛いネムコレクションに加えなければ。
「「「分かりました!ありがとうございます!お任せください!御老公様!!」」」
ナンパトリオは、そう丁寧にお礼をして去っていったのだった。
だから、御老公様じゃないっていうのに。
※※※
そして……その結果は、俺が予想していた通りのものとなったのだった。
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