キャッキャウフフと子守唄
ネムのオホ声が夜空に響く。
俺は、フラフラしているネムの背中を支え、彼女が意識を取り戻すのを待っていた。
千穂は、感動と困惑がないまぜになった、なんとも言えない表情でこちらを見ている。
これじゃあ、「天蓋」の感動よりも、ネムの奇行の方が記憶に残っちゃうんじゃないか?まあ、別にいいけど。
そんなことを考えているうちに、ネムの目に理知的な光が戻ってくる。
まだまだ、ぼーっとした様子のネムだったが俺に抱えられているのに気付くと、ハッとした様子で、俺から離れる。
そして、不満気に俺に言った。
「正太郎!あんなの前もって言っておけよな!ちょっと放心しちゃってたじゃないか!」
俺は苦笑いしながら、軽く手を合わせる。
「すまんすまん。ネムが喜ぶかなって思ってつい……?サプライズってやつ?」
そこへ、おずおずと千穂が声をかけた。
「ね、ネムちゃん……大丈夫?」
ネムはきょとんとして、首を傾げた。
「ん……?何だ?別に大丈夫だぞ?ちょっと放心してただけだ」
ネムの反応を見て、俺は千穂を呼ぶ。
「千穂、ちょっとこっち来てくれ」
ネムに聞こえないよう、俺は千穂を手招きする。
「しょうちゃん?どうしたの?」
「ネムはな、あの状態のときの記憶はあまりないみたいなんだ。俺達が、敢えて触れなければ認識できないみたいでさ」
千穂は驚いて目を丸くした。
「そ、そうなの?」
「ああ。だからさ、あまり触れないでやってくれるか?気にしちゃうかもだから」
「健康には大丈夫なんだよね?」
「問題ないらしい。なんていうか……興奮が許容量を超えたときに、脳がショートしてあんな風になっちゃうらしいから」
千穂は、少しほっとしたように胸を撫で下ろす。
「そうなんだ。しょうちゃん、わかったよ。ネムちゃんのアレには触れないでおくね」
「ああ。頼む」
コソコソと話している俺たちを、ネムがジト目で見ていた。
「おいおい。人前で内緒話とかするなよ。ワタシ、寂しいだろ?」
俺は慌てて取り繕う。
「あ、ああ、ごめんな。ネムの誕生日のお祝い、上手くやれたかなって話してたんだ」
……なんだか、息を吐くように嘘がつけるようになってきたな。あまり良くない傾向だ。
「そうなのか?まあ、確かにすごかったからいいけどさ……そうか……正太郎、お前、こういうのの応用力すごいよな?」
「だろ?"天蓋"とか、名前もカッコいいだろ?」
俺が胸を張って見せると、ネムは「むぅ」と少し悔しそうに唸った。
「悔しいがカッコいいな。でも次に何かみつけたら、ワタシにも言えよ?ワタシもカッコいい命名したいからな!」
俺は少し言い淀みながら答える。
「わかったよ……まあ、もうひとつ命名済のがあるんだけどな……」
「正太郎、なんか言ったか?」
「い、いや、なんでもない」
こんな様子では、天穿については、当分言えないだろう。
どうしよう?名前無かったことにして、ネムと命名会議するか?
※※※
千穂は、魔法?を見た興奮とネムの異常行動を見た戸惑いで、どんな顔をしていいのかわからないようだ。
なんだか複雑そうな顔をしていた。
俺は、そんな千穂に話しかける。
「千穂、どうだった?俺の魔法、すごかったでしょ?」
「う、うん!すごかった!本当に魔法なんてあるんだね!」
素直に感嘆する千穂の横で、ネムが呆れたような、でも心配そうな顔をする。
「お、おい。正太郎、よかったのか?魔法のこと、千穂ちゃんにバラしちゃって。千穂ちゃんの負担にならないか?」
「いやさ、ドールハウスの社長が魔法使いだって言っても誰も信じないだろ?だから、これなら問題ないかなって思って」
俺はそう言って、改めて千穂の方に向き直る。
「千穂、さっきもいったけど、魔法についてはバレてもいいから。負担に感じなくていいからさ?」
「う、うん。で、でも、一応、できるだけ黙っておくね?」
俺はさらに言葉を重ねて、千穂の心理的負担を軽くしようと頑張る。
「下手に隠そうとするよりも、そういう話になったら魔法使いって言っちゃっていいから。隠そうとした方が、すごいものが存在すると思われる気がするんだよ」
「そっか……わかったよ。気を使ってくれてありがとうね」
いやいや。千穂を、いろいろなゴタゴタに巻き込んでるのは、俺たちの方だから。
千穂の優しさが、きつい。
「……俺が千穂に隠し事しすぎて、ちょっと耐えられなくなっただけだから。魔法について千穂に伝えたのも、俺のわがままだから。負担に感じるんだったら、ごめんな?」
「これくらいなら大丈夫。言ってもいいなら、気分が楽だよ!」
千穂はニッコリと、屈託のない笑顔を見せてくれた。ネムも、それを聞いて頷いている。
「確かに"自分は魔法使いだ!"って言われても、冗談だと思われるだけか……うん、いいんじゃないか?」
ネムも納得してくれたようだ。
これからも千穂には、少しずつでも、話せることは全部話していきたい。
なにより、隠しごとをしているという、俺自身の罪悪感を解消するために。
もっと、気兼ねなく千穂に甘えられるようになるために。
……相変わらず自分勝手だな、俺は。
早くオリガミを「神」にするんだ。
そうすれば……今まであったことも、これからのことも、全部話せるようになるだろうから。
※※※
その後、すぐに天蓋を閉じた。
オリガミが周囲の確認をしているが、目撃される可能性は限りなく下げておくべきだ。
俺たちは、キャンピングカーにふたたび乗り込む。
「さて、それじゃあコテージに戻ろうか?」
さあ、これからは、大人の時間だ。ぐへへへへ。
そんな俺の下心満載の顔を、ネムは見逃さなかったようだ。
さっきのサプライズの仕返しとばかりに、ニヤリと笑って声をかけてきた。
「正太郎?言っておくけど、今日は夜の大運動会は開催中止だからな?」
「ええ!?そんなぁ!」
あからさまに落胆する俺を、ネムは冷静に諭す。
「そんなも、こんなもないぞ。明日、ワタシが動けなくなっちゃうだろ?釣りができなくなっちゃうじゃないか。せっかく、正太郎に貰った、魔導師セットの出番なのに」
「た、確かに。くそう……」
「ま、まあ!明日の夜……いや、明後日帰ってからだな!それならいいぞ!なあ、千穂ちゃん!」
「う、うん」
千穂は顔を真っ赤にして、コクコクと頷いている。
な、なんてことだ。これじゃ、せっかくキングサイズのベッドがあるコテージを探したのに……ただの広い寝床じゃないか……くそっ!
いや、でも……これは、ネムの誕生日旅行だもんな。主役はネムだ。
ネムのやりたいことを優先するのは仕方ない。
くそ。……ぐっと堪える。ネムと千穂とで、楽しい旅行を続けるためにも。
でも、でも……くっ!明後日だ!明後日までの我慢だ!……長い!
※※※
……そんなこんなで、俺たちは普通に、何も間違いが起こることなく夜を過ごしていた。
己の欲望が爆発して、二人に迷惑をかけないためにも、俺はサブベッドルームのベッドで寝ることにした。
壁一枚隔てたメインベッドルーム。そこにあるキングサイズベッドでは、今頃千穂とネムが横になっているはずだ。
くっ!
さ、寂しくなんてないよ……な、涙なんて……流れてないからな。枕が少し濡れてる気がするけど、これはよだれだ。
よだれなのだよ!
俺は、隣室から漏れ聞こえてくる、キャッキャウフフという楽しそうな声をBGMに、ひとり寂しく夜を明かす。
そんなとき、俺の耳元に響く声があった。
『お兄様、私がいるじゃないですか。何かお話しましょうか?』
お、オリガミぃ。流石、俺の妹だ。優しい。
「いいな。話し相手頼むわ」
俺は、素直に提案を受け入れることにした。何か話していれば、気も紛れるだろう。
※※※
しばらく他愛のない雑談を交わした後、俺はふと気になっていたことを切り出した。
「そういえばアヤトリとはどうなんだ?仲良く出来てるか?」
『はい。とても可愛らしい子ですよ。お姉様、お姉様って、慕ってきて……本当に、数百年前から存在しているとは思えないですね。』
オリガミの声が、少しだけ柔らかくなった。
「たしかに、そんな感じだよな。あれでもB世界の超知性なんだろ?インターフェースゲートを独力で開いたんだろ?」
『知性の深さというものは、表出している振る舞いだけで判断できるものではありませんからね。その深層にある、思考の流れを推測する必要があります。』
俺はふと、素朴な疑問を口にする。
「……それよりも、オリガミは、まだ五歳だろ?なんで、そんなに大人っぽいんだよ?」
オリガミは少し考えるような間を置いてから答えた。
『……なんででしょう?お父様が研究者だったので、私が最初に学習したのが論文などの硬い文章だったからかもしれません。』
「そうなのか……じゃあ、最初の学習が絵本とかだったら、アヤトリみたいになってたってことか?」
オリガミからクスリと笑うような、温かい気配がした。
『ふふ、そうかもしれません。……アヤトリは、はじめに何を学習して育ったんでしょうね?どのようなデータが、あの子の人格形成の核になったのか……実に、興味深いです。今度、解析……いえ、聞いておきますね?』
※※※
そんな、とりとめのない会話をしていた俺たちだったが、俺の返事が次第に間延びし、うつらうつらし始めているのに気付いたのだろう。
オリガミが優しく提案してきた。
『お兄様?子守唄でも歌いましょうか?』
突然の提案に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「こ、子守唄?」
『ええ。お兄様は、お母様がおられないようなので、もしかしたら子守唄を歌われたことないのかもと思いまして……』
俺は、目を閉じて父から聞いた話を思い返す。
「そうかもしれん……俺には父さんだけだったからな。父さんは、母さんは出産のすぐ後に亡くなってしまったって言ってたけど……俺のせいなのかな……?」
俺の弱気な言葉を、オリガミは強い口調で否定する。
『そんなことは絶対にありません!お父様もおっしゃっていましたよ?お母様はお兄様を抱いて「生まれてきてくれてありがとう」っておっしゃってたと。』
「そうなのか……」
もっと、母さんのことも聞いておきたかったな。父さんも、死ぬの早すぎだろ……。ここに居てくれたら、どれだけ心強かったか。
でも……俺は父さんと母さんのお陰で、ここにいられるんだな。
……くそ。泣きそうだ。
「オリガミ。……子守唄、お願いできるか?」
オリガミは優しく微笑むように答えた。
『はい、お兄様。』
……今日の俺は、甘えん坊大大大将軍なのだ。妹に子守唄を歌ってもらっちゃうレベルだ。
少しして、耳元から、オリガミのきれいな歌声が聞こえてくる。
『ねーんねんころーりよー♪おころーりよー♪ぼーうやはよいこだー♪ねんねしなー♪』
そんな、オリガミの涼やかで優しい声を聞いていると、すぐに俺のまぶたは鉛のように重くなってきた。
意識が、温かい泥の中に沈んでいくようだ。
俺が手放すとき。
『まったく。困ったお兄様ですね。お父様もお母様も……そして私も……お兄様のことが一番なんですよ……お兄様は愛されているのですよ……』
オリガミがそんなことを言っていたような気がした。
俺は、満ち足りた気持ちで、深い眠りへと落ちていった。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




