最終拠点防衛兵器『天蓋(てんがい)』
ネムの誕生日会の興奮も冷めやらぬまま、俺たちはコテージから車で五分ほど離れた、開けた森の中へと移動していた。
俺達は、今、キャンピングカーを降り、星空を見上げている。
頭上には、宝石箱をひっくり返したような満天の星が広がっていた。
都会の空とは違う、とんでもない星の数だった。天の川が淡く白く流れ、時折、流れ星が走る。
吸い込まれそうなほど深く、澄んだ夜空だった。
そんな星空を見て、千穂が言う。
「しょうちゃん。星空、きれいだね。ロマンティックだなあ……。あ!流れ星!」
「お、本当だ!くっ!流れるの早すぎだろ。願いこと、三回言うなんて無理だって」
そんな中、ネコちゃんルームウェアの上にコートを羽織ったネムが、待ち切れないと言った顔で口を開く。
「なあ、正太郎。テンガイってなんだよ?そろそろ教えろって。勿体つけるなよー?」
今のネムは星空より天蓋に興味津々のようだ。
ちなみに、魔導師の帽子とケープは、明日の釣りのために大事にしまってあるらしい。
「まあまあ、もうちょっと待てよ。すぐに見れるから」
はやるネムをなだめる。
「しょうちゃん、なんだかドキドキしてきた。魔法が見えるんだよね?どんな魔法なのかなあ?」
千穂が期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
「千穂も、もうちょっとだけ待ってくれ。いま準備中だから」
「うん。なんか緊張してきた……」
俺の言葉に、千穂はこくりと頷いた。
イヤホンからオリガミの声が聞こえてくる。
『お兄様、ハチガミ1024機。いつでも飛べます。天蓋、構築可能です。』
※※※
よし……
「じゃあ、千穂、ネム。見ていてくれ。今から天蓋を開く」
俺は二人に宣言した。
「お、おう!やっとか!あんまり、もったいぶるなよ!」
ネムが文句を言いながら急かしてくる。
「ううっ!なんだか緊張してきた……」
千穂は……緊張する要素はないと思うんだけどな。
ゆっくりと息を吐き、二人に聞こえないようにオリガミに告げる。
「オリガミ、天蓋構築準備」
『はい、お兄様。天蓋の構築開始します。』
オリガミから、天蓋構築の進行状況が次々と報告される。
『ハチガミ群体、隠蔽機能をオン。』
『1024機すべてのノイズキャンセリングと光学迷彩を有効化しました。』
システムチェックは流れるように進んでいく。
『ハチガミ群体、離陸します。』
かすかな風切り音が聞こえ、見えない何かが空へと舞い上がっていく気配がする。
『ハチガミ群体、1024機すべての離陸を確認。』
『ハチガミ各機、指定された座標まで移動します。』
『ハチガミ群体、1024機すべての指定座標への移動を確認。』
展開速度は驚くほど速い。
『現状、風速0.5m/秒。各種ハチガミの座標固定可能と判断します。』
『お兄様、天蓋構築可能です。ご指示を。』
準備は整った。俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「さて、千穂、ネム見てろよ?またせたな?」
周囲は、キーンという張り詰めた音に満たされていた。
異空間的な雰囲気はあるが、実のところただハチガミ群体の飛行音だ。
さすがに1024機も飛んでいればノイズキャンセリング機能を突破して届く音もある。
さあ、詠唱を始めよう。千穂ならカッコいいと言ってくれるはず!
※※※
「――天よ」
俺が厳かに呟く。
ちらりと横目で見ると、千穂が両手を組み、祈るようなポーズで俺を見つめているのが見えた。その瞳は期待でキラキラと輝いている。
ネムの瞳も、千穂と同じようにキラキラしている。その理由は異なるであろうが。全く、お主も好きよのう。
……やばい、ちょっと恥ずかしくなってきた。だが、ここで引くわけにはいかない。
「千と二十四の星々よ。不可視の帳となりて、天空を覆え」
喉の奥が少し熱くなるのを感じる。これが……これが厨二病というやつか!
自分でも何を言っているのか半分くらい分からないが、雰囲気だ、雰囲気!
『最後のハチガミ、移動開始します。以降、このハチガミをラストピースと呼称します。』
オリガミのクリアな声がイヤホンから響く。
「静寂と安寧をここに。我が領域を侵すものを拒絶せよ」
千穂の視線が熱い。その純粋な尊敬の眼差しを全身に浴びて、俺の中の何かが覚醒していく。恥ずかしさは何処かへ消え去り、あるのは高揚感のみ。
俺はいま、世界の理を操っている……!
『ラストピース。所定座標到着までカウントダウン。5、4、3、2、1……』
俺はこみ上げる厨二心を爆発させ、ビシッと片手を天に突き上げた。
『0(ゼロ)』
「――天蓋!!」
その瞬間、世界から光が消えた。
頭上に広がっていた満天の星空は一瞬にして掻き消え、全てを飲み込む漆黒の闇が覆いかぶさる。
先程まで聞こえていたハチガミのキーンという飛行音すらも遮断され、音が、消えた。
その圧倒的な無の存在感は、正に大魔法の名前にふさわしい威容であった。
『天蓋』。
それは――空中に浮かぶ、ただのバカでかいインターフェースゲートなのであった。
※※※
あれは、インターフェースゲートを開いた翌日のことだった。
「なあ、オリガミ?インターフェースゲートってさ、質量分布パターンさえ正しければ、どこでも、どんな大きさでも開くんだよな?」
俺は、心を落ち着けるために続けていた折り紙の手を止め、ふと思いついたことをオリガミに尋ねた。
『はい。おそらくは。』
「じゃあさ。ハチガミを使って開けない?」
思いつきをぶつけてみる。
『ハチガミですか?あの模様の質量パターン配置をハチガミでってことですよね?可能です。』
『ただし、「答え」の模様には1024の黒円がありますので、1024機のハチガミを使うことになります。それだけの数のハチガミの精密制御は困難でしょうが……これからハチガミ制御の学習を続けていけば実現可能です。』
「1024機、それぞれを模様の中の円の大きさに対応する重量にする必要がありそうだけど大丈夫か?」
懸念点を口にする。
『それは問題ありません。ハチガミに重りを載せて個別に重量調整しましょう。人手が要りますが、ヒューマノイドがいれば、十分対応可能なはずです。』
ヒューマノイドか。彼らなら、疲れ知らずで、文句一つ言わずに単純作業をこなしてくれるか。それなら問題なさそうだ。
「それでさ、研究所とかの上空でインターフェースゲートを展開できれば……わかるよな?」
『……なるほど。つまりミサイル防衛ですね。』
「ああ。やっぱりイザというときは必要な気がするんだよね。現状、オリガミ本体を壊そうと思ったら、この研究所に一発ミサイルを打ち込めばいいだけだからさ」
「一発だけだから誤射かもって撃ってきそうな国もあるし」
そう。誤射なんて言い訳で、オリガミを破壊されたらたまったもんじゃない。
『たしかに……お兄様の仰るとおりですね。自由に様々な角度で、研究所を守れるような巨大インターフェースゲートをフレキシブルに構築できれば、核兵器にもバンカーバスターにも余裕で耐えられるでしょう。』
オリガミの声にも力がこもる。防衛力の強化に喜びを感じているようだ。
「だろ?」
『お兄様……素晴らしいです。これで研究所の要塞化にまた一歩近づきましたね。』
要塞化?
ただ、自分たちの身を守りたいだけなんだが……まあ、要塞化か。
そのときから、オリガミはハチガミを使った、空中での質量分布パターンの形成と、精密なポジショニング維持の学習をずっと続けてきたわけだ。
風、温度、湿度。様々な外乱要素があるが、できるだけ全てに対応できるように、それらの環境をシミュレーションしての学習も続けていた。
そして……
『お兄様。どんな天候状態でも、天蓋の構築が可能になりました。いつでもお披露目できますよ。』
そんなことを言われたのは、つい先日のことだった。
※※※
そして今。
夜空を大きく抉り取ったかのように広がる、漆黒のインターフェースゲート。
それは、まるで現実世界にポッカリと空いた穴のようであり、また、全てを飲み込む深淵のようでもあった。
その中にあるのは、光さえも捕らえて逃さない絶対的な黒。底の知れない虚無だけだった。
頭上を覆う巨大な円形の闇は、畏怖を抱かせるほどの圧倒的な存在感を放ちながら、音もなく静かに鎮座していた。
最終拠点防衛兵器『天蓋』。
それは、インターフェースゲートを物理的な盾として利用する、研究所防衛の要。
あらゆる攻撃をこの世から質量ごと消滅させる、絶対不可侵の空だ。
「す、すごい……しょうちゃんすごい!お空が真っ暗になっちゃったよ!星が見えなくなっちゃった!」
千穂が興奮して声を上げる。
「だろ?」
と、得意げに鼻を鳴らす。
「ネムちゃんだけじゃなくて、しょうちゃんも大魔導師だったんだね!?」
「しょうちゃん、カッコいい!」
キラキラした瞳で見つめられ、俺は有頂天だ。
……頑張ったかいがあった。
俺はこれを千穂に言ってほしかったのだ。
ここ最近、俺は千穂に甘えてばかりいた。
千穂を見るたびに、飛びついて膝枕してもらってばかりいた気がする。
やっぱこう……男としてカッコいいところも見せなきゃと思ったのだ。
『あの詠唱は……必要ないと思いますけどね?』
あれは趣味だ。ネムならきっと分かってくれるはず。
俺がそんなことを思ってネムの方を向くと……ネムがプルプルし始めていた。
くるぞくるぞ……。
ネムは押し寄せる衝動をこらえながらも、千穂に聴かれないように、声を潜めて俺に尋ねてくる。
「しょ、正太郎……これは……イザというときに研究所の上空に開くつもりなんだな?」
「ああ。みんなを守るためにな」
俺は小さな声で答え、力強く頷いた。
「こ、これさえあれば。研究所への上空からの攻撃はすべて無効化できるってことだな?」
「ああ」
短く答えると、ネムはブツブツと呟き始めた。
「お、オリガミという神の候補を守るための聖なる空間を作るってわけか……まさに、て、天蓋だな」
ネムの顔が真っ赤になり、震えが更に加速する。
「おほっ♡」
そしてついに爆発する。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡ひ、開いてしまったァ!何者からも犯されない!絶対ィ!絶対なるゥ!聖なる空間が開いてしまったァ!」
その声を聞きながら俺は、心の中で叫んだ。
ネム!本当に、お誕生日おめでとう!
……千穂は、そんなネムをびっくりしたように目を見開いて見つめていたのだった。
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