黒猫しっぽ魔導師と誕生日
ネムの誕生日パーティーは大いに盛り上がった。
千穂が腕を振るってくれた誕生日ディナーは、相変わらず絶品だった。
「ワタシが釣ったことにしてくれ!」と頭を下げてお願いされたので、ネムには何匹か大きめの魚を譲っている。
千穂にはバレバレな気がするが、そこは暗黙の了解というやつだ。
そんな、ネムが釣り上げた(ことになっている)魚も、千穂の手によって美しく盛り付けられ、食卓に並んでいた。
「千穂ちゃん、おいしいな!最高だ!最高の誕生日だ!」
「ああ、本当だ。流石千穂の料理だな!」
ガツガツと料理を頬張る俺たちを、千穂が慈愛に満ちた眼差しで見守っている。
……うーん。俺、千穂がママでもいいかもしれん。
ママっぽい婚約者。ありだな。いや、むしろそれがいいんじゃなかろうか。
「オリガミ」「シミュレーション世界」「インターフェースゲート」「B世界」「アヤトリ」。それに加えて「天穿」に「天蓋」だ。
世界を揺るがしかねない秘密を多く抱え込みすぎて、俺の精神が摩耗していってる気がする。
正直なところ、下手に強がるよりも、この包容力に身を委ねてしまいたい……。
そろそろ、千穂にガッツリ甘えて、メンタル補充しておく必要があるんじゃなかろうか?
正太郎、限界説。あると思います。
※※※
照明が落とされたコテージのリビング。闇の中に、ゆらゆらと小さな炎だけが浮かび上がっている。
テーブルに乗るホールケーキの上で、「22」の数字を模したキャンドルが、暖かなオレンジ色の光を放っていた。
揺れる炎が、ネムの大きな瞳の中に星のように映り込んでいた。
「「ハッピバースデー・ディア・ネム(ちゃん)♪ハッピバースデー・トゥー・ユー♪」」
俺たちの歌声に合わせて、ネムが嬉しそうに手拍子をする。
そして歌が終わると、ネムは少し照れくさそうに笑い、大きく息を吸い込むと、
「ふぅー!」
可愛らしい音を立てて、勢いよく息を吹きかけた。
ふっと、ゆらめく炎が掻き消え、白い煙と共に部屋が温かな暗がりに包まれる。
パチパチパチパチ!
一瞬の静寂の後、俺と千穂の拍手が弾けた。
「「誕生日おめでとう!」」
「ウヘヘヘヘ……ありがとうな!」
暗闇の中で、ネムの照れくさそうな声が響く。
俺は壁際のスイッチに手を伸ばし、照明を入れた。
パッと明るくなった部屋の中には、照れくさそうに頭の後ろを撫でながら、へにゃりと相好を崩すネムの姿があった。
※※※
さあ、プレゼントタイムだ。
「ネムちゃん、これプレゼント」
「お?千穂ちゃん、ありがとう!な、なんだこれ?」
手渡された袋から出てきたのは、艶やかな漆黒の生地で作られた、モコモコとした手触りのルームウェアだった。
だが、ただのパジャマではない。
フードにはピンと立ったネコ耳。お尻の部分には、ふんわりとした長いしっぽまで付いている。
生地はベルベットのように滑らかで光沢があり、照明を反射して高級感を漂わせている。触れれば指が沈み込むほどに柔らかく、温かそうだ。
肉球が描かれたポケットや、喉元の鈴(音は鳴らないスポンジ製)など、細部までこだわり抜かれた、完全なる「黒猫の着ぐるみ」だった。
「ネコちゃんルームウェアだよ。モコモコであったかいと思うよ。ネムちゃん、時々お腹だして寝てるし。風邪引かないようにって思って」
「き、着ぐるみ……?え?手作りなのか?すごいな……千穂ちゃんも器用だな……」
ネムの言う通りだ。
縫製は完璧で、既製品……いや、ハイブランドの新作だと言われても信じてしまうレベルだ。ハイブランドの着ぐるみってなんだって感じではあるが。
千穂の「ママスキル」が遺憾無く発揮されている。
「ちゃんとお尻の部分にファスナーがあって、着たまま、おトイレにも行けるからね。洗濯乾燥もできるように作ったし、気楽に着れるよ!」
実用性も抜群だった。
ネムはパーカーを脱ぎ捨てると、嬉々としてモソモソと黒猫ルームウェアを着込みはじめた。
黒猫の着ぐるみを纏った中学生(成人)。爆誕である。……かわいすぎだろ。
「ふわぁあああああ!ネムちゃん、かわいい!かわいい!」
千穂はスマホを取り出し、あらゆる角度から撮影会を開始している。
ネムも満足げだ。
「おお!すごいな!無茶苦茶温かいじゃないか!これなら、冷たい床に座って作業してても平気そうだ!」
「千穂ちゃん、これ気に入った!本当にありがとう!」
ネムは千穂の方を見て、ニマっと満面の笑みを浮かべた。
黒猫ルームウェアとは、やはり千穂は分かっている。ネムは猫っぽいもんな。
俺もネコミミにネコしっぽを付けてもらおうって思ってたけど、まさか千穂に先を越されるとは……恐るべし、千穂のプロデュース能力。
しかし、おしりの部分にファスナーが在るだと?フム……これは哲学的な問題が発生するな……今度、学術的にじっくりねっとりと、観察と検証をする必要があるだろう。
ふっふっふ、楽しみだ。ぐへへへへ。
※※※
「じゃあ、次は俺だな」
俺は荷物をあさり、準備したプレゼントをネムに渡す。
「ネム、誕生日おめでとう!」
「正太郎も、ありがとうな!ん?これは……」
「ネム専用の竿とリールだ。ネムの名前の刻印も刻んである」
「おいおい、専用道具とか……ワタシまだ初心者だぞ?もっちゃっていいのか?」
「いいに決まってるだろ?普通は、最初から自分で買うものだしな」
「そ、そういえばそうだな。ワタシ、ずっと借りてばかりだったな。なるほど……だから釣れなかったのか……」
いや、多分それは関係ないと思う。だって、爆釣女子の千穂は、全部俺からの借り物をつかっているし。
「あとこれも」
俺はもう一つ包みをネムに渡した。
「おお?まだあるのか?」
興味津々に、ガサゴソと包装を開けるネム。
だが出てきたものをみて、不思議そうな顔をしていた。
「魔法使いの帽子にケープだと?なんじゃこりゃ?」
「だって……ネムは、大魔導師じゃん?」
俺は悪戯っぽくニヤリと笑う。
「え?まあ、そうだけどさ……」
「え!ネムちゃん大魔導師なの!?すごいね!」
千穂が変なところに食いついてくる。
ネム、ちょっと焦りながらアタフタ言い訳をする。
「え?あ?あーっと。そうそう!すごい開発者のことを、海外では、ウィザードっていうんだよ。だから魔導師ってことだな!」
「そうなんだ!ネムちゃんかっこいいね!」
「だ、だろ?」
まんざらでもなさそうに、ネムは胸を張る。
「それにな!なんと、その服には事象記述操作が施されてるんだ」
俺が告げると、ネムは目を見開いた。
「な、なんだってぇーー!」
「ふっふっふ。その魔導服は、この世界で初めて生まれた魔導具だ。どうだ、すごいだろ?」
「マジか!マジか!マジか!」
「マジだ。アヤトリが画面越しにやってくれたんだ。すごいだろ?」
「こ、これはすごいぞ……。効果は何なんだ?」
ネムはケープをひらひらさせながら、興奮気味に詰め寄ってくる。まるで新しい玩具をもらった子供だ。
「効果はな……殺気を消すことだ」
「殺気?なんで?……まさか!」
「ああ、気付いたか……。そうだ。ネムは釣りするときに殺気が出すぎなんだよ。それで魚が逃げていってしまう(多分)。だから、それを着れば……」
俺は自信満々に断言する。嘘ではない。アヤトリ曰く、狩人とかのコートにかける事象記述操作らしい。
「魚が釣れる!(多分)」
「て、天才かよ!正太郎、お前は天才か!」
※※※
ネムは大喜びだった。
千穂の黒猫ルームウェアを着たまま、魔導師ハットをかぶり、魔導師ケープを装着した。
黒猫しっぽ魔導師の誕生だ。
「ウヒョー!明日はこれを着て釣りをするぞ!正太郎見てろよ!」
そして、竿を振る真似をするネム。バッサバッサとケープがひらめく音がする。あ、竿、振りにくそう。
当の本人は、そんなことも気にもせずに、嬉々として妄想の竿を振り続けている。
何投目かで、大きな魚が針にかかったようだ。ネムの脳内シミュレーションの中で。
「フィーッシュ!」
などと言って、架空の魚とのファイトを始めていた。
ケープをバサバサ、ネコしっぽをフリフリさせながら、キャッキャと騒いでいる。
……や、ヤバい。な、なんて愛らしい存在なんだ。
何ていうか……絶対に守ってやりたい存在って感じ?もしかして、これが父親の気持ちだったりするのか?
……千穂の気持ち、ちょっと分かってしまったかもしれん。
※※※
そんな俺達を見て、ポケーっとしていた千穂に声を掛ける。
「千穂、驚いたか?」
「う、うん。ちょっとね。魔導師って、どういうこと?聞いてもいい?あ、秘密だったら、言わなくていいよ!」
千穂は遠慮がちに、上目遣いで尋ねてくる。
「本当は秘密なんだけど……まあ、魔法の研究してるってバレても、信じるやついないだろ?だから教えてもいいかなって」
「そ、そうなんだね。え?しょうちゃん、魔法の研究してるの?」
「ああ、最近はね。変だろ?」
俺が肩を竦めると、千穂はブンブンと首を横に振った。
「ううん。さっき言ってた、事象記述操作ってのが魔法?」
「そうだよ。ちょっと前に、うちのサポートAIが見つけた現象でさ。まあ、魔法としか言えないんだよね。第一、魔法ってかっこいいだろ?研究にハマっちゃってさ」
「そうだね!魔法かぁ……空とか飛べたらすごいな!」
「千穂も昔、魔女っ子なんとか!ってポーズ決めてたもんな」
「そ、そんなことあったっけ?恥ずかしいな……でも、魔法かあ……空とか飛べたら楽しいだろうなあ」
千穂は頬を赤らめながらも、窓の外の夜空を見上げて、夢見るような表情になる。
「いつか、できるようになるかも。そのときは、千穂に一番に教えるからな。ネムは俺より前に覚えてそうだし」
「うん!ありがとう!楽しみにしてるね!」
「まあ、一応秘密にしといてくれ。バレても信じるやつはいないと思うから、そこまで気にしないでもいいけどね」
「わ、わかったよ!絶対に秘密にするから!」
千穂はフンスと意気込んだ顔で大きく頷いた。
「じゃあ、これからちょっと大規模な魔法のプレゼンテーションがあるんだ。千穂も一緒に行かないか?」
「え?着いてっていいの?」
「もちろんだ。むしろ見てて欲しい。俺たちが遊んでばかりじゃないってところをさ」
※※※
さあ、千穂とネムに見てもらおう。
最終拠点防衛兵器『天蓋』を。
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