天穿(あまうがち)と天蓋(てんがい)
ネムが千穂の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしたあの朝から、数日後。
今日は三月三日。ネムの誕生日だ。
俺とネム、そして千穂が、「ネム誕生日旅行」へと出発する日だ。
勿論、移動はキャンピングカーである。
今回は早瀬さんはいない。俺たちだけの完全プライベート旅行だったりする。
※※※
セキュリティ?問題ない。
何故ならば、このキャンピングカーは、護衛が必要ないレベルの移動要塞だからだ。
キャンピングカーもイヌガミタイプもハチガミも、今ではゲートバリア発生装置を装備している。もはや、過剰戦力といってもいい。
イヌガミタイプだけでも、強力な戦力だ。武装を使用すれば、一体で百人以上の成人男性を制圧できるレベルに達している。
問題はハチガミだ。こいつには本当に恐ろしい力がある。これは、実際にハチガミにゲートバリアを搭載して気付いたことだ。
考えてみて欲しい。ゲートバリアを展開した高速ドローンが、ゲートバリアを前面に、そのまま敵に突っ込む。
そうするとどうなるか。
ドローンの質量がいくら軽くても、敵の装甲がいくら強固でも関係ない。問答無用で、軌道上の物質を消滅させてしまう。
もはや、質量弾というよりは、物質消滅兵器に近い。いや、近いというかそのものだ。
物理的な強度などは一切無視される。この世に、これを防げる盾は存在しない。
だが……ハチガミとゲートバリアの組み合わせの、本当の恐ろしさはここではないのだ。
※※※
空気抵抗がなくなる。
そう、ハチガミが進行方向にゲートバリアを展開させながら飛行した場合、前方の空気さえもゲートバリアに飲み込まれるため、空気抵抗がほぼゼロになるのだ。
勿論、空気抵抗がゼロになれば、揚力もなくなってしまうので、このモードにするハチガミにはマイクロ固体燃料ロケットを載せる。
そして、このロケット推力が続く限り、宇宙空間と同じように無限に加速し続ける。
理論上は、わずかな時間で音速を超え、マッハ10、20……いや、第一宇宙速度にすら到達しかねない。
通常なら、真空になった空間に周囲の空気が流れ込み、雷鳴のような爆音が発生するはずだ。
だが、そこは「運営の設定」が仕事をする。インターフェースゲートが静かに"在る"ための無音化機能が、その爆音すらも消し去ってしまうのだ。
マッハ20を超えて飛来し、音もなく全てをくり抜く。完全なる戦略兵器だ。
くり抜くだけなら被害は少ないって?
では、衝突の直前にゲートバリアを解いたらどうなるだろう?
答えはシンプルだ。大爆発を起こす。
なぜなら、たった1kgのドローンでも第一宇宙速度で飛行していれば、約31メガジュールの運動エネルギーを持つからだ。
現代最強クラスの戦車砲ですら、着弾エネルギーは約8メガジュール。
つまり、ハチガミ衝突時に放出されるエネルギーはその四倍だ。ビル一棟を吹き飛ばす威力が、小型ドローンに宿ることになる。
とんでもない。
ちなみに、この飛翔体による攻撃運用を「天穿」と名付けた。
命名は俺である。実にかっこいい。さすが俺だ。
※※※
天穿のさらに極悪な点が、爆発地点を調整できるところだ。
敵の分厚い装甲や地下シェルターの岩盤を、豆腐のように「消滅」させて内部に侵入し、その中心部でゲートバリアをオフにすればどうなるか?
そう。ビルを倒壊させるレベルのエネルギーが内部で解放され、大爆発を起こす。空母だろうが地下要塞だろうが、内側から破裂して消滅するだろう。
現代兵器に、こんな兵器は存在しない。
単純な爆発威力だけなら、核兵器とは比べものにならない。だが、問題はそこではない。
天穿は核兵器を超える戦略兵器となり得る兵装なのだ。
ヤバすぎだろ。
……なんにせよ、インターフェースゲートの質量配列パターンだけは漏洩してはならない。
下手するとオリガミよりも、秘匿度が高いかもしれない。
※※※
そんな中でも、オリガミの、少しだけウキウキした様子の声が聞こえてくる。
『天穿……とんでもない兵器が、出来てしまいましたね。お兄様、世界征服されますか?ハチガミだけじゃなくて、天穿専用機体を開発して量産すれば、人類相手なら確実に勝てますよ?』
「……死人がどれだけ出るんだよ……まあ、オリガミの存在がバレて追い詰められたら考えるよ」
これが、天穿を発見したときのオリガミとの会話だった。
使いたくない。使いたくはないが……いざというときの優先順位付けは必要だろう。
天穿の余波……着弾点で解放される運動エネルギーだけで、ビル一棟を壊しかねない。周囲への被害も計り知れない。
だが、変な倫理観で、大切な家族を失うのだけはゴメンだ。
※※※
いかんいかん。
今日は楽しい旅行だ。気持ちを切り替えよう。
オリガミによりカーナビに目的地がセットされたのを確認し、キャンピングカーをゆっくりと発進させる。
少しすると、後部座席で寛いでいたネムが、運転席と助手席の間から顔を出し、身を乗り出して聞いてきた。
「正太郎、今日はどこ行くんだ?」
ちなみに、助手席には千穂が座っている。
千穂は運転で両手が塞がっている俺に、飲み物を飲ませてくれたり、軽食を「あーん」してくれたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。まさに理想の助手席の主だ。
これは、基本、自分のことだけなネムには到底できない芸当だろう。もちろん俺にもできない。
「今日はな……途中の道の駅やアウトレットモールで美味いものを食いながら、コテージ直行だ!」
「え?そうなのか?釣りは行かないのか?」
遊び盛りの子供のような不満げな声。
俺はバックミラー越しにニヤリと笑い返す。
「安心しろ。なんとコテージと管理釣り場がある施設でな。コテージから出れば、すぐに釣りが出来るぞ!」
「さ、最高かよ……!」
ネムが目を輝かせるのが、ミラー越しでもわかる。
「最高だろう?釣りも出来て、千穂の手料理も堪能できる……ヤバイ……マジで最高じゃないか。俺、当分住んでたい」
「しょうちゃん、ネムちゃんのために、頑張って探してたもんね」
助手席で、千穂が楽しそうに相槌を打つ。
「ああ……なかなか、いい感じのところが見つからなくてな……結構遠出になってしまった」
これは半分本当で、半分嘘だ。
実は、大きなベッドがあり、管理釣り場に隣接しているコテージが近場には見つからなかったのだ。
つまり、「夜の大運動会」を盛大に開催できるコテージがここしかなかった、というのが真実だ。
もちろん、そんな不純な動機で選んだとは口が裂けても言えない。
大運動会を諦めれば、もっと近場にいくらでも候補があったなんて、絶対に言えない。
「正太郎、ワタシのこと好きすぎだろ!ムフフフ……」
おう、そうよ。ネムのこと大好きだぜ。ウヒヒヒ……。
※※※
半日ほどの運転で、目的地のコテージへと到着した。
途中、立ち寄ったアウトレットモールで、ネムが神隠しにあったかのように消え失せ、慌てて探しまわるというイベントが発生したが、無事だった。
『お兄様。ネムさんなら、迷子センターで保護されて、ソフトクリームを食べています。』
オリガミのその報告を聞いたときの脱力感といったらない。
どうやら、研究について考え事をしながら、ふらふらと歩いていくうちに自分がどこにいるか分からなくなったらしい。
その上、スマホをキャンピングカーに置き忘れていたというおまけ付きだ。
オリガミ端末を首からかけさせておいて、本当に良かった。あれがなければ、発見までもう少し時間がかかっただろう。オリガミ端末は迷子タグじゃないんだけどな。
二十二歳の迷子とか、マジで勘弁してくれ……。
※※※
さて、コテージだ。
森の中にひっそりと佇む、ログハウス風の建物だが、随分と立派だ。
木材をふんだんに使った温かみのある外観だが、窓は大きくモダンで、テラスにはBBQセットも完備されている。予想以上だ。
中に入ると、吹き抜けのリビングが広がり、暖炉まである。
そして何より重要なのが……
「……よし。キングサイズだ」
寝室を覗き込むと、そこには広大なキングサイズのベッドが鎮座していた。
ベッドの足も確認する。しっかりしている。これなら……ベッドの上で大暴れしても問題ないだろう。
完璧だ。
「わあ!すごい広いコテージだね!さすがしょうちゃん!お金持ちだね!」
珍しく子供のようにはしゃぐ千穂の姿に、俺はドヤ顔で胸を張る。
「ふっふっふ。そうなのだ。俺はお金持ちなのだ」
「ふっふっふ。ワタシもお金持ちだぞ!」
胸を張る俺の横で、同じように胸を張るネム。
こいつはドールハウスの役員で共同経営者なのだ。実際、俺と同様に、稼ぎも半端ない。
だが……
「お金持ちが迷子になるなよ……ソフトクリームなんて食いやがって。ネムが誘拐されたときのことを思い出したぞ。肝が冷えたわ!」
「し、心配かけてごめんな?あれはな、仕方なかったんだよ!キャンピングカー降りる直前でな、JEPAについてちょっと思いつきがあってさ。ターゲット・エンコーダーが抽出する特徴量なんだけど……」
顔を真っ赤にして言い訳するネム。
まあ、嘘ではないのだろう。ああいうときのネムの脳内は、研究のことで埋め尽くされてしまう。自分がどこにいるか、誰であるかすら、認識していないはずだ。
そんな俺たちのやりとりを見て、千穂がクスクスと笑う。
「ふふふ!本当に仲良しだね!」
「……仲が良いのか、これは?」
「仲良しだよ。しょうちゃんとネムちゃんは、似たもの同士だもん」
似てる?俺が?コイツと……?
そんなことはないだろう。
「いやいや!千穂ちゃん、それはないって!ワタシは正太郎よりしっかりしてるから!」
今、ネムがそれ言うかよ。
※※※
「じゃあ、やるよ!」
みんなでコテージにせっせと荷物を運び込むと、千穂が腕まくりをし、テキパキとネムの誕生日のお祝いの準備をはじめた。
「しょうちゃんたちは、釣りしてきていいよ?私は、料理とかしておくからね」
「いや、俺も手伝うけど」
俺が申し出るが、千穂は首を横に振る。
「駄目だよ。今日はネムちゃんの誕生日でおもてなしなんだから。私は料理とかでおもてなしするから、しょうちゃんは釣りでおもてなししてあげて。あ、お魚釣ってきたら、持って帰ってきてね?パパッとそれで何か作っちゃうから」
使命感に燃える千穂。すげえ。出来る女がいる。
一方、ネムは無邪気なものだ。基本、自分のことしか考えていない。
「うひょー!釣りして帰ってきたら、千穂ちゃんの手料理とか最高だろ!おい、正太郎!早く釣りに行くぞ。デカいやつを釣り上げて、千穂ちゃんを驚かせてやる!」
そういってガチャガチャと釣具の準備を始めるネムを、ニコニコとした顔で見守る千穂。
千穂とネムは、完全にママと子供の関係だ。うーん、尊い。
……待てよ。
俺は、千穂の婚約者でいられてるよな?
ただの大きい子供になってないよな?もう一人の千穂の子供になってないよな?
※※※
それから数時間後……。
「ちっちゃい魚が一匹しか釣れてないんだ!千穂ちゃんに、大きいの釣ってくるって言っちゃったんだよ!」
そうなんだよなあ。釣ってくるって言ったときって、釣れないんだよなあ……
「あと一投!あと一投!正太郎!たのむよぉ!」
勿論、これを言いはじめて十投以上している。以前にも言及したが、釣り人はこれを言い始めたら止まらないものなのだ。
「次は釣れるかもしれない」というドーパミンの過剰分泌による、報酬系のバグに囚われてしまうのだ。
脳の報酬系の闇は深い。
「まだまだ、明日も明後日もあるしさ。リベンジは明日ってことで。な?それに朝の方が釣れるぞ?釣りってのはそういうもんだ」
そう、今回は二泊する予定なのだ。せっかくの遠征だ。一泊二日じゃもったいない。
「あと一投だけだからさ!な?」
そんな俺の言葉にも、食い下がるネム。目が完全に血走っている。典型的な釣れない釣り人の目だ。
だけど……もう外は暗くなり始めている。そろそろ戻らないと千穂に迷惑だろう。
仕方ない……俺はネムを無理やり肩に担ぎ上げる。前回もやった、人さらい仕草だ。
相変わらずネムは軽い。簡単に誘拐できそうだ。
「やめろぉ!正太郎!あと一投だけだからさぁ!」
それでも「もうちょっとだけ!もうちょっとだけ!」とジタバタと暴れるネム。
そんな俺たちを、コテージのテラスから千穂が見ていた。
「ふふふ。しょうちゃん、大漁だね!可愛いお魚さんが釣れてる!」
「ああ、とびきり活きのいいやつがな!」
※※※
そんなときだった。
オリガミの声がイヤホンから響いてきた。
『お兄様、ネムさん、後で少しお時間をいただけますでしょうか?』
その声でジタバタしているネムの動きが止まる。
オリガミは静かに続ける。
『天蓋のテストの準備ができました。』
とうとう出来たか。
ネムがキッと俺を見る。
「おい、正太郎。テンガイってなんだよ!お前、何か楽しそうなことをしてるな!ワタシに内緒にしてるな!ずるいぞ!」
「ふっふっふ。楽しみにしとけよ。愛するネムへのサープラーイズだ!」
ちなみに天穿についても、ネムにはまだ伝えていない。
まずは天蓋を見せて、様子を見て天穿について伝えようと考えている。
いきなり「天穿」を見せれば、いくらネムでもドン引きするか、逆に興味を持ちすぎて暴走してしまうのではと思ったからだ。
まずは「天蓋」でワンクッション置き、彼女の反応を見極めたい。
こんな戦略兵器たちを、俺一人では抱えきれない。できれば……ネムには一緒に抱えてほしい。
俺は不満そうなネムにニヤリと笑い、オリガミに向かって指示を出す。
「オリガミ、天蓋のテストはネムの誕生日のお祝いの後だ。例のポイントで準備しておいてくれ」
『承知いたしました。お兄様。』
――最終拠点防衛兵器『天蓋』
理論上、うまくいくはずだ。だが、あのシステムの制御難易度は桁外れだ。
予測不能な気流のカオスの中で、あれだけの数を精密に制御しきるには、高度な計算と完璧なタイミングが要求される。
オリガミならやってくれると信じているが、ハードウェアの問題もある。
上手く成功すればいいのだが……。
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