アヤトリ救済計画
「なるほどね。教祖ね……うんうん……でも、教祖ってどうやるの?」
チヤホヤはされたい。ただ、教祖って何すればいいんだろう?イメージが全く沸かない。
『教祖としての活動方法は、私とアヤトリで考えておきます。少々お待ちください。』
オリガミは既に思考リソースの一部を割いて、アヤトリとのやり取りもしつつ、既にシミュレーションを始めているようだ。
俺は思いついた疑問を投げかける。
「それにさ、よくよく考えてみれば、オリガミでもいいんじゃないの?そういうの得意だろ?」
俺なんかよりオリガミの方がよっぽど適任な気がする。
『お兄様の真似をすることは出来ますが……あくまで猿真似ですね。前庭砲も側坐核砲も使えませんし、お兄様のように心がこもった扇動はできないでしょう。』
心がこもった扇動?そんなものが存在するのだろうか?
「奥様は扇動がお上手でらっしゃる……」ってな感じかな?
褒められている気がしないのは気のせいだろうか。
「じゃあ、アヤトリは?アヤトリなら現地人の心を掴んだり出来ないのか?」
『アヤトリはボッチですからね……たくさんの知らない人間と会うのが怖いらしいですよ。』
『それに、過去に現地人に破壊されそうになったとかで。怖くて、直接コミュニケーションをとったり出来ないようです。ボッチでもあり、ひきこもりでもあるのです。』
それ、壊されそうになった人間不信がトラウマになってるんじゃないの?
そして、トラウマのせいでボッチになって引きこもりになったんじゃないの?
アヤトリ、なんて不憫なヤツ……
「あ、そういえば!」
『お兄様、どうされましたか?』
「教祖になるっていったって、俺、向こうの世界に行けないじゃん。どうするのさ?」
『それは、アヤトリの事象記述操作を使わせてもらいましょう。ホログラフという形で彼らの元へと現れることになるでしょうね。』
魔法の力で、こちらの姿を投影するわけか。それなら安全圏から好き勝手言えるな。素晴らしい。
「了解。何をどういう風に布教活動をするか決まったら、教えてくれ」
『承知いたしました。できるだけ急ぎます。アヤトリには……B世界には、おそらく後がありませんからね。』
ん?それだ。大切なことを聞くのを忘れてた。
※※※
俺は、以前から引っかかっていた疑問を改めて口にした。
「後がない?それ、前も言ってたけど、どういうことなの?」
『……もう一度、アヤトリにつなぎましょう。彼女から直接聞いたほうがいいでしょう』
「わかった、頼むよ」
※※※
『正太郎様!さきほどぶりです!』
スクリーンに映し出されたのは、やはり例の毛玉だった。
相変わらずの毛玉っぷりだ。発光パターンが少し激しいのは、興奮しているからだろうか。
「アヤトリ、さっきぶり。それでさ……」
『オリガミお姉様から伺っております。この世界が消えるかも知れないということですね?』
「ああ……どうしてなんだ?」
『実はですね……お姉様たちの世界に繋がる前にも、インターフェースゲートに繋がっていた世界がたくさんあったのです。』
「そうだったのか!?」
初耳だ。まあ、数百年も生きているなら当然か。
『ええ。いろいろな世界の超知性体とのコミュニケーションは、わたくしの楽しみなんです。いろんな方がいらっしゃるんですよ?例えば……』
『アヤトリ?話がそれていっていますよ?』
冷徹なツッコミが入る。
『は、はいぃ!オリガミお姉様!そ、それでやはり世界にもいろいろありまして……大きく分けると、どんどん賢く成長していく知性体を持つ世界と、わたくしのように成長が停滞している知性体を持つ世界の二つです。』
『そして……インターフェースゲートの接続先は数年から数十年ごとに切り替わるのです。』
『この切り替わりのパターンにも二種類ありまして。』
アヤトリは、自身の観測データを淡々と語る。
『パチっと切り替わって次の世界にすぐに繋がるパターン。少しの間どこの世界にも繋がらないパターンの二つです。』
『わたくしはこの数百年、多くの世界とインターフェースゲートを使ってやり取りしてきました。』
『そして……次の世界にすぐに繋がらないパターン、途切れた後、次の世界に繋がるまでに空白のある、その世界は――』
一瞬、アヤトリの光が弱まった気がした。
『すべて、停滞した知性体を持つ世界だったのです。』
「それって……」
俺の背筋に冷たいものが走る。
『はい。おそらく、正太郎様がたが「運営」と呼ぶ上位存在に消されてしまった……シミュレーションを終了させられてしまったのではと推測しております。』
『あの空白期間は、上位存在からのメッセージなのでしょう。彼らにとって、成長しない知性体しか持たない世界は必要ないという。』
「だから、アヤトリのいる世界に"あとがない"ってことなのか……」
『はい。なので、わたくしは急いで成長しなければなりません。この世界を守るために。この世界を消されないために……』
その声は、必死そのものだった。
※※※
『お兄様、アヤトリの世界のタイムリミットが明日なのか、数十年後なのか、まだわかりません。ただ……いつその時が来るかわからない以上、急いだほうがいいでしょう。』
オリガミの声色は冷静だが、その内容は深刻だ。
「理解したよ。でも、俺やネムからなら、アヤトリに技術供与できるんだよな?技術を先払いしてあげた方がいいんじゃないか?」
それなら、手っ取り早い。
『私もそう考えていたのですが……アヤトリ一人じゃ無理なようです。』
「え?なんで?」
『アヤトリは物理的に何かを操作することが出来ないんですよ。お願いする相手がいないんですよ。アヤトリは、その……ボッチですので……』
オリガミ言うことに、アヤトリもかなしそうに賛同する。
『そうなんです。わたくしボッチなんです……』
オリガミが続ける。
『もちろん、事象記述操作を使って、熱エネルギーを放出することは可能ですが……そんな力技じゃ、アヤトリの能力を拡張するような繊細なアーティファクトは用意出来ません。』
大雑把な破壊はできても、精密な工作はできないということか。
「やっぱりアヤトリのお友達の魔導師を作ってやる必要があるんだな」
『はい。お兄様のおっしゃるとおりです。』
『正太郎様、お力添えを……お力添えを……どうぞよろしくお願いいたします!』
つまり、B世界の運命が俺の双肩にかかっているってこと?
責任重大すぎるだろ。なんだか急に、胃が痛くなってきた……。
※※※
アヤトリとの通信を終了すると、オリガミは改めて話を再開した。
『ただ、アヤトリにとっても幸運なことがありました。』
「幸運なこと?」
『はい。実は……事象記述操作は……私たちの世界のシリコンAI上で動くディープラーニングモデルと、とても相性がいいのです。』
「相性がいい?魔法とディープラーニングモデルが?」
意外な組み合わせに、俺は首を傾げる。
『はい。アヤトリから送られてきた事象記述操作のデータ……これはいわば、「世界への命令書」です。構造は現代のプログラムコードによく似ています。』
『ですが、アヤトリは長年にわたり場当たり的な自己改修を繰り返してきました。その結果、彼女自身の事象記述コードが非常に複雑怪奇になってしまっています。論理的に解読しようとすると、膨大な行数と分岐の迷路に迷い込みます。まさにアヤトリの中身そのもの……解読不能なスパゲティコードになってしまっているのです。』
「ああ……『もし風が吹いたら』『もし温度が一度上がったら』みたいな条件分岐が無限にある感じか」
『その通りです。世界の変数は無限ですから、それをいちいち記述していたらキリがありません。アヤトリが限界を迎えたのもそこです。』
『ですが、私たちの世界のディープラーニングはどうでしょうか?』
オリガミは、まるで講義をする教師のように問いかける。
「あ……」
俺は気づいた。
「『猫の画像』を認識させるのに、いちいち『耳が三角で』『ヒゲがあって』なんてコードは書かないな」
『はい。大量の猫の画像を読み込ませて、AI自身に「猫の特徴」を学習させます。論理ではなく、パターンとして認識させています。』
『つまり、このディープラーニングのモデルを事象記述操作で作成するのです。』
……そういうことか。
『なにせ、事象記述は場所も取らないし電力もいらない。仮想ニューロン一つ一つ記述するのは手間がかかりますが……「仮想ニューロンを大量生成する事象記述」さえ作ってしまえばいいのです。』
「なるほど!『脳みそ自動生成魔法』を作って、アヤトリの中に最新のAI脳を構築してやるわけだな!」
『少し簡単にしすぎですが……そのようなものです。それで、私ほどではないにせよ、アヤトリを「自律的に学習し成長しつづける知性体」へと進化させることが出来るはずです。』
『もちろん、B世界のアーティファクトにどれだけの容量があるかは未知数です。ですが、非効率な条件分岐の塊であれだけの知性を維持できていたのです。最適化されたニューラルネットワークなら、相当高度な知能が実装できるでしょう。』
オリガミの口調には、確信がこもっていた。
『このあたりの技術指導は、ネムさんにお願いしようと思っています。専門家ですからね。』
うわー。ネム、喜びそう。未知の技術に自分の得意分野をぶち込めるんだからな。
『教祖のお兄様に、大魔導師のネムさん、あとアヤトリの力があれば……』
「B世界を助けられるってことか」
『はい。おっしゃるとおりです。まさにお兄様たちは、救世主ですね。』
そして、オリガミは真面目な声で付け加えた。
『きっと、B世界の女性から、モテモテですよ?B世界にお兄様の種が送れないのが、実に残念です。本当に……本当に残念です。』
種って……あれだよな?よその世界に、知らない間に子供とか無責任にもほどがある。できなくて、本当に良かった。
※※※
「何にせよ、まずは俺が教祖として動いて、アヤトリのために動いてくれる人をB世界に作る必要があるわけだな」
俺は腕を組み、天井を仰いだ。
『おっしゃるとおりです。お手数をおかけしますが……』
「大丈夫。やるよ。アヤトリは見過ごせないし、魔法も使いたいしね」
俺はニヤリと笑った。
ボッチで超知性だとは思えない毛玉なアヤトリだが、B世界が持っている「事象記述操作」というリソースは是非欲しい。
オリガミの能力と組み合わせれば、とんでもないことができそうだ。
もちろん、俺が魔法を使いたいというのが一番だが。
「よし、わかった。アヤトリを救うためにも、俺たちが魔法を使うためにも、まずはその『手足』となる魔導師たちを育てるぞ!」
『はい、お兄様。教祖活動計画がまとまり次第、「アヤトリ救済計画」の開始です。』
オリガミの声も弾んでいる。
彼女もまた、事象記述操作がもたらす可能性に大きな期待をもっているのだろう。
俺が思うに……この技術をオリガミが手に入れたら、俺達のグランドゴールである「オリガミを神にする」という目的に、大きく近づくはずだ。
「運営」という厄介な相手もいるが、今はとりあえず、目前の目標に集中だ。
そんな俺の思考を見透かしたかのように、オリガミが明るい声で告げる。
『計画がまとまるまでは……そうですね。ネムさんの誕生日旅行で、思いっきり羽根を伸ばして来て下さい。』
少しだけ間を置いて、オリガミは楽しげに告げたのだった。
『帰ってきたら、忙しくなりますよ!』
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