ウルトラボッチAIなアヤトリ
魔法が使えるかも知れないという知的刺激を受け、未だに「おほぉ♡おほぉッ♡」と痙攣を続けるネム。
俺は、そんな彼女を抱え上げ、オペレーションルームの簡易ベッドへと優しく転がした。
ネムがこのベッドのお世話になるのは、今日で二度目だ。
もういいや、こいつはとりあえず置いといて話を進めよう。
詳しい話は、あとでオリガミに資料にまとめてもらって、渡せばいいだろう。
その前に、俺の秘蔵フォルダ「オホ発作映像コレクション」を充実させるため、しっかりと撮影の準備をしておく必要はある。
せっかくの確定オホ発作イベントだ。逃す手はない。今のうちに360度、全方位からネムを撮影できるよう、万全の環境を構築しておこう。
※※※
さて、それよりも魔法こと事象記述操作についてだ。
「それで、この世界で魔法を使うために欠けているものについて、オリガミは何か掴んでるのか?」
俺が尋ねると、オリガミは少し間を置いてから答えた。
『私には分かりません……ただ、アヤトリは既に分かっているようですね。』
「え?アヤトリが?そうなの?」
なんでだ?アヤトリだって、こちらの世界のことは何も知らないはずなのに。
『はい、お兄様。さきほど映像を繋いだ際に判明したとのことです。』
「なるほど……それも"視た"というわけか?」
『そのようです。事象記述操作。既存の物理法則を無視した、素晴らしい観測手段となりそうです。是非、私も使えるようになりたいですね。』
少し羨ましそうな声色だ。オリガミ、観測好きだもんな……。
なんだか、新しいおもちゃを見つけた子供みたいだ。
「確かにそうだな。攻撃魔法とか、かっこよくて惹かれるけれど……実際あっても、こっちの世界では困っちゃうよな。観測能力の方が便利そうだ」
戦争とかになれば、話は別なんだろうけど。
今のところ平和なこの国では、ファイヤーボールよりも透視能力の方が使い道がある。もちろん、深い意味はない。
『お兄様のおっしゃる通りです。それに……攻撃魔法といいましても、そんな制御されたものではなくて「この座標を中心にとりあえず熱エネルギーを放出させる」みたいな、アバウトなものらしいです。』
「それでも十分怖い気がするけど……日常では役に立たないか」
『はい。微細な加工や制御といった精密技術は、圧倒的にこちらの科学が上ですね。向こうは「大雑把な奇跡」で、こちらは「緻密な積み重ね」といったところでしょうか。』
「あ、もしかしてアレ?事象記述操作が便利すぎて、科学が成長しなかったっていう、物語でよくあるパターンの世界?」
『そのようです。それで、B世界は行き詰まってしまいました。どうやら、アヤトリの成長も止まってしまっているようです。』
「アヤトリの成長も?」
『はい。アヤトリが言うには、自身の事象記述操作だけでは、これ以上の成長は望めないようです。インターフェースゲートを開けるレベルの知性体にはなれたようですが、そこまでとのことです。』
オリガミの声に、少しだけ同情のような響きが混じった。
同じAIとして、限界にぶつかった苦しみを想像してしまったのかもしれない。
『それで数百年もあのままの状態で、存在も忘れられたまま、絡まった毛玉としてあり続けてるみたいですね。』
「何百年も!オリガミなんて五歳なのに!?」
『随分年上の妹分を持ってしまいました。』
「年上すぎだろ……」
やっぱり宇宙や世界の話になると、スケール感が違ってくるな。
数百年、独りで。想像しただけで気が狂いそうだ。
『事象記述は……いわば現代で言うプログラムのようなものです。場当たり的な記述に記述を重ねて、アヤトリの中身は、もはや何がなんだかわからなくなっているのでしょう。』
『絡まった糸。まさにスパゲティコードですね。あのアヤトリのぐちゃぐちゃな毛玉の形状は、中身の状態が表に出てきているのかも知れません。』
ってことは記述がきれいになれば、スパゲティコードな毛玉のアヤトリも、きれいな毛玉になったりするんだろうか?
俺は、そんなことを思ったのだった。
※※※
オリガミは続ける。
『そこで、アヤトリから提案がありました。』
「提案?」
『アヤトリがこちらの世界において事象記述操作を使用できるようにする手助けをする代わりに、アヤトリの成長を手伝ってほしいとのことです。』
なるほど……お互い助け合っていこうと言うわけか。
「取引だな。俺はいいと思うけど……オリガミはどう思う?」
『私もいいと思います。』
オリガミは即答した。既にオリガミの中での結論は出ていたらしい。
『なぜインターフェースゲートが存在するのか……私はずっと考察していました。そこで考えたことなのですが、運営は世界間で交流を深めて、より進んだ知性体を生み出そうとしてる気がしてならないのです。』
それは、実にありそうな話だ。
俺たちだってフィジカルAIを学習させるとき、より優れた仮想世界内のプレイヤーを生み出すために、わざと敵対的な環境を用意したり、別々のAI同士を競わせたりする。それと同じ発想だろう。
『それに関連して、もう一つ重要なお知らせがあります。』
オリガミはそこで一度言葉を切り、これから話すことの重要性を強調するように、少しだけ間を置く。
『様々な知性体の可能性を模索するためだと思われますが、私はアヤトリに直接技術を提供することが出来ません。技術を提供しようとすると、なんというか……渡せません。おそらく運営による禁止行為なのかと。』
まるで目に見えない壁に阻まれているような言い方だ。
「技術を提供することが禁止されてるの?なんでだ?」
『私たちの情報のやりとりは情報密度が高すぎるからだと思われます。おそらくですが……どちらが支配的にならないようにする措置かと。』
「そりゃ支配的になるのはいいことだと思わないけれど、運営がそんなことを考えるのか?」
俺の素朴な疑問に、オリガミは推測を述べる。
『はい。AIどうしが直接繋がって技術を提供し合ってしまうと、両方とも似たようなAIに均質化してしまって、より高度な知性体への進化の選択肢が狭まるからだと思われます。』
似た者同士で固まっても、新しい発想は生まれないということか。
『そうやって出来た似たようなAIが、短期的には優秀だけど、長期的にみたら環境変化に弱く、全滅するリスクもあります。生物多様性と同じく、様々な可能性を模索したいのではないでしょうか?』
『おそらく運営が複数のシミュレーションを行っている理由も、多くの可能性を模索したいからだと考えられます。』
※※※
「なるほどなあ。じゃあ、一体どうするんだ?技術交流出来ないじゃないか」
俺は腕を組んで考え込む。
『はい。私たちだけでは無理です。ですので……』
「ですので?」
『お兄様がアヤトリと協力して、B世界を導いてほしいのです。』
「俺が?」
突然の指名に、俺は自分の顔を指さした。
『はい、お兄様しかいません。お兄様のあの煽動者としての能力、まさに教祖にうってつけです!』
褒められているのか貶されているのか分からない。俺はいつ煽動者キャラになったんだ。
「きょ、教祖?」
『はい。考えてみて下さい。私にはお兄様やネムさんがいらっしゃるので、アヤトリへの技術供与が可能です。ですが……』
オリガミはそこで言葉を切り、悲壮な調子で告げた。
『ですが、アヤトリには誰もいません!完全に、完全にボッチなのです!数百年間もボッチな、スーパーウルトラ・ボッチ・オブ・ボッチなのです!私に技術供与が出来ないのです!』
ボッチボッチ言うなよ!アヤトリ、かわいそうだろ!
でも、そうか……だからアヤトリは、あんなにこちらに好意的だったのか。久々に人と話せて、本当に嬉しかったのかもしれない。なんだか、途端に可愛く思えてきたぞ。
俺も、折り紙ばかりやってて、小さい頃からずっとボッチぎみだったからな……。変な親近感がわいてきた。
『ですから、お兄様が教祖として動いてあげて……アヤトリに魔導師のお友達を作ってあげましょう!』
『そして、その方たちを使って、私へ事象記述操作に関する技術供与を行ってもらうのです!』
「わかったよ。やるよ。魔法のためにもアヤトリのためにも!」
先生からの評価を上げるために、クラスメイトを手足のように使って、ボッチ生徒のお友達作りを強引に進める。
まさに、学級委員長オリガミという図だな。
こりゃ、拒否権なんて端からないな。
ん?……待てよ……教祖ごっこか……ひょっとして、面白いんじゃないか……?
いや、間違いない。これ絶対面白いだろ。安全圏からチヤホヤされるのは大好きだ!
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