事象記述操作=魔法
B世界のAI「アヤトリ」との、衝撃的なファーストコンタクトは終了した。
そして今。オペレーションルーム内。
「大魔導師……くくく……俺が……大魔導師……とうとう時代が俺に追いついたか……」
ニヤつきが止まらず、厨二病全開の妄想に浸る俺。
「おほっ♡おほぉっ♡未知の!未知の知性が……流れ込んでくるぅ……!」
そして、苛烈な知的刺激を受け、「オホ発作」を起こして悶えるネム。
まさにカオスな空間だった。
※※※
少し時間が経過し、俺は妄想の海から無事に帰還したが……ネムの方は、まだ戻ってきそうにない。
無理もない。アヤトリとの対話は、研究者としての彼女にとって、それほどまでに強烈な体験だったのだろう。
このまま放置して、ふらついた拍子に転んで怪我でもしたら大変だ。
俺は彼女を抱きかかえると、オペレーションルームの隅に設置してある簡易ベッドへと運んだ。
ぐったりとしたネムを寝かせ、俺もその隣に腰を下ろす。
なんだか、ちょっと前にも同じようなことをした気がする。
未だに荒い息を吐く彼女の、サラサラとした紫がかった黒髪を指で梳きながら、俺は天井を見上げてオリガミに話しかけた。
「オリガミ、よくやってくれた。おかげで、想像以上にスムーズにコンタクトが取れたよ」
俺はネムの頭を撫でる手を止めずに、空間に向けて感謝を告げる。
『ありがとうございます、お兄様。アヤトリも後がないようでしたからね。』
アヤトリに後がない?どういうことだ?
「そうなのか?どうして……いや、このあたりはネムが起きてから一緒に聞くか」
二度手間になるのも悪い。
「そういえば、向こうの世界にも“あやとり”あるんだな。AIに名付けるくらいだし、流行ってたりするのかな?」
B世界にも、この国と同じ遊びがあるというのは、実に面白い。
『その件なのですが……「アヤトリ」の名前は私が命名しました。もともと彼女に名はありませんでしたね。忘れているだけかも知れませんが。』
オリガミはあっけらかんと答える。
「そうなのか!?オリガミ、アヤトリの名付け親なのか!?」
驚愕の事実に、俺は思わず声を上げた。
『はい。喜んでましたよ?名前がないと不便ですし、ぐちゃぐちゃに絡まった毛玉のような風体をしていたので、それっぽい名付けをしただけなのですが。』
「それ……アヤトリには言わないでやってな?かわいそうだ」
あまりにも……あまりもひどすぎる、その命名の理由!
『もちろんです。今となっては可愛らしい妹分ですしね。』
オリガミの声は、まるで出来の悪い妹を慈しむ姉のように優しかった。
まあ、アヤトリ本人が喜んでいるっていうなら、結果オーライだな。問題ないだろう。
※※※
「う、ううん……おお、正太郎か。ワタシ、なんで横になってるんだ?」
しばらくすると、ネムが目をこすりながら身を起こした。状況が飲み込めていないようで、きょとんとした顔をしている。
「まあ、色々あったんだよ。でさ、そろそろB世界のこととかアヤトリのこととかを、オリガミに聞こうと思ってるんだけど……」
「おお!いいな!聞く聞く!ワクワクするな!もう、最近はドーパミンドバドバだぞ!ドバドバ!」
ネムの瞳が再び輝き出す。
「頼むから、あんまり興奮しないようにしてくれよ?話が進まなくなるし。終わってから、最後に一発ドーンって発生する形なら問題ないけど……」
いちいち話の釘を折られてはたまらない。
「お?なんのことだ?」
ネムは不思議そうに首をかしげる。自分の奇行を覚えていないらしい。都合のいい脳みそをしてやがる。
「いや、いいや。まあ、落ち着いて話を聞いてくれってことだ」
この発作はスルーに限る。それが最も効率的で、平和的な解決策なのだ。
「何でか知らないけど、わかったよ。そんなことはいいから、早く話聞こう!」
ネムは俺の腕を掴み、急かすように揺さぶる。
興奮してきてたら背中でもさすってやろう。オホ発作、抑制できればいいんだけど。
※※※
『お兄様。何からお伝えしましょうか?』
オリガミが改まって問いかける。俺とネムは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「そりゃあ……なあ、あれだろ?」
「まあ、あれだよな?」
「「事象記述操作!!」」
相変わらず、俺たちの息はピッタリだった。
『お兄様方なら、そうおっしゃると思っておりました。』
オリガミの声には、楽しげな響きがある。
『事象記述操作……良かったですね、お兄様。お兄様が求めていたものですよ。』
ゴクリ……
喉を鳴らして、オリガミの次の言葉を待つ。心臓の鼓動が早まるのがわかる。
『事象記述操作は、お兄様方が“魔法”と呼ばれるものと同じという認識で問題ありません。』
その言葉を聞いた瞬間、テンションは最高潮に達する。
「「キターーーーーー!!!!」」
「す、すごいぞ!ネムぅ!」
俺はネムの手を取り、ぶんぶんと上下に振る。
「ああ!正太郎!やったな!とうとうお前の厨二病が実現するときがきたぞ!」
「まあな!そんなネムも好きだろ!?お前、目がキッラキラだぞ!?ネムも魔法使いたいだろ!?」
「否めないな!」
「「ハッハッハッ」」
俺たちは手を取り合って高笑いした。世界最強の力を手に入れた魔王と魔女の誕生だ。俺たちサイコー!ブクロサイコー!
『でも、この世界では使えませんよ?』
冷ややかな声が、熱狂する俺たちに突き刺さる。
「「はぁ!?」」
※※※
「つ、使えない?魔法が使えないだって?」
「な、なんでだよ……ワタシ、魔法使ってみたいんだが!」
落胆の声を上げる俺とネム。
そんな俺たちに、オリガミは冷静に言葉を選びながら答える。
『今のこの世界では使えないという言い方が、正しいかも知れません。』
「い、いま?じゃあ、今じゃなければ使えるってことか?何か使うための方法があるってことなのか?」
『はい。お兄様のおっしゃるとおりです。』
「ちなみに……何が必要なんだ?どんな方法を使えば、魔法を使えるようになるんだ?」
俺は前のめりになって食いついた。
『そうですね。それでは、B世界の魔法……いえ事象記述操作についてお伝えしますね。』
『事象記述操作というのは、その言葉の通り、事象をコードによって操作する技術です。』
「コード?プログラミングみたいなものか?」
『その認識で構いません。お兄様たちは、この世界が「CFT(共形場理論)」と呼ばれる情報によって記述されていることをご存知ですか?』
「CFT……?いや、初耳だな。なんだそれ?」
『簡単に言えば、この宇宙の「システム」のようなものです。私たちの住む世界は、境界にあるそのCFTによって定義されています。』
「システム……。つまり、そのシステムを書き換えれば、現実も変わるってことか?」
『それはそのとおりなのですが……基本的にシステムは変更できません。もともとそのシステムの中に、事象記述操作に関連するものがあるのです。』
「それって、やっぱり、運営が仕組んだものなのか?」
『おそらくは。ただ、そうでない可能性もあります。』
「そうでない可能性?」
『はい。ただ、このあたりは、ただの根拠のない推測ですので……』
オリガミは言葉を濁した。確定していない情報は語らない主義なのだろう。
「分かった。話の腰を折ってごめん。魔法についての話を進めて」
「承知いたしました」
『システムにあらかじめ存在する「申請窓口」に対して、「ここに炎を出してください」というリクエストを送信するのです。』
「申請……?お役所仕事みたいだな」
俺のツッコミに、オリガミはクスクスと笑ったような気配を見せた。
『ええ、まさにその通りです。手順としてはこうです。』
オリガミは先生のような口調で解説を始める。
『まず、特定の詠唱や魔方陣によって、発生させたい現象の「申請書」を作成します。』
『それが正しい申請書であれば、システムに存在する「申請窓口」がそれを受理します。』
ここまでは、完全に役所の手続きだ。
『その記述に従って境界が更新され……現実世界に……ボッ!と炎が生まれるわけです。』
オリガミが擬音を口にする。なんだか可愛らしい。
「おおー……!なんかすごく理屈っぽいけど、要するに『システムに頼んで現実を変えてもらう』ってことか!」
俺は手を打って納得した。
『はい。魔法とは奇跡ではなく、宇宙のOSに備わった標準機能を呼び出すコマンド操作なのです。』
※※※
『ただ、これはB世界宇宙の話です。A世界宇宙で同じことをしても、事象記述操作は発動しません。』
「それって……システムに事象記述操作に関することが書いてないってことなのか?」
『それは私も考えていましたが、先程否定されました。』
「否定された?いつ?」
俺は首を傾げる。そんな会話、あったっけ?
『アヤトリがお兄様を“視て”、「情報指向性が高い」って言ってましたよね?』
「あったな……」
古の大魔導師レベルだって言ってた。あんなワクワクさせる言葉、忘れるわけがない。
『そこですね。もしシステムに事象記述操作の機能が実装されていなければ、アヤトリの干渉も通るわけがないのです。ここまでシステマティックな現象ですから。』
『事象記述操作のリクエストを受け付ける仕組みがないのに、それに対する応答が返ってくるというのは考えられません。』
オリガミの言葉は、確信に満ちていた。
『アヤトリの事象記述操作のリクエストは通りました。ということは、この世界にも事象記述操作を受け入れるための「申請窓口」は確実に存在しています。』
『だとしたら、考えられる可能性は一つ……。何らかの原因でリクエストが「不受理」になっているのではないかということです。』
『そこさえ解決できれば、この世界でも事象記述操作は可能と考えられます。』
ふむふむ。なるほど……よく分からないけど、つまりはこういうことかな?
「機能はあるけど『スイッチ』の部品が足りなくて動作しないってことか?」
『お兄様、素晴らしいです。その理解で問題ありません。ふふっ。』
『ですので今は……その欠けた部品を探しているところという訳です。』
うん、完璧に抽象的に理解できたぞ。多分。
※※※
よし、一区切りついたかな。
俺は、茹でダコのように真っ赤になってプルプルと震え続けるネムの背中から、そっと手を離した。
もう……楽になっても……いいんだよ?
ネムが天井をあおぎ、ふたたび雄叫びを上げる。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡ま、待ち遠しいィ……!ま、魔法が実装されてるこの世界ィ!あと1ピースで、魔法が使えるこの世界ィ……!」
1ピースかどうかは、まだ分からないけどな。1ピースだったらいいなあ……
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