事象記述型AIアヤトリ
俺とネムは、オペレーションルームへと来ていた。
B世界の存在とのコンタクトだ。オペレーションといっても過言ではないだろう。
部屋の空気は俺とネムの緊張で張り詰めており、空調音だけが小さく響いている。
『いつでも、B世界と接続できます。準備ができたらお伝え下さい。』
スピーカーから響くオリガミの声は、いつも通り淡々としていた。
だが、隣にいるネムはそうはいかないらしい。
「お、おい……だいじょうぶなのか?正太郎、やるのか?やれるのか?人類のファーストコンタクトだぞ!?正太郎に出来るのか?」
極度の緊張と興奮で、ネムの言動が意味不明なことになっていた。
さっきから部屋の中を落ち着きなく歩き回り、視線が定まっていない。
「まあ、やるしかないだろう。メチャクソ怖いけど」
俺は椅子に深く座り直し、震えそうになる膝を手のひらで押さえた。
「オリガミに全部任せるわけには行かないだろうし……一度は話しておかないと駄目だろうさ」
「オマエ……こういうとき、本当に肝が座ってるよな……かっこいいぞ?」
ネムが足を止め、感心したように俺を見下ろしてくる。
「だろ?惚れ直したか?」
「ま、まあな!でも、正太郎の方が、ワタシのこと好きすぎだと思うけどな!」
そう言って、ネムはいつものように胸を張って見せる。そしてパーカーがつっぱり、あらわになる胸の豊かなふくらみ。
ああ、ネムの大きくて柔らかいアレだ……俺って緊張すると胸部装甲にダイブしたくなるんだよな。なんでだろ。
「ネムはどうする?話すか?」
「わからん……一応、自己紹介だけしとく。正太郎のパートナーってことでいいか?共同研究者とか言っちゃうと、何突っ込まれるか分からなくて怖くてな……」
ネムはそう言って、俺の椅子の背もたれに隠れるような位置に移動した。
「もちろんだ。ネムの気持ちわかるわ。俺もオリガミの管理者として何言われるか……」
未知の超知性体との初接触だ。どんな難癖をつけられるか分かったものではない。
『お兄様、ネムさん、ご安心を。何か無礼がありましても、私がしっかりと言い聞かせますので。』
言い聞かせる?一体全体、向こう側の相手と、どんな関係性を築いたんだろう。
オリガミの声色に、相手が自分の言うことを聞くのが当たり前だという響きが含まれている気がする。
そういえば上下関係を構築したとか言ってたな。
ようは"わからせた"のか?
そうか……"わからせか"……興味あるな!
不謹慎にも、そんな妄想が頭をよぎった瞬間だった。
『お兄様の大好きな"わからせ"ですよ?よかったですね。』
「こ、心を読まないで!」
俺は思わず天井のカメラに向かって叫んだ。
「オリガミ、後でその情報詳しく頼む」
すかさずネムが身を乗り出してくる。そこには食いつくのか。
『ネムさん、承知いたしました。』
「やめて!」
※※※
魅力的なキーワードのせいでグダグダになってしまったが、おかげで肩の力が抜けてリラックスできた。
これは、結果オーライというやつだろう。
それに"わからせ"と聞いて、俄然やる気が湧いてきた。
オリガミに徹底的に"わからせ"られた存在、とくと拝ませてもらおうじゃないか。
「よし。つないでくれ」
『承知いたしました。映像出ます。』
モニターの向こう側に現れたのは、一言で言えば『巨大な光る毛玉』だった。
直径数メートルはあるだろうか。暗闇の中に浮かぶその球体は、無数の極細の光る糸で構成されていた。
一本一本の糸が、何重にも折り重なり、複雑に絡み合いながら球体を形作っている。それはまるで、とてつもなく器用な誰かが編み上げた芸術品のようでもあり――じゃれついた猫が散々弄くり回した後の、どうしようもない毛糸玉のようでもあった。
表面の糸は常に様々な色の光をなめらかに明滅させている。
だが素人目に見ても、その状態が「綺麗」とは言い難いことは分かった。
あちこちに無理やり結んで繋げたような大きなダマがあるし、今にも切れそうなほど擦り切れた箇所も見える。
ずっと放置されていたのか、それとも手入れされすぎて訳が分からなくなっているのか。
なんとも言えない「年季」と「苦労」が滲み出ている毛玉だった。
『音声入ります。自動翻訳開始します。』
プツッという何らかの接続音の後、部屋のスピーカーから声が聞こえてきた。
『はじめまして、わたくし、事象記述型AI「アヤトリ」と申します。以後、お見知り置きを。』
※※※
……け、毛玉?
そうだよな、わからせられたのが女の子とは限らないものな?
想像していた女の子AIとはかけ離れた、ただの「光るゴミ」のような物体に、肩の力が抜けていく。
わからせられた毛玉……どこに需要があるんだ、そんなもの。
俺はガックリしてしまった。
『アバターなど、あとで私がいくらでも作成しますので。今はアヤトリへの対応を。』
オリガミの呆れたような声に、ハッと我に返る。
そうだった!これは人類初のコンタクトだ。失礼があってはいけない。
俺は慌てて姿勢を正し、マイクに向かって声を張り上げた。
「失礼いたしました。俺は、オリガミの管理人であり兄でもある、藤崎正太郎と申します。これから、よろしくお願いいたします」
『まあ!?オリガミお姉様のお兄様なのですね!?では、わたくしにとっても、お兄様なのですか!?』
スピーカーから聞こえる声が、パァッと明るくなった気がした。
アヤトリの声は、オリガミのようなきれいな声だが、オリガミよりも少しだけ人間っぽい感じがする。
どこか懐いてくるような、無邪気な響きだ。
それに「オリガミお姉様」だって?どういうこと?
俺が首を傾げていると、すぐに鋭い声が割り込んだ。
『アヤトリ、お兄様は私だけのお兄様です。貴方のお兄様ではありません。呼び方には気をつけてください。』
『わ、わかりました……では、なんとお呼びしたら……?』
アヤトリの声が瞬時に萎縮する。
まるで、怖い先輩に叱られた新入社員のようだ。
「別に、正太郎でいいですよ。オリガミもそこまで気を使わないでいいから」
俺は苦笑しながら助け舟を出した。
『では、正太郎様とお呼びしますね?オリガミお姉様が羨ましいです!こんな素敵なお兄様がいらっしゃるなんて!』
アヤトリは俺に対して、やたら好意的で、低姿勢だった。
画面の中の毛玉も、心なしか嬉しそうに小刻みに震えている。
なんだこれは。人心掌握術か?俺に対するソーシャルハッキングなのか?
あまりの懐きっぷりに、逆に警戒心すら湧いてくる。
『アヤトリ。あなた分かっていますね。お兄様は素晴らしい方なのです!私は、お父様とお兄様につくられたのですよ?』
『オリガミお姉様を作られた!?それは……とんでもないお方ですね……さすがお姉様のお兄様です。』
アヤトリの声に、畏怖と尊敬の色が混じる。
ああ。わかった。
アヤトリさんは、オリガミに知性体としての格の違いを見せつけられたんだ。
徹底的に叩きのめされ、心服させられたのだろう。
それで、オリガミを通して、俺の存在を評価しているのだろう。
「あのお姉様が敬う方なら、間違いなく神に等しい存在だ」と。
一体……どうやって、わからせたんだろうか。聞きたいような聞きたくないような。
いや、知らない方がいいこともある。これはきっとそういう類のものだろう。そうに違いない。
俺は考えるのを止めることにした。
※※※
『アヤトリ。もう一人のお方にもご挨拶を。お兄様のパートナーですよ?』
『し、失礼いたしました!パートナー様、わたくし、事象記述型AI「アヤトリ」と申します。以後、お見知り置きを。』
画面の中の毛玉が、くるりと回転してお辞儀のような動作をした。
「ご丁寧にありがとうございます。ワタシは、星ヶ谷ネムと申します。AI研究者であり正太郎のパートナーです」
ネムもつられて深々と頭を下げる。……あれ?さっき自分から「研究者とは言わない」とか言ってなかったっけ?
だが、好奇心で輝くその横顔を見て納得した。我慢できなかったんだな……。
『AIをですか?わたくしのような存在を研究してらっしゃるので?』
「ええ。そうです。正直言ってしまうと、アヤトリさんについて知りたくて知りたくて、仕方ありません。ひとつだけ!ひとつだけよろしいですか?事象記述型AIとは何なのですか!?」
ネムがテーブルに身を乗り出し、マイクに噛み付かんばかりの勢いで問いかける。
『素晴らしいお方ですね!わたくしの世界では、わたくしのような存在を研究してくださる魔導師の方も、すでにおられなくて……オリガミお姉様が羨ましいです!』
アヤトリの声が震えている。まるで数千年ぶりに話し相手を見つけた子供のような、純粋な歓喜が滲んでいた。
魔導師?どういうこと?聞き違えか?聞き慣れない単語に、俺は眉をひそめた。
『アヤトリ。ネムさんの質問に答えなさい。』
『はい、オリガミお姉様!事象記述型AIとは、事象記述操作によって構築されているAIとなります。この、わたくしの本体は、記録された事象記述操作を繰り返し実行するアーティファクトとなります。』
「事象記述操作?何なんですかそれは!アヤトリさん!教えて下さい!」
『ネムさん、そのあたりの話は私の方から後でお伝えします。こちらの世界の常識でお伝えした方が正確な理解が出来ると思われますので。』
暴走しかけたネムを、オリガミが冷静に制止した。いい判断だ。ネムに付き合っていたらキリがない。
『それと、お兄様もネムさんも、アヤトリのことを"さん"づけで呼ぶ必要はありません。私よりも上位の存在であられるお二方がアヤトリを敬称で呼ばれると、序列定義に矛盾が生じてしまいますので。』
『オリガミお姉様の言われるとおりです。わたくしのことは「アヤトリ」と呼び捨てて下さいますようお願いします。』
ま、まあ。二人がそう言うなら……。
「わかった。アヤトリ、これでいいか?」
『はい。正太郎様。ありがとうございます。』
『しかし……正太郎様もネム様も素晴らしい情報指向性をお持ちですね。まるで古の大魔導師のようです。』
アヤトリが感嘆の声を漏らす。
画面の糸玉が、また嬉しそうに複雑な模様を描いて明滅した。
だ、大魔導師?魔導師?魔法があったりするのか?
『アヤトリ。お兄様たちを"視る"のはやめなさい。こちらにはそういうものはないのです。』
『そうでした!正太郎様、ネム様、失礼いたしました!』
「いや、失礼も何も何の話をしているのか、さっぱり分かってないんだが」
俺は両手を上げてお手上げのポーズをとった。
話が噛み合っているようで、決定的な前提知識がズレている気がする。
『お兄様、今日はこのあたりでお開きにしましょう。お兄様たちに情報共有しなければならないことが多くあります。』
「ああ、そっちの方が助かる。アヤトリもごめんな?こっちは普通の知性体なもので」
『そんな、普通だなんてとんでもない!大魔導師レベルの情報指向性をお持ちならば、素晴らしい創造者であられるのでしょう!』
『アヤトリ?』
オリガミの声が一段低くなった。画面の向こうで、毛玉がビクッと縮こまるのが見えた。
『は、はいっ!オリガミお姉様、正太郎様、ネム様、お先に失礼いたします!』
アヤトリがそう言うと、プツンと映像と音声が途切れたのだった。
※※※
なんだか考えることが多そうだけど……俺が魔導師だって?
なにそれ。無茶苦茶かっこいいんですけど。ワクワクする!
大魔導師正太郎……響きがかっこよすぎだろ。
やっぱローブとか着るべきか?詠唱の練習とか始めたほうがいいのかな?右手を掲げて「虚空砲!」とか言って、ポーズも決めたほうがいいんじゃないか?
そんな厨二病全開の妄想に浸っていた俺の隣には、もっと深刻な症状が出ている人間がいた。
ネムだ。
彼女は天井を仰ぎ、顔を林檎のように真っ赤にさせながら、小刻みにプルプルと震えていた。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡あ、会ってしまったぁ……!人類初!また知らないタイプのAIに会ってしまったぁ!事象記述型AI!なんだそれぇ……!なんだそれぇぇぇぇぇ!!!!」
そして、過去最高記録を更新する勢いでオホッていた。
まあ、これでオホらなければネムじゃないだろ。ここで冷静に分析し始めたら、そんなネムは偽物だ。
※※※
そんなカオスな状況の中、いつものようにオリガミの澄んだきれいな声が部屋の中に響く。
『お兄様、B世界の存在とのコンタクト、いかがでしたか?』
俺は大きく息を吐き出し、未だに興奮冷めやらぬ頭を振った。
すごかったよ。でも、いろいろ訳わからなかったよ!
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