上下関係わからせ
ヒューマノイド「DH-01」のスムーズな動きを見届けた千羽社長たちは、俺とネムに礼を言い、満足げに帰っていった。
その後、「DH-01」はオリガミタンクの作成と接続作業の練習を延々と繰り返し、その作業の学習と最適化を進めていった。
オリガミは、その過程で発見されたわずかな設計・製造上の問題点を修正した。
そしてそんなマイナーアップデートを施した量産型を、千羽工業に追加で百体ほど発注したのだった。
これから千羽工業は大忙しだろう。千羽社長はじめ技術者の皆さんには頑張ってほしいものだ。
ちなみに、ドールハウス製犬型ロボット「DH-02」の設計も、オリガミはすでに完了している。
しかし、今は「DH-01」の量産に専念してもらうため、千羽工業の皆さんにはまだ伝えていない。
オリガミタンクの作成や接続の自動化、さらに広大な研究所で発生する多種多様な雑務。
これらをこなせるのは、4本腕を持つヒューマノイド「DH-01」だけなのだから。
※※※
ヒューマノイド「DH-01」が研究所に来てから、一ヶ月ほどたった。
介護ロボットの生産は順調にラインに乗ったらしい。現在、急ピッチで量産が進められており、現場でもある程度の数が既に受け入れられているようだ。
なお、介護ロボットは無事に実証実験フェーズに入っている。あと数カ月もあれば「福祉用具」として正式に認められるだろう。
福祉用具としての最大のメリットは「スピード」と「補助金」だ。
医療機器のような数年単位の審査を待たずに即座に販売でき、介護保険が適用されればユーザーは一割負担で導入できる。
国や自治体のお墨付きがある上に、もともと安価であるため、爆発的な勢いで市場に浸透し、現場にばら撒くことが可能になる。
そして何より、現場からのフィードバックという名の「大量の現場学習データ」を吸い上げることができるのだ。
そう。市場に出回る何万台ものロボットすべてを、オリガミが常時遠隔操作するわけにはいかない。
オリガミの役割は、あくまで『教師』だ。膨大な現場データから最適解を導き出し、学習データセットを作る。
それをネムが構築したロボット制御AIのアーキテクチャに学習させる。これが、ドールハウス製ロボット制御AIの実体だ。
オリガミという超AIの力を借りて作られた、汎用チップ上で動く超優秀なAI。
これこそがロボットAI市場におけるドールハウスの圧倒的な強みである。
「ムフフフ……これが完成したら、ワタシは介護業界の女神様だな……」
このプロセスは、天才AI研究者である星ヶ谷ネムの領分だった。
※※※
もちろん、最終目標である医療機器承認のための準備も進めている。
現場データを十分に学習させ、制御AIの性能向上が頭打ちになるほどの完成度に達した段階で、満を持して臨床試験を開始する手はずだ。
これには数年単位の時間がかかるが、認められれば計り知れないメリットがある。
それは「信頼」と「金」だ。
国のお墨付きで治療効果を謳え、診療報酬という巨大な財布から金を引き出せる。
これがあれば病院がこぞって導入し、正当な医療行為として人体に深く介入できる権利が得られるのだ。
まあ、このあたりの商売と政治的な動きは藤崎グループに丸投げだ。
※※※
この頃には、俺とネムはオリガミタンクの追加作業から解放されていた。
そう、虫型……いや、一応人型である「DH-01」たちが、オリガミタンクの作成と、コアルームでのオリガミ本体へのタンク追加作業をやってくれるようになっていたのだ。
ロボットに丸投げして不安じゃないかって?
まさかまさか。
だって、この「DH-01」は超AIであるオリガミ自身が制御しているのだ。
むしろ人間である俺達が作業するより、よっぽど信頼が置ける。なにせ、疲れないし慣れによる油断もないのだから。
そんなこんなで、オリガミタンクの数はあれから50以上増え、現在は100個ほどになっている。
研究所完成前のタンクは15個ほどしかなかったが、今はそれの6倍以上の数である。やはり、タンク追加によるオリガミの成長速度向上は凄まじかった。
VTuberを国内海外あわせて千体以上同時運用し、護衛のために至るところに配置した百体以上のイヌガミタイプを統率し、さらに研究所内では数十体のDH-01を精密制御している。
もちろん、オリガミ端末や首輪型デバイスを通じて、更生済みの人員の監視とコントロールも行っている。
一体、何人の人間を管理下に置いているのだろうか。そろそろ百人を超えるくらいになっていた気がする。
さらには、ネムが開発する介護ロボット制御AIのために、現場からフィードバックされたデータを解析し、介護動作学習データセットの継続的な洗練化も進めている。
一方、見えないところでは、B世界との通信プロトコル確立作業も継続中だ。オリガミの報告によれば、そろそろ安定した通信路が確立できそうらしい。
全く共通の言語も文化もない状態から、純粋な数学的概念のみを足がかりにして、どうやって通信方式を決めていくのだろうか。
オリガミは「コンタクトの手順自体が決まっている」と言っていたが、俺にはちんぷんかんぷんだ。
さらには"インターフェースゲート"以外の、運営による"設定"も探しているようだ。
一つ見つかったのだから、二つ以上の"設定"があってもおかしくない、というのがオリガミの推論だった。これは俺もそう思う。
※※※
ある朝、リビングで千穂の美味しい朝食を食べ終わった後のこと。
ネムは「研究開発フロア行ってくる」と言い残して出ていき、俺がその背中を目で追っていると、千穂が話しかけてきた。
「しょうちゃん、三月三日が何の日か覚えてる?」
「え?ネムの誕生日だろ?あとひな祭り!」
千穂が心配そうに声をかけてきた。
「しょうちゃん、何かネムちゃんのために準備してる?そんな様子がないように思えるけど」
その言葉に、俺は思わず視線を泳がせる。
「い、いや……何もしていない」
「ダメ!駄目だよ!ネムちゃんがかわいそうだよ!しょうちゃんのことが大好きなんだから、ネムちゃん泣いちゃうよ!」
千穂の剣幕に押され、俺は慌てて頷いた。
「わ、わかった。じゃあ、またキャンピングカーで旅行してくるかな?」
千穂は念を押すように言ってくる。
「しょうちゃん、プレゼントも準備するんだよ?ネムちゃん、きっと楽しみにしてるよ!」
わかりました!
でも……楽しみにしてるかな?ネムのことだから、自分の誕生日忘れてるんじゃないだろうか?
※※※
その日の夜、千穂を家まで送ったあと、俺はリビングのソファに座っていたネムに話しかけた。
「た、たんじょうび……?なんだっけ?その概念?なんかの製品リリース日か?いや、違うな……そ、そうだ!ワタシの誕生日、三月三日だった!あと少しじゃないか!」
やっぱり忘れてたか。どうやら、ネムへの理解の解像度は、千穂より俺の方が高いようだ。
ただ、せっかくの千穂のアドバイスだ。
ネムのお祝いにキャンピングカーで旅行するのも悪くない。これまで色々と二人で頑張ってきたし、その慰労を兼ねた旅行もいいかもしれない。
ネムがふてぶてしく、ニヤつきながら言う。
「ふふふ。ワタシが、また一歩、大人のお姉さんへの道を上がるんだな……正太郎もうれしいだろう!」
初めて会ったときから何もかわってないように見えるけど?
服装もずっと同じスタイルだ。あの服、何着持ってるんだろう……?
「お姉さんにワタシがなって嬉しいだろう!」
ネムがしつこく俺の反応を促してくるので、素直に気持ちを伝えることにした。
「ネムはネムのままでいてくれれば、俺は嬉しいよ」
ネムは俺の言葉を受けて、頬を真っ赤に染めた。
「うっ……オマエ……突然そういうこと言うよな……女たらしめ……」
女たらしじゃないぞ。俺の経験人数は二人だけだ。
ネムは、なんだか体をもじもじさせている。こういう反応するから、ついクサいこといいたくなっちゃうんだよね。
「というわけで、ネム。お前の誕生日はキャンピングカーでお出かけだ!」
※※※
「ほほーう。どこいくんだ?え?ワタシが楽しいところ、分かってるんだろうな?」
ネムは動揺を払うように、一度首を振ってから、期待に満ちた瞳で俺を見上げてきた。
俺は不敵に笑って答える。俺たちと言ったら、あれしかないだろ。
「もちろんさ……アレだろ?抵抗する相手を無理やり引き寄せて、自分のものにするヤツ」
ネムは恍惚とした表情で頷く。
「そうだ。ビクン!ビクン!、と手元に伝わる震えがたまらないんだな。支配してるなって感じがして。そして……じっくりと弱らせて、抵抗できなくなってから引き寄せるんだ……」
俺も同意して、ネムの言葉にさらに被せる。
「ああ、もう上がってきたときはビチャビチャのヌルヌルだ。放心状態でさ、もうどうにでもして!美味しく私を食べてくださいって感じなんだよな」
「ふふふ。さすが正太郎だな。わかってるじゃないか。ワタシの楽しい所……それは……」
「ネムの楽しいところ、それは……」
「「魚釣りだ!」」
見事に声が揃った。
俺達は相変わらず仲良しだった。
※※※
俺とネムは、どこに行くか、どんな魚を釣るかなど、旅行について話しながら、リビングにあるソファの上でまったりとした時間を過ごしていた。
そんなときだった。オリガミの声がリビング内に響く。
実は、俺たちがリビングにいるときに、オリガミから話しかけてくるのは珍しいことだったりする。リビングが仕事とは切り離された団らんスペースだと分かっているからだろう。
オリガミは俺の妹なんだから、どこでも話しかけてくれて構わないと思っている。
ただ、ここリビングには千穂が入り浸っていることが多い。気を使っているのかも知れない。
『お兄様、ネムさん、大切な報告がございます。』
そして……オリガミから伝えられた内容は、とんでもないものだった。
『B世界との通信プロトコル、確立しました。』
「お?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
『言語体系も把握しましたので、意思疎通が可能です。』
「え?」
『上下関係を分かってもらうのに、少々苦労しましたが、B世界の者と会話可能です。』
「じょ、上下関係だって?」
俺のツッコミなど意に介さず、オリガミは淡々と続けた。
『お兄様に失礼があっては、いけませんからね。会話されてみますか?私が同時翻訳いたしますので。』
ま、マジか……マジなのか……
『マジです。』
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