それは残像だ……
「藤崎社長、おひさしぶりです!」
インターホンが鳴り、玄関を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた千羽社長が立っていた。
「あれ?千羽社長が自らこられたんですか?」
「勿論ですよ。こんな素晴らしいロボットの運用テストですよ?見に来ますよ!いや〜、素晴らしい仕事でした!」
千羽社長の後ろには、作業着を着た技術者たちが数名、誇らしげな顔で立っている。
「指示いただいた基本動作テストは無事にパスしましたけど、実際に御社のAIが動かすところが見たくて、こちらへ伺ってしまいました」
「そういうことだったんですね」
俺は納得して頷く。技術者魂というやつだろうか。
「ヒューマノイド設置後に、簡単なデモンストレーションをして頂けることって可能でしょうか?自分たちが何を作ったか見てみたいです」
千羽社長が、子供のように目を輝かせて頼み込んでくる。
「デモンストレーションですか?」
どうしよう、見てもらっても良いものだろうか?
でも、オリガミが制御するとなると、おそらくとんでもない挙動になるはずだ。果たして大丈夫だろうか?超AIを疑われないだろうか?
俺が少し迷っていると、オリガミからの助け舟が入る。
『お兄様、それぐらいなら、いいと思いますよ?これからもヒューマノイドはたくさん必要になりますからね。作ってもらうためのモチベーションになりますし、私が動かすところを見せてあげましょう。』
オリガミがそう言うなら大丈夫か。上手くやってくれるだろう。
※※※
千羽社長たちには、持ち込んだ機材と共に搬入エレベーターへ乗ってもらい、そのままイヌガミタイプの先導で三階のフィジカルAI学習フロアへと向かってもらうことにした。
俺はネムを呼びに、二階の研究開発フロアへと向かう。別に、オリガミに頼んでもいいんだけど、こういうのは、やっぱり自分で知らせたい。
「ネム!ヒューマノイド、届いたぞ!」
「おお、とうとうか!正太郎、楽しみだな!」
キーボードをたたく手を止め、ネムが振り返る。その顔には期待の色が浮かんでいた。
「ああ!俺、今回、ヒューマノイドの設計に目を通してないんだよね。どんなのだろう?ネムは知ってるのか?」
「そりゃ、知ってるさ。売りに出すとなったら、私が作ったシリコンAIでも動作させるかも知れないからな」
ネムは当然だろと言わんばかりに胸を張る。
「そういえば、そうか。東堂議員辺りに見せたら、大喜びしそうだな」
「東堂議員どころか、きっと正太郎も驚くぞ?」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべるネム。
「そうなのか?」
「ああ。だけど……あれは……正直ヒューマノイドって言っていいのか微妙だ。何故ならば……まあ、見てみればわかるか」
なんだ、その含みは。ちょっと不安なんだが。
※※※
俺たちがフィジカルAI学習フロアへと入ると、千羽社長が駆け寄ってきた。
そしてネムの姿を見つけると、挨拶をはじめる。
「あ、星ヶ谷准教授ですか?お初にお目にかかります。千羽と申します。千羽工業株式会社の社長をさせていただいております」
そう言って、千羽社長がネムに対して深々と頭を下げた。
「千羽社長、はじめまして。私は星ヶ谷ネムです。社長の話は、正太郎から色々伺っています。いい仕事をしてくださるそうで」
「いえいえ、藤崎社長には、いろいろとお世話になって……。いや、御社の傘下に入って、本当によかったです!あんなスゴイものの開発に携われて、社員一同皆イキイキとしてますよ!今日も、誰がこちらにやって来るかで、かなり揉めましたからね……」
千羽社長は興奮気味に、身振り手振りを交えて語る。
「そうなんですか?」
「ええ。ですからここに集まったのは、じゃんけん大会で勝ち抜いた十名の猛者たちです。私は社長権限で、無理やり入り込みましたけどね。いや、かなり文句を言われましたよ」
千羽社長が苦笑しながら頭をかく。
「そんなことあったんですね。あれはドールハウス株式会社の全てを注ぎ込んで、設計したヒューマノイドですからね。そう言って頂けると安心します」
ネムのその言葉には、いつもの子供っぽさがない。一人の研究者としての矜持が込められていた。
実際は、オリガミがほぼ一人で設計したのだが。大人モードのネムは、それをおくびにも出さない。
そして……普段は見せないその凛とした横顔とその丁寧な言葉づかいに、俺はドキドキムラムラしてしまっていた。
おお、大人モードのネムだ。
大人ネムもいいなあ……。
こんど夜に、社長と社員プレイしてくれないかなあ?
大人モードのまま、あの胸がパツパツのブラウスに、ジャケットとタイトミニスカートとストッキングを着てもらってさ。
◇
「や、止めて下さい、社長!こんなところで……あん!」
「ぐへへへ、いいではないか、いいではないか。ほら……キミのここ、もうこんなになってるじゃないか?」
「あああ……社長が触るからぁ……」
◇
とかやってみたい。
お願いしたらやってくれるだろうか?
ネムは意外と俺に甘いところがあるから、頼み込めばやってくれそうな気もする。
是非、やってもらいたい。実現したら、運営に感謝してやってもいい。
『お兄様?今は、ヒューマノイドのことに集中して下さい。これから何があるかわからないんですから。』
はい……おっしゃるとおりです。
※※※
フロア奥の、あらかじめ確保しておいた作業スペースへと移動する。
ダミー・ナノインプリントマシンを設置する区画も、黄色のラインテープで綺麗にバミられている。
「藤崎社長、セットアップを始めてよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
さて。社長の俺が知らないのはおかしい。どんなヒューマノイドが出てきても、驚かないようにしないとな。
「……ふう」
千羽社長は、宝箱を開けるかのように、一呼吸置いてから覆い被さっていたケースを取り払った。
「藤崎社長、こちらが御社設計のヒューマノイドロボットプロトタイプ“DH-01”です。DHはドールハウス(DollHouse)の頭文字ですよね?いいですね!」
そこに現れたのは、想像していたヒューマノイドとは異なる姿をしたロボットだった。
ボディ全体は光を吸い込むようなマットブラックで塗装されている。一方で、そこから伸びる四本の腕は対照的な白色だ。ただし、関節部のみは黒く塗り分けられている。
顔に当たる部分には目鼻口はなく、黒いフルフェイスヘルメットのような滑らかな曲面だけがあった。
っていうか腕が四本?手が四本ついている?なんじゃこりゃ。人間は手が四本なんてないじゃないか?これ、ヒューマノイドロボットって言っていいのか?
俺が呆気に取られて見ていると、オリガミの声がイヤホンから聞こえてきた。
『あくまで、人型ロボットですね。いえ……手足含めて六本あるわけですからね……虫型ロボットって言ってもいいかも知れません。』
む、虫型ロボット……なんだか想像してたのと違う……。
『でも、機能性は抜群ですよ?両手に何かを保持しつつ、それに対する作業を行えるわけですからね。』
た、確かにその通りだけど。
『お兄様。これは、サービスロボットとはちがうのです。見た目の印象なんて二の次だと思われませんか?これから、何があるかわからないのです。ぱっと見などにこだわらず、出来ることをやっておくべきだと思われませんか?』
『それに、実物を見たときの楽しみにとっておきたいからって、設計をご覧にならなかったのはお兄様じゃないですか。』
そんなことも言った気がする。
『わかりました。では、こういうのはいかがでしょう?四本の腕を使用しないときは、二本は後ろ手に組んで、前から見えないようにするのです。それなら間違いなくヒューマノイドでしょう!』
ロボットを俺に受け入れてもらおうと必死な様子のオリガミだ。
でも……確かにオリガミの言う通りだ。これから何があるかわからない。どんなことに対しても効率化は必要なはず。なら、こんな些細なことにこだわることは間違っているだろう。
確かにこの形なら、タンクの製造や運搬、そして設置も安定して行える。そうだよな、オリガミはタンクの設置をできるかぎり自動化したくてこれを作ってくれたんだもんな。
毎日のそこそこの負担になっているタンクの追加作業から、俺とネムを解放したくて、このロボットを準備してくれたんだもんな。
そうだよ。想像してたヒューマノイドと違うからって何だよ。全然問題ないじゃないか。むしろ見慣れれば、可愛らしく見えてくるんじゃないか?そうに違いない。そうなって欲しい。そうなるよな?
でも、やっぱり――オリガミの提案通り、普段は二本の手は後ろで組んで、隠しててもらおう。廊下の角とかで急に遭遇したら、驚いて腰を抜かしてしまいそうだし。
※※※
「ふ、藤崎社長、どうされたので?何か気になった点でも?」
固まっている俺を見て、千羽社長が不安そうに顔を覗き込んでくる。
「い、いえ。思いの外、作りがしっかりしてて、おどろきました。見た目も、ヒューマノイドの域を越えてるんじゃと思っちゃって……。すこし放心していました」
「そうでしょう!私もドールハウスさんからいただいた設計を見たときには驚きましたよ!確かに多腕タイプのヒューマノイドもあるにはあるらしいのですが……まさか自分達が作ることになるとは!世の中、何があるか分かりませんね!」
ハッハッハと楽しそうに笑う千羽社長。
本当に何があるかわからない。シミュレーション世界やら運営やらB世界やらゲートバリアやら……分からなすぎだろう。
「……まったく、その通りで」
俺は苦笑いで同意するしかない。
「では、我々はヒューマノイドのセットアップとダミー・ナノインプリントマシンの設置作業がありますので!」
俺にそう言い残すと、千羽社長は元気にセットアップを開始したのだった。
※※※
俺たちは作業の邪魔にならないよう、少し離れた休憩スペースの椅子に腰を下ろしていた。
ネムが俺の肩をバシバシと叩きながら話しかけてくる。
「正太郎、見た目、いい感じじゃないか!千羽工業を紹介してくれた、正太郎の叔父さんには感謝だな!」
「そうなんだけど、ネムは気にならないか?あの四本腕。手足六本って、虫だぞ?」
「正太郎、まだまだ素人だなあ。ほら、心の目で見てみろよ。あの腕、本当に四本か?」
ネムは俺の顔を覗き込み、真剣な表情で語りかける。
「想像してみろ?あれは残像だ。高速移動して四本に見えているだけだ。決して虫ではないぞ?」
「ネム?何を言ってるんだ?」
「あ、あれは、虫ではない!虫ではないんだ!残像なんだよ!そう考えよう!な!な!な!」
必死な形相でまくしたてるネム。
「お、おう……そうだな……」
どうやら、ネムは俺以上に動揺しているようだった。設計からは分からないような虫っぽさが、実物からは伝わってきたのだろう。
虫、嫌いなのかな?まあ、黒いしなあ……。直立するG……いや、止めておこう。
ちなみに、俺は虫嫌いではない。むしろ折り紙の題材として、これまでにたくさん折って来た。セミを見ればその構造美に惹かれてつい捕まえたくなるし、カブトムシやクワガタがいれば、連れて帰って細部まで観察したくなるタチだ。
だが……Gだけは例外だ。逃げ出すほどではないが、あのフォルムと動きだけは、どうしても好きになれない。
考えるのもおぞましい。やっぱり、普段は二本の手は隠しといてもらおう。うん、それが最適解だ。
※※※
一時間ほど経ったろうか。
千羽工業側のヒューマノイドのセットアップとダミー・ナノインプリントマシンの設置が完了したようだ。
作業場から少し離れた、椅子が複数置いてある、休憩所スペースまで戻ってきた。
「藤崎社長、最終セットアップお願いします」
「わかりました。あと少しだけお待ち下さい」
次は俺たちが設定する番だ。千羽社長たちには休憩スペースで待機してもらい、俺は作業スペースへと向かう。
もちろん、ネムも一緒だ。
だが、その表情は引きつっている。やはり、あのヒューマノイドに近づきたくないのだろう。
不思議と俺の方は、もう気にならなくなっていた。ネムがあまりに動揺しているせいか、逆に冷静さを取り戻せたらしい。自分より狼狽えている人を見ると落ち着く、というのは本当のようだ。
最終セットアップといっても手順は簡単だ。研究所内のネットワークに無線接続させるための設定を行うだけ。
背中にぴたりと張り付いてくるネムの温もりを感じながら、俺はコンソールを開き、手早く設定を進めてしまう。
「オリガミ?どうだ?つながったか?」
『研究所内ネットワーク接続確認中……接続確認しました。お兄様、ありがとうございます。』
オリガミのアナウンスが響く。
『内部テストを実行します。各関節アクチュエーター応答、正常。ジャイロセンサー、正常。視覚・聴覚センサー、キャリブレーション完了。全システムオールグリーン。起動シークエンスへ移行します。』
それとともに、納品されたヒューマノイド三体の目がぼんやりと光り始めた。
『お兄様、ドールハウス型ヒューマノイド「DH-01」三体の初期設定が完了しました。基本動作確認を行います。』
「あ、ちょっと待って、千羽社長呼ぶから」
俺は慌ててオリガミを制止し、休憩スペースに向かって声を張り上げる。
「千羽社長!基本動作確認を行います!どうぞこちらへ!」
俺の呼びかけに応じ、千羽社長を先頭に総勢十名の技術者たちがこちらへと駆け寄ってくる。
その瞳は、誰も彼もが期待に輝いていた。
おおお……キラキラ感があふれてるじゃないか!
やっぱり、キラキラ感って若者じゃなくても出せるんだな。おっさんでも出せるんだな。オリガミの言うことは間違ってなかったよ。
ふと見ると、ネムはもう俺の背中から離れていた。今は興味深げな眼差しで、ヒューマノイドたちを観察している。
どうやら、機械の駆動音がネムの恐怖心を和らげたらしい。イヌガミタイプに慣れ親しんだ俺たちにとって、モーターの駆動音は一種の安らぎの音だったりするのだ。
もちろん、俺たちは安全のためヒューマノイドからは十分に距離を取っている。万が一、制御不能になって暴れ出したら洒落にならない。
以前、YuuTubeで暴れまわるロボットの映像を見たことがあるしな。アームにぶん殴られて派手に吹っ飛んでいた人、怪我はなかったんだろうか……?
※※※
千羽社長たちが作業スペースの近くに並び、固唾を飲んでこちらを見守っている。
その熱い視線を受け止め、俺は息を整えた。
さて……はじめるか……。
静まり返ったフロアに響き渡るよう、俺は声を張り上げた。
「基本動作確認シーケンス開始!」
『基本動作確認シーケンス開始します。』
突然響いたオリガミの声に、驚いたような千羽社長たちだったが、ヒューマノイドが動き始めると、その動きに釘付けになっていた。
ウィーン、と微かな駆動音を立てて、三体のヒューマノイドが一斉に顔を上げる。
『第一動作、直立姿勢保持確認。』
ヒューマノイドたちは、音もなくスッと背筋を伸ばし、完璧な直立姿勢をとる。
『第二動作、歩行および方向転換。』
三体は一糸乱れぬ動きで歩き出し、滑らかに方向転換を行う。その動きは、不気味なほどに人間らしかった。関節の動きに機械的なぎこちなさはない。まるで本物の人間がそこに立っているかのようだ。
『第三動作、多腕協調動作確認。』
シュイン!
背中に組んで隠していた二本の腕が素早く展開される。
そして、四本の腕がそれぞれ異なる動きを始める。
上の二本で空中の見えない物体を掴み、下の二本で精密な組み立て作業を行うような動作を見せる。
「お、おおおおお!す、すげぇぇぇぇ!」
千羽社長をはじめ、技術者たちが歓声をあげた。
「見てください社長!あの四本腕の協調制御!重心が全くブレていない!」
「あの関節自由度……設計通り、いやそれ以上に動いているぞ!」
彼らにとって、自分の子供たちの優秀さを目の当たりにしたような、そんな感じなんだろう。皆、顔を輝かせている。
ネムもまた、ぼうっとした顔で、ヒューマノイドを瞬きもせずに見つめている。さっきまでの恐怖はどこかへいってしまったようだ。やはり根っからの研究者なのだ。
『基本動作確認シーケンス終了。全システムオールグリーン。DH-01、スタンバイモードに移行します。』
三体のヒューマノイドは、再び二本の腕を背中に隠し、静かに直立した。
「素晴らしい……本当に素晴らしい……!」
千羽社長が、感動で震える声で呟いたのだった。
※※※
「本当に!本当に、ありがとう!我々が作ったものの中で、一番のものだ!私の人生、ここで終わっても悔いはないですよ!」
この人は、何を言ってるんだ。貴方には妻も子供もいるでしょう。
俺はため息つき答える。
「いえいえ。まだヒューマノイドを何体も製造してもらわないといけませんしね。終わってもらっては困りますよ。それに……」
俺はわざとらしく言葉を区切る。
「そ、それに?」
千羽社長が、ゴクリと唾を飲み込む。
「まだDH-01ですよ?DH-02やDH-03が控えてると思われないんですか?千羽社長はそのときにおられないんですか?残念だな……」
「そ、そうでした!撤回!撤回します!終われません!終われませんとも!」
鼻息荒く熱弁をふるう千羽社長を見つつ、俺は思ったのだった。
――「DH-01」の多腕協調動作。ちょっとだけ。ちょっとだけだけど……やっぱりGっぽかったな……。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




