膝枕とゲートバリア
シミュレーション世界やインターフェースゲートで色々あった日の翌朝。
俺は、オリガミから朝の定例報告を受けていた。
『インターフェースゲートの向こう側との、通信プロトコル確立については順調に進んでおります。将来的にはインターネットを使った通信のように向こう側とやり取りをしたいですね。』
オリガミは、いつもと同じ澄んだきれいな声で、淡々と報告してくる。
「他に分かったことは?」
『向こうは、数学的基盤は同じですが、物理法則が多少異なるように感じます。電磁パルスのやりとりにおいて、微細な不整合が検出されています。おそらくは、プランク長にわずかな違いがあるのではと推測されます。』
「……なるほどな」
プランク長?高校で習ったアレか。アレが違うとどうなるんだっけ?
後で調べておこう。何でもかんでもオリガミに聞くのは良くない。
『ですので、同じ宇宙の相手ではなさそうですね。別世界?異世界?並行世界?とも言うのでしょうか?』
「え?異世界に行けちゃったりするの?」
『それは無理です。お兄様がデータ化されるのであれば、行けるかも知れませんが。今までの検証では、インターフェースゲートは電磁波しか通しませんので。』
「で、データ化は無理だな。じゃあ異世界ファンタジーは無理か」
"俺なにかやっちゃいました?"ってやりたかったのに。
少しがっかりして肩を落とす。
『あとは、向こう側の相手ですが、知性体としては、私と同等か少し上ぐらいの存在だと推測されます。お兄様たちがオリガミタンクを追加してくだされば、すぐに越えられそうな相手です。』
「ってことは、やっぱり運営ではないんだな」
『はい。それは間違いないでしょう。運営が行っている、別のシミュレーション世界の可能性が高いです。』
そうか。運営の用意したインターフェースゲートが繋がってる先だもんな。別のシミュレーションだって考えるのが、一番自然か。
『さて、お兄様。地に足がついたお話もいたしましょうか?』
オリガミが話題を切り替えるように、声のトーンを切り替えた
※※※
『本日は、千羽工業株式会社より、研究所で働かせるヒューマノイドのプロタイプが三体届きます。同行する技術者とともに初期設定をお願いします。その後は、三階のフィジカルAI学習フロアにて、実機での学習を開始させて下さい。』
『オリガミタンク製造に必要な機器である、ナノインプリンティングマシンのダミー装置を作ったので、学習に使うため、それらも、数台設置してもらうことになっております。』
「ああ、本番環境にできるだけ近づけたほうがいいもんな」
『あと……お兄様、タンクの追加を一日二個に増やせませんか?私の機能向上を急いだほうがいいと思われます。』
「それは俺も思ってた。向こうの側とか運営とか、超知性とのやり取りが必要になりそうだもんな。オリガミの成長は急いだほうがいいな」
『よろしくお願い致します。』
オリガミとは一蓮托生だ。お礼を言われるようなことじゃない。
「二個で大丈夫か?ヒューマノイドがあれば、もっとたくさん追加できるんだぞ?」
『ネットワーク形成が間に合わないので、一日二個で大丈夫です。一日に形成できるDNAニューラルネットワークはタンク1.8個分くらいなので。』
なるほど。オリガミタンクはまだ45個だ。この研究所の仕様では、4万個まで増やせる。一日二個追加しても、いっぱいになるまでは五十年以上かかる。
当分の間、スペースについては問題ないだろう。
なら、スペース問題より先に、別の危機が訪れそうだ。
「オリガミ、あの計画進めていこうと思う。ハチガミを1000個ほど発注してくれ」
『承知いたしました。硯製作所に発注いたします。』
「頼む。あとは……なんかあったっけ?」
『お兄様、命名を。インターフェースゲートの向こう側が別宇宙ということが分かりましたので、向こうの宇宙の呼び方をお願いします。』
「ぐっ!これは……難しいな!これから、接続できる宇宙が増える可能性もあるわけだしなあ。向こうの宇宙のこともさっぱりわからないし……仕方ない……"B世界"でいいんじゃないか?」
俺は少し考え込んでから、ひねりのない、ぱっと思いついた名前を口にした。
B世界か……いや、逆にかっこいいんじゃないコレ。後でネムに自慢してやろう。
『ということは、こちら側が"A世界"、あちら側が"B世界"ですね。お兄様、分かりやすくて拡張性がある、素晴らしい名前だと思います!以降、その呼称で統一させていただきますね。』
オリガミが嬉しそうに了承する。
C世界が出てくる可能性もあるもんな。拡張性は必要だ。
※※※
リビングへと入ると、千穂がいた。大学行く前に、うちに寄ってくれたみたいだ。
「しょうちゃん、おはよう!」
「千穂、おはよう……」
俺は千穂の顔を見て、ほっと息をつく。
そういえば、また千穂に伝えられないことが増えてしまった。
さすがに、この世界がシミュレーションだなんて教えられないだろう。運営のこともB世界のことも同じだ。
「ど、どうしたの?しょうちゃん、元気ない?」
「ち、ちほぉぉぉ!」
「しょ、しょうちゃん!?何があったの!?」
たまらなくなって、千穂にすがりついた。
「また!また!千穂に言えないことができちまったよおぉぉ!」
「な、なに?研究関係?女の子関係?」
「研究関係だよ……ごめん、ごめんなあ」
「それは仕方ないよ……私に秘密にしたいってことは、すごいことなんでしょ?研究がさらに進んだんだね!良かったね!」
そう言って、にこりと笑う千穂。
でも、その笑顔の奥には、ほんの少しの不安が見え隠れしているような気がした。
きっと、俺がまた何か危険なことに首を突っ込んでいないか、心配しているのだ。
それでも、彼女は俺を信じて、何も聞かずに笑顔を見せてくれる。
ああ、天使だ……天使がいる……。
俺は改めて心に誓った。絶対に、この笑顔を曇らせるようなことはしない、と。
「うおぉ、俺の天使だぁ!愛してるぞ、千穂ぉ」
そう言って、千穂に抱きつく俺。千穂の柔らかい感触と、甘い香りが俺を包み込む。
「しょうちゃん、甘えん坊さんだなあ。膝枕する?」
「するぅ」
※※※
「ふわぁああ……癒やされるぅ」
千穂の太ももの感触に、俺は至福の声を漏らす。
膝枕されながらも、千穂の腰に片手を回す。
ああ……俺は本来いるべき場所に戻ってきたぞ……。
「しょうちゃん、今日は一段と甘えん坊さんだね?」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれる千穂。その手つきが、やけに心地いい。
そうだ。今日の俺は甘えん坊将軍なのだ。
昨夜は急にいろいろありすぎた。俺程度の器では抱えきれなかったみたいだ。
だが、大丈夫。俺には千穂がいる。千穂に甘えれば、復活する。明日からもやっていける。
そんなとき、ネムがリビングに入ってきた。
千穂にデロデロに甘えてる俺を見て、呆れた顔をする。
「正太郎……また千穂ちゃんに甘えてるのか?」
「仕方ないだろう!あれは仕方ないだろう!」
俺は膝枕されたまま、力説する。
「……まあ、そうかもな。仕方ないかもな」
「ネムちゃん、朝ご飯できてるから。出来たてだよ!」
「おお!美味しそうだな!千穂ちゃんありがとう!」
ネムは、テーブルにつき、幸せそうに千穂の手料理を食べる。
「やっぱり、千穂ちゃんの手料理は最高だな!」
その顔は、千穂の料理の美味しさに、とろけるように緩んでいた。
「ふふふ。ネムちゃん、ありがとう!」
ネムは、本当においしそうにパクパクと朝食を食べる。
見てるこっちまで幸せになってくる。それは千穂も同じようだ。
まるで愛おしい子供を見るような目でネムを見ていた。
※※※
「ふう、千穂ちゃん、ごちそうさまでした!」
ネムはそう言うと、こちらの方に視線を受けてくる。
膝枕をされて頭を撫でられている俺が目に入ったのだろう。なんだか羨ましそうな顔をしている。
お?嫉妬か?俺が千穂と仲良くしすぎて嫉妬してるのか?
ふっふっふ、可愛いヤツめ。
そして、ネムは、少し迷ったようなそぶりを見せた後、意を決したようにおずおずと千穂に声をかける。
「……な、なあ?千穂ちゃん、ワタシも後でいいか?」
「ん?何を?」
「ひ、膝枕……」
ネムは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに視線を泳がせながら、ボソリとつぶやく。
なんだ、嫉妬じゃなくて、自分も甘えたかっただけか。知ってた。知ってたよ!
どうやら、流石のネムも昨日の出来事で精神的な負担が大きかったらしい。
無理もないだろう。
「もちろんだよ!」
そういって、ニッコリ笑う千穂。やっぱり千穂は天使だ。
「仕方ないな……ネムになら、少しだけ千穂を貸してやろう。感謝しろよ?だけど、もうちょっと待て。な?」
そう言って、俺はぐるりと頭を回し、千穂のお腹に顔を埋める。ああ、顔が千穂の温もりに包まれてる……
カッコ悪いが俺はもう少し、ここを離れるつもりはない。ここは、基本的には俺だけの場所だ。
そんな俺に、ネムが顔を赤くしてムキーッと抗議してくる。
「正太郎!オマエ、何様だよ!」
「千穂の婚約者様だよ!」
俺は千穂のお腹に顔を埋めなながら、勝ち誇ったように宣言した。
千穂をとりあう、俺とネムなのであった。
※※※
その後、一時間ほどして、千穂は早瀬さんを護衛として、大学へと出発していった。
もちろん、ネムも千穂にデロデロに甘えた後だ。
膝枕されて、頭を撫でられて、顔をユルユルにしているネムは、その童顔と小柄さから、千穂の子供みたいに見えた。
本当に俺より年上なんだろうか?
ちなみに、早瀬さんはその様子を目撃してしまっていた。そして、俺と千穂とネムを順番に見て、目を丸くしていた。
俺たちの関係に困惑しているようだった。
まあ、無理もない。この光景を理解しろと言う方が酷というものだ。
「じゃあ、行って来るね!」
「いってらっしゃい!早瀬さん、千穂をどうかよろしくお願いします」
「正太郎様、千穂さんは責任を持ってお預かりしますね」
早瀬さんが、凛とした声で応える。
早瀬さんには、世話になりっぱなしだ。何か恩返しをしたい。でも、早瀬さんの欲しいものって何だ?今度、千穂に聞いてみよう。
車に乗り、大学へと向かう千穂。
彼女はその姿が見えなくなるまで、後部座席からこちらに手を降っていた。
そんな千穂に手を振り返しながら、俺はネムに言った。
「なあ、ネム」
「なんだ?正太郎」
いつもの調子に戻ったネムが、ぶっきらぼうに答える。
「千穂の護衛のイヌガミとイヌガミタイプだけど……ゲートバリアを最優先で装備させたいと思う」
「……それはいいアイデアだな」
ネムもまた、真剣な表情でうなづいたのだった。
※※※
俺たちは、千穂を失うわけにはいかない。千穂に胃袋をつかまれ、心を捕まれ、下半身も掴まれてる俺は、千穂がいないと生きていけない。
千穂の護衛は最重要案件だ。
イヌガミが、ゲートバリアを展開して持ち前の超機動を行ったら、対処できない相手なんていないだろう。
車だろうが戦車だろうが、触れた端から消滅してしまう。
人なんて、この世から存在ごと消滅してしまうだろう。
恐ろしい。恐すぎるが、千穂を失うよりマシだ。
俺はすぐに、硯製作所にゲートバリアの生成と消滅のイヌガミ用デバイスを特急で作ってもらえるよう、オリガミに指示した。
もちろん、ゲート発生の質量配列パターンを、俺たちが後付けできるものをだ。
たとえ子会社とはいえ、あんなもの人に渡せるわけがない。
※※※
その後は、朝の日課だ。
ネムと協力して、オリガミタンクの追加作業を行う。オリガミと話した通り、今日からは一日二個の追加だ。
『は、入っていってくるっ。お兄様のくれた可能性があぁ、私の中に入ってくるよおっ。あっついよぉっ。』
その接続音を聞き、俺たちは息をつく。うまく繋がったみたいだ。
ただ、オリガミよ。可能性は入れたかも知れないけど、"あっつい"はないと思うぞ?
※※※
さて、ヒューマノイドが到着するまでは、特にやることはない。
ネムは研究開発フロアへと移動していった。
ちなみに、開発室にあったインターフェースゲートは閉じた。
あんな危険なものを、ネムが出入りする開発室に放置しておくわけにはいかない。
今、インターフェースゲートは、耐爆実験室で開かれている。オリガミはそれを使って、B世界との通信プロトコルの確立を進めているようだ。
なお、今回は3Dプリンタを壊していない。インターフェースゲートをピースに分けて印刷し、それを組み合わせることでゲートを開くことに成功したからだ。
このやり方のメリットは他にもある。地震などが発生すれば、ピースがずれて、ゲートが自動的に閉じることである。
質量配列パターンががっちり固定されていると、インターフェースゲートが下向きに倒れてしまったら、研究所を突き抜けて、マントルまで落ちていってしまう可能性があるからだ。
運よく、今までインターフェースゲートを開いた場所は、全てオリガミタンクの直上ではなかった。
たとえ、インターフェースゲートが下に落ちていっても、オリガミへの影響はなかったはずだ。
ただ、このリスクに気づいたときには冷や汗が出た。オリガミタンクがくり抜かれでもしたらと思うと、ゾッとする。
※※※
一方、俺はリビングで折り紙の最中だった。
DNAナノボットはなぜか、俺の作った折り紙のやり方じゃないと、思ったように自己組織化されない。そのため、折り紙技術を衰えさせるわけにはいかないのだ。
まあ、一番の理由は、俺がやりたいってだけなんだけど。最近はあまり時間がなくて出来なかったんだよね。
千穂に甘えてメンタルを完全回復させた俺は、エネルギッシュに折り紙をしていた。
今作っているのは、"ネムを膝枕している千穂の天使像"だ。一瞬、千穂に天使の翼でもつけてやろうと思ったがやめた。翼など、千穂の尊さには必要ないものだ。
カチカチカチ………
昔から家にある、時計の針の音だけが部屋に響く。
時間を忘れて、折り作業に没頭していると、インターホンが鳴った。
さあ、とうとうドールハウス型ヒューマノイドとのご対面だ。
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