ポイント・オブ・ノーリターン
部屋の壁に映し出された模様。
不規則に配置された大小さまざまな黒い円が集まり、一つの大きな円を形作っていた。
「オリガミ……この模様が『問い』の答えなのか?」
『はい、お兄様。おそらくは。』
「これは何なんだ?」
『わかりません。この答え自体、つい先程、導き出したばかりですので。』
「なるほどな……ちなみにこの模様はどうやって見つけたものなんだ?」
『お兄様、この模様は、宇宙塵に含まれる結晶から見つけ出したものです。』
う、うちゅうじん?宇宙人じゃないよな?
「宇宙塵の結晶?なんだそれ?」
『宇宙塵とは宇宙空間に漂う塵です。地球上にも空気中に存在します。隕石や彗星の尾から採取できる、ケイ酸塩鉱物や炭素質粒子、氷結晶、金属酸化物などの結晶構造を持つ物質ですね。この宇宙において、どこにでも存在するものです。』
なるほど……「宇宙のちり」で宇宙塵ね。
「それで?その結晶から、どうやってこの模様を見つけたんだ?」
『ここからは少し専門的になるのですが……』
オリガミが前置きをする。長くなりそうな感じだ。
『結晶は、X線を照射すると、特徴的な散乱パターンが得られます。得られるパターンは、大きい丸と小さい丸の斑点状の模様となります。これをX線回折像といいます。通常、このX線回折像は、分子の立体構造を得るのに使われるものです。』
おっと!いきなり理解を越えたぞ!
※※※
「X線?そんな危険そうなものを使って研究してたのか?」
『はい、側坐核砲の開発にあたり電磁波の実験施設が必要になったため、X線も取り扱える電磁波実験施設を作りました。この施設は「よいこ保育園」の校舎内に設置してあります。』
「X線って使うには免許が必要だったような?」
『はい。よいこ軍団の数名に「X線取扱主任者」の資格を取得させました。』
「そんなことまでやってたのか」
よいこ軍団のメンバー、すっかりいいようにオリガミに使われてる感じがするなあ。
※※※
「……話を戻そうか。その結晶から得られたX線回折像が、この模様なのか?」
『いえ……そうではありません。「答え」は、宇宙塵の結晶構造を持つ物質から得られたX線回折像を、特定のルールで重ね合わせてできたものです。』
「……よくわからないけど、それなら今までに誰かが発見しててもおかしくないんじゃないのか?」
『はい。ただ、一般的な方法で得られる結晶のX線回折像では、この模様は現れません。』
「どうしてだ?」
『通常の研究者は、結晶の対称性を活かすため、標準的な角度からX線を照射します。しかし今回得られたX線回折像は、通常では使われない特定の角度から照射した結果できたものです。』
「特定の角度?」
『はい。その角度で照射すると、宇宙塵に含まれる複数の結晶で、共通するパターンがX線回折像に現れました。』
『本来、異なる複数の結晶において共通する回折パターンが現れることは、理論上ほぼあり得ません。しかし宇宙塵の結晶では例外的に、その共通パターンが観察されたのです。これは異常なことです。』
「なるほど……」
なるほど、わからん。
※※※
『そこで、宇宙塵内に含まれる結晶の共通パターン部分だけを抽出し、それらをすべて重ね合わせてみたのです。』
プロジェクターには、複数の大小さまざまの円からなるX線回折像が映されていた。
そして、それらはアニメーションで移動していき、同じパターンを持っている部分で重なり合う。
最後に、重なり合った黒円のみを残して、ほかの黒円が消える。
『その結果がこれです。このように、一つの円形の大きな模様となります。』
そして投影されたのは、最初に「問い」の「答え」として部屋に映し出されたあの模様だった。
黒いつぶつぶが集まってできた、大きなひとつの円だ。
『人間が標準角度以外の角度からX線照射を行い、X線回折像を得ることはまずありません。さらに、特定の特殊な角度から、複数の結晶のX線回折像を得ることもありません。意味がないからです。』
『さらに、一見無関係に見える結晶の回折パターンから、共通パターンを見つけ出すことも、非常に困難です。パターンを見つけるにはパターンを見つけようという意図が必要になりますから。』
『そうした膨大なデータをくまなく解析し、このようなパターンを発見し、正確に組み合わせるのは――』
『大規模で横断的なパターン認識を常時行っている私のようなAIだからこそ、可能だったのです。』
ふんふん。なるほどなるほど。ふむ……。
さっぱりわからん!
※※※
よし、自分が理解できていそうなポイントだけ確認してみよう。
「関連性のないものから、ありえない共通点が発見され、その共通点をつなげて見たら、ありえないほどキレイにまとまった円形の模様になったと……そういうことか?」
『はい。お兄様の理解で問題ありません。』
おお?合ってたのか?
この理解で合ってるというなら、やはり気になるのは、こんなものが存在する理由だ。
「なぜ、円模様が発生したか、その理由は推測できてるのか?」
『……ひとつだけ可能性として考えているものがあります。』
「それは?どんなものなんだ?」
『……お兄様の幸福のためにも、お伝えしたくありません。どうしてもとおっしゃるのであれば、お伝えしますが……』
こ、幸福?怖いな……。
「いや、オリガミの判断に従うよ」
今は頭がごちゃごちゃしてるから、心に余裕があるときにでも聞いてみよう。
※※※
さて、問題はこの「答え」だ。
「それで、結局、この模様は何なんだろうなあ?」
『とりあえず印刷してみましたが……いかがでしょうか?人間の目には何か映ってたりしませんか?』
「なにもないな……ネムなら何か分かるかな?」
ネムなら研究所の研究開発フロアにいるはずだ。
ちょっと聞きに行ってみるか。
※※※
そう思い、研究所へ向かう途中で、リビングに千穂がいるのに気づいた。
そうだ、千穂にも聞いてみよう。
「あ、千穂?ちょっとこれ見てくれない?」
「しょうちゃん?……何これ?」
俺が見せた模様に、千穂は目を丸くする。
「これが、なんだか分からないかなって思って」
「変な模様だね……うーん。なんか、おっきなバブルチャートっぽいね?」
「バブルチャート?」
「バブルチャートは、円の大きさで量とかを表して、位置がそれぞれ異なるデータ項目を示してるグラフだよ。データビジュアライゼーションの講義で習ったばかりなんだ」
スマホで「バブルチャート」について調べる。
「なるほど……これか……確かに似てるな。じゃあ模様の中の丸の大きさが何かの量を示してくる可能性があるのか……?」
一体、なんの量だろう?
※※※
「うーん。でもやっぱり、ネムちゃんの方が詳しいんじゃないかな?」
「そっか、そうかもな。千穂、ありがとう。参考になったよ。ちょっとネムのところに行って聞いてみるわ」
「……しょ、しょうちゃん、私も一緒に行っていい?」
千穂が研究開発フロアに、ついてくるのは珍しいことだ。
まあ、特に問題ないだろう。
「ん?もちろんいいよ?じゃあ、一緒に行こうか」
「うん!」
ニコッとわらう千穂。笑顔が可愛い。天使。
やばい。ちょっとムラッときた。
ほっぺたのりんごも治ったし、この模様の件が片付いたら、みんなで大ベッド部屋に行くってのもいいな!
ぐへへへへへ……。
※※※
研究開発フロア。
とりあえず邪な考えは置いておいて、ネムに声を掛けた。
ネムは、椅子の上にあぐらをかいて座っていた。
ディスプレイに向かって何か作業をしているようだ。
「ん?正太郎か?あれ、千穂ちゃんも一緒か?千穂ちゃんがここに来るのは珍しいな」
「うん……ここ、面白そうなものがいっぱいあるから!前に来たときからちょっと時間経ったし、何か変わったかなって思って!」
「そういえば、今日新しい高精度3Dプリンタが届いたんだ。すごく早く精密な3Dプリントできるらしいぞ。何か印刷してみるか?」
「いいね!じゃ、じゃあ……『正太郎ハンド』の型なんてどうかな?」
ネムが呆れたように千穂をジト目で見つめる。
「……千穂ちゃん……」
「だ、だって……詩織ちゃんが作った『正太郎ハンドVer.0.1』を見て、私も作ってみたくなっちゃったんだもん!」
千穂の望みは叶えてやりたい。けれど、目の前で「型」とはいえ、自分の手が印刷されるのはきつい。
「ち、千穂?駄目だとは言わないけど、頼むから俺のいないところでやってくれ……」
ネムがニヤリと笑って、こちらを見た。
「正太郎が言えることか?ほら、ここにも千穂シリーズあるぞ?いい出来だよなあ?」
「きゃあ!しょうちゃん、もう千穂シリーズ置かなくっていいって言ったのに!」
そう言われたの、もう既に置いた後だったんだよなあ。
「千穂シリーズは、うちの守り神みたいなものだから。研究所内の全部屋に置いてるから。ありがたやありがたや!」
「や、やめてぇ!」
いいではないか!素晴らしいではないか!
※※※
話が進まないと思ったのだろう。
ネムが千穂に諭すように言った。
「ま、まあ。今回は正太郎ハンドはやめて、他のものを印刷しようか。正太郎ハンドは、また今度ワタシが手伝ってあげるからさ。な?千穂ちゃん?」
「う、うん……ネムちゃん、わかった……。あ、そうだ。しょうちゃん、さっきの模様を3Dプリンタで印刷してみたらどうかな?」
「模様?なんだそれ?」
ネムは不思議そうな顔をする。
「実はな……」
※※※
「おほっ♡おほ!うぅぅぅぅぅ。んぐ!ん!ん!ん!い、いいな!それを印刷してみよう」
すごい。自力で「オホ発作」を止めたぞ?千穂の前だからかな?
「模様は……平面図か。じゃあ3Dモデルに変換しないと。円の大きさはどうしよう……重さにでも対応させるか?普通に印刷しちゃうと、3Dプリンタの意味ないしな……ちょっと待ってな?」
『お兄様、各円の大きさが重量となる、模様の3Dモデルデータを作りました。ご確認ください。』
オリガミが、すかさず作成してくれたようだ。
「お?この3Dモデルデータか。なるほど。模様の円の大きさが円柱の高さと比例するわけだな。いいじゃないか」
それを見た千穂が言う。
「なんだか、ボコボコしてるね?足ツボマッサージ器みたい」
「じいちゃんの家にあったよな。千穂以外、上にまともに立てなかったやつ」
「あったなあ……ワタシも、あれは痛かった!」
俺とネムが、若者とは思えない会話をしていたら、千穂に説教されてしまった。
「しょうちゃんも、ネムちゃんも、もっと健康に気を使わないと駄目だよ!」
「「はい……」」
※※※
3Dモデルデータを、3Dプリンタのアプリへと読み込ませる。
ネムは声高々に宣言する。
「よしこれを印刷してみよう。いくぞ!」
「おう!」
「ポチッとな!」
ネムがエンターキーを押すと。
ウィーンという音を立てて、3Dプリンタが動き始めた。どうやら積層型のプリンタらしい。
「おお!アームの動きがめちゃくちゃ速いな!これならすぐ完成しそうだ!」
「ほえええぇえ。すごいねぇ。今ってこんなものがあるんだぁ……」
※※※
ネムと千穂が感心している中、オリガミだけはどこか緊張した様子だった。
『お兄様、何が起こるかわかりません。千穂さんとネムさんに、3Dプリンタから離れるよう伝えてください。本当は耐爆実験室で作業してほしかったのですが……』
『お兄様、今からでも遅くありません。皆さんで耐爆実験室へ避難してください。』
オリガミの言うことだ。聞いておいた方が良いだろう。
俺とネムは、オリガミの声を聞けない千穂を、耐爆実験室まで誘導しなければいけない。
「な、なあ!耐爆実験室、行ってみないか?」
「そ、そうだな!千穂ちゃん、耐爆実験室に行ったことないだろ?」
「う、うん。いったことないけど……この3Dプリンタ、もうちょっと見てたいな」
千穂は3Dプリンタのアームの動きに見入っている。
「それは正太郎ハンド作るときに、見れるから。すぐに作ろうな?ワタシが協力するから!」
「そ、そう?ネムちゃんが、そこまで言うなら……」
※※※
名残惜しそうな千穂を連れ出し、耐爆実験室へと入る。
室内をキョロキョロ見渡して、千穂が言った。
「ここが耐爆実験室?なにもないんだね?」
「ここはな、ワタシたちが、なにか爆発しそうなものを実験するときに使うんだ!」
「え?そんな実験までするの?気をつけてね?本当に気をつけてね?」
心配になったのだろう。千穂がネムを抱きしめる。
「フガガガ!千穂ちゃん、放してぇ!」
不安そうな千穂を安心させようと、俺も声をかける。
「大丈夫だって。そんな実験、ほとんどないから。それに、ここは他にも使い道があるんだよ。外でなにかが爆発しそうなときに、ここに逃げ込めば大丈夫だから。千穂もおぼえといてな?」
※※※
そんなときだった。
――バァン!!
という、爆発音――いや、「何かが破裂した」ような大きな音が、開発室の方角から響いた。
「な、なんだ!?今の音!」
俺のことばに、オリガミの落ち着いた声が、静かに、しかし重たくイヤホンから響いてくる。
『お兄様、開発室にて異常反応を検出しました。イヌガミタイプを使い、安全確認を行います。少々お待ちください。』
千穂が、不安げに周りを見る。
「な、なに?」
ここで、ネムがようやく千穂の拘束から離れる。
「フガッフガガガッ、ぶはぁ!な、なんだ!開発室の方から、すごい音がしたな!プリンタが不良品だったか!?」
※※※
オリガミの報告が始まる。
『イヌガミタイプ、開発室に到着。現在、放射線、粒子線、有毒ガス、火災その他の有害因子の有無を確認中です。少々お待ちください。』
『ガイガーカウンターで計測。放射線はありません。』
『レム・サーベイメータで計測。中性子線を含む粒子線、ありません。』
『マルチガス検出器で計測。有毒ガスありません。』
『サーモカメラにより、開発室内を測定します。異常な発熱などがないことを確認しました。ただし、赤外線が全く放出されていない部分があります。』
「赤外線が全く放出されていない?」
温度がないってことか?
『はい、お兄様。後ほど目視での確認を推奨します。……千穂さんはご帰宅いただいた方が安全です。しばらくの間、ネムさんも一緒にお願いします。危険性の有無について詳細な調査を継続します。』
※※※
オリガミの言う通り、まず千穂を家まで送り届けることにした。
ネムは「研究所に残る」と言い張っていたが、安全確認が終わるまでは危険なので説得した。
もし変なものを見て「オホ発作」を起こし、こんな何があるか分からない状況でぶっ倒れでもしたら大変だ。
俺は、ネムが勝手に開発室へ向かわないように、千穂の送迎に付き合ってもらった。こういう部分では、ネムは信用できない。
「ネムちゃん、ごめんね。わざわざ」
「いや。いいよ。安全が確認できるまで開発室に入らないっていう正太郎の判断もわかるしな」
「でも……3Dプリンタ、大丈夫かなあ。あれがなきゃ『正太郎ハンド』つくれないよぉ」
「壊れててもまた買えばいいさ。そのときはちゃんとワタシが手伝ってやるから。な?」
「うん!」
そうこう話しているうちに、千穂の家の前に到着する。
「じゃあ、しょうちゃん、ネムちゃん、おやすみ!また明日!」
「ああ、また明日!」
「またな!」
※※※
さてと……。
「オリガミ、状況は?」
『説明不能な状況です。安全確認はいたしましたので、開発室までお願いします。』
オリガミが説明不能だって?いったい何が起きたんだ?
「オリガミがここまでいうなんて……!正太郎、楽しみだな!何が起きたんだろうな!」
ネムはウキウキだ。
俺は、ネムと共に開発室への道を小走りで進む。
先程から、オリガミの戸惑ったような声が、断続的にイヤホンから聞こえてくる。
『ああ……なんですか……なんですかこれは?理解できません。意味がわかりません。本当に?本当に?』
これは、急いだほうがいいかもしれない。
※※※
オリガミからの、報告が続く。
『光波を照射。反射も透過もなく消失。』
『電磁波を照射。反射も透過もなく消失。』
『レーザー照射。反射も透過もなく消失。』
『音波を照射。反射も透過もなく消失。』
『金属棒挿入。挿入した部分、消失。質量保存則、エネルギー保存則、共に適用されません。』
『水を噴射。境界で消失。質量保存則、エネルギー保存則、共に適用されません。』
『小型カメラ投擲。映像途絶。回収不能。消失。質量保存則、エネルギー保存則、共に適用されません。』
※※※
オリガミは、何かに対して調査を行っているようだった。
初めて『問い』に直面したときのような、動揺が感じられる。
いかんな……このままじゃ、あのときと同じようにオリガミがダウンしてしまう。
「オリガミ、何かわからないが、それに対する観測と思考処理をモジュール化してメインネットワークから隔離しろ!処理能力オーバーで、またダウンするぞ!」
オリガミは俺の命令に、たどたどしく答える。
『は、はい……管理者による最優先命令を確認。受諾しました。アンノウンに対する観測と思考処理をモジュール化します……成功。』
『続いて、該当モジュールをメインネットワークから切り離します……成功。』
『処理能力オーバーによるダウンを回避。お兄様……助かりました……。』
なるほどな。管理者としての俺の命令であれば、オリガミの思考を中断出来るのか。
これはこの先、重要になるかもしれない。しっかりと、覚えておこう。
※※※
研究開発フロアの開発室までたどり着く。
新規に導入した、3Dプリンタが設置されていた場所だ。
あの、例の模様を3D印刷してた3Dプリンタだ。
開発室のドアの前でオリガミに確認する。
「オリガミ!大丈夫か?ここの扉を開いても大丈夫か?」
『……大丈夫です。発生中の事象を目視にてご確認ください。』
カードリーダーにオリガミ端末をかざすと、開発室への自動ドアは静かに開いたのだった。
※※※
そこにあったのは、黒い丸い円だった。普通の黒じゃない。何も反射しない漆黒。
その漆黒円は、静寂の中、ただ圧倒的な存在感だけを放って、そこにあった。
大きさは、「答え」の模様の二倍くらいだろうか?3Dプリンタからはみ出している。
漆黒円の下には、さっきのままの3Dプリンタがあった。「答え」の印刷は完了しているようだ。様々な高さの円柱からなる、立体物が、漆黒円の少し下にある。
しかし、漆黒円の上の空間には本来あるはずのものが何もなかった。
樹脂を積み上げるためのレールやアームなど、通常ならそこに存在するはずの部品がすべて消えてしまっている。
「しょ、正太郎?なんだコレ?なんなんだ?なんなんだ、これは!?」
「お、俺にわかるわけないだろ……」
※※※
ネムが騒いでいるが、そんなことよりも、俺の視線は漆黒円から離せなかった。
その漆黒円には、吸い込まれるような圧倒的な「何か」があった。
漆黒の闇。その円にはまったく厚みがない。
だが、そこには確実にあった。底が見えない闇が。そして、理解が及ばない深淵が。
※※※
ポイント・オブ・ノーリターン。
今、このとき。
俺たちは、元の場所へと引き返せないラインを越えてしまったのだった。
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