ペチペチペチバチコーン!
いきなりではあるが、俺は今、生放送中の番組に出演していた。
目の前には、ドールハウスが「ロボット制御AIの技術を盗んだ」と発言していたコメンテーターが座っている。
コメンテーターは、ピシッとしたスーツに身を包んだ、やや髪の毛が薄くなってきた中年の男性だ。
ふてぶてしく、まるで自分が絶対に正しいと言わんばかりの顔つきで、こちらを見ている。
※※※
俺は、ゲストとしてこの番組に出演している。
そして今、介護ロボットのすごさと、それがもたらす未来について、番組内で語っていた。
「……という訳で、当社としては、この介護ロボットが少子高齢化対策の軸になると考えております。このロボットさえあれば、国が抱える、介護問題という大きな問題が解決され、老若男女がより生き生きと暮らせるようになると確信しております!」
そんな、俺の言葉に司会は笑顔で答える。
「なるほど!実際に、発表会での介護ロボットの動きは、目を見張るものがありましたよね!」
「ええ。藤崎グループさんの製造技術も素晴らしいですが、我が社の開発者が必死で作り上げたロボット制御AIも、大きく貢献していると考えております」
番組は、和やかな雰囲気で進行していった。
※※※
さあ、コメンテーターさん、そろそろ我慢できなくなってきたんじゃないかな?
横目で見ると、コメンテーターの口がニヤリと歪むのが見える。
そろそろ、来るか……?
コメンテーターが口を開く。
「ただ……視聴者の中には、ドールハウス社のロボット制御AIに対して懸念を抱いている方もいらっしゃるようです」
俺はコメンテーターの方に体を向け、静かに問いかけた。
「懸念……ですか?いったいどのような?」
「視聴者さんの中にはですね、御社のロボット制御AIが、どこからか持ち込まれたのではないかという疑念があるみたいなんです」
「ああ、以前おっしゃってましたね。当社の、ロボット制御AIの技術は、大陸から盗まれた技術ではないかと。これ、何か根拠はあるんですか?」
「根拠ですか?私は視聴者の声を代弁しただけですので……」
「つまり、根拠は特にないということですね?」
「いえ、ですから視聴者の声を代弁しただけであって……」
話を逸らそうとするが、そうはいかない。
※※※
「根拠は、あるんですか?ないんですか?どっちなんですか?誤魔化さないでください」
不機嫌に顔を歪めたコメンテーターは、番組スタッフに視線をやる。
いつもなら、ここでCMに入るなり何なりして、うやむやに出来たのだろう。
だが、今回はそうはならない。
事前に番組サイドと話がついていた。今回は特別に、俺が許可するまでは、CMに入らないという約束だ。
残念ながら、お前の味方はここにはいないんだよ。
いつもと違う番組の様子に、コメンテーターは少し焦ったように、口を開く。
「ま、まあ、そうかもしれませんね。ただ、視聴者はそう疑っている人が多いはずです」
またまた、話を逸らそうとする。でも無駄である。
「つまり根拠もなしに、ドールハウス株式会社を泥棒扱いしたと、それでよろしいですか?」
「い、いえ。私は一般人代表として話しているだけですので」
「なんで、貴方が視聴者の代表面してるんですか?別に選挙で選ばれたわけでもあるまいに」
「……いえ、そういう役目なので……」
ようやく、旗色が悪いと気付いたのだろう。表情が強張っていく。
※※※
「視聴者の代表ねえ……本当に代表なんですか?」
「………」
「実は、事前に視聴者の皆さんにアンケートを実施させていただきました。ドールハウス株式会社はロボット制御AIの技術を盗んだかどうか、という質問です」
そして、あらかじめ準備しておいたデータをスクリーンに表示させる。
「結果はこちらです。77%は『盗んだとは思わない』。21%は『盗んだかわからない』、2%は『盗んだと思う』ですね。盗んだと思っている人は2%しかいないわけです。あなた、一般の方の代表ではなかったですね?」
「そ、それはデータの取り方にもよるでしょう!」
「データがまったくない、貴方よりはマシなのでは?」
「そ、そんなことはない!空気感っていうものがあるんですよ!それを感じ取って言葉にするのが私の仕事です!」
空気感ってデータなのか?アホくさ。
「空気感ねえ……それ、どちらの空気を感じ取ってるんでしょうかね?もしかして……あなた、誰かから指示されてません?」
「そ、そんな憶測でものを言わないでください!」
「え?先に憶測で人を泥棒扱いしてきたのはそっちじゃないですか。ちょっと位ゆるしてくださいよ。ね?」
「ぐぅ!」
※※※
俺はため息を付きながら、コメンテーターに告げる。
「別にね、あなたがどう思おうが、どういう思い込みをしていようが、勝手にやってくれっていう気持ちなんです」
「ただね、ドールハウスの仲間が、目をキラキラさせながら、『すごいAIができた!これで人の役に立てる!』って満面の笑顔で喜んでいるのを見てるんですよ」
「だから、あなたの『技術を盗んだ』って発言だけは許せなかったんです。仲間がニコニコしながらロボット開発ができる環境を壊したくなかったんです」
「もしも、もしもですよ?こんな偏向発言が続いて仲間の笑顔が消える……そんなことになるのであれば……全てをオープンソース化しようと思います。そっちの方が仲間が楽しく開発できそうですから」
コメンテーターの顔は真っ青になる。
※※※
オープンソース化というのは、技術やソースコードを誰にでも使えるように公開することだ。つまり、誰でもその技術を自由に利用・改良できるようになる。
オープンソース化なんてされたら、大量の企業がヒューマノイド開発に参入してくるはずだ。現在、ヒューマノイドを開発している組織は大ダメージだろう。
そうなってしまえば、そんな状況を作り出した、こいつに恨みが集中するのは明白だ。
俺は改めて、コメンテーターに尋ねる。
「さて……なんか反論はありますか?盗んだと言ったことに対して、何かありますか?」
「も、申し訳ありません」
「ドールハウスが『ロボット制御AIを盗んだ』という発言を全面的に撤回するということですね?」
「は、はい……」
コメンテーターの様子は、一気に静かになってしまった。
ここまで静かになるってことは、このコメンテーターかテレビ局上層部のバックに、何かがあるんだろう。
おそらく、ヒューマノイド製造に関係する国か企業が。
まあ、そんなことはどうでもいい。
こちらに手を出して来さえしなければ。
「じゃあ、これからもコメンテーター業頑張ってくださいね。これからも、ずっと見てますから」
俺はテレビカメラに向かって話し続ける。
「他のコメンテーターのみなさんも、自分の発言には、しっかりと責任をとってくださいね?」
「あなた達は専門家でもないし、一般人の代表でもありませんから」
これからは、ずっと見てますからね。
※※※
さて、こんなもんでいいだろう。
もちろん、ネムに無断でロボット制御AIをオープンソース化するつもりなんてない。
叔父さんにも迷惑がかかるし、本気でやるつもりは全くない。これはただのブラフだ。
それでも……ヒューマノイド開発企業にとっては、オープンソース化の話が出るだけでも、到底許容できることじゃないはずだ。
自分たちが研究開発してきたものよりも、遥かに優れた技術が、全世界に公開されてしまうのだ。
今までの研究開発への投資が全て無駄になってしまう。
そんなことになるくらいなら、ドールハウスだけが優れたヒューマノイドを作る企業でいてくれたほうが、あいつらにとってはまだマシなはずだ。
つまりだ。オープンソース化というカードを切る覚悟があると思わせておけば、ヒューマノイド製造に関係する連中は、ドールハウスに下手に手を出してこれない。
これで、変な嫌がらせが減ればいいんだけど……。
※※※
満足して帰宅すると、玄関先には仁王立ちしたネムが待ち構えていた。
なんだなんだと思っていたら、リビングの絨毯の上に正座させられた。
そして今――俺は、ネムにほっぺたをペチペチされていた。
ペチペチペチペチ
「正太郎!お前!また!ひとりで!抱え込んだな!もっと!ワタシたちに!相談!しろよ!」
ペチペチされ続ける俺。
「だって!ネムが頑張って作ったAIを!盗んできたとか!言われたんだぞ!許せるわけないだろ!おぼぼぼぼぼ」
ペチペチペチペチ
「だからといって!ないしょ!にする!必要!ないだろ!」
「俺は!ネムには!こんなことに気づかれずに!ニコニコ笑いながら!楽しそうに!開発を続けてほしかったんだ!おぼぼぼぼぼ」
されるがままにネムにほっぺたをペチペチされる俺。
それを、隣で見ている千穂は、口に手を当ててあわあわと狼狽えている。
だが、ネムを止めに入るようなことはしない。千穂も、俺に思うところがあるようだ。
ペチペチペチペチ
ネムのペチペチ攻撃は止まらない。
「俺は!ネムの笑顔が!好きなんだあ!落ち込んでるところとか!見たく!ないんだぁ!おぼぼぼぼぼ。やめてぇ……」
ペチペチペチペチ
「ワタシは!そんなことで!へこむほど!よわくない!ワタシを!舐めるなぁ!」
な、舐めてる?
※※※
た、確かにそうかも知れない。よくよく考えてみれば、ネムは肉体的には激弱だが、精神的にはタフだ。
そうだよ。誘拐されてもすぐに元気になってたし、放火されたときも平気な顔してたじゃないか。
地団駄踏んで悔しがっている姿は見たことあるけど、落ち込んでる姿なんて見たことない。
俺は、間違っていたのかもしれない。
ネムの見た目に流されて、勝手に保護対象だと思い込んでたのかも知れない。
これは……俺が悪いな。
「ご、ごめん!ごめんさい!次からは!相談するからぁ!」
ペチペチペチペチ
ネムの気持ちが分かるから、ペチペチ攻撃を避けられない。避けてはいけないのだ。
だけど、ほっぺたがヒリヒリする。そろそろ助けてくれぇ。
そこで、ようやく千穂が助け舟を出してくれる。
千穂がここまでネムの行動を止めなかったのは、きっとネムと同じ気持ちだったからだ。
だが、俺のほっぺたの惨状に見かねたのだろう。
ネムのペチペチを止めに入ってきた。
「ね、ネムちゃん、しょうちゃんのほっぺたがリンゴみたいになってるよぉ!」
ペチペチペチペチ
「千穂ちゃんは!甘い!正太郎を!このまま!ほっといたら!いつかどこかで!ワタシたちの知らないところで!いなくなっちゃうぞ!」
ネムはペチペチしながらも、千穂に視線を向けて真剣に訴えかけている。
「千穂ちゃんは!しょうたろうが!いなくなっても!いいのか!」
千穂はネムの言葉を聞いて、目の色を変えた。
※※※
あ、ヤバイ。これは、やばいやつだ。千穂とネムじゃ攻撃力が違う。
だが俺は避けられない。避けてはいけないのだ。千穂の気持ちも分かる。
これは彼女たちの気持ちも考えずに、勝手に行動した俺への罰だ。
「しょ、しょうちゃんがいなくなる!?だめぇ!」
バチコーン!
「ぶぼおおおおぉ!」
※※※
愛しい婚約者たちから愛の洗礼をうけた、さらに数日後の夜のこと。
その頃には、片側だけがやたら膨らんでいた、ほっぺたのりんごもなくなっていた。
ネムと協力して、一日一個ずつ追加していったオリガミタンクも、すでに40個となっていた。
今は、オリガミの夜の定例報告の時間だ。
『お兄様、重要な報告がございます。』
「重要な報告?重要だなんて報告、初めてだな。何があった?」
『はい。さきほど、「問い」について、答えらしきものが見つかりました。』
「マジか!?」
『マジです。お兄様、こちらを御覧ください。』
オリガミはそう言うと、プロジェクターを起動し、何かを部屋の壁に映し出した。
「なんだこれ?これが?これが『問い』の答えなのか?」
※※※
俺の部屋の壁に大きく映し出されたもの。
それは――
大小さまざまな円が大量に描かれた、不規則な模様のようなものだった。
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