無責任コメンテーター
俺に抱きついて眠っているネムの腕をそっとほどき、ベッドから降りる。
このままだと自制がきかなくなりそうだ。朝からそれはまずい。気持ちを落ち着けるためにも、この部屋を出なければ。
俺は、服を着て、ネムの睡眠の邪魔にならないようにそっと自室を出て、リビングへ移動したのだった。
※※※
ちょうどそのとき、叔父さんから電話がかかってきた。
『正太郎、お前のおかげで介護ロボットの認知度が一気に上がったぞ!YuuTubeの再生数も世界一になった!さすがだな!藤崎グループのチャンネル登録者数も十倍近く増えたよ。本当にありがとうな!』
「醜態を晒した身としては、あまりうれしくないですけどね……」
「ドールハウスはYuuTubeチャンネルがあるんだっけか?」
どうだっけ?と思っていると、オリガミが俺の疑問に答えてくれる。
『お兄様、ドールハウスにもチャンネルはありますよ。VTuberたちの紹介動画を載せています。ただ、介護ロボット関連やお兄様のおもしろ動画は載せていません。』
おもしろ動画って……たしかに面白い動画だけど。
オリガミの言っていたことを、そのまま伝える。
「あー、あるみたいですね。介護ロボットの話や、俺のおもしろ動画は載せてないみたいですけど」
『もう載せてしまえよ。使えるものは全部使った方がいいぞ。今回の動画は世界的にバズったからな。お前のところのVTuberも、これを機に海外進出できるんじゃないか?』
たしかに、その通りだ。今のところ、ドールズは基本的に国内向けだけだった。海外展開できれば、海外の世論にも影響を与えられそうだ。
今後、そういった海外における世論操作も必要になるかもしれない。
準備しておいて損はないだろう。
※※※
オリガミの声がイヤホンから聞こえる。
『面白いですね。すぐに取りかかります。お兄様たちが、タンクを追加してくれたおかげで、私の演算能力にも余裕が出てきました。今後は海外VTuberを増やしていきましょう。お兄様のテント動画を導線にすれば、展開も早く進みそうです。本日中に300体ほどの新ドールズを海外に送り込みます。』
オリガミまでテント動画って……しくしく。
だが、そのアイデアは悪くない。これから先、さらに資金も必要になるだろうし、国際的な情報発信も重要になってくるだろう。
叔父さんに伝える。
「いいですね。ちょうど、海外展開も計画していたので、今日中に一気にリリースしてしまいます。俺のテント動画を入口にするのは……正直ちょっと恥ずかしいですけど……」
『ご立派なのはすごいことだろ?あれで千穂さんやネムさんに近づこうとする男は減ったと思うぞ?いいことじゃないか。男はそういう部分を比較されるのを恐れるからな』
「そんなものですか?」
『そんなものだよ。そういう話題については、男は繊細なものだ。しかし……俺と同じくらいのサイズの奴は、久しぶりに見たな。叔父として誇らしいぞ』
そんなことで、誇らしげに思われても困る。
ちなみに英語圏では、俺のことを「BDS」と呼ぶ人もいるらしい。「Big Dick Samurai」、つまり例のご立派動画から生まれた不名誉な称号だ。まったくもって安直な。
※※※
さあ、介護ロボットの件は、この先は叔父さんにまかせるとして……。
日課のオリガミタンクの追加をしなきゃな。
俺はリビングから自室に戻り、ネムに声をかける。
「ネム、そろそろオリガミタンクを追加したいんだけど、大丈夫?」
「しょ、正太郎?ワタシ、まだちょっと無理かもしれん。もうちょっとだけ休ませてくれ」
やっぱり、ダメそうだ。昨日、好きにしちゃったからな……
「ごめんな?ネムが可愛すぎて止まらんかったんだ」
「や、やくそくだったからな。昨日、迷惑かけたから。で、でも、また次からは千穂ちゃんと一緒に頼むな?」
「わかった。日中はゆっくり休んでくれ。オリガミタンクの追加は、夕食後にしよう。後で、食べるもの持ってくるよ」
うーむ。またネムに迷惑をかけてしまった……やっぱり一人ずつってのは厳しいのかな……。
※※※
自室でネムと話した後。
ネムには悪いことをしたなと反省しながら、リビングへと再び向かう。
リビングに戻ると、千穂がいた。
「あれ?千穂、おはよう。今日は大学は?」
「しょうちゃん、おはよう!もう、春休みにはいったよ!」
「そうだったんだ。……昨日の千穂、すごく大人っぽくて可愛かったよ。パーティーは苦手だけど、また千穂のドレス姿が見られるなら悪くないかもな」
「え、えへへへ……しょうちゃんは口が上手いよね」
千穂と話しながら、彼女が用意してくれた朝ご飯を一緒に食べた。
※※※
いつもの朝の習慣で、なんとなくテレビをつけてしまう。
俺たちの介護ロボットについて報道されていた。
アナウンサーが話す。
『藤崎グループとドールハウス株式会社が発表した介護ロボット、素晴らしかったですね?』
そして、大学教授らしき男性が、興奮気味に答える。
『全くです!これから臨床に入るでしょうが、この国の介護状況は逼迫しています。すぐに介護ロボットとして、承認が降りるんじゃないでしょうか?』
その言葉に、コメンテーターが皮肉っぽく返答する。
『いや、やっぱり不自然ですよ。あれほど高性能なロボットが突然出てくるなんて、普通は考えられません。どこかから技術を入手したんじゃないですかね?』
大学教授らしき男性は、その言葉に不満気だ。
『しかし、あのレベルのヒューマノイドなんて、大陸国でも見ないですよ?』
その事実に、コメンテーターは想像と偏見で反論する。
『大陸国の最新の研究データをどこかから入手したんじゃないですか?おかしいですよ。そもそも、ロボット設計や制御AIを作ったのは、たった二人の20代の若者なんでしょう?そんな若者たちが、ゼロからあのレベルのものを作れるなんて普通に考えても信じがたいです。何か裏があると思いますね。どう見ても胡散臭いですし、介護ロボットとして実際に働かせるには、もっと慎重に進めるべきです』
※※※
な、なんだこいつは……。
ネムが頑張って作った制御AIの技術を、大陸から盗んできたって言ってるのか?
怒りが頭の中を占めていく。
「お、おかしいよ!ネムちゃんがあんなに頑張ってたのに!」
千穂もプンプンと怒っている。
千穂の怒っている様子には逆に癒やされる気分だが、このコメンテーターは許せない。ネムの仕事を侮辱しやがった。
俺はテレビを消す。千穂にこんな番組を見せてはいけない。千穂には笑顔でいてもらいたい。
千穂の頭を優しく撫でてから、口を開く。
「千穂、あんな話、ネムに聞かせたくないから内緒な?これから、こんなこと二度と言えないように動くから」
そしてネムのお世話を頼む。
「ネムの部屋に何か食べるもの届けてやってくれない?今日は……昨夜色々あって、休むみたいだから」
「うん!ネムちゃんの大好物作って持ってくね!」
ネムとの夜の大運動会の後始末を千穂やらせるなんて……と思ったが、千穂はニコニコしている。
どうやら、気にしていないようだけど……。だ、大丈夫だよな?
そんなことを心配していると、千穂が少し不安げな表情で声をかけてくる。
「でも……しょうちゃんも、危ないことは駄目だよ?」
「わかったよ。今日は家から出るつもりもないし。千穂に心配かけるようなことはしないよ」
そう言って、千穂の頬を軽く撫でてから、リビングを後にしたのだった。
※※※
そして今、研究所二階の研究開発フロアにいる。
ネムがいつも座っている椅子に腰かけ、彼女が普段眺めている景色を見渡した。
俺は怒っていた。
介護ロボットはネムにとって子供のようなものだ。
そのロボットが思い通りに動いて、キラキラしていたネムの表情が自然と思い浮かんでくる。
『すごい!あそこのアーキテクチャの工夫がよかったのかも!ワタシが思った以上のAIになった!』
『ワタシが作った、このAIが人の役に立つんだな!』
『すごいな!お年寄りも若者も、これでみんな助かるんだな!』
ネムの嬉しそうな声の幻聴が聞こえてくる。
想像の中のネムは、いつもニコニコして笑っていた。
じいちゃんの家に放火されたときのような熱い怒りじゃない。
今回のは、体の芯まで冷え込むような冷たい怒りだ。
絶対に許せない……。
これは、きっとクリエイターの思いを汚された怒りだ。
※※※
俺は叔父さんに電話をかける。
叔父さんはすぐに電話に出てくれた。
『どうした?さっき電話したばかりだろう?何か言い忘れたことでもあったのか?』
「……いえ」
『ん?一体なにがあった?話してみろ。』
※※※
俺は、さっきテレビで見た内容を詳しく伝えた。
『まったく、コメンテーターってやつは……専門家でもないくせに……』
「あのコメンテーターがネムの仕事を侮辱した件で、名誉毀損や業務妨害の訴訟を検討したいです。費用は気にしません。徹底的にやりたいんです。弁護士を紹介していただけないでしょうか?」
俺は言葉を付け加える。
「でも、柚希さん以外でお願いします。妊娠中の女性をこんな私怨に巻き込みたくないので……」
『だが……その程度じゃ罪は問えないかも知れないぞ?』
叔父さんは、こちらの様子を伺うように言ったが、俺の考えは変わらない。
「大丈夫です。スラップ訴訟みたいな形になっても問題ありません」
『怒ってるんだな……。お前の考えは分かった。だが、各所から批判がくるかもしれないぞ?表現の自由だなんとかで』
「問題ありません。こちらも表現の自由で対抗します」
「言われたことに傷ついていること、泥棒呼ばわりされたことを、お涙頂戴な感じの映像を作って流します。俺のご立派動画が、ちょうど世界一になったことですしね。全言語で作ります。コメンテーターには、世界中からのバッシングを受けてもらいます」
そんな俺の言葉に、叔父さんは呆れたように答える。
『お前……怖いやつだな……』
「俺ならいいんです。いくらバカにされても。でも、ネムが必死になって頑張って作った物への誹謗中傷は耐えられません」
俺は自分の正直な気持ちを伝えた。
『……わかった。協力する。訴状の草案を送っておいてくれ。ただ、無理はするなよ?やりすぎには気をつけろ』
「わかりました。すみません、ご迷惑をおかけします」
※※※
次は槍杉だ。
テレビ局や芸能界といえば、やはりあいつだろう。
俺は槍杉に電話をかける。
槍杉は「おもちゃ箱」の卒業組だ。俺から連絡すれば、どんな状況でも必ず応じてくる。
『ふ、藤崎様!ご無沙汰しております。お電話ありがとうございます!』
「ああ……久しぶりだな」
俺が不機嫌なのを感じ取ったのだろう。槍杉はおずおずと尋ねてくる。
『な、なにか俺が粗相でもいたしましたでしょうか……?』
「いや、違う。実はな……」
※※※
俺は槍杉に、今回の経緯を詳しく説明した。
『なるほど……お仲間の仕事を侮辱されたことにお怒りなんですね……』
「まあ、そうなるかな。すまんな、気を使わせてしまって」
『と、とんでもございません!しかし……藤崎様のお仲間の仕事を侮辱するなんて、許せませんね!』
「槍杉、あのコメンテーターに対して、できることは何かあるか?」
『お任せ下さい。お恥ずかしいことに、過去に得意としていた褒められない方法があります。所属している芸能人たちには、あのコメンテーターが少しでも問題のある発言をした場合、即座に連携して非難するよう伝えておきます』
「揚げ足を取られないようにな、芸能人たちにも『保母ガミ』が指示できるインカムを渡しておいてくれ」
『承知いたしました!』
※※※
叔父さんへのお願いと槍杉への根回しは完了した。
次は、テレビ局だな。
「オリガミ、テレビ局に伝えてくれ。これから、あのコメンテーターの発言を肯定するような番組を放送するたびに、スポンサー料を一割ずつ減額するって」
『承知いたしました。すぐにその旨を通達いたします。』
※※※
よし、とりあえずは、これで大丈夫だろう。
……いや、本当にそうか?
ネムがこれからも楽しく開発できるように、他にできることはないか?
「あとは……何かできることはないか?」
『十分だと思いますよ、お兄様。ただ念のため、私の方でもコメンテーターの身辺を調べておきます。大陸との関係や金銭のやり取りなど、不審な点がないか確認しておきますね。』
確かに、あいつの発言は、この国の発展を妨げるようなものばかりだった。
面倒なバックがいる可能性もあるのか……厄介な。
※※※
さて、後は自己満足だ。
「そうそう、あのコメンテーターを出演停止させるのは、なしで頼む」
『承知しました。番組の降板はさせないように、テレビ局に伝えておけばいいのですね?』
「ああ、そのとおりだ。むしろ、どんどん出演させるようにしてほしい」
『承知いたしました。でも、お兄様。何故そんなことを?このまま、テレビ業界から追放するのでは駄目なのですか?』
当然の疑問だろう。これは俺の私怨からのお願いなのだから。
「だって、あのコメンテーター、自分の発言の責任とってないだろ?」
『……おっしゃるとおりですね。』
そう。自分の発した言葉の責任はとってもらわなければならない。
だから……。
「あいつの土俵内で。番組内で、その鼻っ柱をへし折ってやる――」
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