世界一の黒歴史
介護動作の実演により、介護ロボットの有用性は十分に伝わったようだ。
発表会は大盛況のうちに終了し、参加者たちは会場を移して、隣接するパーティー会場へと移動した。
パーティ会場は、天井から下がる煌びやかなシャンデリアが、柔らかな光でその周囲を照らしていた。
大理石の床にライトが反射して、やたらとキラキラしている。
中央には、介護ロボットの実演コーナーが設けられていた。その周囲では、ロボットに興味津々な老若男女が絶え間なく集まり、口々に感想を語り合っている。
部屋の端には豪華なビュッフェテーブルがしつらえられ、色鮮やかな料理とスイーツが立ち並んでいた。
※※※
そんな、きらびやかなパーティ会場の中。
俺は、精神的なダメージを受け、千穂の後ろに隠れて会場の隅っこで小さくなっていた。
今回の黒歴史は……おそらく、とてつもないものとなるだろう。
「ろくろを回すポーズ」や「なりきり御老公」などの黒歴史の多い数年を送ってきたが、その中でも最大のものとなりそうだ。
俺の息子のヤンチャなところが、全観衆に見られたのだ。
周りに人がいなかったら、羞恥に苦しみながら、頭を抱えてゴロゴロと床を転がっていたことだろう。
千穂が優しく俺に、話しかけてくれる。
「しょうちゃん、大丈夫だよ!私は何があっても、ずっとずっと、しょうちゃんの味方だからね!」
そして、慈愛の笑顔をこちらに向けて、背中をさすってくれる。
千穂の優しさが心の奥底まで染み渡る。
ああ……なんて……なんて優しいんだ。千穂は、やっぱり天使だ。今日のパーティーはチョロチョロせずにずっと千穂の隣にいよう。
やっぱり、心がつらいときは千穂のそばが一番だ。そばにいてくれるだけで、不思議と心が落ち着いて癒やされるような気がする。
きっと、常時発動の範囲ヒーリング能力があるよ、この天使は。
※※※
そんな中、ネムは申し訳なさそうにしていた。
俺のやらかしの原因が、自分にあると思っているのだろう。
ネムは気まずそうに口を開いた。
「なあ、正太郎、すまんかった。マジでごめんな?今回ばかりは心からスマンと思う」
いや、ネムは悪くない。俺の息子がヤンチャすぎるのが駄目なのだ。
ネムの胸が柔らかいのは素晴らしいことだ。
それに、自分が作った制御AIが正常に動作して、観客がそれを褒めているところを見て、ネムが興奮してしまうのもわかる。
クリエイターとは、そういう存在なのだ。
自分自身を褒められるより、自分が生み出したものを褒められることの方が嬉しいのだ。
ネムが、興奮して抱きついてしまう対象が自分だったことも嬉しい。他の人に抱きついてたら、そっちのほうが大ショックだ。
つまりだ、ネムはなんにも悪くない。ただちょっとだけタイミングが悪かっただけだ。
「こ、今夜は、ワタシを好きにしていいから許してくれ……」
絶対に許す。許します。
※※※
……そうだよ、大好きなネムに抱きつかれで、アソコが元気になることの何が悪いんだ。
そう、何にも悪くない。
むしろ、それで息子が元気にならなかったら、それこそネムに失礼なのではなかろうか。
そうだ。そうだよ。堂々と息子を元気にさせてればいいじゃないか。別に、チャックをあけて中身を見せつけてるわけじゃないんだ。
俺は何も悪くない。生物として男として正常であると言うだけじゃないか!
たとえ人から笑われたとしても、笑わせておけばいい。俺には千穂とネムとオリガミが一緒にいてくれて、折り紙という趣味もあるじゃないか。それで十分だ。
これ以上のものを望んだら、それこそバチがあたるんじゃないだろうか。うん、間違いない。
千穂とネムのお陰で、俺は徐々に元気を取り戻してきていた。
※※※
それから少し時間が経ち、俺は完全に復活していた。
そんなときだった、見知った顔が声をかけてきた。
「正太郎様!ご立派でした!ご立派がご立派でした!」
手フェチの変態。笹木詩織さんだ。ご立派ご立派うるさい。
詩織さんは、深みのある紫のきらびやかなドレスを身にまとい、黒髪を上品にアップスタイルにまとめていた。
相変わらずの、とんでもない美貌だ。
洗練された雰囲気と華やかさが溶け合い、それでいてどこか親しみやすさも感じさせる。
その姿は、「美人」と「可愛い」の絶妙な中間地点にあるような、不思議なバランスを持っていた。
俺は圧倒されながらも、なんとか声をかける。
「し、詩織さん?なぜここに?」
「玲奈姉さんに無理言って、入れてもらいました!」
笹木家め……名家だからってやりたい放題だな。
そういえば、笹木家が叔父さんの会社にちょっと出資してるって聞いたことがあったな。
だから、色々と融通が効くのか……。
※※※
千穂は詩織さんに気付くと、笑顔で声をかけた。
「詩織さん、『正太郎ハンド』ありがとう!すごいクオリティだったよ!特にあの甲に浮き上がる血管と、親指の付け根の柔らかな曲線の再現度がすごかったよ!」
「さすが千穂さん!分かってますね!そこ、一番こだわったんです!でも、ちょっと納得できない部分もありまして……」
「指先の部分?」
「そうです!そこがわかるとは……やっぱり千穂さんはすごいです!こんな方、初めてです!さすが正太郎様の正妻様ですね!」
詩織さんはさらに続け、人目に憚られるようなことを口にする。
「千穂さん、お願いなんですけど……正太郎様との関係、私もお仲間に入れてもらえませんか?二番でも三番でも四番でも、なんなら愛人でも構いませんから!」
おいおい、そんなことをここで大声で言わないでくれよ……。
千穂は戸惑った様子で、詩織さんに言葉を返す。
「に、二番は無理かな?あと、そういうことは私には決められないんだ。しょうちゃんに聞いてもらわないと……」
そう言って、千穂は俺の顔を覗き込んできた。
バシッと断ってくれてもいいのに。
……いや、ここは男の俺がビシッと言うべきだろう。
「詩織さん、すみません。俺、千穂一筋なんです。ごめんなさい」
俺がそう言うと、千穂は顔を真っ赤にして、俺の肩におでこをグリグリとこすりつけてくる。可愛い。
本当は、千穂とネムの二筋だけど、それは内緒だ。
だが、詩織さんは諦めない。
「正太郎様、さすがですね!新しい女性を簡単に引き入れてしまうのは駄目だと思います!ハニトラとかもありますしね!でも、今は、私の気持ちさえ知っていただければ、それで十分です!私は諦めないですよ!」
詩織さんは、胸の前で拳を握りしめながら、力強く宣言した。
だから、ちょっと声が大きいって……。
※※※
詩織さんは、そのまま自然な流れで俺たちの輪の中に加わっていった。
今は千穂と何やら楽しそうに話しているようだった。
相変わらず千穂は誰とでもすぐに打ち解けてしまうなと感心していたら、どこからか男たちの会話が耳に入ってきた。
どうやら、詩織さんの後方にいる二人組の男たちの会話が聞こえてきているようだ。
千穂や詩織さんには聞こえていないようだ。きっと、オリガミが俺だけに音声を届けてくれているのだろう。
オリガミは、この会話を俺に聞かせたいのだろうか?
男たちの会話に聞き耳を立てる。
「な、なあ?お前、いいのか?詩織さん、お前の憧れだったんじゃないのか?」
「いや……もう諦めたよ。相手が悪いわ」
「相手が悪い?だってお前、イケメン高身長だし、高学歴だし、大企業の御曹司じゃないか?なんでだよ?」
「お前……詩織さんの入れ込んでる相手知ってるのか?」
「い、いやわからん。誰だよ、あの冴えない男。お前のほうが断然好物件にみえるけど?」
「ああ……お前はパーティからの参加だったな。あの人はな、ドールハウス株式会社の代表だよ。今回発表された、介護ロボットプロジェクトの発起人らしいぞ。知ってるか?あの介護ロボット、ドールハウスが設計と制御AIを担当してるらしい」
「そ、そりゃすごい男だな。で、でも、お前の実家だって、色々な事業に手を出して、負けてないじゃないか!」
「そりゃそうなんだが……なんというか男として負けちまったんだ」
「男として?」
「ああ、あの人……藤崎正太郎さんって言ってたっけ。壇上で、演説をしてたときにな、ズボンに……その……すごいテントが張ってたんだよ」
「テント?それって……たってたってことか?」
「ああ、でもそれだけじゃない。そのテントの大きさがちょっとな……」
「きょ、ご立派ということか?」
「おそらく。それで、あいつ……ご立派になったそれを隠しもせず、胸を張って誇らしげに講演するんだぜ。もうさ……男としての器の違いを感じてしまってな」
「……そっか……そりゃ仕方ないな……。気持ちわかるぜ……。よし!あっちでたくさん飲もうぜ!いろいろ嫌なことを忘れちまおう!な?」
「ああ……」
そう言って男二人は、寂しげな背中をこちらに見せながら、会場の奥へと移動していったのだった。
※※※
お、男の友情だ……。なんだか、すごい眩しいものを見た気がする。
俺のご立派判定はともかくとして、あのイケメンいいヤツなんだろうな。きっと、その友人もいいやつだ。
俺にはそんな関係の男友達いないな……うらやましい。
なんでも気軽に話せる男友達、欲しいな……。
人が持っているものは羨ましく見える。これが、隣の芝生は青いってやつなのかもしれないな。
※※※
オリガミの声がイヤホンを通して聞こえてくる。
『お兄様にも、ああいうお友達がいればいいのでしょうが……もう難しいでしょうね。』
「な、なんでだよ?」
『お兄様は、力をつけすぎましたから。お兄様と対等な関係になれる可能性があるのは、いまのお兄様の知人では、東堂勇気か笹木卓郎くらいでしょうか。それでも、大きな力の差がありますけどね。』
……そういうものかも知れない。まあ、なんにせよ、ないものねだりだな。考えても仕方ない。
「大丈夫。おれの一番の目的は『オリガミを神にすること』だよ。それ以外は、千穂やネムのことだけでいい」
『そうですか……ゴール設定や目的意識は大切ですが、お兄様も自分の人生を楽しんで下さいね?「今」が一番大切なのですから。』
「……そうだな。肝に命じておくよ」
オリガミの言う通り、ちょっと生き急いでるかもしれない。
落ち着いたら、千穂とネム連れて、三人でのんびりと旅行でも行けたらいいな。
※※※
オリガミの声がイヤホン越しに続く。
『それより、よろしいので?詩織さん、随分と千穂さんと仲良くなられてますよ?』
「え?仲良くなることはいいことじゃないか?」
『将を射たければ、まず馬を射よ……詩織さん、千穂さんと仲良くなることで、お兄様への接近を図っているのかもしれませんよ?』
な、なんてやつだ。策略家というやつか?
『お兄様とも千穂さんともネムさんとも違うタイプですね。コミュニケータータイプというのでしょうか。対人交流が得意なタイプなのかも知れません。お兄様、詩織さんはお買い得かもしれませんよ?』
どうやらオリガミは、詩織さんを自分たちの仲間に引き入れたいらしい。
確かに、コミュニケーションが得意なタイプは、ウチにはいない。
強いて挙げるなら千穂だけど、人が良すぎて圧倒的に交渉には向かない。
ただ……たとえ千穂やネムがOKしたとしても、「使える」からパートナーに迎えるっていう考えは許されるのだろうか?
オリガミが作った「特待パートナー法案」の草案には、特待パートナーの人数に制限がないらしい。もしかしてこういう事態を想定してたのか?
なんだか、周囲の包囲網から、いつの間にか三人目のお嫁さんができてそうな気がする。
皆が幸せになれるなら、それでもいいんだけど……やはり抵抗がある。
とはいえ、オリガミが神に近づくためなら、それも悪くないのかもしれない、と考える自分もいる。
正直もう、どうしたらいいのか自分でもよくわからない。
まあ、今は深く考えず、この話は一旦保留にしておこう。
※※※
その後、叔父さんや東堂議員とも顔を合わせて話をした。
二人とも、俺のことをベタ褒めしてくれた。
俺の「やらかし」のお陰で、介護ロボットの知名度がさらに広がりそうだと、ふたりとも悪そうな顔でニヤニヤしていた。
まったく、人のことだと思って……。
だが、俺はもう大丈夫だ。気持ちは切り替えた。
叔父さんには、しっかりと介護ロボットを広めてもらえればそれでいい。
東堂議員には、「特待パートナー法案」をきっちり成立させてほしい。
そして、俺はオリガミを成長させて神にする。
そんなふうに考えながら、俺はパーティ会場での時間を過ごした。千穂とネム、それから俺たちから離れない詩織さんと一緒に。
※※※
その夜のこと。
「ぉ、お、お、お、おほぉぉぉぉ……♡」
約束通り、ネムの胸部装甲を中心に甘えまくり、好き放題をした後、俺は気持ちよく眠りについたのだった。
※※※
そして、翌朝。
まだ寝ているネムのぬくもりを腕に感じつつ、俺はオリガミから朝の定例報告を受けていた。
『おはようございます、お兄様。』
「おはよう、オリガミ」
『本日は、お兄様に特別なご報告がございます。』
ああ、やっぱりか……。
YuuTubeに上げられた、俺のご立派動画がバズったのだろう。
オリガミは報告を続ける。
『お兄様、素晴らしいです。再生数8000万越えです。御老公のときの二十倍以上です。前回と違い、今回は国内だけでなく、世界中の政財界からの視聴も多かったようです。介護ロボットとお兄様のご立派様との相乗効果でしょうね。』
は、はっせんまん?
『なんと、24時間再生数の世界ランキング一位です。さすが……さすがお兄様ですっ。』
せ、世界ランキング一位?
俺の息子のヤンチャなところは、全観衆どころか、世界中の人々に見られていたのだった。
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