たってしまって、たてない正太郎
とうとう今日は、介護ロボットの発表の日だ。
俺たちは、研究所の駐車場に立っていた。ここにいるのは、俺と千穂とネムの三人だ。
それぞれが準備した服装を着込んで、駐車場にて早瀬さんの車を待っていた。
※※※
千穂は、濃紺――ネイビーのドレスに身を包んでいた。
肩先を上品に覆うレースのスリーブ、ウエストにきゅっと細いリボン。
膝丈のふんわり広がるスカートは、さりげなく揺れて、彼女の清楚な雰囲気によく似合っている。
髪はいつもより丁寧に巻かれ、サイドにパールのヘアピンが飾られていた。
つま先の揃った白いパンプスには、小さなパールのアクセサリーが控えめにきらめいている。
そして指には、俺が渡した赤いルビーの婚約指輪。
普段とは違う、大人の千穂がそこにいた。
見慣れたエプロン姿も可愛いが、今日はまるで絵画から抜け出てきたお姫様みたいだ。
俺は、千穂の、あまりの可愛さに興奮してしまう。
「千穂、かわいい!美人!似合ってる!天使!」
「えへへへ……そうかな?」
笹木玲奈さん、さすが。有名一族のお嬢様なだけはある。千穂をもっともっと可愛くしてくれた!
「可愛い千穂が美人になった!大人美女になった!可愛い千穂も最高だけど!美人の千穂も最高!可愛い美人だ!」
千穂は、顔を赤らめて恥ずかしそうに体をくねらせていた。
「え、えへへへへへ……て、照れるよぉ」
おいおいおい。天使降臨だろこれ。
※※※
俺がデレデレしているのを見ていたのだろう。
ネムが不満気に声をかけてきた。
「おい、正太郎。ワタシにはなんか……なんかそういう言葉はないのか?」
ネムは、深いネイビーのパンツスーツに身を包んでいた。
しっかりと仕立てられたジャケットに、胸元でふんわり重なる淡いシフォンのフリルブラウスを合わせている。
ブラウスのフリルが、彼女の大きな胸の存在感を柔らかく分散させ、すっきりと上品に見せていた。
パンツは足首までのすらりとしたシルエット。小柄なネムによく似合っている。
足元にはヒールのある黒いパンプス。
童顔に、きちんとしたパンツスーツとフリルの組み合わせが絶妙で、普段のラフな様子に、凛とした雰囲気が加わっている。
それでいて、ジャケットとフリルのおかげで、ネムの胸のラインはしっかり隠せていた。
素晴らしい。俺が大好きなネムの胸をうまく隠せている。あのテーラードスーツのお店。素晴らしい仕事をしてくれた。
「ネムも似合ってるぞ!頑張ってお姉さんぶってる感じが可愛い!胸のラインはうまく隠せたな!」
その言葉にネムは、可愛らしく頬をふくらませる。
「ひ、ヒールも履いてるんだぞ?いつもよりは、お姉さんだろ!?」
「た、確かに。ネムがヒールを履いている。初めて見た。頑張ってる感が可愛すぎる!」
「ひどいぞ!ワタシだって、ちょっとは大人っぽくなっただろ!?」
ネムは悔しそうに地団駄を踏む。
「し、仕方ないだろ……その服は、ある意味、ネムの魅力を隠すために俺が作らせたんだよ。ネムは対外的にはまだ俺の婚約者じゃないんだから。あまり、他の男に、ネムのこと見られたくないんだよ……」
「ち、千穂ちゃんはいいのかよ?」
「千穂は婚約者だからな。堂々と、俺の女に手を出すな!って守れるじゃない。ネムはそれができないんだよ……。分かってくれ。ネムを他の男に目をつけられたくないんだよ。そんなの耐えられない」
ネムの胸は俺だけのものだ。他の男には絶対に見せないぞ!
俺の弁解に、ネムは納得してくれたようだ。すぐに満足げな顔になり、少し顔を赤らめて答える。
「そ、それならしょうがないな!正太郎、ワタシの事好きすぎだろ!」
そんなネムの様子を、千穂は目をキラキラさせながら見ていた。
どうやら、千穂の母性本能に火をつけたらしい。
「ネムちゃん、顔を赤くしちゃって、かわいい!私もネムちゃんのこと大好きだよ!そのパンツスーツ姿もかっこよくて似合うけど、ネムちゃんはお姫さまみたいなヒラヒラも似合うと思うんだ!今度、また玲奈さんと一緒にお出かけして、お姫様みたいな格好にしてもらお?」
ヒラヒラの服のネム?なにそれ?見てみたい。さすが千穂。グレートな提案だ。
「こ、今度な!……な、なあ?正太郎は、ワタシのヒラヒラした服を着たところを見たいか?」
見たいに決まってる。
「勿論だ。いくらでも課金してやる。千穂……金に糸目はつけない。頼むぞ?」
「わかったよ!ネムちゃん、たのしみだね!」
「お、おう……」
後日、千穂と笹木玲奈さんに、着せ替え人形にされることが確定した、ネムなのであった。
※※※
そんな会話をしていたら、早瀬さんはすぐにやってきてくれたので、その車に乗り込む。
車内では、軽いノリで、いつもの食卓のときのような会話をした。
ただ、俺もネムも、千穂だって緊張しているのだろう。皆、少し顔がこわばっているような気がした。
そんな中、ふいにイヤホンからオリガミの声が聞こえてくる。
会話中に割り込んでくるなんて、珍しいな。
『お兄様……本当に口がお上手ですね……本当に……本当に、素晴らしいことです!その調子で、もっとたくさんの女性をたぶらかして、至るところに子供を作ってもらえると嬉しいのですが。』
どうやら、さっき俺がネムに言った言葉についての反応らしい。
たぶらかすっていうなよ。俺には今までそんなことをした記憶はない。
『ただ、そうなると、今のお二人との理想的な関係が崩壊してしまうリスクもあるのですね……人間は、なかなか難しいです。』
オリガミもそういうところが分かって来てくれたか。これも成長の結果なのかも知れない。
オリガミ――そうなんだよ。人間って本当に難しいんだよ。
そういえば、最初にオリガミにかけた言葉が「人間って、なんだ」的な質問だった気がする。
あの瞬間から、全てが始まったんだよな……。思えば遠くに来たもんだ。
俺を挟んで、仲良さそうに話す千穂とネムを見ながら、しみじみとそんなことを思ったのだった。
ちなみに俺も、今日はネイビーのスーツ姿だった。
即日でカスタムオーダーしてもらった、体にフィットしたスーツを着ている。
俺のスーツ姿については、千穂もネムも特に何も言ってくれなかった。
自分では結構似合っていると思ったんだけどな。
まあ、どうでもいいか。
そんなわけで今日は三人ともネイビー系の装いだった。笹木玲奈さんがフィッターさんとやりとりして、色味を合わせてくれたのかもしれない。
今回ばかりは、笹木玲奈さんに感謝だ。
※※※
その後、特にトラブルもなく発表会場に到着した。
都内の高級ホテルのレセプションホールだ。
高い天井にきらめくシャンデリアが、絨毯敷きのフロアを柔らかく照らしている。
正面の壇上には、介護ロボットの実演用のベッドや車椅子、点滴スタンド、介護用リフトなどの備品が整然と並べられている。
その奥には大きなスクリーンがあった。
千穂は控室のスクリーンで、俺たちの発表を見ることになった。
ビジネスの発表会では、華やかなドレス姿はやや浮いてしまうためだ。そのため、彼女はパーティーからの出席者として、控室で俺たちの発表を見ることになった。
「しょうちゃん、またあとでね!」
早瀬さんに案内されて控室へ向かう千穂を見送り、その後、東堂議員と叔父さんに挨拶する。
まずは東堂議員だ。
「正太郎くん、介護ロボットの動作を見たよ。あれから、さらにすごくなってるじゃないか」
どうやら、東堂議員は先に現地入りしていて、事前のリハーサルも見ていたようだった。満足そうな表情を浮かべている。
東堂議員の次に、叔父さんにも挨拶した。
「正太郎、今日は藤崎グループとドールハウスにとって晴れ舞台だ。気を引き締めていこうな」
こんな大舞台の直前だと言うのに、叔父さんは、どこか余裕もうかがえる。こういった場に慣れている歴戦の経営者の貫禄を感じる。俺にはまだ無いものだな。憧れる。
柚希さんの姿はなかった。産休中なので、今回はネット配信で見るとのことらしい。
赤ちゃんの安全が最優先なのは当然のことだろう。
※※※
介護ロボットの発表会が始まった。
華やかなライトアップと壮大な音楽が流れ、司会がもったいぶった様子で語り始める。
そして、いよいよ本日の主役が登場する。
藤崎グループとドールハウスが開発した、介護ロボットだ。
車椅子には、落ち着いたパジャマ姿の女性モデルが座っている。
ロボットはその後ろに静かに立ち、両手で車椅子のグリップをしっかり握りながら、慎重だがなめらかな動きで歩みを進めていく。
介護ロボットの自然な動きに会場はどよめき、カメラのフラッシュやシャッター音が響き渡る。
会場の視線が集まる中、ロボットはゆっくりと車椅子を所定の位置に停止させる。その途中で、女性が膝掛けを落としかけると、ロボットがすぐに気付き、柔らかい手つきで膝にかけなおしてあげる。
「これから介護ベッドへご案内します」と、ロボットは人間らしい穏やかな声で女性に語りかける。
ここからが実際の介護動作だ。
車椅子のフットサポートを上げ、片腕で女性の背を優しく支え、もう一方で膝下を持つ。女性への負担がかからないような姿勢で、ロボットは女性を抱き上げる。
ベッドへ移乗するときも、頭や脚が当たらないようにゆっくり、なおかつ無駄のない正確な動きで、女性をベッドの上へゆっくりと寝かせる。
その後も、次々と披露される介護動作。
介護ロボットは、衣類の着脱補助、シーツ交換のサポート、さらに高齢者が立ち上がる際の補助や、トイレへの誘導など、様々な介護動作を丁寧に行う。
ベッド上で寝返りを打つときには、身体の負担がかからぬよう優しく姿勢を支え、着替えの場面では、ボタンを外す・留めるといった細かい作業や、服をめくって着せる動きまでスムーズに行う。
歩行補助では利用者の腕をしっかり取って支え、安心して歩けるよう慎重に介助する様子も披露された。
どの動作も人間の介護職員に勝るとも劣らない、しっかりとしたものだった。
※※※
俺とネムは舞台袖にある椅子に座っていた。
俺は、もう少し後に壇上にて話すことになる。
隣のネムは、介護ロボットの不調や不具合が発生したら、すぐに対応できるように控えている。一緒に壇上に出てきてくれとお願いしたが、断られた。
そんなネムだが、自分の開発した介護ロボット制御AIの動きを見たからだろう。大興奮だった。
「正太郎!すごいな!すごいな!」
そして困ったことに、興奮が極まると俺の腕に抱きついてくるのだ。
ネムが俺の腕に抱きつくとどうなるか……そう、彼女の豊かな胸がムニュっと腕に押し付けられることになるのだ。
俺は参ってしまっていた。
そう……俺の息子が元気になりすぎていて、立ち上がれなくなっていたのだった。
まずい。まずいぞ。
後少しで、俺の登壇する番だ。
「ネム、今だけは!今だけは!腕に抱きつかないでくれ!」
俺が必死にそう言っても、ネムの耳には入っていない。舞台上の介護ロボットに夢中なのだ。
介護ロボットが介護動作を成功させるたびに、興奮して俺の腕にしがみついて来るネム。そのたびに固くなる俺の息子。
ついに、叔父さんが舞台上に登って、話をはじめた。堂々とした振る舞いだ。カッコいい。
叔父さんの話は続いていく。俺の息子は未だに元気のまま。
そして、とうとう叔父さんの話は締めに向かう。
「……というわけなのです。この介護ロボットを通して、この国の問題を解決する大きな力となれることが嬉しくて仕方ありません」
「それでは、次はこのプロジェクトの発起人でもあり最大の功労者でもある、ドールハウス株式会社の代表取締役、藤崎正太郎さんに話していただきましょう!」
次は俺が壇上に向かう必要がある。だが今の状態じゃ……無理です……無理なんです。
ネムぅ、勘弁してくれよぉ。
壇上に行かなければいけない。でも立てない。息子が元気すぎるのだ。
今、壇上に向かったら、間違いなく前かがみの原人歩きとなる。叔父さんの名誉のためにも、それは許されない。
俺は壇上の叔父さんに、インカム越しに声をかける。
「叔父さん……ネムが興奮して腕に抱きついてきて……」
俺は情けない声を出す。
叔父さんは察してくれたようだ。他の人に察されないようにインカム越しに声をかけてくれる。
「まさか……たってしまって、たてないのか?」
「はい。たってしまって、たてないんです」
「そうか……俺も経験がある。兄貴も経験あると言っていた。これは藤崎の男の宿命らしいな。時間を稼ぐ、なんとかしてくれ」
「わ、わかりました」
ネムを引き剥がし、スタッフに預けても俺の下半身の憤りは、いっこうに収まらない。
くそ!やってくれたな、ネム!帰ったらお仕置き決定だ!
時間だけが過ぎていく。叔父さんの顔に焦りの表情が浮かぶ。時間稼ぎもそろそろ限界のようだ。
でも、俺の息子は元気なままだ。もう遅かったんだ……あの柔らかさが反則すぎたんだよ……。
※※※
そんなときだった。「やれやれです」といった感じの、オリガミの声が俺のイヤホンに届いてきた。
『お兄様、仕方ありませんね。私が対処します。お任せ下さい。』
オリガミが、音声スプーフィングで模倣した俺の声で、叔父さんに話しかける。
『叔父さん、大丈夫です。呼んで下さい。ただ、ちょっと予備の介護ロボットを使うので驚かないでくださいね』
介護ロボットを使うと伝えた俺の声に少しだけ戸惑った様子の叔父さんだったが、それでもほっとした表情になる。
「ドールハウス株式会社の代表、私の甥の準備が整ったみたいです。皆さんをお待たせするなんて、まったく困った甥っ子です」
最後に軽く笑いを入れ、会場を湧かせると、叔父さんは壇上を降りていった。一仕事終えた顔をしていた。
そして、司会による進行が続く。
「藤崎代表、ありがとうございました!」
「では。この介護ロボットの制御AIを開発されましたドールハウス株式会社の代表、藤崎正太郎の登壇です。それにしても、どちらも藤崎で紛らわしいですね?」
その軽い言葉に、再び、会場がワッと湧く。
※※※
だが、俺の心のなかは焦りの気持ちでいっぱいだった。
そんな俺に、オリガミは、その済んだ声で落ち着くよう声をかけてくれる。
『お兄様、私にお任せ下さい。この介護ロボットの制御に介入します。お兄様をその体勢のまま、壇上へとお連れします。』
『予備の介護ロボット制御に介入。お兄様の元へと向かわせます。』
オリガミの制御により、舞台袖においてあった予備の介護ロボットがたちあがる。
そして、俺の元までなめらかに移動してきた。
リハーサルに無かったことだ。司会も関係者も驚いた顔をしている。なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
介護ロボットは、椅子に座った姿勢を維持しつつ、俺を優しく持ち上げると、壇上へとゆっくりと向かう。
俺は暴走状態のヤンチャな息子を隠しながら、壇上までやって来ることができたのだ。
司会は驚いた表情を見せたが、すぐに進行を継続した。さすがプロである。
「さ、さすがVTuberプロダクションでもあるドールハウスですね?こういった演出はお手の物ですか?」
「も、もちろんです!いかがでしょうか?この介護ロボットは、俺みたいな成人男性も軽々と持ち上げて、段差も乗り越えて移動できます!」
その言葉に、会場がどよめく。
「この介護ロボット完成まで困難の連続でした……そう!あれは……」
そして、俺の口八丁モードが始まったのだった。
俺がなにか喋るたびに、後ろでそれに合わせて介護ロボットが介護動作を行うたびに、会場がどよめきに溢れる。
俺は気持ちよくなってしまっていた。
※※※
そして、俺の話も佳境にはいる。
「この介護ロボットは、この国の抱える大きな問題を解決すると、俺は確信しております!」
「介護というのは大変なものです。介護される側は迷惑をかけていると自分を卑下してしまいます。現役世代は介護の負担で時間や体力が続かずやりたいことをやれないということもあるでしょう。介護に追われ青春時代を送ってしまうヤングケアラー問題というものも存在します。本当に悲しいことです」
「だけど!この介護ロボットさえあれば!それらの問題が全て解決するのです!」
「もちろん、導入時には小さな問題は発生するでしょう……ですが!そのトラブルを乗り越えた先には、この国とそこに住む家族には明るい未来が待っているのです!」
「さらには、金銭面における試算でも、一般介護よりも大きく安くなるという試算がでています!もはや、メリットしかありません!」
「俺は確信しております。この介護ロボットが、この国の抱える大きな問題である、少子高齢化問題解決の大きな第一歩になると!」
そして、俺は、乗っていた介護ロボットから降りて、自分の足で立ち上がる。
背筋を伸ばして、腕を大きく開きながら言う。
「これが!この介護ロボットが、この国が復活するきっかけになると!俺は信じています!」
そんな俺の言葉に、会場の観客からは大きな拍手が広がったのだった。
き、気持ちいい!
※※※
だが、俺は演説に入り込んでしまい、忘れてしまっていたのだ。
何故、自分が壇上に登る時間が遅れたのか。何故、自分が介護ロボットに抱えられていたのか。
胸を張って自信ありげに、ゆっくりと首を回しながら、大きな拍手を送る観客たちを見渡す。
――ズボンに張っている大きなテントを、会場の観客全員に見られながら。
※※※
ネット民の動きは早かった。
俺の動画は、演説後三十分もたたずに、YuuTubeに上げられた。
――『たってしまって、たてなかった御老公。ロボットに介護され未来を語る。』
それが動画のタイトルだった。
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