正太郎ハンドVer.0.1
千羽工業のトラブルが終わって、数日後のこと。
叔父さんから俺に電話がかかってきた。
『正太郎。千羽さんの会社、守ってくれてありがとうな?』
「叔父さんこそ、いい会社を紹介してくださりありがとうございます。おかげで、すぐにヒューマノイドが完成しそうです」
『あそこは、技術だけはあるからな……』
たしかに「技術だけ」はあるらしい。確認したわけじゃないけど、オリガミはそう言っていた。
そういう意味では、千羽工業は、たくさんのロボットを作っていく俺たちにとって理想的なパートナーだ。
子会社化できたから、ロボットの生産計画が自由に立てられるのもありがたい。
俺は「技術だけは」という、叔父さんの言葉にうなずく。
これはつまり、他はダメダメだということだ。
「なんというか……よく今まで潰れずにやってこれたなって感じの会社でした」
『そうだろ?トップが人が良すぎてすぐに騙されるんだよ。柚希が、法律事務所で働いていたときに、何度か助けたらしくてな。流石に守秘義務らしくて、詳しくは言えないらしいけど』
柚希さんが助けていたおかげで、これまで潰れずに済んだのかも知れない。そう考えると納得である。
「……まあ、うちの子会社にしましたし、監視もつけたので、もう大丈夫でしょう。これからは、得意なものづくりに邁進できると思います」
叔父さんは安心した様子で言った。
『本当に良かったよ。千羽社長には、昔、世話になったこともあったからな。不幸になってほしくなかったんだ』
千羽工業の苦手分野は、オリガミが完全にカバーできるはずだ。
そして、俺たちは千羽工業の高い技術力でヒューマノイドを作ってもらう。
まさに理想的な協力関係だ。
※※※
そんな会話の中、叔父さんが念を押してくる。
『そうそう、明後日の介護ロボットの発表会、忘れてないな?発表会のあと、軽いパーティーがあるからな?』
「は、発表会?パーティー?うわっ……すっかり忘れてました……」
ヤバイ。千羽邸襲撃とか、いろいろありすぎて、頭の中から抜けてしまってた。
『おいおい。しっかりしてくれよ。服装とか大丈夫なのか?』
「……そういうのって、どんなカッコをしてくればいいんですかね?」
『流石にTシャツは止めておいたほうがいいぞ?スーツ着てこい?吊るしは駄目だぞ?ちゃんとカスタムオーダーでもいいから作れ。東堂議員も来るからな?ネクタイもしとけよ?』
「ど、ど、ど、どうしたら!どこでそんなものを?」
俺の反応に、叔父さんは呆れたようにため息を付く。
『はあ……まあお前もまだ二十歳だもんな。スーツのオーダーとか分からなくても仕方ないか。ちょっと待ってろ』
しばらくすると、叔父さんからテーラードスーツ店の連絡先がメッセージで送られてきた。
『ほら、ここに連絡しろ。俺の紹介だって言えば、家まで来てくれるから。特急で仕上げてもらえるはずだ』
「あ、ありがとうございます!」
『それと、ネムさんも、あのダボダボパーカーは駄目だぞ?あと婚約者ということで千穂さんも連れてきたほうがいいだろうな』
「え?え?千穂はともかく、ネムも?あいつ大丈夫かな……」
だが、よくよく考えてみれば、ネムは介護ロボットに関しては最大の功労者だ。出席して当然だ。
ただ、何かやらかしそうで、心配だ。
そんな俺の気持ちを見透かしたのだろう。叔父さんが声をかけてきた。
『大丈夫だろう。ネムさん、お前の前以外ではしっかりしてるよ。いいじゃないか。正太郎にそれだけ心を許してるってことだろ?』
「そ、そうですかね?でへへへ……」
そんなに俺に心を許してくれてるのか、照れるぜ。
言われてみると、ネムの失敗って、それが許される場面だけのような気がする。なら、しっかり……してるのか?
あ、思い出した。致命的な失敗してた。アイス買いに行って、誘拐されてたわ。やっぱり駄目だ。信用ならん。よく見ておかなきゃ。
『……千穂さんは、パーティーのみの参加だろうからフォーマルな格好で。ネムさんは……共同開発者として発表会に出てもらう必要があるから……スーツかな?』
千穂のフォーマル!見てみたい!
ただ……千穂もフォーマルウェアとか持ってないんじゃないかな?そういう場に出席したって聞いたことないし。
叔父さんに聞く。
「千穂もパーティーの服とか分からないと思うんですけど……誰か分かる人いませんか?」
『うーん。ああいうのは、派手すぎても地味過ぎても駄目だからな。主役の一人である正太郎の婚約者ってわけだし。注目されるだろうしな……。仕方ない。あまり気が進まないが、笹木に頼むか。あいつは慣れてるからな』
「え?笹木さんですか?……詩織さんじゃないですよね?」
詩織さんだったらヤバい。
『違う。詩織の方は、もう別の場所で司法修習の研修を受けているからな』
よかった。玲奈さんの方のようだ。
叔父さんは、どこかおかしそうな口調で言った。
『おまえ……笹木詩織に相当、気に入られたらしいな?』
「ふ、不本意ながら」
まあ、じいちゃんの家での出来事は伝わってるよな。柚希さんもその場にいたし。
『この前なんか、あいつのバッグから「リアルな手の模型」がはみ出しててな。みんな驚いてたぞ?』
「ネムが俺の手の3Dモデルデータを彼女に送ったらしくて……」
『やっぱりか……「正太郎様ハンドVer.0.1です!」とか言いながら、頬ずりしてたぞ?』
くっ。本当に作ったのか。これだから、クリエイティブな変態ってたちが悪い。
千穂シリーズの件があるから、俺があまり文句を言えないのもたちが悪い。
そうだ、確か玲奈さんって、俺と詩織さんをくっつけようとしてなかったっけ?
気になったので聞いてみた。
「笹木さんに、千穂を任せて大丈夫でしょうか?」
『何か問題があるのか?』
「笹木玲奈さん、詩織さんと俺が結婚すればいいじゃない?とか言ってたんですよ。千穂、いじめられたりしません?」
叔父さんは少し考えてから、確信を持った口調で答える。
『安心しろ。あいつも家の事情おかまいなしに恋愛結婚をしたクチだからな。当人同士が望まない結婚を無理に進めようとすることはないはずだ』
「それに、千穂さんは、柚希のお気に入りだからな。絶対に大丈夫だ。柚希と笹木は、親友だからな。不本意ながら」
そうだった。柚希さんと千穂は仲良しだったんだ。
なら、千穂を傷つけるような人は、叔父さんの会社にはいないはずだ。柚希さん、怖いし。
それにしても……千穂は誰とでもすぐ仲良くなるな。さすが千穂だ。
※※※
叔父さんとの通話を終了させ、ほっと一息ついたときに気付いた。
しまった。千穂の予定を勝手に俺が決めてしまった。
こういうのはよくない。とりあえず本人に聞いてみなきゃ駄目だろう。
俺は、晩御飯を作ってくれてる千穂のところに行き、まずは明後日のパーティーについて、そして明日の千穂の服選びに笹木さんが付き合ってくれることについて説明した。
「というわけなんだが、明後日、俺の婚約者として介護ロボット発表会の後のパーティーに来てくれないか?」
「こ、婚約者として?えへへへ……うれしいな……でも……パーティーとか私なんかで大丈夫なのかな?」
「いや、千穂じゃないと駄目だよ。俺の婚約者として出席してもらうんだから」
「そ、そうかな?えへへへ……」
千穂はなんだか嬉しそうだ。エプロン姿でそんな顔しないでくれ。襲いたくなってしまう。
俺は心を落ち着けるために、深呼吸する。
それから、明日の件についても確認する。
「明日、笹木さんと服を買いに行くのも大丈夫か?」
「うん!大丈夫だよ!玲奈さんとは、しょうちゃんのおじいちゃんの家でたくさん話したから!楽しい人だよね!」
いつの間に……。やっぱり千穂はすごい。
千穂は、首を傾げて、不思議そうに尋ねてくる。
「でも、なんで笹木さん、そういうのに慣れてるの?パーティーとかによく出るのかな?」
「あの人、笹木家本家のお嬢様なんだよ」
「笹木家?」
「……まあ、超お金持ちってことだ」
笹木さんのことは全く知らなかったようだ。
千穂は目を見開いて驚き、そして不安げに聞いてくる。
「え?わ、私、お小遣い、そんなにないよ?笹木さんが選ぶような店で、服は買えないと思う……」
「大丈夫。俺が払うから。俺のビジネスイベントに付き合ってもらうための服だし、経費だよ経費!」
「い、いいのかな?」
「大丈夫だよ。もうちょっと頼ってくれると嬉しいな。千穂は俺の大切なお嫁さんなんだからさ」
「うん!ありがとう!お嫁さん、えへへへ……」
第一、千穂のフォーマルとか俺が見てみたい。いくらでも課金しちゃう!
※※※
そんな俺たちの会話を、ソファに寝転がりながら聞いていたのだろう。
千穂が料理に戻った後、ネムが俺に尋ねてきた。
「正太郎、ワタシは?ワタシはどうするんだ?」
「ネムは俺と一緒に発表会から出席だな。だから、まあ、スーツだな」
「スーツ?この前、正太郎と仲良くしたときに着てったやつか?」
あのスーツ?あんな胸がピチピチの背徳的なスーツはいけない。第一、スカート短すぎ。
「あれは駄目だ。絶対に駄目。あのスーツは俺と一緒のときだけ着てくれ」
「え?なんでだ?」
「俺にとって、魅力的すぎるんだよ。あんなの着てるネム見て、俺が発表中に前かがみになったらどうするんだ!」
絶対に前かがみになる自信がある。前かがみでヒョコヒョコと壇上に上がりたくない。
ネムは満足そうに、言葉を発する。
「ムフフフ……正太郎、ワタシのこと好きすぎだろ!」
「ああ、大好きだよ!だからネムは、パンツスーツな?明日の朝に採寸に来るらしいから、ネムもカスタムオーダーするぞ」
「お金はあるんだし、フルオーダーじゃだめなのか?」
「時間がない。介護ロボットの発表会、明後日なんだぞ?明後日。ネムも忘れてたろ?」
「そ、そうだな……制御AIの方、仕上げて、全て終わった気分になってた……めんどうだな!」
確かに面倒だ。でも、こればかりは仕方ない。
「これも特待パートナー法案を通して、ネムをお嫁さんにするためだ。我慢してくれ」
「そ、そういえばそうだったな!ワタシのためにやってくれてるんだったな!正太郎、ワタシのこと好きすぎだろ!」
だから好きだって言っとろうに。
※※※
その翌朝。
叔父さんに頼まれたであろう笹木玲奈さんが、ニッコニコの笑顔で、千穂を自宅まで迎えに来た。
笹木玲奈さんが明るい声で言う。
「おはようございます、正太郎様!今日は、千穂さんを、もっともっと可愛くしてきますね?全て私にお任せ下さい!」
笹木さんは、あいかわらずハキハキとした様子で、朝からすごく元気だ。
そして、何かを思い出したようにカバンをゴソゴソと探ると、人間の手らしきものを二個取り出す。
これって、まさか……。
「これ詩織ちゃんからです。千穂さんとネムさんにと。なんなんでしょうかこれ?キモいですね?」
ネムは眉をハの字にしながら、「手」を受け取る。
「お、おう……どうするかなこれ……」
すごく困っているようだ。その気持ち、すごくわかる。
一方、千穂はそれを見て、目を輝かせて喜んでいた。
「え?これって……しょうちゃんの?や、やったー!」
そうして、「手」を抱えてぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる千穂。
俺は、ネムが持っている手に顔を近づけて、よく観察する。
これが、叔父さんが言っていた「正太郎ハンド」か……。くそう。「Ver.0.1」なんて刻印まである。
これから、改良版をどんどん作っていくという、強い意志が感じられるじゃないか。
しかし……リアルすぎだろ。ホラー映画の小道具みたいに見えるんだけど……千穂は本当にこれをもらって嬉しいのか?
そんな千穂だが、今日の用事のことを思い出したのか「正太郎ハンドVer.0.1」を大切そうにカバンに入れて、笹木玲奈さんに向き直る。
そして、ペコリと頭を下げる。
「玲奈さん、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いされました!」
千穂に明るく返事をすると、俺の方を向いて、これまたハキハキとした声で言った。
「正太郎様、千穂さんをお借りしますね!」
千穂も、こっちに手を振りながら笑顔で言う。
「しょうちゃん、行ってくるね!」
そうして、千穂と笹木玲奈さんは、早瀬さんが運転する車に一緒に乗り込み、仲良く会話をしながら出発していったのだった。
本当に、千穂は誰とでも仲良くなれるな。やっぱり天使だな。
※※※
その一時間後ぐらいだったろうか。
スーツをオーダーするために、フィッターさんが来てくれた。
女性のフィッターさんだ。ネムの採寸もするし、女性を、とお願いしたのだ。
俺の採寸は五分もかからずに終わった。まあ、珍しくもない体型だったのだろう。
だが、ネムを採寸したフィッターさんは、驚愕の表情をしていた。
「す、すばらしいお体ですね……」
フィッターさんの言葉に、ふんっ!と鼻息荒く、ネムが言う。
「だろ?ワタシのおっぱいはすごいんだ!」
ネムは身長が低いぶん、大きな胸に誇りを持っているフシがある。うん、おれも素晴らしい胸だと思います。
ただ、今回は、その胸を強調するような服は駄目だ。
発表会やパーティーの最中に、ネムの胸部をうっかり視線に入れてしまい、俺の大切な部分が膨張して、イスから立ち上がれなくなったりしたら大変である。
「彼女のスーツは、できるだけ体のラインが出ないようにお願いします」
「わ、わかりました。なかなか難しいかもしれませんが、頑張ってみます」
是非とも頑張ってほしい。
これは、俺の行動が阻害されるという理由だけではない。
なにより、ネムの胸のふくらみを、他の男達には見せたくないからだ。
ネムの胸部装甲は俺のものなのだから!
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