工場、買わないか?
千穂の朝ご飯を食べ、本日のオリガミタンクの追加作業をネムとこなす。
これでオリガミタンクは17個だ。
『ああ……お兄様……お兄様が準備してくださった場所にぃ……私のネットワークが広がっていきます……最高ですぅ……。』
オリガミは絶好調だった。
その後、ネムは介護ロボットのシリコンAIの改良に、千穂は早瀬さんを護衛に大学へと出かけていった。
俺は、叔父さんにアポをとった。俺の仕事。ヒューマノイドの製造についてお願いするためだ。
※※※
そして今、よいこ軍団のエイトに運転を頼み、藤崎グループビルのエントランスまで来ていた。
俺の服装は、相変わらずの白のTシャツにジーンズだが、今日はネイビーのジャケットも羽織っている。
さすがに、そろそろ俺もスーツを着たほうがいいんだろうか?
でも、これからのドールハウス株式会社は、VTuberプロダクションだけでなく、AI企業であることも全面に押し出していく。
IT企業の人でスーツを着てるのって、なんだか逆にうさんくさく見えるんだよな。
まあ、文句言われたらなんとかしよう。
※※※
さて……藤崎グループのビルだ。俺にとって、鬼門である。
ここには、あまり遭遇したくない人達がいるのだ。
まず会うだけでキリキリと胃が痛む柚希さん、そして、にぎやかすぎる笹木一族。
叔父さんは俺にとって癒やしである。早く叔父さんに会いたい。
エントランスに入り、受付へと向かう。
「あ、あの。ドールハウス株式会社の藤崎正太郎といいます。叔父の、藤崎悠斗に会いに……」
人々に背を向けて、できるだけ人の目に触れないよう、会社の受付嬢に話しかける。
どうか、どうか、笹木ズに出会いませんように……。
そんな願いも虚しく、張りのある声が聞こえてきた。ああ……やっぱりか……。
「正太郎様!」
受付の奥の扉から現れるイケメン。笹木卓郎さんだ。まさか待ち構えていたのか?
受付嬢さんたちは、ポーっと顔を少し赤らめながら卓郎さんを見ている。
卓郎はその様子に気づいてもいないようだ。彼にとっては日常なんだろう。やっぱり、イケメンはすごい。うらやましいことで。
以前の俺なら、こんな状況を見てしまえばイラッときていたことだろう。
だが今日は違う。千穂とネムの献身のおかげで、イケメンでも受け入れられる。そう、俺は一皮向けたのだ。
※※※
「正太郎様!お待ちしておりました!僕が社長室までご案内しますね!」
しかし……また笹木ズに見つかったか。何故、いつも笹木家の誰かが出てくるんだ。
俺と卓郎さんは、受付嬢さんたちの卓郎さんへの熱い視線を背に、エレベーターに乗り込む。
卓郎さんは、相変わらず賑やかだ。
「いやー!正太郎様!昨日のアユ美さんの配信最高でした!たっくさんスパチャしましたから!」
今まで、静かに、このエレベーターに乗れたことがあっただろうか。
「あ、ありがとうございます。でも、ほどほどで。スパチャは、ほどほどでいいですからね?」
「ええ!そんな!アユ美さんにお金を使わないで、何に使うんですか!僕には考えられませんよ!今の僕はアユ美さんに貢ぐことが人生の生きがいなんです!そういえば、アユ美さんのサイン色紙!ありがとうございました!詩織から受け取りました!最高ですね!アユ美さんの包容力のある気品さが、文字からも伝わってきます!」
いえない。いえないよ……。
アユ美はオリガミが作っている仮想キャラだし、そのサインだって、サインペンをセットしてペンでものを描かせるペンプロッターによるものだ。
オリガミが制御してるから、同じものは存在しないし、ただのコピーってわけでもないけど。
ニコニコしている卓郎を見てられない。罪悪感を感じる……。
俺の気持ちを読み取ったのだろう。オリガミがイヤホン越しに声をかけてきた。
『お兄様、気に病まないで大丈夫ですよ?サインは、アユ美のリージョンが書いてますから。アユ美の心も、間違いなくこもってますよ。』
オリガミは優しく続ける。
『ドールズたちは、私の中にそれぞれ固有のリージョンを持っています。物理的にこの世に存在していると言えるでしょう。オリガミAIの一部ではありますが、お兄様の妹である私が操作しているわけではないのです。』
『私からドールズに指令は行いますが、実際に受け答えを行うのは、そのリージョン内に存在するアユ美です。他のVTuberと何にも代わりませんよ。』
最後に、オリガミは澄んだ声でハッキリと言った。
『アユ美は私の中に「居る」のですから。』
そっか……それなら多少は罪悪感が薄れるかな。
それからも、卓郎さんは、アユ美の配信の素晴らしさと、俺への過剰な称賛を熱く語り続けてくる。
「妹の詩織も言ってましたよ!正太郎様はカッコいいし、藤崎相談役とも対等に話せるぐらいの度量もあるし、手もキレイだし、頭の回転も無茶苦茶いいって!大好き!結婚したい!駄目なら愛人でもいい!って言ってましたよ!」
あ、愛人?マジかよ……。
※※※
エレベーターが社長室のある階に着く頃には、俺はもう疲れ切ってしまっていた。
だから嫌なんだ。藤崎グループのビルに来るのは。
叔父さんと柚希さんにお願いしよう。迎えは普通の受付の人とかにしてくれって。
そしてエレベーターが開く。
そこには……仁王立ちする、叔父さんがいてくれたのだった。
お、叔父さぁん!
※※※
叔父さんは、強面だ。威圧感のある声で卓郎さんに声を掛ける。
「卓郎?なんで正太郎と一緒にいる?」
「しゃ、社長!いえ、正太郎様の素晴らしさがわかる僕みたいな人間が迎えに行ったほうがいいかな〜って思いまして……」
叔父さんは、淡々と告げる。
「俺は、そんなことは頼んでない。あと、笹木がお前のことを探してたぞ?仕事をほっぽりだしてどこかに、いったって」
「え?玲奈姉さんが?し、しまった……ああ!」
俺の後方を見て固まる卓郎さん。その視線の先には、こちらに向かって走ってくる笹木さんがいた。
すごいスピードで走ってきた笹木さんは、一息つき、卓郎さんに向かって言い放つ。
「卓郎?あなた、何してるんですか?ミーティングの資料の準備、できてないですよね!」
笹木さんの勢いに気圧されて、卓郎さんはタジタジだ。
「すみません!今すぐにやります!くっ!正太郎様、名残惜しいですが、失礼いたします!また、お会いしましょう!」
卓郎さんは、輝くようなイケメン笑顔を俺に無駄見せしつつ、急いでどこかに去っていった。
卓郎さんを追い払った笹木さんは、俺に向き直って、満足げに言う。
「全く困ったものですね?正太郎様もそう思いますよね?じゃあ、行きましょうか?社長室までご案内しますね?」
ま、マジで。笹木ズの引き継ぎが完了しただけ?
「いらん。お前も、秘書室に戻れ」
お、叔父さぁん!
※※※
社長室へ行く。
「叔父さん……俺……にぎやかすぎるの駄目なんですよ……」
ああ、千穂かネムに会いたい。静寂を共有できる人に甘えたい。
「正太郎、その気持ちわかるぞ」
叔父さんが賛同してくれる。俺の気持ちを分かってくれるのは、叔父さんだけかも知れない。
それにしても……あの人達の手綱をとれるなんて……やっぱり叔父さんはすごい。尊敬する。
ん?そういえば今日は柚希さんがいないな?
いつも、この社長室にいるときは、叔父さんの後ろに立ってるのに。
俺は気になったので聞いてみた。
「今日は、柚希さん、いらっしゃらないんですね?」
「柚希?そういえば正太郎には言ってなかったな。柚希は産休に入った」
産休?……お腹に赤ちゃんがいるってことか!?
「え!妊娠してたんですか!?何で教えてくれなかったんですか!?」
俺は、妊娠してる柚希さんを、放火男や副署長とのゴタゴタに巻き込んでしまったってことか!?駄目だろそんなの!
青ざめた俺を見て、笑いながら叔父さんがフォローしてくれる。
「いや。正太郎たちに余計な気を使わせたくないとか言われてな?もちろん安定期入るまでは静かにしてたぞ?」
「そ、そうだったんですね?あ、何にせよ、おめでとうございます!三人目ですね!赤ちゃん、楽しみですね!」
「ああ、ありがとう。柚希が抜けたおかげで、仕事は大変だけどな?」
叔父さんは少し疲れているように見える。
柚希さんは、私生活だけでなく、叔父さんの仕事面においても大きな支えだったのだろう。
※※※
叔父さんが落ち着いた声で話す。
「それで?今日は、何の用事なんだ?介護ロボットの量産体制は整ったぞ?その件か?」
研究所ができてセキュリティ体制は整った。
イヌガミタイプについても、光学迷彩や側坐核砲などの新デバイスが、新たに装備された。さらには、オリガミの制御能力の向上により、今なら一体で20人くらい成人男性を相手にできるらしい。
これだけの防衛力が整えば、産業スパイも手を出しにくいはずだ。
介護ロボットを公開しても問題ないだろう。
「こちらの準備はととのいましたので、介護ロボットの発表については叔父さんの都合がいいタイミングで大丈夫です」
「そうか。それは助かる。そうそう、プレスリリースはお前も出席するんだからな?壇上で少し話してもらうぞ?」
「はい、わかってます。それは大丈夫です」
ドールハウス株式会社の、AI開発企業としての晴れ舞台だ。代表取締役の俺が出席しないなんてありえないだろう。
「ろくろ回しポーズ」と「カタカナワードの連発」だけは気をつけないとな。新たな黒歴史はゴメンだ。
※※※
叔父さんは、一息いれ、改めて話しかけてくる。
「それで?介護ロボット発表の話じゃなかったら、どんな話なんだ?」
「じ、実は……」
俺は覚悟を決めて、口を開いた。
研究所で使用する特注ヒューマノイドを設計したこと。そして、可能ならば、それを藤崎グループで製造してほしいことをだ。
俺の話を聞いた叔父さんは少し考え込む。そして申し訳なさそうに口を開いた。
「協力してやりたいのは山々だが……今は無理だな。介護ロボットの製造で、数年先までラインが埋まっちゃってる。東堂議員が張り切っちゃってな。彼の信用力のおかげで、実物を見もしないで購入予約する会社が多くてな。プレスリリースもまだなのにな」
「そう、なんですね……」
考えてみれば当たり前だ。これから、国中そして世界中に介護ロボットを展開することになるのだ。
余ってる生産ラインなんてあるわけがない。俺たちだけのために、そんなラインを作る余力なんてあるはずがない。
これは……困ったぞ?
頼みの綱の叔父さんが駄目だとすると……どこにヒューマノイドを作ってもらえばいい?
俺やネムに機械工業に関する知識やノウハウはない。自分達で作るのは無理だ。じゃあ……いったいどうすれば……。
市販のヒューマノイドを使う?いや……オリガミが言うには、市販品は、圧倒的にスペックが不足しているらしい。
AIなどのソフトウェアにばかり力を入れて、ハードウェアの方が貧弱になっているとのことだ。
じゃあ、どうすればいい?どうすれば研究所用のヒューマノイドを作れる?
俺は、叔父さんの前で、黙って考え込んでしまった。
そんな俺を見た叔父さんが、話しかけてくる。
「正太郎、一つアイデアがある」
「アイデアですか?」
「ああ、アイデアだ。いい話だと思うぞ?」
「それはいったい……どんな?」
叔父さんはなんだか不敵な笑みを浮かべていた。
「……俺の知り合いがやってる、精密機械工業の工場、買わないか?」
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