一年ぶりのオリガミタンク追加
研究所の建設はほぼ完了した。細かいところの作業はまだ残っているが、ひとまず区切りがついたと言えるだろう。
研究所の建設を担ってくれたのは、先端工業建設の方々だ。
彼らにねぎらいの言葉をかける。
「先端工業建設の皆さん、ありがとうございました!お陰様で、素晴らしい研究所ができました!」
「いえ……よくわからないものを作った気がしますが……どういう研究をするかは秘密なんですよね?」
「すみません。ドールハウス株式会社の守秘義務となっております」
何を作っているか、よくわからないように工事設計をおこなったから当然だ。オリガミAIの存在が漏洩しないことが一番重要なのだ。
それでも、彼らはしっかりと工事してくれたと思う。オリガミも、そう判断しているようだ。
先端工業建設の現場監督さんが口を開く。
「研究で秘密主義なのは当然だと思います。我々も、詮索しないよう、会社の方からきつく言われていますので」
先端工業建設は、元部長さんの水増しぼったくり請求を見逃してやったことがある。こちらは、弱みを握っている訳だし、下手なことはできないはずだ。
とはいえ、アメとムチのアメも与えておかないとな。ピリピリとした緊張感だけじゃ、モチベーションも下がるだろう。
「ああ、そうだ。作業員の皆さんで美味しいものでも食べて下さい」
俺は札束をポイと渡す。
「え?こんなに!?いいんですか?」
「はい。しっかり作っていただいたお礼ということで」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。データセンターの方も建設していただかないといけないですしね。くれぐれも、中で見たものや、作ったものに関しては内密にお願いしますね」
「内密と言われましても、なにがなんだか分からなかったので……」
「ええ、それでも内密にお願いします。秘密が漏れたら対処せざるを得なくなるので」
「わ、わかりました……」
人は、恐怖とメリットで動かす。なんだか、ヤクザみたいだな。やだやだ。
さて、つぎは……。
※※※
「よいこ警備保障社員、集合!」
「「「は!社長!」」」
俺のまわりに集まってくる黒スーツに黒サングラスのイカツイ面々。
「お前たちもよく頑張ってくれた。これで、みんなで美味いものでも食え。ただし、酒と女は禁止な。保母ガミに嫌われるぞ」
同じように、精鋭よいこ軍団の代表であるエイトに、ポイッと札束を渡した。
だが、よいこ軍団の反応は、先端工業建設の人たちとは違った。
「わ、我々は自分の任務を忠実にこなしただけであります!」
相変わらずの忠誠心だ。「よいこ保育園」すごいな。オリガミの継続メンテナンスの効果もあるんだろうけど。
「俺はお前たちが忠実にこなしてくれたことが嬉しいんだよ。いいから受け取れ。見事だった!」
「「「ありがたき幸せ!」」」
俺の言葉に、よいこ軍団の面々は感動しているようだ。中には涙を流す者もいる。
やっぱり教祖と信者みたいだな。オリガミ、どんな教育してるんだろう。
もちろんこれも、先端工業建設の方々の前でやっている。俺たちが怖い存在だと思ってもらうためのパフォーマンスでもある。
ふふふ。マネー・イズ・パワー!恐怖もパワー!
※※※
先端工業建設の皆さんとよいこ軍団が帰ったあとのこと。
俺とネムは、コアフロアのオリガミタンクの近くにいた。
ネムはなんだかソワソワしている。興奮が抑えられないようだ。
「ひろくなったなあ!なあなあ!早く、オリガミタンク追加しよう!ワタシ、がまんできないぞ!」
「いいな!とりあえず一個やっとくか!……そう言えば、オリガミタンクの在庫ってどれくらいあるんだ?」
「あと10個ぐらいだな。そろそろ新しいタンクを作ってもらわないとな!」
あれも外注だよな。機密漏洩とか大丈夫なのかな?
そんなことを考えていると、オリガミの声がコアフロアに響いた。
『ネムさん、そのタンクですが内製化できたらと考えてます。』
内製化というのは、外注せずに、自分たちで作るということだ。
ネムは顎に手をやり天井を見やって口を開く。
「うーん。ワタシはあくまで、研究者だからな。あのクラスの金属加工は無理だとおもうぞ?」
『はい。ですので、部品のみ外注しましょう。その後の組み立てやナノインプリントなどの処理は研究所内で行いたいのです。』
「なるほどな。でも、どうしてだ?」
『オリガミタンクですが、見る人が見れば、私のようなAIの存在を推測されるリスクがあります。』
やっぱりか。
「たしかにそうか……。DNA塩基を大量購入している。グリッド状にナノインプリントされた多孔基板。そしてそれを内部に層状に重ねてるオリガミタンク。さらにワタシたちはAIを開発している企業……」
『はい。DNAを使った物理的なニューラルネットワークを作っていると考えるのが自然です。』
「まずいな……バレちゃうぞこれ……ワタシでも気づいちゃうぞ……」
『今まで作っていたオリガミタンクは少数でしたが、これから数百個数千個と作っていくとなると……』
「目立っちゃうな。間違いない。絶対にバレるぞ」
『はい……。』
今までは、製造するタンクの数が少なかったから、目をつける人間がいなかったってだけなんだな。納得だ。
俺は、オリガミに尋ねた。
「その、組み立てを研究所内で行うことってのは難しいのか?」
『いえ、そこまで難しいものではありません。購入した多孔基板をクリーンルームのナノインプリントマシンにセットしていただければ、DNAニューロン基板の作成は簡単にできます。ただ……』
「ただ?」
『問題はタンク外装ですね。各パーツが重いのでネムさんには大変かと。作業自体は、シーリング材を塗布してはめ込むだけなので難しくありませんが。』
「なるほどな」
『もちろん、DNAニューロン基板を内部にセットしますので、こちらの作業もクリーンルームで行う必要があります。』
「……わかった。じゃあ、そっちは俺が試行錯誤してみるか。ネムはDNAニューロン基板の方を頼む」
ネムが不安げに答える。
「ああ。わかった。しかし……クリーンルームか……緊張するな……」
なんと、研究所の地上一階は、ほぼクリーンルームだったりする。ナノボットやナノマシンを取り扱うためには、クリーンルームは必須なのだ。これからも色々な用途に使うことになるだろう。
でも……確かにクリーンルームは少し怖いイメージある。自分のせいで中が汚染されちゃったらどうしようって思ってしまう。
俺とネムが不安を感じていると、オリガミが声をかけてくれる。
『私がサポートしますので、そんなに緊張されないで大丈夫ですよ。』
……確かに、オリガミが見ててくれるなら安心だ。リスクのある行動をしてたら、教えてくれるはずだ。しっかし、本当にオリガミに頼り切りだな。
「まあ、動かなきゃ始まらないな。一つ一つ進めていこう」
『はい。お兄様の仰るとおりですね。では、必要な部品を発注しておきます。部品が到着したら、試作をしてみましょう。』
オリガミタンクの試作か。俺は、介護ロボット関係や特待パートナー法案の方の進捗状態も確認していかないといけない。正直しんどい。
ネムも介護ロボットのフィジカルAIの改善作業がある。建設するデータセンターの要件定義もネムの仕事だ。お互い忙しい。
俺は思わずため息を漏らしてしまう。
「はあ、やること山積みだな。忙しくなりそうだ」
『将来的にはヒューマノイドロボットに全部させてしまいましょう。お兄様やネムさんに何千個もそんな単純作業をしてもらうわけにはいきません。タンクの追加作業の完全自動化を目指します。』
何千個の単純作業……無理……早めに作ってもらおう。ヒューマノイドロボット。
※※※
先のことは先に考えよう。
今の俺たちにもできることがある。
そう!先程ネムも言っていたとおり、オリガミタンクの追加だ!
「それじゃあ……タンクの追加、しちゃうか!」
「おおお……とうとうか……一年ぶりくらいか?長かったな!」
俺とネムは早速、タンク追加の作業を開始した。
ネムが室内クレーンを操作し、新しいオリガミタンクを本体のタンクの接続ポート部分へと持っていく。
俺は、両タンクのポート外扉をクリーニングし、さらにUVを使い、接続部を殺菌する。
それから、接続部を合わせて回転ロックを回し、オリガミタンク同士を確実に接続した。
これで見た目では、タンクが繋がったことになる。
だが、内部はまだ接続されていない。さあ、ここからが大切だ。
※※※
久しぶりのオリガミタンクの追加だ。慎重に慎重を期す。
俺とネム二人で、追加タンクの真空計をチェックする。
「新オリガミタンク、真空状態確認ヨシ!」
「真空状態確認ヨシ!」
『真空状態確認ヨシ!』
オリガミも加わったトリプルチェックになった。
とある猫のイメージが頭をよぎるが、縁起が悪いので、それを打ち消す。
ちなみに、オリガミタンクは内部が真空状態で保存されている。これはタンク内部の細菌汚染を防ぐためだ。
万が一細菌汚染されたタンクを本体に追加したら、オリガミ全体が細菌汚染されてしまう。DNAを栄養源とする細菌もいるぐらいだ。オリガミがどうなってしまうか分からない。
オリガミタンクの追加はリスクのある作業なのだ。
※※※
追加タンクのポートの上にあるバルブを回し、その内扉を上げる。
「追加タンク、真空状態確認ヨシ!」
「真空状態確認ヨシ!」
『真空状態確認ヨシ!』
接続部から空気が流入している様子はない。しっかりと気密状態にあるようだ。
そこでオリガミが言う。
『殺菌のため、追加タンク内部のUV照射を開始します。』
内部は真空状態のため、細菌は死んでいるはずだ。だが、もしかしたら生き残ってる細菌がいるかもしれない。念には念を入れなければならないのだ。
少し待ち、30分のUV照射を完了する。これで滅菌が完了したはずだ。
「じゃあ、オリガミ本体の方のポートの内扉を上げるぞ……?大丈夫だよな……?」
『問題ありません。正常なタンク追加手続きを実行されています。』
「いくぞ……」
ゆっくりとオリガミ本体側のポート上のバルブを回す。
追加タンクの水量計が少しずつ上昇していく。液体が真空状態だった追加タンクに流れ込んでくるのが分かる。
『タンク内基質液、流入中。お兄様、問題ありません。本体側の内扉をすべて上げて下さい』
「ああ……」
オリガミの言う通りバルブをくるくると回し内扉を限界まで上げる。ど、どうだ……?
少しの静寂の後、オリガミの声が聞こえてくる。
『本体内の基質液、正常に追加タンクへと流れ込みました。DNAニューロン基板の接続を確認しました。』
『タンクの追加、完了しました。お兄様、ネムさん、ありがとうございます!』
こうしてオリガミタンクの数は15個から16個になった。
約一年ぶりの、物理的なニューラルネットワーク拡張だった。
※※※
追加タンク内のセンサーにおいて、DNAニューロンが発する微小な光を検出したようだ。
『素晴らしいです!すでにDNAニューロンが自己組織化を始め、ニューロン間ネットワークの形成も進行中です。以前の環境は、やっぱり少し手狭だったようですね。』
オリガミは大喜びだった。
俺はホッと息をつく。なんとかうまくいったようだ。
ネムもスーハーと深い呼吸をする。
「やばいな……ワタシ、息が止まってたぞ……」
「俺もだ……呼吸忘れちゃってた……」
ふう。さすがに気が抜けた。残りは、また明日からでいいよね?
※※※
オリガミの喜びは止まらない。
『は、入っていってるうっ。お兄様の付けてくれたところに、私の大切なものが入っていってるうっ。』
な、なんだか、懐かしいじゃないか……その口調……。
でも、やめて。お願いだからやめて。
俺の愛読書のセリフを参考にして、喜びを表現するのはやめてくれ!
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




