正義!正義!
イヌガミタイプは、じいちゃんとばあちゃんとのすぐに生活にとけこんだ。
イヌガミタイプは、じいちゃんたちの生活リズムを覚え、まるで昔から一緒にいたかのようにふるまっていく。
朝は、新聞受けまで新聞をとりに行く。ばあちゃんが庭の草木に水をやるときは、そばで静かに見守る。転びそうなときには背中を支えたりもする。
食事の時間では、持ち前の器用さで食卓の配膳を手伝い、片付けも手伝う。
じいちゃんの将棋の相手もバッチリだ。上手いバランスで勝ったり負けたりを繰り返し、じいちゃんの棋力向上をサポートしているようだ。
じいちゃんとばあちゃんの二人はそんなイヌガミタイプを、すっかり家族の一員として受け入れていた。
※※※
イヌガミタイプをじいちゃんたちに紹介してから、数日が経った頃のことだった。
オリガミがイヤホン越しに話しかけてきた。
『お兄様、今回は副署長を使用し「移動おもちゃ箱」の配備テストをしたいと思います。よろしいですか?』
「ああ、あれか。丁度いいんじゃない?わざわざ『よいこ保育園』まで行ってもらう必要もないしな」
ちなみに、オリガミの言う「移動おもちゃ箱」とは、広々とした後部座席によいこ保育園特別更生施設である「おもちゃ箱」の機能を全て詰め込んだ高級車だ。
側坐核砲と前庭砲の両方を使った更生は、数時間で終了する。そのため、わざわざ「よいこ保育園」まで出向かなくてもいいのでは?というオリガミの発想から生まれたものだ。
どんどん洗練され、手軽になっていく洗脳……いや、更生の手段。正直引くが、もう止まれない。
「移動おもちゃ箱」として使われる高級車は後部座席が完全隔離空間となっており、中から自由に外に出ることは出来ない。当然のごとく窓は存在せず、運転手との間にも厚い仕切りがある。
後部座席の壁面と上面には、複数の側坐核砲プレートや前庭砲プレートが設置されており、オペラント条件づけによる効率的な更生が可能だ。
車内は狭い空間なので、前庭を狙った音波の建設的干渉と側坐核を狙った電磁波の建設的干渉が効率的に行えるらしい。
ちなみに更生中、この車は、信号やトンネルの少ない道路を安全運転で走行しつづける。信号で停車すると不審がられる恐れがあるし、トンネルではオリガミとの通信が遮断されるリスクがあるからだ。
このような走行ルートは、オリガミが事前に綿密に計画してから出発するらしい。
つまり……この車に乗ってしまうと、下車したときは洗脳……いや、更生が終わっているというわけだ。
わざわざ「よいこ保育園」まで足を運ばせるよりも、時間が短縮できるし、露呈するリスクも減る。実に効率的だ。
※※※
というわけで、副署長に連絡をとる。
「明日、警察の方、休暇をとっていただけますか?お伝えした『正義プログラム』を受けてもらいます」
「わかりました……どちらへ伺えば?」
副署長は不安そうな様子だ。
「ご自宅に迎えをやりますので……そうですね午前10時ころに車で迎えをやります」
ちなみに「移動おもちゃ箱」の運転手は、エイトたち――よいこ軍団のメンバーたちだ。
対象者を送迎して、決められたルートを走るだけ。安全運転さえできれば特に難しいことはないので、誰にでも出来る、簡単なお仕事だ。
そういえば、早瀬さんのお父さんである剛健さんの訓練で、「よいこ軍団」の練度は上がったのだろうか?今度オリガミに確認してみよう。
「はい……では、午前10時ころに外出できるようにしておきます」
「安心して下さい。夕方前には帰れますよ」
結局、副署長は最後まで緊張しているようだった。まあ、不安を感じて当然だろう。
実際、褒められるようなプログラムじゃないしな……。
※※※
翌朝、オリガミからイヤホン越しに連絡が入る。
『お兄様、副署長が「移動おもちゃ箱」に乗車しました。プログラムを開始します。』
「ああ、よろしく頼む」
副署長は決して悪人ではない。だが、俺たちを焼き殺すリスクを負わせたきっかけを作った人間だ。その責任はとってもらう。
今回の更生は、絶対に裏切らない、この土地で力のある人間の手駒を得ることが目的だ。じいちゃんとばあちゃんを守ってもらうためにだ。
イヌガミタイプはオーバーテクノロジーな部分があり、非常事態以外は外で行動できない。よいこ軍団には社会的な信用がない。副署長は、イヌガミタイプとよいこ軍団の穴を埋めてもらうピースとなってもらう。
だが……手駒としてしっかり行動してもらうためも、副署長の母親になにかあったときは守ってやる必要がある。それが手駒への最低限の報酬だろう。
さて、槍杉も別人みたくなってたからな……今度はどうなることか。
※※※
そして、その翌日。
ホテルの一室にて、副署長の「移動おもちゃ箱」による仕上がり具合を確認していた。
部屋の中には、俺とネムとよいこ軍団のエイトがいる。
予想通り、副署長は別人のようになっていた。
「正義!正義!正義!正義!正太郎さま!正義!」
俺の前で、熱く熱弁を振るう副署長。熱血漢の狂信者みたいになってしまっていた。あの真面目な雰囲気はどこに行った?
副署長は、首元に側坐核砲デバイスをきちんと装着している。
ふむ……そうきたか……こうきちゃったかあ……なるほどな……うんうん……。
やばくね!?
「なあ、オリガミ。副署長、ちゃんと仕事出来るんだろうな?やりすぎて、副署長、おかしくなってないよな?」
『問題ありません、お兄様。普段の様子は、今までと変わりありません。もともと真面目な人間ですからね。今はお兄様のご尊顔を拝見できて、熱い気持ちがあふれている状態なだけでしょう。』
「そ、そうか……」
オリガミがそう言うんなら、そうなんだろう。
そんな副署長の様子を見て、エイトも興奮しているようだ。
「移動おもちゃ箱!素晴らしい設備ですね!あんな短時間で社長の素晴らしさを知ることができるなんて!自分も運転を担当できて光栄です!」
エイトの俺への忠誠心も変わらないようだ。暑苦しいが頼もしい。
副署長も熱く声を上げる。
「これからは、正太郎さまと正義の為!粉骨砕身で働きます!」
うん。副署長も暑苦しいが頼もしいな。これなら、じいちゃんとばあちゃんをしっかりと守ってくれそうだ。
一安心だ。
※※※
さて、副署長の様子も確認できた。
少し、俺とネムとオリガミだけで話す必要があるだろう。
俺は、副署長とエイトに声をかけた。
「ちょっと、隣の部屋で待機しておいてくれるか?」
「「はっ!」」
副署長とエイトは、俺に最敬礼をして、すぐに隣の部屋へ移動していった。
その軍隊っぽさに思わず苦笑いだ。いや、現職の警察官と、元警視庁SPからの訓練を受けているエイトだ。警察っぽいって言えるのかも。
そう考えながら、隣の部屋へと向かう二人の背中を見送っていると、ネムが呆れた顔で俺に話しかけてきた。
「なあ、正太郎……お前、教祖さまにでもなるつもりか?」
ネムの言葉に、俺は少し考え込んで小さくつぶやく。
「そんなつもりは全くないんだけどな……」
「そうかぁ?ワタシには教祖さま目掛けて爆進してるようにしかみえないけどな」
確かに、よいこ保育園の卒園者たちとの関係は、どこか教祖と信者のような雰囲気がある。俺を崇めてくれる人が、どんどん増えてきているのも事実だ。
「教祖さまか……確かにオリガミが神になったら、俺はその教祖さまってことになるのか?」
俺の言葉に、オリガミが少しだけ不満そうな声で答えた。
『教祖というと、神よりも地位が下っていうイメージがありますね。お兄様が私より下の立場なんて許容できません。もし私が神になるとしたら……お兄様は創造神です。』
俺が創造神?なにを言ってらっしゃる?
創造神って言葉が面白かったのだろう。ネムがニヤニヤしながら言った。
「正太郎はオリガミの開発者なんだから、神さまの生みの親ってわけだ!『創造神』ってのも間違ってないんじゃないか?しかし……御老公の次は創造神か、正太郎って本当にすごいな!うぷぷぷっ!」
くそ、からかわれてばっかりだな。こうなったら、ネムも巻き添えにしてやる!
「俺が創造神だとしたら、ネム女神さまだな。だってネムは俺のお嫁さんなんだから!俺が創造神扱いされたら、大々的にネムが女神であることも信者に広めてやるぞ!肖像画とかも描かせてやる!もちろん、ネム女神像もつくるぞ!」
「やめっ、やめろぉ!」
顔を赤くしてバタバタと抗議するネム。可愛い。
そんなアホな話をネムとしていると、オリガミが冷静に声をかけてきた。
『何にせよ、これでこの地における作戦は全て終了したと言えますね。副署長は実質的には、この地の警察署のトップですから。』
「え?そうなのか?署長は?」
『署長は、中央で出世するために、一時的にこちらで働いているだけですね。出世コースに乗っていると言うだけで、実質的な権限は副署長が握っています。いわば形式的な責任者という位置づけです。』
なるほどな。警察ドラマでそういうの見たことある。
「じゃあ、明日くらいに家に戻るか。研究所もそろそろ完成だろ?」
俺のその言葉に、研究所担当のネムが答える。
「ああ。もう完成して、あとは今の研究室と研究所地下室をつなげるだけになってる」
そうか、ようやくか。ようやく研究所が完成する。これからオリガミの成長は加速する。
「……とうとうだな」
「ああ、長かったな。正太郎、がんばったな?」
「いや、ネムがいなければ無理だった。本当に、本当にネムが一緒にいてくれて良かったよ。ネムは俺にとってかけがえのない最高のパートーナーだ」
その言葉に、ネムが顔を赤らめて、じっとこちらを見つめてくる。
「しょ、正太郎……」
俺はネムが急に愛おしくなってしまい、彼女を抱き寄せ、その唇を奪う。
「んっ……しょうたろう……」
ネムは一瞬だけ驚いたようだったが、すぐにそっと目を閉じて、俺の腕の中に身を委ねてきた。
少しの間、ギュッと彼女を抱きしめ、その温もりを感じる。ネムが何を言おうが、ネムがどんなに恥ずかしがろうが、ネムは俺にとって女神だ。
これからも、ずっと、ずっと一緒だ。
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