イヌガミタイプとじいちゃんたち
「正太郎くん、スマホありがとうね」
柚希さんからそう言われ、スマホを返される。
ついさっきまで、叔父さんにつながっていた俺のスマホだ。
土下座している署長はどうしたって?まだ土下座してるよ。だけど俺はそれに触れないと決めた。これ以上、面倒事を抱え込みたくないのだ。
柚希さんが、俺が知らなくてもいいと考えるのであれば、実際にそうなんだろう。そうに違いない。絶対にそうだ。そうあって欲しい。
※※※
柚希さんは機嫌よさそうな声を出す。
「さあ、みんな。ここでやることは終わったから、会社に帰ろうか」
柚希さん、叔父さんと話して、会いたくなったのかもしれない。叔父さんと柚希さんはラブラブだからな……。
そんな柚希さんの言葉に、詩織さんが文句を言う。
「ええっ!柚希先輩、もうちょっとぐらいここにいましょうよ!私、正太郎さまともっとお話して、口説かないと、いけないんですけど!」
……詩織さんを連れて、早く帰ってもらおう。千穂やネムとの関係がややこしくなるのは避けたい。
「柚希?正太郎くんには、笹木家に入ってもらいたいんですけど、駄目ですか?詩織ちゃんと結婚すればいいと思うんですけど…」
まさか笹木さんまで乗り気とは。まさか笹木家の権力で無理やり……なんてことはないよな?
柚希さんは呆れたように、笹木さんに言う。
「正太郎くんがいいって言えばいいけど。正太郎くんには婚約者いるから無理だと思うよ」
それを聞いて、ネムがすかさず口を挟んできた。
「そうだぞ!正太郎には、千穂ちゃんっていう婚約者がいるから、駄目だからな!」
ネムには、彼女も俺の婚約者であることを隠してもらっている。もし詩織さんに知られたら、絶対に「三人目でもいいから!」と立候補してくるのが目に見えているからだ。
「あ、あなたは誰なんですか!ずっと正太郎さまの隣にいますけど!」
「ワタシか?ワタシは星ヶ谷ネムだ!東応大学の特任准教授でドールハウス株式会社の役員であり、正太郎の共同研究者だ。オマエより、ずぅーーーっと、正太郎に近いところにいるんだからな?一番一緒にいる時間が長いのはワタシなんだぞ!一緒に住んでるんだからな!」
ネム、もっと言ってやれ!
「い、一緒に住んでる!う、羨ましいです!私も一緒に住みたいです!」
「駄目だ!会社のコンプラ上、詩織さんを家に住まわせるわけにはいけませーん!な?正太郎?」
「あ、ああ。うちに住むのは勘弁して下さい。ドールハウス株式会社の本社でもあるので」
一緒に住むなんてとんでもない。オリガミの存在がバレるじゃないか。
「ううっ!なんで、なんで世の中はこんなに理不尽なんですか!」
「まあ、そういうことだな。正太郎のことは諦めろ?な?」
「そんなぁ……そうだ……!私もドールハウス株式会社に就職します!それなら一緒に住めるじゃないですか!」
詩織さんのその発言には、さすがのご機嫌な柚希さんもツッコミを入れてくる。
「詩織?あなた……まだ司法修習生じゃない?研修を途中で放り出すつもり?」
「ゆ、柚希先輩?そんなことないですよ?い、今のはこの先、立派な弁護士になったときの話です!」
詩織さん、賑やかすぎる。俺、うるさいの苦手なんだよなあ。ちょっと、聴覚過敏なところがあるかもだ。
たまに会うくらいなら、本当に楽しそうでいい人なんだと思うけど……。
そんなことを考えていると、ネムが詩織さんに諭すように声をかけた。
「なあ、詩織さん?今度、正太郎の手の3Dモデルデータ送ってやるからさ?それで納得してくれないか?な?」
「え?本当ですか!?ほ、本当は生がいいんですけど、是非送って下さい!ネムさん、大好き!」
現金な人だ。あと、生とか言わないで欲しい。生々しい。というか、俺の生体データを、勝手に取引しないで欲しい。
あまり絡まれないように黙っていたが、つい好奇心が勝り聞いてしまう。
「さ、参考までに聞きますけど。俺の手の3Dモデルデータをどうするつもりなんですか?」
「えっと……まず3Dプリンタで原寸大の正太郎さまの手を印刷します。それを粘度の高いシリコーンで包んで型を作ります。その型に離型剤を塗ってから本番のシリコーンを流し込めば……そう正太郎さまの本物みたいな手が出来上がります!」
ふむ、やはり変態……変態だ!
ああ、わかってしまった。千穂シリーズを作られた千穂の気持ちが。そうか……こんな気持ちだったのか。……俺も千穂に変態扱いされたりしてるのだろうか。
いや。でも折り紙と3Dプリンタは違うだろ。生々しさが。
ただ……自分が似たようことやっておいて、人の行動だけ拒絶するのは違う気がする。キモいけど、仕方ないか。それに、どんなものが完成するのか、少しだけ興味もある。
ネムも、詩織さんがどんなものを作るか興味があるようだ。
「おお。面白いな。完成したらワタシにも見せてくれよ」
「わかりました!千穂さんとネムさんの分も作りますね!」
「いや、ワタシは見るだけでいいんだが……千穂ちゃんは喜びそうだな」
なんか、俺をスルーして、俺の手の模型がやり取りされている。
もういいや。深く考えないようにしよう。
だけど、せめて俺から隠れてやってくれ。
※※※
叔父さんと通話してからは、柚希さんは終始ご機嫌だった。
詩織さんの、生々しい俺の手の作成の話も、ニコニコして聞いていた。昔、俺が憧れていたほんわかしてやさしい柚希さんだった。
柚希さんたちは、じいちゃんやばあちゃんの家には寄らずに、警察署から直接、会社へと戻るとのことだった。
「柚希さん、今回はありがとうございました。いろいろお世話になりました。叔父さんにもよろしくお伝えください」
「わかった。ちゃんと悠斗に伝えとくから。正太郎くん、またね。千穂ちゃんにもよろしく言っておいて」
「わかりました。千穂も柚希さんのこと慕ってるみたいですし、また話し相手になってやって下さい」
「もちろんだよ」
柚希さんは車に向かって歩き出したが、途中でこちらを振り返り、俺に声をかけてきた。
「正太郎くん、さっき悠斗に色々言ってくれたでしょ?ありがとうね?」
柚希さんはそう言って、ニッコリと微笑み、車に乗り込んだのだった。
やはり、柚希さんはご機嫌だった。もう、ずっとそのままで居てほしい。
一方で、笹木ズは相変わらずブーブー文句を言っていた。
「「ええ〜?本当にもう帰っちゃうんですか?あとちょっとだけ、こっちにいましょうよ!」」
当然のように、笹木ズの言葉は、柚希さんに完全にスルーされた。
それでもブーブーと文句を言う彼女たちは、早瀬さんたち護衛に半分無理やり車に押し込められた。
どこまでもマイペースを貫くその姿勢。それが笹木家の繁栄の原動力なのかも知れない。
そんなことを考えながら、俺は去りゆく車を見つめたのだった。
※※※
柚希さんたちが帰った後のこと。
「千穂〜今回も疲れたよ〜」
俺は、じいちゃんばあちゃんの家で、千穂の胸元に顔を埋めて、スーハースーハーしながら甘えていた。
勿論、自分達に割り振られた部屋でだ。こんな姿をじいちゃんたちには見せられない。
「ふふふ。しょうちゃん頑張ったね。いいこいいこ」
そう言って、優しく頭を撫でてくれる千穂。
ふわあああぁ。癒やされるぅ〜。
今回、しみじみと思った。柚希さんと関わると、本当に疲れる。
最後はご機嫌だったけど、それまでは本当に大変だった。正直、俺のメンタルはボロボロだ。
千穂に子供のように甘える俺を、呆れた顔で見るネム。
「正太郎……オマエ最近なりふり構わなくなってきたな?」
千穂に頭を撫でられつつ、俺はネムと会話を交わす。
「今日、二人分の土下座を見ちゃったんだぞ?それに柚希さんのあの無表情での交渉。もう、本当にずっと生きた心地がしなかったよ。千穂やネムにまで気を使ってたら、俺のメンタルがもたないよ」
「ま、まあ。確かにあれは怖かったな……」
俺とネムはその光景を思い出して身震いしたが、千穂は納得いかない様子だ。
「ええ〜?柚希さんは優しいよ?いつも私の話を聞いてくれるし!」
ああ……可愛い……千穂は天使だなあ……。
「千穂には、柚希さんのあの姿、見せたくないな……」
「ワタシも同じこと思ってた。千穂ちゃんはこのままで居てほしいな」
千穂が柚希さんのあの姿を見たら、ショックで寝込んでしまうかもしれない。
それは絶対に駄目だ。俺とネムが全力で千穂を守らなければ。千穂には、ずっと今のまま、優しくて素直で、のほほんとした天使の千穂でいてほしい。
俺とネムは目を見合わせ、何も言わずにうなずき合ったのだった。
※※※
その夜、食後のまったりとした時間。
ばあちゃんと千穂は楽しそうに料理の話をしている。
じいちゃんは、ネムとの将棋対決で敗北したことが悔しかったようで、詰将棋に熱中していた。
皆に時間の余裕がありそうだったので、俺はイヌガミタイプを紹介することにした。
色々あって忘れていたが、ここへ来た目的の一つは、じいちゃんたちの安全を守るためにイヌガミタイプを設置することなのだ。
俺はくつろいでいるみんなに声をかけた。
「じいちゃん、ばあちゃん、ちょっと見せたいものがあるんだ」
二人が顔を上げて、こちらに視線を向ける。
「見せたいもの?なんじゃ?」
「じゃあ、紹介するよ?二人とも深呼吸してね。びっくりすると思うけど、少しだけ覚悟して」
「な、なんじゃ?怖いんじゃが……」
俺は、ほんの少しだけ声を張って言った。
「じいちゃん、ばあちゃん、イヌガミタイプだ」
俺は何もないように見える空間を、手のひらで指し示す。
「イヌガミタイプ?なんじゃそりゃ?正太郎、何もないぞ?どこにあるんだ?」
じいちゃんは、きょろきょろと周囲を見回している。
婆ちゃんも不思議そうな顔だ。
「イヌガミタイプ、姿を見せて」
俺の指示に答えたオリガミの声がイヤホン越しに聞こえてくる。
『イヌガミタイプ、光学迷彩とノイズキャンセリング、解除します』
すると、まるで空間からにじみ出てくるように、犬型ロボット――イヌガミタイプが姿をあらわした。
先程までは気配すら感じ取れなかったイヌガミタイプ。だが、今はしっかりと、その姿を現している。「チュイーン」というアクチュエーターのかん高いモーター音もしっかりと聞こえている。
「な、な、な、なんじゃ!びっくりした!突然出来てきたぞ!?」
じいちゃんは驚いて大きな声を上げる。ばあちゃんも目を見開き、驚きのあまり声すら出せないようだ。
俺は、改めてイヌガミタイプを紹介する。
「これ、イヌガミタイプっていう犬型ロボットなんだ。中のAIは俺とネムが作ったんだよ。じいちゃんとばあちゃんを守ってもらうために持ってきたんだ」
現れたイヌガミタイプは、おすわりをして、体をわずかに揺らしている。じいちゃんとばあちゃんが受け入れやすいように、本物の犬の動きを真似させてある。
今回、じいちゃんの家に持ってきたのはアーム付きのイヌガミタイプが二体だ。アームが付いているので、家事の手伝いやちょっとした作業もできる。じいちゃんとばあちゃんの生活も、きっと楽になるはずだ。
じいちゃんが、かすれ気味の声で言う。
「い、イヌガミタイプ?」
「そう、イヌガミタイプ。こう見えても、成人男性十人くらいなら制圧できるくらい強いんだ。手もあるから将棋の相手もできるし、料理の配膳だってできる。かわいがってやってよ」
「そうなの……?でも、これ安全なの?急に襲ってきたりしない?」
そんなばあちゃんの不安そうな声に、ネムが誇らしげに即答した。
「大丈夫だ!ずっとウチでも使ってるからな。ほら、お手!」
ネムがそう言うと、一体のイヌガミタイプがシャカシャカとネムの前に移動し、その前足をネムの手の上に優しく置いた。
うん。やっぱり動きだけは可愛い。動きだけは。
その姿を見たじいちゃんは、イヌガミタイプに興味が湧いたようだ。
「わ、ワシもやっていいか?」
「もちろん」
俺がそう答えると、じいちゃんは大きめの声を出した。
「お手!」
すると、もう一体のイヌガミタイプが動き出し、ネムにしたのと同じように、じいちゃんの手のひらに前足を乗せる。
「す、すごいのう。気に入ったわい!」
じいちゃんは大喜びだ。
ばあちゃんも興奮した様子で話す。
「可愛いわねえ。本当にもらっちゃっていいの?」
「もちろんだよ。ただ、あんまり人前に出しすぎないようにしてね。こいつら、すごく目立つからさ。まあ、そんな状況になったら、光学迷彩で勝手に姿を消すと思うけど」
「分かったわ……正太郎、ネムさん、あなたたち本当にすごいのね……」
そうでしょう?あなた達の孫は凄いんですよ!
大体はオリガミのおかげなんだけどね。まあ、オリガミもじいちゃんたちの孫か。父さんの娘だし、俺の妹だしな。
あなた達の孫は凄いんですよ。少しヤバイのもいますけど!
『お兄様?』
ごめんなさい。悪気はなかったんです。
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