正義の番人と土下座二人目
笹木家の誇る変態の暴走に、副署長は気が抜けた顔をしていた。
無理もない。決死の覚悟ではじめた告白を、突然中断され、詩織さんの情けない抗議を聞かされたのだ。
俺は気を取り直して、副署長に話しかけた。
「本当にすいません。続けて下さい」
副署長は再び罪について話し始めようとした。だが、どこまで話したのか分からなくなったようだ。
少しの間、どこまで話したか考えていたようだ。ようやく懺悔を再開した。
※※※
「えっと……そうだ……私は……私は……甥の暴行の被害届を不受理としました」
副署長は話し続ける。
「これが私の犯した最初の罪でした……」
「一度罪を犯してしまえば、二度目からは罪を犯すことへの抵抗は小さくなっていました。次も、その次も……甥が問題を起こすたびに、私の裁量で記録に残さず、揉み消すようになりました。正義とは何か、私は見失っていました」
副署長の声は少し震えはじめていた。
「――いままでは、軽微な罪でした。しかし、今回の放火事件は違います。放火はときに殺人以上に重い。私が犯罪を揉み消してきたせいで、甥は……何をやっても許されると勘違いしてしまったのでしょう。結果、このような事件を起こし……藤崎家の方々を命の危険にさらしました。もはや、私の手に負えるものではありません」
副署長は深く頭を下げた。
「自分が行ってきたことが、どれほど重大な過ちだったのか……今更ですが、強く自責しております。どのような処罰も、甘んじて受ける覚悟です。本当に、申し訳ございませんでした……」
そして副署長は口を閉じ、また深々と頭を床につけたのだった。
※※※
俺は、しばらく沈黙したまま副署長の様子を見つめていた。
それから自分の正直な気持ちを口にした。
「事情は承知しました。まず、一つだけお伝えしておきます」
「どのような理由があれ、あなたがやったことは立派な犯罪です。許されることではありません」
「副署長のお母様が、このことを知ったら、どう思うか考えたことはありますか?自分のために息子が犯罪を犯してしまったと考えるのではないでしょうか?」
その言葉に、副署長は唇を震わせながら答えた。
「愚かなことに、最近になってようやくそのことに思い至りました……」
俺は、静かに副署長へと告げる。
「まず、俺から要求することは何もありません。副署長、あなたがどのように自分の罪を償うか、自分の口で説明してみて下さい。それで、許すか許さないかを決めましょう」
こちらから具体的な要求をすると、脅迫と受け取られるおそれがある。相手自身に償いの方法を考えさせ、提案させる必要がある。
副署長は俺の質問に静かに答えた。
「まず……被害届は正式に受理します。慰謝料も支払います。そして、警察も辞職します」
「まあ、被害届を受理するのは当たり前ですよね」
「はい……」
「それに……慰謝料を支払うと言われましても、俺、ドールハウス株式会社という会社をやってまして、お金には全く困ってないんですよ。そんなんじゃ、俺たちは納得できませんね」
副署長が数十億円もの金額を払えるとも思えないし、そもそもこちらは金銭には困っていない。今本当に必要なのは、安全と有能な人材の方だ。
「第一、あなたが警察を辞職して、俺に何のメリットがあるんですか?」
「それは……」
「ないでしょう?それで全部ですか?あなたの思いつく償いはそれで全部ですか?そんなんで、ご自身の母親に罪を償ったと言えますか?焼き殺されそうになった俺たちへの罪を償ったといえますか?」
俺の問いかけに、副署長は苦悩の表情を浮かべた。
「いえません……でも、どうすれば、どうすればいいんでしょうか?私には他に……償いの方法が思いつきません……何でもします、何でもしますから、償いの方法があったら教えてください……」
俺は副署長のその言葉を待っていた。相手の方から償いの方法を求めてきた以上、こちらが答えても脅迫にはならないだろう。
「俺に許される条件を教えてほしいのですか?」
「はい……よろしくお願いします」
「そうですか、仕方ありませんね。では、この地域の絶対的な『正義の番人』になってもらいましょうか」
「正義の……番人?」
「ええ。私たちの会社ドールハウスで、最近、新しいAIを開発しましてね。悪人を正義の人間に更生するプログラムを遂行するAIなんです」
「今、それの被験者を探してましてね。あなたに受けてもらえれば、本当の正義の人になってくれるんじゃ?と思いまして」
「プログラムですか……?」
「あ、もちろん薬物も暴力もありませんよ?警察関係者にそんなこと出来るわけないじゃないですか。ただ……AIとお話するだけのプログラムです。俺たちは『正義プログラム』ってよんでます。別に、被験者は、副署長じゃなくてもいいのですが……どうされますか?」
まあ、「正義プログラム」と言っても、よいこ保育園特別管理施設「おもちゃ箱」を使うだけだ。正義の行動をしたときは側坐核砲で快感を、悪いことをしたとき前庭砲で不快感を与えとけばいいだろう。オペラント条件づけだ。
「わかりました……やります。それで少しでも罪を償えるなら」
俺はもったいぶりながら話す。
「副署長がそこまで希望されるのであれば……仕方ありませんね。まあ、金銭授受もなにも発生しませんので。副業にもあたりません。ただのボランティアとお考え下さい」
「はい……」
せっかくここまで準備したのに、公務員の副業禁止規定に引っかかって副署長が降格なんてことになったら、使える駒の価値が落ちてしまう。俺は念入りに言葉を重ねる。
「あと、弁護士さん達の前では、今回の放火の被害届を受理するとだけ言って下さい。過去に被害届を不受理にしてきたことは言わないで下さい。彼らにも弁護士としての倫理規定がありますからね。あなたの罪を見逃せなくなります」
「はい……」
「もちろん、副署長のお母様には、今回の件も先の件もお伝えしません。ご安心を」
「あ、ありがとうございます」
副署長は心の底からほっとした様子を浮かべていた。
「あの……今まで不受理としてきた被害届はどのように処理したらいいでしょうか……?」
「『正義プログラム』が終わった後は、ご自身で最善だと思う対応をしてください。その判断や行動から、プログラムの効果を確認させてもらいます」
さあ、よいこ保育園特別管理施設「おもちゃ箱」新規のお客様だ。
ちょっと気の毒な気もしなくはないが、俺たちが焼き殺されかけた原因を作った張本人だ。
これくらいは許されるはずだろう。
「おもちゃ箱」で更生させ、首輪型の側坐核砲デバイスを装着させれば、副署長はオリガミの完全なコントロール下となる。もう二度と事件のもみ消しはできないし、周囲にもそれを許させない。
彼には、この地の正義の番人として、今まで以上に働いてもらうつもりだ。
そして、もし……じいちゃんやばあちゃんの周囲で何かが起きれば、こちらが動きやすくなるような環境を整えてもらおう。
うん。これ以上ない最高の結果だ。
※※※
作戦をやり遂げた俺に、オリガミがイヤホンから声をかけてくる。
『お兄様、さすがです。完璧ですね!』
ああ、完璧だ……
そんな風に、オリガミと意思疎通をさせながら、俺がニヤニヤしているのを見たのだろう。
笹木さんが、少し引き気味の表情で俺に声をかけてきた。
「正太郎様?なんだか、柚希以上に黒く見えるのですが?」
「私、人を見る目はある方だと思うのですが、正太郎様に逆らってはいけないっていう感覚がビンビンと伝わって来てますよ?」
――し、心外な!
「正太郎様、何者なんですか?人生二周目だったりします?ループもの主人公だったりします?やっぱり、詩織ちゃんと結婚して、笹木一族になりません?一族みんな大喜びだと思いますよ?」
ループものでもないですし、主人公でもないですし、笹木一族にもなりません。
俺のことを評価してくれるのは嬉しいですが、勘弁して下さい。
※※※
さて、副署長には後で「おもちゃ箱」への招待状を送るとして。
次は、柚希さんたちに無駄足を踏ませてしまったことを、なんとか許してもらわなければいけない。
まさか、副署長があんなにあっさり落ちるとは思わなかった。
会議室に入った時点で、もうすっかり戦意喪失していたんだもの。
柚希さんが立てていた計画も、ほとんど実行できなかったに違いない。
「弁護士いっぱいいるよ係」の皆さんなんて、何もしていない。この地までやってきて、ホテル泊まって、警察署に来ただけだ。
詩織さんだってそうだ。司法修習生としての学びなんて無かったんじゃなかろうか。俺に変態アピールしただけだ。
あ、でも、俺がオリ男だと知れたのは、彼女にとっての成果だったのかも知れない。
ただ、俺にとっては、厄介事でしかないのだ。もちろん、詩織さんみたいな超絶可愛い女性に好かれることは嬉しい。だが、俺には婚約者が二人もいるのだ。三人目というわけには行かないし、そのつもりもない。
※※※
とにかくだ。柚希さんの機嫌を取らなければいけない。でないと、これから先、ギクシャクしてしまうかも知れない。
そして、俺には柚希さんの機嫌を取れる人間など、一人しか思いつかなかった。
そう。柚希さんの夫である悠斗叔父さんだ。
俺はスマホを取り出し、叔父さんに電話をかけることにした。
こういうときは先手必勝。柚希さんを見つけたら、すぐに叔父さんと繋いだままのスマホを渡してしまおう。
プルルル……プルルル……
何回かコールした後、叔父さんが電話に出た。
『正太郎?どうした?』
「叔父さん、たすけて!」
もう叔父さんしかいない。叔父さんに柚希さんの機嫌を直してもらうしかないのだ。
俺が変な言い方をしたせいだろう。叔父さんは何か大ごとがあったと勘違いしたようだ。慌てた声が電話口から聞こえてくる。
『どうした!?何かあったのか?』
「実は……かくかくしかじかと言ったことがありまして……柚希さん、怒ってないかなと……」
叔父さんは俺の切実な訴えに、少し呆れたような声で返した。
『なんだ、そんなことか。弁護士は力はあるけど、制約も多いからな。仕方ないさ』
叔父さんにとっては「そんなこと」かも知れないが、俺にとっては違うのだ。危機といいっても過言ではないかもしれない。
俺は必死に柚希さんがちゃんと活躍したことをアピールした。
「柚希さんが来てくれて、じいちゃんもばあちゃんも嬉しそうにしてたし、俺も心強かったんです!本当ですよ!」
『わかったわかった。俺がフォローしておくから。それで?柚希はそこにいるのか?』
「少し待って下さい。多分近くにいると思いますので」
叔父さんには、俺の目論見なんてバレバレなようだった。
えっと、柚希さんたち、どこにいるんだろ?そんなに離れた場所まで移動してないと思うけど。
俺は周囲をキョロキョロしながら、廊下の角を曲がり、その先を見る。
そこには……
――柚希さんたちと土下座している小太りの男性がいた。
※※※
小太りの男性は、膝と手を床について深々と頭を下げ、体を小刻みに震わせていた。
柚希さんは、交渉の場で見せるあの無表情顔だ。
一方、詩織さんや「弁護士いっぱいいるよ係」の皆さんは、そんな二人を見て困った顔をしている。
あまりのカオスぶりに唖然としていると、スマホ越しに叔父さんの声が聞こえてきた。
『柚希、いたか?』
「は、はい。なんか柚希さんの眼の前で男性が土下座してますが……」
俺が答えると、叔父さんはため息交じりに言った。
『柚希にかわってくれ』
※※※
柚希さんがこちらに気づいて、声をかけてきた。
「正太郎くん、副署長との話は終わった?」
「は、はい……この状況は?」
「いろいろあってね。気にしないでいいよ」
無理を言ってくれる。気にならないわけがない。
「あ、そうだ。叔父さんが柚希さんに変わってくれって」
そう言って、スマホを柚希さんに渡す。
柚希さんはぱっと表情を明るくしてスマホを受け取ると、少し離れた場所に歩いて行き、叔父さんと電話を始めた。
俺は、柚希さんが連れてきた男性弁護士の一人に話しかけた。「弁護士いっぱいいるよ係」の一人だ。
「これ……何があったんですか?この土下座している方はいったい?」
男性弁護士が少し困ったように苦笑いした。
「いや……言いづらいなあ……この人はここの警察署の署長なんだけど……まあ、すみません。言えません、勘弁して……」
しょ、署長?この小太りの人が署長?ここで、一体何が……?
そんなことを考えながら柚希さんの方を見ると、彼女は叔父さんと電話しながら、とても嬉しそうに顔を赤くしていた。離れた場所から小さく聞こえてくる声も、いつもの落ち着いたトーンとは全く違って、どこか明るくはしゃいだ雰囲気だ。
あんな柚希さん、俺はいまだかつて見たことがなかった。
※※※
目の前で土下座している署長と、少し離れたところでスマホ片手に嬉しそうに話している柚希さんを交互に見る。
署長はいまだにプルプル震えっぱなしだ。よほど怖いことがあったのだろう。
一方の柚希さんは、上機嫌でスマホを片手に小刻みに体を揺らしている。
……いったい何があったんだろう。知りたいような気もするが、それ以上に知りたくない気もする。
状況はさっぱり分からない。ただ……一つだけ強い想いが心の底から込み上げてきていた。それは熱い尊敬の念だった。
こんな状況を作り出してしまう柚希さんを、簡単にご機嫌モードにしてしまうなんて。
――――やっぱり叔父さんはすごいや!
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