東堂議員を取り込もう
それから数日後、ついに東堂議員と会う日がやってきた。
指定された住所へと、早瀬さんの車に乗って向かう。閑静な住宅街の中、俺達が乗る高級車が進んでいく。
今日の早瀬さんは、なぜか俺と目を合わせてくれない。……もしかして、あの動画を見たのか?俺の顔をまともに見ると吹き出しそうで、必死に堪えてるんじゃ……。
そんな早瀬さんとの接し方や、東堂議員と話す内容を考えていたら、あっという間に車は東堂家の駐車場に到着した。
「早瀬さん、ここは安全なので車での待機をお願いします」
「はい、承知しました」
普段は必ず目を合わせてくれるのに、やっぱり今日はあわせてくれない。
少し寂しくなった俺は、車を降りる直前、ボソッとひとこと呟いた。
「……そちたち……」
「――ぶふぉぉ!」
吹き出す早瀬さんを背に、俺は眼前の立派な邸宅の門の前に立った。
また俺の勝ち……だが、虚しい。本当に虚しい……。
※※※
東堂邸は、まさしく絵に描いたような和風の豪邸だった。
大きな門の左右には高い塀が区画の角まで続いていた。相当広いお屋敷だ。
俺は、門の横にあるインターホンを押す。ピーンポーンと鳴る音を聞きつつ、こんなに広い敷地だと掃除が大変そうだな、などとぼんやり考えていると、中から人が出てくる。
パーティーで会った東堂勇気だ。
「正太郎さん、お久しぶりです」
「勇気さんも久しぶり。今日は東堂正人議員との面会の段取り、ありがとうな」
「正太郎さんには、暴言を吐いたり迷惑をかけた僕を助けてくれたので……当然のことです」
そういえば、こいつ千穂を口説いてたんだった。まあ、千穂は可愛いもんな。口説きたくなる気持ちは分かる。でも、ざんねーん。千穂は俺のお嫁さんでーす。
「あれからどう?もう女の子に迷惑かけてないよな?」
「大丈夫です。実は……あの件で少し思うところがありまして、相手の話をよく聞くように心がけたんです。そしたら、可愛い彼女ができました!正太郎さんのおかげです!」
「おお、それはすごいな!こんな短期間で……やるなあ」
いや、早くないか?まあ東堂勇気は顔も悪くないし、家も大きいし、スペックは高いもんな。性格がまともになれば、そりゃ引く手あまたか。
「お、お恥ずかしい限りです。これからも正太郎さんの言葉を胸に、精進します!」
「そうか、頑張れよ」
えっと……俺、何言ったんだっけ?口八丁モードのときに言った事って、あまり記憶に残らないんだよなあ。こういうのは、あまり良くない。
そのまま東堂勇気に案内され、門をくぐって中へ足を踏み入れる。
重厚な門の奥には、手入れの行き届いた石畳の小道が続いていた。
その先には、軒の深い入母屋造りの主屋が堂々と構えていた。まるで時代劇のセットのような家だった。
そして応接間らしき部屋に入り、ソファに座るように促される。
ほどなくして、向かい側のソファに、60代くらいの紺色の和装を着た男性が座った。
※※※
その人――おそらく東堂正人議員は、細身で引き締まった顔立ちをしていた。白髪が混じった髪もきちんと撫でつけられており、清潔感が漂っている。
まさに有能な指導者といった雰囲気の男性だった。
「父さん、こちらが藤崎正太郎さんです。パーティーで僕がご迷惑をおかけしたのに、危ないところを助けてくれた恩人なんです」
東堂勇気に紹介されたので、俺も自己紹介をした。
「お初にお目にかかります。ドールハウス株式会社代表取締役の藤崎正太郎と申します」
「東堂正人だ。既に知っていると思うが、議員をやっている」
品がありつつ威厳も漂わせる人物だ。緊張してしまう。
「君のことは勇気から聞いているよ。息子がお世話になったようだね」
「いえ……あのときは、自分も必死でしたので……」
「藤崎柚希女史か。彼女は怖いよな。恐ろしいほどに冷徹な観察眼をもっている。いったいどんな人生を送れば、あんな目が出来るのか……」
おお、この人、柚希さんの怖さを理解しているのか。親近感が湧く!
「ええ。勇気さんが彼女をちょっと刺激してしまったみたいで……なんとか機嫌を直してもらおうと必死でした」
「うう……面目ないです」
隣で東堂勇気が情けない声を出す。
「いや、本当に助かったよ。私も彼女にはどんなネタを握られているか分からないからね。絶対に敵には回したくなかった。まあ、息子にもいい教育になっただろうし」
「あ、やっぱり柚希さんは、どこでもそういう認識なんですね」
東堂議員への親近感がますます高まっていく。同士だ!
「藤崎社長がうらやましいよ。あんな優秀な側近がいたら、どれだけ仕事が楽になることか」
「柚希さんと話していると、全て見透かされているような気持ちになるんですよね……」
うちのオリガミはそれ以上だけど。すべて筒抜け状態だけど。
「笹木本家のご令嬢も秘書をやっているらしいし、藤崎社長は本当に人材に恵まれているよ……そういえば、君も藤崎社長だったな。正太郎社長と呼んだほうがいいかな?」
「それなら、普通に正太郎と呼んでください。まだまだ若輩者ですし」
正直、いまでも社長なんて呼ばれると、背中がむず痒くなる。
「そうか。あまり若輩者には見えんが……では、正太郎くんと呼ばせてもらうよ」
「はい。よろしくお願いします」
※※※
「そういえば正太郎くん、君のあの動画、見させてもらったよ。いや……なかなかインパクトあったな……ふふっ」
やっぱり知ってたか。こういう有能そうな人は、会う相手のことをしっかりと調べておくものだ。
「恐縮です。まさかあんな恥を世間にさらすことになるとは……叔父の藤崎社長にも爆笑されましたよ。柚希さんも、ダンゴムシみたいに丸まって、肩を震わせてたらしいです」
「あの藤崎柚希女史が?……それだけ破壊力があったということかな」
「俺も最初は恥ずかしすぎて悶絶してましたが、今はもう開き直ってます。『そちたち』って言うだけでウケるので、今ではちょっとしたビジネスツールとして使ってます」
もうどうしても黒歴史は消えないのだ。だったらポジティブに考えていくしかないじゃないか。
「いや、切り替えが上手いな。そういうのは大事だよ。正太郎くん、大したものだ」
「東堂議員にそう言っていただけると嬉しいです。笑ってもらえれば距離も縮まりますしね。東堂議員も遠慮なく笑って下さい。もしご希望があればオリジナル音源で生の『そちたちラップ』をご披露しますよ?」
「ぷっ……はは、いや、その気持ちだけど十分だ。しかし本当にすごいな。確かに、それは立派な君の武器だよ」
しばらく和やかな雰囲気が続いた後、東堂議員が話題を切り替えた。
「それで?何か話があるんだろう?聞かせてくれないか」
いよいよ本題だ。気合を入れなければ。
※※※
「それでは……単刀直入に申します。本日は、私が設立した政治団体『少子高齢化対策研究会』に、東堂議員にもぜひご参加いただきたくお願いに参りました」
俺はドキドキしながら話を切り出した。
「少子高齢化対策研究会?どんなロビー団体なんだ?」
「名前の通り、少子化・高齢化という社会課題に対する政策提案・啓発・制度改正を目指す団体です。名目上はですが」
「名目上は?」
「ええ、実際は俺が一つの法案を通したがために作った団体です。ただ……それだけでは、俺が考える法案は通らないと思いますので、実際に少子高齢化の解決に向けての具体的な手段や方法も提供したいと考えています」
この人には嘘をつかないほうがいい。すぐに見抜かれそうだ。すべて話して納得してもらい、協力してもらおう。
「その正太郎くんが通したい法案というのは?」
「その法案は……少し恥ずかしいので、最後でいいですか?まずは俺が提供できるものについてお話したいのですが」
東堂議員は少し考えたあと、俺の願いを受け入れてくれた。
「……まあ、いいだろう」
俺はホッとして話を進める。
「まず、高齢化問題についてです。この問題の一番の課題は、介護問題だと考えております。介護には多くの人手が必要ですし、若い世代が介護に取られることで国の生産力も低下し、財政も圧迫します」
俺は説明を続ける。
「若い人が介護に多くの時間を取られてしまえば働くこともできず、収入も減り、子供を育てる余裕もなくなり少子化にもつながります」
「さらに、これから高齢者が増えるに従って、その傾向はさらに顕著になるでしょう。ですので、少子高齢化問題の解決のためには、まず介護問題の解決を第一歩にしたいと考えています」
「ふむ……言いたいことはわかるが、そんなこと可能なのか?」
「こちらを御覧ください」
俺はタブレットを取り出し、介護ロボットが実際に動いている映像を見せた。
「……な!なんだこれは!」
東堂議員は目を見開き、タブレットの中で動く介護ロボットたちに釘付けになっていた。
「これらは、ドールハウスが開発した介護ロボットです。製造・販売は、藤崎グループでやってもらいます。ご覧の通り、すでにプロトタイプは出来ています」
「お、おい……すごいな……これ……介護問題……ほとんど解決するんじゃないか?」
「そう考えております。もちろん介護者の雇用喪失などのフォローは必要になってきそうですが」
「……この技術は、ドールハウスの技術なのか?介護だけでとどまる技術じゃないな」
……さすがだ。話が早い。
「はい」
「お前たちは、この先何をしようと考えてるんだ?」
「それは……俺の考える法案が通った後考えます。その後は人のために役立つことをしていくつもりです。もちろん、法案を通すのに協力していただいた方々には……相応の便宜を図らせていただくことになるでしょうね」
協力してくれたら、この先も良い話を持ってくとほのめかす。恩には必ず報いる。
「……わかった。ドールハウスにすべて協力する。正太郎くんの考える法案とはどんなものなんだ?」
「実は……」
※※※
俺の話を聞いた東堂議員は、苦笑いを浮かべた。
「呆れたよ……まさか二人の女性と合法的に結婚したい一心で、ここまでやるとは……天才ってやつは恐ろしいな」
「恐縮です。俺の目的は本当に身勝手なものです。ただ、それで皆が幸せになるというのなら、いいのではと考えています」
「ああ。実際、正太郎くんがいなければ、この国が復権する未来は見えなかっただろう。君にはそれだけのわがままを通す資格がある」
東堂議員はしばらく考えたあと、俺に言った。
「正太郎くん、見事だ。もしここまでの話がすべて本当なら、この東堂正人、残りの人生すべてをかけて君に協力しよう」
そこまで言ってもらえるとは……どうやら東堂議員とは長い付き合いになりそうだ。
「恩に着ます。ありがとうございます」
「勇気、お前もよくやった。お前のおかげで東堂家の未来は明るいぞ」
この人は介護ロボットの先を見ている。あの介護ロボットを作ったようなロボティクス技術が、この国を変えていくことを想定している。
そして、それに自分の家が関われることで得られる利益まで考えている。
肩の荷が重い話だが……元からやろうとしていたことだ、問題ないだろう。
※※※
東堂議員が言う。
「これからのことだが……政治活動に関することは全て私に任せてくれて構わない。君は君のやるべきことに集中しなさい」
え、政治活動を丸ごと任せていいの!?めちゃくちゃ助かる!これは予想以上の収穫だ。
俺みたいな素人が下手に動くより、政治に精通している東堂議員に任せた方が物事はスムーズに進むはず。正直言うと、政界であれこれするイメージが全く湧いてなかったのだ。手探りで進めねばと、億劫に感じてたところの、東堂議員のありがたい発言だった。
東堂議員がさらに聞いてくる。
「君は『特待パートナー法案』以外に通したい法案はあるか?」
「いえ、特には……」
「無欲なものだな……」
東堂議員は少し呆れたような、しかし感心したような声を出す。
「まあ、少子高齢化問題はさておき、正太郎くんの法案を通すためには世論をどうにかしないとな」
「あ、その点はご心配なく。ドールハウスのVTuberがネットとテレビで、数千万人規模の世論操作を既に始めております。おそらくお考えよりは抵抗はないと思いますよ?」
世論操作はこれまで地道に続けてきた。その成果だろう。世間の空気が変わってきているとオリガミからも報告を受けていた。
「企業献金も個人献金もそれからドールハウスやその関連企業から出させてもらいます。もちろん、ドールハウスの役員たちからも個人献金をさせていただきます」
資金面は問題ない。特待パートナー法案が成立するなら、100億くらいまでは出せる。……もう無茶苦茶な金額だな。
東堂議員は、信じられないものを見るような目で、こちらを見てくる。
「合法的に二人の嫁を得るために、既に、そこまで進めているのか。『英雄色を好む』と言うが……女性のために国を変えるとは……君はとんでもないな。男として尊敬するよ。まったく、藤崎家っていうのは何なんだ。超人の家系だったりするのか?勇気、正太郎くんを見習うんだぞ?」
「はい!尊敬してます!」
隣で静かに俺たちの話を聞いていた東堂勇気の目が熱くなっていた。まじか……。
まぁ、これで一安心だ。全てうまくいった。最高の結果だ。
俺は両手を差し出す。
「では、これから末永くよろしくお願いします」
そう言う俺に、東堂議員はしっかりと手を握り返してくれた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
本当に心強い。
※※※
さて、最後に一発サービスしておくか。俺の持つ最強のビジネスツールの力を味わって貰おう。
ごほん!んっんっんっ。
「これにて一件落着!ファッファッファ!」
「「ぶふぉぉ!」」
そして、東堂親子は仲良く同時に吹き出したのだった。
よし、また俺の勝ち!
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