威圧マンに前庭砲を
俺が愛の告白を連発したせいで、トロけ顔をしていた二人が落ち着きを取り戻すのを待つ。
説得に夢中になりすぎて、周りが全然見えてなかった。反省しないと。
「あ、あれ?しょうちゃんのお爺ちゃんとお婆ちゃんは?」
「ワタシは何を?ここはどこだ?」
二人が正気に戻ったことを確認し、俺たちは避難していた部屋を出て、爺ちゃんたちが待つ居間へと戻った。
それにしても……ネムのオホ発作が出なくて、本当に良かった。
あれを爺ちゃん婆ちゃんの前で披露するのは流石に可愛そうだ。
※※※
居間に戻った後は、和やかな雰囲気の中、みんなで普通に会話を楽しんだ。
二人も爺ちゃん婆ちゃんとすっかり打ち解けているようだった。一安心だ。
それから少し時間が経ち、夕暮れときになったので、婆ちゃんと千穂は一緒にキッチンに立ち、晩ご飯の準備を進めていた。
俺とネムも食器を運んだり、箸を並べたり、出来ることをしていた。
千穂の手際の良さを見たのか、婆ちゃんが口を開く。
「千穂ちゃんはすごいねえ。こんなに手際よく料理が作れるなんて」
千穂は、婆ちゃんの言葉に嬉しそうな笑顔で応えた。
「えへへ……ありがとうございます!」
そこに、なぜかネムが自慢げに口を挟む。
「そうだぞ!千穂ちゃんの手料理は最高なんだからな!」
あれ?ネム、もう素が出てるじゃないか。さっきまでの大人モードはどこへいった。
「千穂ちゃんとネムちゃんは本当に仲良しなんだねえ。ところで……ネムちゃんって何歳なの?大学の准教授さんなんでしょ?」
「ああ、ネムは俺より一つ上だな。意外でしょ?」
「む?正太郎、意外じゃないだろ?ワタシには大人の魅力がだな……」
ネムが何やら偉そうに語っているけど、正直まったく話が頭に入ってこない。どう見ても、公園の滑り台をすべってそうな女の子にしか見えない。
婆ちゃんと千穂は、ネムが目を瞑って得意げに語る様子を、微笑を浮かべながら優しいまなざしで見ていた。
二人とも、完全に子供を見るような目でネムを見ている。
ネム……なんて哀れなやつなんだ……。
※※※
その後は、婆ちゃんと千穂が作った料理を皆で美味しくいただいた。
相変わらず千穂の料理は絶品だ。
婆ちゃんもびっくりして目を丸くしていた。
食後、婆ちゃんは千穂と料理談義に花を咲かせていた。婆ちゃんがいろいろと料理のことを千穂に尋ねているようだ。
一方で、爺ちゃんとネムは将棋を指すことになったみたいだ。
俺は、その将棋の様子を、横から見ていた。
対局が始まってしばらくして、爺ちゃんがぽつりと呟く。
「ネムさん……ひょっとして滅茶苦茶強い?」
「子供の頃、入院してたときに、詰将棋を結構やってました。暇だったので。十九手詰めくらいまでは解いてましたね」
ネムは爺ちゃん相手だと、まだ大人モードを保っているようだ。
「十九手詰め?す、すごいな。ひょっとして、ワシもう詰んでる?」
「……十一手です」
「ま、まいりました……いやはや、すごいな。ワシもこのあたりじゃ結構強い方なんじゃが」
やっぱりネムはすごいな。いったいどんな脳みそしてるんだろうか?
俺が感心していると、ネムがこちらにニヤリと笑いかけてきた。
「正太郎?やるか?」
「……勝てるわけないだろ」
何を言ってるんだコイツは。俺がネムに頭脳勝負で勝てるわけなかろう。
「アシストありでいいぞ?」
「正気か?勝負にならないだろ?」
アシストってオリガミのアシストってことだろ?それなら流石に負けんだろ。
「やってみないと解らないじゃないか。何事もチャレンジだ。定石、学んでないかも知れないだろ?」
そうだろうか……オリガミが将棋について全くの未学習なら勝ち筋があったりするのか……?
『お兄様、私、頑張りますね!』
あ、駄目だ。この雰囲気。オリガミ、将棋のこと学習済だ。
※※※
十分後……
「おま!それずるいだろ!」
「だから、勝ち目ないって言ったじゃないか。棋譜データなんてネットに大量に転がってるし、いい学習材料だったんだよ、きっと!」
俺とネムがそんな風にもめていると、イヤホンからオリガミの涼やかな声が聞こえてくる。
『お兄様の仰るとおりです。面白かったです』
ほらみろ。
「やっぱり勝てないか……未学習ならひょっとしてワンチャンあるかもって思ったんだけどな……」
「いや……将棋も学習済だってさ」
「それじゃ無理だな……なんか、ネットにあまりデータがないマイナーゲームでも探すか……」
俺とネムがそんなやり取りをしていると、横で爺ちゃんが唖然とした顔をして話しかけてきた。
「しょ、正太郎?将棋、無茶苦茶強いんじゃな?」
「爺ちゃん違うんだよ。これは……」
そのとき、ネムがニヤリと笑う。なんだか嫌な予感がする。
そして、俺の言葉を遮るように、ネムが勢いよく話に割り込んできた。
「正太郎は強すぎるんです!ワタシ、一度も勝てたことがありません!いつも完敗で……」
やめろ。どんな意趣返しだ。お前の希望ではじめたことだろ。
爺ちゃんは尊敬の眼差しをこちらに向けてくる。
「正太郎、お前すごいやつだったんじゃな……」
過剰な評価やめて欲しい。なんだか背中がムズムズする!
※※※
その後、順番にお風呂に入り、夜も遅くなったので、割り振られた部屋へ戻った。
婚約者ということで千穂とネムと同じ部屋になったが、もちろん特別なことは何もない。
他愛のない話をして、今日の出来事を振り返りながら布団を敷いて横になる。食事前後以外に、こうして三人でのんびり過ごす機会は今まであまりなかったかもしれない。なんだか新鮮だ。
それでも、爺ちゃんと婆ちゃんに千穂とネムのことを認めてもらえてホッとしたからだろうか。布団に入るとすぐにまぶたが重くなり、俺はそのまま眠りに落ちてしまったのだった。
※※※
次の日の朝。
俺は、男の怒鳴り声で目が覚めた。嫌な目覚めだ。
どこからか聞こえてくる男の大声。
「寝ぼけた事言うなよジジイ!お前の車がぶつかってきたんだろうが!」
またか……またトラブルか。そろそろやめてほしい。オリガミが変なことばかり学習してしまう。
体を起こして辺りを見回すと、へそを出して寝ているネムが目に入る。パーカーがまためくれて、へそが見えている。
俺はそっとパーカーを元に戻してやった。
ネムのへそを隠してやるのは、これで何度目だろうか。ネムのへそ隠し大臣だな、俺は。
千穂は……きっともう朝食の準備を手伝っていて、キッチンにいるのだろう。ありがたいことだ。
『お兄様、おはようございます。』
「おはよう、オリガミ。何が起きてるの?」
オリガミが澄んだ声で状況を説明してくれる。
『お祖父様と男の交通トラブルのようです。怒鳴り声の主は玄関です。千穂さんはキッチンで、お祖母様と一緒に玄関から見えない場所に避難しています。二人とも無事ですので、ご安心ください。』
『イヌガミとイヌガミタイプはすでに配置済みです。録画も始めています。』
準備は万端ってわけか。
「じゃあ、ちょっくら玄関に行って来るかな」
『今までの相手と比較し、相当な小物ですが、念の為お気をつけ下さい。』
「わかった」
オリガミの言う通り、油断は禁物だ。気を引き締めていこう。
※※※
俺は部屋を出て、玄関へ向かった。
そこには爺ちゃんと、見知らぬ男がいた。
年の頃は四十前後だろうか。くたびれた紺色の作業着を着ていて、襟元は油で黒ずんでいる。足元は泥で汚れたサンダル履きだ。
太い眉にギョロリとした目、顎には無精ひげ。髪はぼさぼさで寝癖がついている。日焼けした浅黒い肌、太くて短い指、先は黒ずんだ爪。チンピラがおじさん化したらこうなる、という典型的な見た目だった。
俺は男を無視して、爺ちゃんに普段通り話しかけた。
「爺ちゃん、賑やかだね?どうしたの?」
「ああん?誰だテメェ?」
「ん?そちらこそ、どちら様ですか?勝手に爺ちゃんちの玄関まで入って来てるけど、不法侵入じゃないんですか?」
感情を込めずに淡々と話す。
「んなもん俺の自由だろ」
「自由なわけないでしょう?正当な理由なく侵入すれば、建造物侵入罪が成立しますよ」
「生意気言ってんじゃねーぞ!クソガキが!」
話が通じない。威圧でコミュニケーションを取るタイプか。よし、こいつのことは「威圧マン」と呼ぼう。
「はあ……爺ちゃん、この威圧マンなに?」
「……威圧マン?いや、正太郎……下がってろ。こいつの相手はワシがする」
「こういう奴の相手は慣れてるから、俺に任せてよ。もうさ、次から次へとウジ虫みたいに湧いてくるんだよね。どこから湧いてくるんだろう?あなた知りませんか?」
爺ちゃんは人がいいからな。こういうのはグレーな存在である俺にまかせておけばいいのだ。
「はあ?なんのことだよ?」
「いや……まあいいです。それで?なんの御用ですか?」
「お前には関係ないだろう」
「関係あります。いいから言って下さい。俺に事情知られると困ることでもあるんですか?」
こういうチンピラ相手との口論では、「〜するのが怖いんですか?」や「〜すると困ることでもあるんですか?」みたいな返しがテンプレだ。もはや辞書登録したいレベルだ。
「……舐めた口利きやがって……このジジイが車でぶつかってきたんだよ」
「ぶつかってきたのはアンタじゃろ!」
「爺ちゃん、車にドライブレコーダーとかついてないの?」
ドライブレコーダーがあれば話が早いんだけど、爺ちゃんの車はクラシックカーだからな……
「ついとらん。古い車じゃからな」
やっぱりか。
「そっか、今度買いに行こう。じゃあ、あなたは?ドライブレコーダーついてないんですか?」
「何の関係があるんだよ?」
「関係あるに決まってるでしょう。ドライブレコーダーがついてれば、どっちが悪いかはっきりするじゃないですか」
ドライブレコーダーの映像を出せないってことは、自分に都合が悪い証拠が映ってるのを分かってるってことだな。
「そんなもの知るかよ」
「ああ、そうですか。爺ちゃん、任意保険入ってるよね?」
「もちろんじゃ。保険会社についても、コヤツに伝えておる」
「なるほど。じゃあ、保険会社とやり取りしてください。はい、お帰りはあちらです。帰って下さい」
まあ、保険会社に自分の要求が通らなかったから、うちに直接来たんだろうな。
「だから、ぶつかってきたのはそっちだから、誠意を見せろって言ってるんだよ!」
「保険会社と話してくれって言ってるんです。ああ、保険会社、相手にされませんでした?残念でしたね?あんたのとこの保険会社はなんて言ってるんですか?」
「うるせぇな!任意保険なんて金の無駄だろうが!入ってねえよ!」
「そうですか……あなたからお金を回収するのは無理そうですね……」
こいつ、お金持ってなさそうだし。
「さっきからゴチャゴチャと!ぶっ殺すぞ!」
「『殺す』ですか?怖いですね。じゃあ、怖いから自衛しますね。今から、あなたに呪いをかけます」
「はあ?呪い?やれるものならやってみろや!」
「わかりました。許可取りましたからね?いきます!ノウボウアキシャギャラバヤオンアリキャマリボリソワカ!テェーーイ!」
久々にオカルトなノリで攻めてみた。
オリガミはすぐに俺の意図を察してくれた。
『イヌガミタイプ、弱・弱・弱・弱・弱・弱・弱前庭砲照射します。』
すぐに、男は頭を押さえて顔をゆがめた。
「うっ!な、なんだこれ……気持ちワリィ……」
どこかにいるイヌガミタイプからの照射だ。だが、場所はサッパリわからない。アクティブ光学迷彩とアクティブノイズキャンセリングが有効化されているようだ。この技術、本当にすごいな。
男は悶え苦しんでいる。
弱くても前庭砲だ。強めの乗り物酔い状態になっているのだろう。
「早く出て行った方がいいですよ。このままいると、呪いがもっと強くなります」
「ん、んなわけ……ぐぅ!お、覚えてろよ!クソがぁ!」
威圧マンは捨て台詞を吐き捨てて、玄関から逃げ出していった。
いま「覚えてろよ」って言った?……漫画とかでよく聞くテンプレの捨て台詞だ。実際に言うやついるんだ。ちょっと感動だ。
『この捨て台詞、現実では初めて聞きました!』
オリガミも同じ感想らしい。なんだか楽しそうで良かった。
※※※
俺の対応を黙って見ていた爺ちゃんが口を開いた。
「正太郎、お前、なんでそんなに手慣れてるんじゃ……。普段どんな生活しとるんじゃ?」
「ビジネスが急に大きくなったりすると、嫉妬からか、こういうトラブルも増えるんだよ。困ったもんだ」
本当に困る。勘弁してほしい。
「ところで、呪いってなんじゃ?何をやったんじゃ?」
「……さ、催眠術みたいなものかな?まあ、細かいことはいいじゃない」
前庭砲については詳しく話せないので、俺は話をそらしつつ、爺ちゃんに事情を聞いた。
「ところで、何があったの?」
「ああ。少し前のことなんじゃが……」
爺ちゃんが語り始めた内容は、やっぱり予想した通りだった。
どうやら、爺ちゃんが停車していた車に、後ろから男の車がぶつかってきたらしい。
それなのに、相手は自分の過失を認めず、「誠意を見せろ」としつこく言ってくるとのこと。
誠意って、結局はお金のことだよね。本当に困った相手だ。
まったく……またトラブル処理か。オリガミの学習データがトラブル対応ばかりになってしまうじゃないか。
でも、この状況のまま爺ちゃんたちを放ってはおけない。あと三日ほどここにいる予定だし、その間に何とか解決したいところだ。
※※※
「オリガミ、さっきの男について調べられるか?」
『はい、やってみます。顔画像データベースを検索中……あ、発見しました。どうやら近所の建設会社に勤めている方のようです。』
『SNS投稿も確認中……独身で車が趣味みたいですね。修理代を払いたくなくて、こちらに負担させようとしている可能性があります。それと、自分には後ろ盾がいるといったニュアンスの投稿も目立ちます。』
『さらにSNSでの発言内容から性格を分析……攻撃性が高く、自己顕示欲が強い傾向です。特に、先のことを考えずに行動してしまう衝動性がとても高いです。お兄様、この人は少し注意が必要かもしれません。』
――つまり、カッとなると何をしでかすかわからないタイプってことか。
俺、だいぶ怒らせちゃったかな。もしかしたら対応を間違えたかもしれない。とにかく、このままだと面倒なことになりそうだ。しっかり解決しないと帰れないな。
何も起きないといいけど……
……しかし俺の願いも虚しく、その夜、俺とオリガミの危惧は現実のものとなってしまったのだった。
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