姉御ぉぉ
千穂の受講する講義がなく、護衛が必要ない日。
早瀬さんと、もう一人の背の高い、背筋の伸びた壮年の男性が、車で自宅の前までやってきた。
早瀬さんと一緒に車から降りてきた男性。
早瀬さんの父親であろう男性は、初老で白髪混じりの髪を短く整え、身長はおそらく百八十センチを超えていた。
目を引くのはスーツ越しにも分かるガッチリとした体格。圧倒的な筋肉と堂々とした立ち姿は、歴戦の男ならではの威圧感があった。
か、かっこよすぎる!
「正太郎様、こちらが父の早瀬剛健です」
早瀬さんにそう紹介されると、男性も落ち着いた口調で自己紹介をした。
「正太郎様、私は早瀬剛健と申します。いつも娘がお世話になっております」
しかも声まで渋い!
※※※
「はじめまして。ドールハウス株式会社代表取締役の藤崎正太郎と申します。こちらこそ、早瀬さんにはいつもお世話になっています。俺の婚約者を守ってくれるのは今、早瀬さんだけなので、本当に助かっています」
「正太郎様、父の前では私のことは凛子とお呼びください。父も早瀬ですので……」
確かに。……早瀬さんのフルネームって早瀬凛子だったのか。知らなかった。というか、こんなにお世話になってて名前すら知らないとは、俺、失礼すぎるだろ。
「じゃあ……凛子さん、剛健さん、とお呼びしますね?」
「はい、それでお願いします。お父さんもいいよね?」
「ああ、問題ない。それにしても……これは驚きましたな。お若いのに、こんなに堂々とされていて。話す前までは、普通の青年にしか見えなかったのに、いざ言葉を交わすと分かります。自分が護衛してきた、敏腕経営者たちと同じ雰囲気をまとってらっしゃる」
……それ、本当に俺のこと?
「そう見えるでしょうか?俺、馬鹿にされたり舐められたりするのが多くて……すぐにトラブルになるんですよ」
「そういう連中は見る目がないんでしょうな。見る人が見れば分かります」
……そんなものなのか。経験に裏打ちされた洞察というやつなのかな。それとも単なるお世辞?まあ、ここは素直に受け取っておこう。
「ありがとうございます。剛健さん程の経歴をお持ちの方に、そのような評価を頂けると嬉しくなっちゃいますね!」
「ハッハッハ、自分はただのジジイですよ!」
「とんでもない。では、さっそく『よいこ警備保障』の事務所にご案内します。できるだけ失礼のないよう言い聞かせてはいますが、チンピラあがりなので、無礼があったらご容赦ください」
ただのジジイ?剛健さん。俺は、あなたみたいな、ムキムキのジジイなんて見たことないです。
※※※
事務所にはすぐに到着した。自宅で何かあった場合、すぐに駆けつけられる場所に借りているので当然だ。
俺と早瀬さんたちは車を降りて、ビルの一室へと向かう。「よいこ警備保障」の事務所だ。実は、俺も一度しか来たことがない。
事務所のドアを開けて中に入ると、元半グレリーダーの「ファースト(No.1)」を先頭に、よいこ軍団の面々がズラッと並んで、こちらへ頭を下げていた。
……ヤクザっぽすぎる。
俺が呆れていると、ファーストが大声で挨拶を始める。
「社長、おはようございます!ご来訪ありがとうございます!我々『よいこ軍団』一同、心よりお待ちしておりました!」
「ああ、おはよう。ハキハキしてて、いい挨拶だな」
「ありがとうございます!光栄です!」
裏切りの兆候などはまったくなさそうだ。オリガミが管理しているわけだから、問題があるはずもないか。
「今日はお前たちに護衛の教官になってくれそうな人を連れてきた!元警視庁SPの超エリート、早瀬剛健さんだ。礼節を持って接するように!」
「はい!わかりました!早瀬剛健さま、我々よいこ軍団と申します!以後、お見知りおきください!」
「あ、ああ、よろしく頼む」
剛健さんは、ファーストの勢いに少したじろいでいるようだ。
「しかし……よいこ軍団?ずいぶん変わった名前ですな?」
「ちょっといろいろありまして……」
やっぱり変な名前だよな。会社名くらいは、まともな名前にしてもよかったかもしれない。
「そうですか……でも……皆しっかりと基礎が出来た体してますな。ただの筋肉ダルマじゃない、しなやかで使える筋肉です」
「ええ、護衛の教官がいなかったので、体作りだけはしっかりさせてたみたいです。このビルにもう一室を借りていまして、そこはもうほぼジムですね」
「させてたみたい?ということは他にトレーナーがいるので?」
「はい、そうです。……保母ガミ、自己紹介を」
俺がそう言うと、どこからともなく澄んだ女性の声が聞こえてくる。
「はい、お兄様。はじめまして、早瀬剛健さま。『保母ガミ』と申します。この『よいこ警備保障』を管理しております」
その声に「よいこ軍団」メンバーの背筋が少しだけ伸びるのを見て取れる。
さすがに「よいこ軍団」と深く関わってもらう以上、保母ガミを紹介せずにはいられない。まあ、AIだとバレなければ問題ないはず。
その声を聞いて、剛健さんは戸惑った様子を見せた。
「保母ガミ……?こんなムキムキの男ばかりの集団に女性を置いているのですか?危険では?」
「いえ、保母ガミは音声のみで『よいこ警備保障』の面々とコミュニケーションを取っています。事情がありまして、ここに直接来ることはありません。彼女は心理学に非常に詳しいので、私に代わって『よいこ警備保障』の管理をしてもらってるんです」
「……お兄様とは?」
「保母ガミは、そういうキャラなんです」
「……声だけで、このメンバーが管理できるのですか?」
「それだけ保母ガミが優秀ということですね。すごいですよね」
「よいこ軍団ですが……すごく正太郎様に忠誠心を持っているようですが……何をされたので?」
「少し困っているところを助けてやったことがありまして。恩を感じてくれているようです。あとは保母ガミの優秀さのおかげですね」
あれ?「優秀」って言葉、意外と便利だな?
※※※
その後、保母ガミがよいこ軍団による護衛の映像を剛健さんに見せると、やはり「全然ダメだ!なっとらん!」との評価だった。
「そういうのが分かる方が欲しかったんです。よいこ軍団の教育、おねがいできませんでしょうか?」
「ああ!せっかくいい体ができてるのに、このままじゃ宝の持ち腐れだ!しっかり仕込んで、立派な護衛に育てて見せますよ!」
こうして、剛健さんは快く「よいこ軍団」の教官を引き受けてくれることになった。本当に助かる。
いっそ「よいこ警備保障」の社長もやってほしいくらいだな……。
この会社は、オリガミに任せきりな状態で、俺は何もしていない。正直、俺が「よいこ警備保障」の代表取締役というのに申し訳なさがある。
しばらく様子を見て、もし問題なく軌道に乗りそうなら、剛健さんに正式にお願いしてみるのもいいかもしれない。
※※※
雇用条件の話が一段落し、自宅へ戻ろうとしたその時、エイトが剛健さんに声をかけた。
「あの……剛健様は"姉御"のお父様でしょうか?」
「姉御……?」
剛健さんがきょとんとしていると、早瀬さんが慌てて入ってくる。
「その呼び方はやめてって言いましたよね!? 剛健は私の父です!」
「す、すみません……やはり、あね……早瀬様のお父上でいらっしゃったんですね!」
なんだかエイトが興奮している。そういや、この前の千穂のパーティーの時、顔をあわせて俺達の護衛してくれたもんな。それで交流があったのかもしれない。
「凛子さん、なんで"姉御"なんて呼ばれてるんです?」
俺が聞くと、早瀬さんが困ったような顔で答えた。
「よく分からないんですけど……前に千穂さんのパーティーで護衛ネットワーク越しに私が正太郎様に言ったことに感動したとかで、なぜか全員から"姉御"って呼ばれるんです。やめてくれってお願いしてるんですけど……」
エイトが目を輝かせて語り出す。
「自分、その時の姉御の言葉に感銘を受けたんです!『もしも千穂さんが誹謗中傷されたとき、正太郎様がどう感じるか、ぜひ想像してみていただけますか?』という進言!主の不評を買うかもしれないのに、主のために直言するその心意気!感服いたしました!」
「やめてください!あと、また"姉御"って言ってますよ!」
早瀬さんは"姉御"呼びが嫌いらしい。
「なんだよ、いいじゃねぇか姉御呼び!かっこいいぞ?お前ら、俺が許す。娘のこと"姉御"って呼んでいいぞ」
面白そうに剛健さんがそう言うと、よいこ軍団は大はしゃぎだった。
「「「「姉御ぉぉ!!」」」」
「やめて下さいってば!」
早瀬さん、"姉御"と呼ばれるのが本気で嫌みたいだ。
なぜなんだろう?もしや……なにか黒歴史でもあったりするのか?過去に左手が疼いちゃったりしてたんだろうか?
何にせよ、護衛同士、仲良くやれそうで良かった。
これなら、また完全放置でいいな!
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