02
全ての準備が整って、離れはすっかり寿司屋らしくなり、カウンターと小さなテーブル席が二つ、シンプルだけど、清潔で落ち着ける空間となる。
「あとは」
店名を考えることにしたけど、前世の父の店は「名前+寿司」だったが現在では、クーラカーナ、と名前がつけられている。
「クーラカーナ寿司……いや、ちょっと違う」
考えに考えた末、店名を「月夜寿司」と名付けることにして、新たな人生を歩む意味を込めて開店の日を迎えつつ、心を込めて寿司を握る。
「いらっしゃいませ!」
最初の客は、近所の農夫のおじいさん。
「お嬢ちゃん、本当に寿司屋なんか始めたのかい?」
「はい。ぜひ、食べてみてください」
握ったアジの握りを出した。おじいさんは、寿司を一口食べると、目を見開く。勝った!
「こ、これは……! 今まで食べたことがないほど美味い!?」
おじいさんは、泣き始めた。
「こんなに美味いものが、この世にあるなんて……」
胸が熱くなった。
(よかった……私の寿司、通じるんだ)
それから一人また一人とお客さんが訪れ、彼らは皆、寿司を絶賛してくれ、店を閉めたあとは離れで一人、熱いお茶を飲む。
(トウマス様との婚約が破棄されて、本当に良かった)
本当に、心から思った。もし、婚約が続いていたら、今、こうして心からやりたいことをすることはできなかっただろう。
「これで、もう遠慮はいらない。心置きなく、最高の寿司屋を目指す」
開店初日の大盛況に、心は満たされていたが喜びもつかの間、現実は厳しいと翌日、店の経営について真剣に考え始めた。
「よし、まずは仕入れ。新鮮な魚を確保しないと」
再び漁港へ向かったが、そこで問題に直面する。
「お嬢ちゃん、ごめんよ。今日は、もうこれ以上は売れないんだ」
「え? どうしてですか?」
不思議に思って尋ねると、漁師は申し訳なさそうな顔で説明する。
「うちの親方が、もうよそには売らないって」
「よそ……?」
視線の先には、町の有力者、ジョン・ベッカーがいて、こちらを軽蔑するような目で見ていた。
「おい、クーラカーナ。お前のような落ちぶれた伯爵令嬢が、魚屋にでもなったのか? みっともない」
ベッカーはトウマスの友人で、よく嘲笑していた。なるほど、伯爵令嬢の地位を失ったことを、知っているのだろう。
「ベッカー様、私は、自分で商売を始めただけです。あなたには関係ありません」
毅然とした態度で答えると、ベッカーは鼻で笑う。
「はっ! 魚もろくに買えないくせに、商売だと? 笑わせてくれるな」
漁師に囁いた。
「こいつには、もう魚を売るな。もし売ったら、お前の店ごと潰してやる」
漁師は、ベッカーの言葉に顔を青くした。逆らえないらしい。
「すいません、お嬢ちゃん……」
漁師は深々と頭を下げ、絶望的な気持ちになるけど、これでは店を開けられない。
(どうすれば……?)
途方に暮れてその場を後にしたが、諦めるわけにはいかない。
(ショップスキルがある)
再び、ショップスキルのパネルを開いたそこには、まだ使ったことのないスキルが、たくさん並んでいた。
【ショップスキル】
・スキル名:釣り
・説明:あらゆる魚を釣ることができる。
・スキル名:漁網の知識
・説明:最高の漁網を作ることができる。
・スキル名:魚群探知
・説明:魚群の位置を探知できる。
(これだ)
すぐに漁港へ戻ると、誰もいない夜の漁港で、釣りを始めた。
「釣りスキル、発動」
釣り竿を構え、心の中で念じると、釣り糸の先に魔法のような光が灯ると水面に触れ、魚たちが引き寄せられるように集まってきたので、次から次へと、新鮮な魚を釣り上げた。
「これなら」
夜通し釣りを続け、夜が明ける頃にはたくさんの魚が、店の前に並ぶ。
翌日、店を開けると近所の人が、店に魚が並んでいるのを見て驚いた。
「クーラカーナ様!どうやってこんなにたくさんの魚を?」
にっこりと微笑んだ。
「秘密です」
それから、周りは自分を不思議な令嬢、と呼び始め、寿司を絶賛し毎日のように店に来てくれ店は、すぐに繁盛したが。ベッカーはそのことを知って面白くないらしいと、さらに大勢の手下を引き連れて店にやってきた。
「おい、クーラカーナ! どこから魚を手に入れた? まさか、海賊でも雇ったのか?」
「は?」
店をめちゃくちゃにしようとした時、店の戸が開き一人の男が入ってきた。
「ベッカー、やめろ」
息をのんだ。止めたのは、元婚約者のトウマス・ヘテルイナタラだったから。
「トウマス様……」
「トウマス!なぜこんなところに?」
ベッカーは、驚いて尋ねた。
「この店の寿司が、美味しいと聞いたから、食べに来ただけだ。それに、ここは私の元婚約者の店だ。好き勝手はさせない」
「う」
トウマスは庇ってくれ、ベッカーは何も言えずすごすごと帰っていった。
「あ、あの。トウマス様、ありがとうございます」
感謝の言葉を伝えたけど、トウマスは、顔を見ようとしない。
「勘違いするな。私は、ただ、この店の味が気になっただけだ」
カウンターに座った。
「何か、握ってくれ」
言葉に戸惑いながらも、心を込めて寿司を握った寿司を一口食べると、目を見開いた。
「これは……!こんなに美味しい寿司は、食べたことがない」
少しだけ胸が熱くなったが、すぐに冷たい現実が頭をよぎった。
(もう、私たちは、違う世界に生きている)
何も言わず、ただ、ひたすら寿司を握り続けるとトウマスは、すべての寿司を食べ終わると、静かに立ち上がり、代金を置いていった。
「ご馳走様」
彼は店を出て行った。




