第38話『議長の目線が、一度だけ空席を向いた』
無加工の記録を再生するため、俺は円卓の中央にカメラを置いた。投影石は止めたまま、俺の録画だけを壁面へ映す。誰の顔も大写しにせず、手と影と会場全体を一度に確認できる角度だ。
映像の中で、議長が話を止める場面があった。彼は誰かに呼ばれたわけでも、音に反応したわけでもない。ただ、十二脚の椅子のうち、誰も座っていない一脚へ視線を向けていた。
その椅子の下には、十三本目の影が伸びている。
「ここを止めてください」
俺は再生を止め、影を拡大した。指のような形が椅子の脚に触れている。会場にいた人間や怪物の足元と照合しても、どの影にもつながらない。
「誰かが見えない場所にいる、と言いたいのか」古賀が聞いた。
「そこまでは言えません。反射や投影の可能性も残ります。ですが、議長はこれを見ていた。少なくとも、空席をただの空席だと思っていなかった」
議長の石の顔は動かなかった。
「その椅子は、出席予定者の席だった。来なかった者のために残してある」
「その人物は、今回の襲撃を記録した人ですか」
議長は答えなかった。
赤文字が、画面いっぱいに浮かぶ。
《その席には誰もいない》
一瞬置いて、別の文字が重なった。
《だから、誰でも座れる》
俺は会場を見渡した。椅子の背には、白い粉が薄く積もっている。だが床には、椅子を最近動かした跡が残っていた。誰かがこの席に近づいたのは、今日が初めてではない。
議長が杖を握り直す。
「評議は再開する。過去の襲撃映像について、これ以上の断定はしない。立ち入り制限の決議は、記録の信頼性が確かめられるまで保留とする」
古賀が確認を求めた。
「保留の期間は?」
「三十日。その間、五層以上への入域は、双方が認めた監査役を伴う場合に限る。調査が終わらなければ、次の評議で改めて決める」
永久停止は避けられたが、元どおりになったわけではない。人間側にも怪物側にも、守るべき条件が残った。
まだ真相は分からない。だが、間違った映像一つで、すべてを決めることは避けられた。
その瞬間、カメラの再生画面が一フレームだけ暗く沈んだ。
黒い画面の中央に、誰かの手が映っていた。
現実の会場には、手を伸ばしている者はいなかった。




