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「わたし、死なないみたいです」処刑された悪役令嬢は首を抱えて帰省する。  作者: あとりえむ


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第1話

断頭台に繋がれた私の首筋に、ひんやりとした風が吹き付けた。

見上げれば、雲一つない見事な青空が広がっている。


絶好の処刑日和ね、と私は場違いな感想を抱きながら、広場を埋め尽くす群衆を見下ろした。


「ミランダ・エドワーズ!貴様のような陰気で不気味な女は、光に愛されたこの国には相応しくない!よって、ここで極刑に処す!」


高台から私を見下ろし、大仰に声を張り上げているのは、私の婚約者──いや、元婚約者のミハエル王太子殿下だ。

彼の隣には、新しく現れたという『光の聖女』が、不安げに彼の腕にすがりついている。


彼女の金糸のような髪と、私の烏の濡れ羽色のような黒髪。

彼女の放つ温かな光の魔力と、エドワーズ公爵家に代々伝わる死を連想させる冷たい魔力。


確かに並べて見比べれば、見栄えが良いのはあちらの方だろう。


だからといって、昨日いきなり婚約破棄を突きつけてきた上に、でっち上げの罪で即日処刑とは、いささか強引すぎるのではないだろうか。


「殿下、本当によろしいのですか?私を処刑してしまえば、後戻りはできなくなりますわよ」


私は最後の忠告としてそう尋ねたが、ミハエル様は鼻で笑うだけだった。


「黙れ、忌まわしい魔女め!僕の愛する聖女に呪いをかけようとした大罪人が、どの口で喋るか!さっさとその首を落とせ!」


処刑人に合図が送られる。

重い刃が吊り上げられるギギギという嫌な音が、静まり返った広場に響き渡った。


まあいいわ。あんな愚かな男の妻になるよりは、ここで死んだ方がマシかもしれない。

窮屈な王宮生活で、息の詰まるようなドレスを着て作り笑いをするのにも疲れていたところだ。


ズンッ!


凄まじい衝撃とともに、私の視界はぐるりと反転した。

歓声と悲鳴が入り混じった群衆の声が遠ざかり、意識がふつりと途切れる。



ああ、これでおしまいなのね。


そう思ったのも束の間。


……おかしい。

死んだはずなのに、どうしてこんなにも思考がはっきりしているのかしら。


視界の端には、首を失ってなお直立している、見覚えのある豪奢なドレス姿が映っている。

しかも、首を締め付けていた窮屈な襟から解放されて、清々しい気分ですらある。


私は瞬きを一つして、現状を正確に把握した。

どうやら私、死なないみたいです。



石畳の上に転がった視界から、自分自身の胴体をまじまじと見つめる。

首がないというのに、手足の感覚はしっかりと私の中に残っていた。


それもそのはずだ。私の実家であるエドワーズ公爵家は、かつて大陸を支配した伝説のネクロマンサーの末裔なのだから。


両親は私を王宮へ嫁がせる際、強力な不死の加護を私にかけていたらしい。


さらに言えば、王族が忌み嫌い蔑んでいた我が家の不気味な魔力こそが、実は王国全土を覆う瘴気を食らい、魔物の侵入を防ぐ唯一の防波堤だったのだ。

代々の当主がその身を依代として死者の力を封じ込め、そして私が王太子ミハエル殿下に嫁ぐという政略結婚こそが、国を守る結界を維持するための絶対的な契約だった。


私を処刑し、一方的に縁を切ったということは、その契約も完全に無効化されるということだ。


結界が消滅すれば国がどうなるか、彼らは分かっているのかしら。

まあ、彼が選んだ聖女様とやらが何とかするのでしょう。もう私には関係のないことだけれど。


私は自分の腕に念を送り、地面に転がった自分の頭へと手を伸ばさせた。


幸い、自分の体はまだ私の意志に従うようだ。

ドレスの袖が擦れる音とともに、私の手が視界の端に現れる。

指先が自分の髪に触れた。そのまま豊かな黒髪を掴んで、ひょい、と自分の首を持ち上げた。


「ひ……ひ、ひいいいいいっ!?」


頭上から、鼓膜を震わせるような悲鳴が降ってきた。

視界の高さが元に戻り、私は断罪を主導したミハエル王太子が顔面を蒼白にして震えているのを確認した。


私は脇に自分の頭を抱えたまま、首の角度を微調整して彼の方を向く。

至近距離で、呆然と口を開けている彼の顔を真っ直ぐに見据えた。


「ミハエル様、それではワタクシはこれでお暇させていただきます」


声帯は首の側にあるけれど、問題なく声は出た。不死の加護とネクロマンサーの魔力とは便利なものだ。

私はにっこりと、かつてないほど優雅な微笑みを彼に向けた。


「首は落とされましたし、刑は無事に執行済みということで。ごきげんよう」


驚愕のあまり腰を抜かし、無様に尻餅をついた王太子の横を通り過ぎ、私の体は処刑台の階段をゆっくりと降りていく。



広場は、水を打ったように静まり返っていた。


先程まで私を魔女と罵り、処刑を心待ちにして歓声を上げていた民衆たちは、自分の首を小脇に抱えて悠然と階段を降りてくる私の姿に、悲鳴を上げることすら忘れてただ震えている。


一番近くにいた屈強な処刑人に至っては、白目を剥いて泡を吹いて倒れてしまっていた。

警備の近衛騎士たちも、剣を抜くことすら忘れて青ざめた顔で後ずさるばかりだ。


「あら、道を開けてくださるのね。助かりますわ」


誰もが私から逃げるように左右に割れ、まるで海が裂けたように、広場の中央に一本の真っ直ぐな道が出来上がる。

恐怖で硬直する群衆の中を、私は鼻歌でも歌い出しそうな足取りで歩みを進めた。


視線がいつもより低くて少し揺れるのはご愛嬌だけれど、自分の足で自由に歩く感覚は最高だ。

何より、王太子妃教育という名目で押し付けられていた分厚い教本も、少しでも粗相をすれば飛んでくる冷たい小言も、もう私の人生には存在しない。


私を縛り付けていたすべてのしがらみは、先程の断頭台に置いてきたのだ。


背後から、ようやく我に返ったらしいミハエル様が「ま、待て!誰かその化物を捕らえろ!」と情けない声で叫んでいるのが聞こえた。

けれど、命令された騎士たちは誰一人として動こうとしない。


当然だ。首を切り落とされても平然と歩いている相手を、一体どうやって捕らえろというのだろうか。


私は一度も振り返ることなく、王都の巨大な正門を目指して歩き続けた。



王都の巨大な正門をくぐり抜けると、見慣れた城壁の外の景色が広がっていた。


追ってくる足音は、とうとう最後まで一つも聞こえなかった。

見上げれば、澄み切った青空がどこまでも続いている。


首と胴体が離れているせいか、吹き抜ける風がいつもより少し涼しく感じられた。


窮屈な王宮での生活は、思い返せば息が詰まるような日々だった。

常に監視され、心を殺して完璧な婚約者を演じ続ける毎日。

それを思えば、自分の生首を小脇に抱えて一人で歩く今の状況の方が、よほど自由で心地よい。


向かう先は、懐かしい私の実家、エドワーズ公爵領だ。


お父様とお母様は、急に帰ってきた私を見てどんな顔をするだろうか。

不死の加護がちゃんと役に立ったわねと、きっといつも通りに呑気に笑って出迎えてくれるに違いない。


私は腕の中の自分の顔と目を合わせ、ふふっと小さく笑った。


断頭台から始まった私の新しい人生は、どうやら今までよりもずっと素晴らしいものになりそうだ。

そんな明るい予感に胸を弾ませながら、私は清々しい足取りで故郷へと続く街道を進んでいった。

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