だから私は問いただす
「どうやら無事天声の笛を手に入れたようだな」
あくまでNPCのフリを続けたいのか、ソミシンは機械的に言葉を繰り返す。
「それがあれば竜もおとなしくなるだろう。どうだ、ついでに塔に上って私の用事を済ませる気はないか」
きっと本来のシナリオなのだろう。レオデキャイアが死んだことも知っているはずなのに、つらつらと説明が続く。塔に登れ、笛を使って竜を味方につけろ、祭壇に願いを捧げろ。そのどれもが、もはや私にとって意味を感じられないものだ。
「理解したかね?」
「分かりません」
まったく同じ説明を、まったく同じトーンで繰り返す。人間味の一切を排除した言霊が、私に狂気と、それ以上の強い意志を訴えかける。
「理解したかね?」
「分かりませんよ」
この人がどんな理由で死源にとらわれているのかなんて分からない。村人たちに疎まれていたから、もしかすると自罰や罪の意識でここにいるのかも。答えは何も分からない。それでも、ここまで私たちに立ちはだかってきた死源の主に対し、どうしても私は敵意を向けることができない。
「話せばいい」
後ろから侭の声。
「異能犯罪は不条理と理解不能でできている。天音にできることはいつだって一つだけだ」
「……うん」
繰り返す館の主の説明をいなして、私は思いのたけをぶつける。
「最初に違和感があったのは、サイコロです。ここがTRPGの世界なら、6しか出ないなんてありえない」
「どうやら無事天声の笛を手に入れたようだな」
「死源に開いた窓、アトラスタワーや人間性のステータス、消された第四のボス。全部がありえなくて、だから私には、それが誰かの意志にしか思えなかった」
浮き彫りになる異質。その真意を私は紐解けなかった。だからこそ、その水源はきっと心の内側にあるのだろう。
「世界には厄災が満ちている。私にはあずかり知らないことだが、その笛も力の一つだ」
しらを切り続けるソミシン。無関係を装い、無感情を偽る。その瞳の奥に宿す何かを、私は探れない、理解できない。だから私は問いただす。
「ソミシンさんはNPCじゃないです。だって、この死源の生成物は息もまばたきもしないじゃないですか」
「厄災の前には平等がひれ伏す。うまく使えばたちどころに悲劇の竜は寝息を立て、あるいは魔物を狩る赤き剣へと姿を変えることだろう」
言い分は正しい。ボスモンスターは呼吸をするし、血を流す。異界というリソースをどう割り振ってキャラクターを形作るかは、ゲームマスターの采配に委ねられる。だから私は考える。
「もう一つ、NPCが絶対にしないことがあるんです」
指をさすのは、ソミシンに委ねた天声の笛。同時に道具入れから取り出すのは、別の笛。
「死源のNPCは間違えない。偽物の笛を渡されても、イベントを進めたりはしないんです」
わずかに、ソミシンの肩が震える。手元をしげしげとみて、短くも息を吐き出す。
「使えるのは一度きりだ。音の主が騙りであると気が付けば、白竜は態度を改め再び牙をむく」
後ろで侭がフラグが本体とかアドリブこそ醍醐味とかうるさい。理人、ちょっと静かにさせといて。
「確かに、そうかもしれません。でもごめんなさい、笛が偽物っていうのは嘘なんです。偽物は、こっちのほう」
理人に能力で作ってもらった、文字通りの武骨なレプリカ。ソミシンは二つの笛を交互に見やり、すっと表情を消す。
「愚物が。どうやらこれ以上の会話は無意味らしい。帰りたまえ」
おそらくはイベントの強制終了を意味する定型句。けれども、私にとってはそれこそが欲しかった反応だ。
「死源のNPCは考えない。どんな言葉を受け取っても、返事をするまでに悩んだりしないんです。そう設定したんですよね?」
私はさぞ鬱陶しいプレイヤーとして映っているだろう。再び、さっきより明らかにソミシンの表情が曇る。眉間にしわが寄り、靴音を立てて部屋を歩き始める。その姿から垣間見えるのは苛立ち、人間味だ。
「望みがあるのなら塔に上るがいい。頂上の祭壇に願いを捧げれば、諸君らの望みも叶うだろう。あれを渡したくはないが、只人の私には諸君らの蛮行を止めるすべはない。どうするかね?」
実際のところ、私はここで足を止めるべきなのかもしれない。いつか侭が言っていた言葉。求めるものは、いつだって前にある。でも、私の望みは、もうあの雨の日に手に入っている。誰かを傷つけてまで真実に固執しなくても、私は生きていける。
「普段、ソミシンさんってゲームログ見ないですよね」
それでも私が口を開いた理由の半分は、抗えない好奇心。でもきっと、それだけじゃない。私はもう、踏み出す意味を知っている。
「この私からすると、命を賭してまで望むことなど、理解に苦しむがね」
理解できなくても、理解されなくても、いいんだ。私は自分の心を、分かり合うために使いたい。
「プレイヤーが行動するとき、宣言の主体は私たちなんです。相手が魔物でも人でも、常に攻撃する側に対してサイコロは出てきた。でもあの時、屋敷を爆発させた侭の足元にサイコロが出てなくて、しかもログはソミシンさんのダメージ判定から始まっていた。だってあれは死源にとって、攻撃じゃなくて防御だったから」
私に閃きをもたらしてしまったのは、ほかでもない死源の絶対法則。主にかしずく騎士のように、王の存在を突き付けてくる。見つけてしまった、見つけてくれのメッセージ。だから私は前へと進む。
「塔は今や魔物の巣窟だ。魔王すら従える地獄の番人、暗躍する神の子羊。只人の遥か上に立つ存在が諸君らを襲うが、それでも行くのかね?」
「子羊も大いなるものも、GMそのものじゃないですか。それと同じ扱いをしている時点で、ソミシンさんの正体は明白ですよ」
「愚物が。どうやらこれ以上の会話は無意味らしい。帰りたまえ」
反論のすべがなくなり、言葉が止まる。死源の主は、電源の切れた時計のように冷徹に私を見る。論理に破綻はない。この人が生きていることは明らかだ。けれども、眼鏡の奥の黒い宇宙には星一つ見えない。
私の推理は、しょせん想像なのだ。この人が無視を決め込んでしまえば、ただのプレイヤーである私に、その牙城を打ち崩すことはできない。
「愚物が。どうやらこれ以上の会話は無意味らしい。帰りたまえ」
淡々と繰り返し、私を見つめるソミシン。その奥に苦しみや悲しみが見えるのは、私の妄想に違いない。だって、私はこの人について何も知らない。
この人はなぜ、どんな事情でここにいるのか。迷惑でも知りたい、傲慢でも助けになりたい。なのに、私にできることは、謎を諦めて引き返すか、あるいは人間性を捨てて暴力に訴えることだけだ。そんなのは悲しいし、嫌だ。どうして、私には力がないのだろう。考えるうち、目からは涙さえにじんでくる。
「はあ」
静まった環境に落ちた、たったひと息のため息。正面で、鬱陶しげに響く。
「これではまるで、私が大罪人のようではないか」
頭に手をやり、角を剥がす。
「いかにも、私がこの世界の支配者で、ただの人間だ」
息を大きく吐く館の主。「ただの人間」という言葉が、いやに重みをもって響いた。
ソミシンというのは偽名であり、本名の細見真司から取ったのだと、館の主はそう語る。
「どうしてNPCのフリをしていたんですか?」
「私が人間だと知ったら、君たちはこうやって過剰に干渉してくるだろう?」
取り外した七本の飾り角を撫でながら、細見さんはため息を吐く。
「それに、いきなり人の屋敷に爆発物を仕掛けるような輩に正体を明かすのもリスクだ」
「そこはもうおっしゃる通りです。すみません」
無反応の真犯人に変わって頭を下げる。最近思うのだけど、スピンオフにおける私の役目の三割くらいはこれなんじゃないだろうか。
細見さんは私と侭とを交互に見た後、「まあいい」と息を吐く。その声音が思ったより不機嫌でないことに安堵と感謝だ。
「これで好奇心も満足しただろう。おとなしく塔へ行け。GMも暇ではないのだ」
角飾りから宝石を取り出し、そのまま厄介払いのように差し出す細見さん。非常に嫌そうなところ申し訳ないけれど、私の好奇心はまだ序の口だ。
「細見さんはどうして、というかどうやってゲームマスターになったんですか?」
それなりに渋い反応ののち、言葉が返る。
「私は巻き込まれたに過ぎない。大学で災害に襲われて、取り残されたまま時間が経って、気づいた時にはこうなっていた」
視線をよこす窓の外には色とりどりの森林と魔物の影。南雲はそれなりに栄えていたはずだから、話が事実ならさぞや驚いたに違いない。
「異界の核には近しい物体を取り込む性質がある。あれがTRPGと融合するにあたって、思考と処理負荷を代行する管理者が必要だったのだろう。迷惑な話だ」
「目的はなんだ」
話を咀嚼する私に先んじて声を挟むのは凪。間を開けず、「死源は意志ある者しか選ばない」と言葉を重ねる。言葉が強いのは気になるけれど、内容は私も知りたい。
時間を置いて、細見さんは答える。
「しいて言うなら、生きることだな。あの地獄の中で私が願ったことは一つだけだ。何を捨て置いても、迫りくる死を退けたい。だから今私はここにいる。そこに問題はあるか?」
「いや、ないな」
静かな、けれども実感を伴った回答。凪も納得できるものだったらしく、おとなしく私の後ろに下がっていく。
「そろそろ次のクエストの話をしてもいいか?」
「もう少しください」
細見さんを呆れさせつつも、私の質問は続く。
「私たちは死源の異変を察知してここに来ました。さっきの細見さんの話の通りなら、プレイヤーを呼び寄せる理由がない。死源の穴はなぜ開けたんですか?」
「死源に聞け」
「え?」
「誤解しているかもしれないが、私に持たされたGM権限はそう多くない。死源が人を呼べと訴えた。私にはそれを断る権利がない。それだけの話だ」
「ちなみに何ができます?」
「魔物への大まかな指示、あとはサイコロと建物の操作だけだ」
だんだん機嫌を悪くしつつも、細見さんは私の質問に答えてくれた。血気盛んな魔物を抑えつけて平和を作っているとか、不安定な世界を確定させるためにサイコロに手を加えたとか、アトラスタワーを再現して電気と通信をどうにか成立させたとか、内容は自慢とも愚痴とも言いがたい。
「無論、どれも相応に手間だ。だが、そうでもしないとここは人間が住める場所ではないからな」
言って、細見さんは嘆息する。
「……なら」
生活に困る孤独な魔人。喉まで出かかった「死源を出ればいい」という言葉は、心の奥に呑み込む。それを言う権利は、少なくとも私にはない気がした。
「人間性のステータスは何のために足したんですか? 原典にはなかった」
沈黙を埋めるように問いを投げたのは侭。声が少し上ずっていたあたり、内心では謎界隈の人とゲームの話がしたいのかも。原典というワードで細見さんも何かを察したのか、低く笑う。
「あれは良識回路だ。私には見る目がないから、悪人を識別するための保険が欲しかったんだ」
懐からスマホを取り出し、おそらくステータスを確認したのだろう。侭と凪とに軽蔑的な視線を送る。
「ああ、思ったよりシステムは良好らしい」
「真の悪は数値に表れないものですよ」
売り言葉に買い言葉なのはもう諦めるけど、私を盾にするのはやめてほしい。
「さて、もう十分だろう」
「もうちょっとだけ」
「諸君らにはこの知の石を――。分かった。話せ」
だんだん申し訳なくなりつつ、最後の質問。
「私たちはこの死源の中心に用があるんです。凪」
「あいよ」死源の鍵を取り出す凪。
「これは、核か」
細見さんの反応は確実に覚えのある者のそれ。「核」という言葉からして、やはり場所を知っているらしい。
「これは死源に入るために使う、鍵です。同じような物体をどこかで見ませんでしたか?」
「……」
答えは沈黙。細見さんからすると話したくないのは当然だ。核への干渉はすなわち死源の現象への干渉。前回のように媒介を壊せば、最悪細見さんはこの世界で生きていられなくなる。私にその気はないけれど、外道二人の腹づもりは私には分からない。
「はあ」
長い沈黙を待って、差し出されたのは言葉ではなく掌。丸く光る透明な宝石が私を通り過ぎ、侭の手の上に置かれる。
「これは?」
「知の石だ。これを塔の頂上に持っていけ」
さっきから何度か話そうとしていたクエストの話だ。話を袖にされたのかと思ったけれど、そういうわけでもないらしい。細見さんは窓の外の塔を指さす。
「不本意ながら、死源の核は塔にある。PLがそこへたどり着くことを、GMとして邪魔することはできない。頂上の祭壇に石を置け。そうすれば最後の扉は開く」
「あ、はい」
業務連絡的に次のクエストを提示しつつ、シナリオ終盤の注意点を伝えてくれる細見さん。へえ、塔に入ると道具屋や武器屋が閉まるんだ。
「これで全部だ、さっさと行け。できれば失敗してくれ」
とげとげしい言葉で私たちを追い払う細見さんの顔には疲れた笑み。そろそろお暇したほうがいいだろう。
井垣さんに頼んで職業斡旋とかできないだろうか。などと余計なお世話を考えつつも、出口に向けて足を翻す。その視線が捉えた、最後の好奇心。
「そういえば、さっきの竜のゾンビ、何だったんですか?」
廊下に並ぶ培養槽。空になった一つを指さしつつ問う。
「何の話だ?」けれども反応は疑問のみ。
「細見さんじゃないんですか?」
「魔物を一体一体管理していたら脳がパンクする。早く塔へ行け」
「はい。ありがとうございました」
異界の出会いに感謝しつつ、館を後にする。最後に見えた細見さんの表情は相変わらず硬かったけど、それでも少しだけ親しみある仏頂面だったと思いたい。
本作は天音を主人公とした探偵小説ですが、物語の本筋は大災害・ジエンドを巡る戦いの話です。ある意味この作品は「ジエンドゲーム」の中で勝手に展開される「探偵はホワイダニットを明かせない」だと言えます。




