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ファントムエンカウント

 鍵となるアイテムを携えて、向かう先は讃美歌の塔。夕日の朱が骨組みの蒼に反射して幻想的な光を醸し出している。湖が濁ってさえいなければ、それなりに絵になる光景だろう。


「細見さんももっと景観に気を使えばいいのに」

「ホコリまみれの屋敷に住んでるような人間だったしなあ」


 理人は笑い、それからふと真剣な表情をする。


「でもいいのか。このままクリアして」

「うーん」


 言いたいことは分かる。細見さんが危惧しているであろう、クリアによる死源の崩壊についてだ。私自身、迷う気持ちはある。他者の人生を左右する決断、その経験も決意も、今の私にはない。


「天音の決意がどうだろうと僕らは行くけどね」

「右に同じ。理人も拒否権ないぞ」


 葛藤とは無縁の二人が先に進むのであれば、それを止めるためについていくしかないのだ。


「聞くだけ野暮だったか」

「うん、だね」


 竜の骸は物言わず、敵対者たちも近くにいない。念のため回復アイテムの在庫とゲームログを確認する。異常なしだ。私たちは最後のダンジョンに突入する。


 讃美歌の塔はシンプルな、悪く言うとつまらないダンジョンだった。螺旋階段を上っては部屋に入り、その場で出てくる魔物と戦う。

 登場するのは今まで戦ってきた魔物、の変則系。アイムライムスライムとか、オオオオカミオオミカミとか、大仰な名前をした色違いの魔物たちだ。


「再生怪人ボスラッシュ、みたいな感じだね」とは侭の意見だ。


 黒いマジックスライムを呪文で燃やし、赤いオオカミを斬り伏せて、ただただ塔を登る。相手はどれも元の魔物より強かったけれど、さすがにボスモンスターほどではない。


「……疲れた」


 現れたバイオシニガミサイボーグを蹴散らしてひと息。さすがに十以上も連戦を繰り返してきて疲れてきた。窓から上下をのぞくと、だいたい半分を登ったところだろうか。遠くに見えるつきまといの森が少し懐かしい。


「これ、頂上まで続くのかな?」

「エレベーターはどこだ」辺りをキョロキョロする凪。あるわけないでしょ。


 精神的・肉体的な疲労はともかくとして、このペースだと回復アイテムの量が少し不安だ。どうせ頂上にはボスがいるだろうし、どうにか戦闘を易化できないだろうか。

 愚痴っても現実は変わらない。私たちは諦めて螺旋階段をひたすら歩き、歩くこと一時間。とうとう最上階にまでたどり着く。


 扉を開けた先にあったのは、展望台のエリアをぶち抜いて造られた、特別感あふれる大広間。開け放しの窓から風が吹き込んできて心地がいい。


「決めたよ。僕は、ここに住む」

「アホなこと言ってないで行くよ」


 広間の中心には細見さんの言葉通り、荘厳な祭壇が置かれていた。元はスタンプラリーの台座だね、これ。ここに知の石を置けばクエストクリアだ。奥に仰々しい扉があるから、そこに死源の中心があるに違いない。


「まあ、もうひと悶着くらいありそうだけど」


 さすがの私もゲームのフォーマットをつかめてきている。あの台座に知の石を置こうとするとボスが現れるんだろう。そもそも鍵がない以上私たちのゴールにはなり得ない。

 念のため扉が開かないことを凪に確認してもらい、一通り回復を済ませてアイテムも整理して、心の準備もOKだ。侭から知の石を受け取って、祭壇に近づく。


「じゃあ、置くよ」


 指先を祭壇に伸ばした瞬間、揺れない地響きが肌を揺らす。やっぱりだ。台座の影がうごめき、人型を作っていく。マステマが現れたのかと警戒したけれど、どうやら違うらしい。完成したのは七本の角と白衣を携えた、痩せた男のモノクロームだ。


・エンカウント:獣の化身が現れた。


 ゲームログが告げるボス戦の開始。顔を見合わせる私と理人。


「あれ、細見さんだよね」

「みたいだな」


 趣味が悪いというべきか、自虐的だと見るべきか。とにかく、戦闘開始だ。


 戦いは正直言って地獄だった。法則通りに128000の生命力を備えた人型の魔物が、両手で毎分二十発の呪文を唱えてくる。それを安全地帯でしのいで、合間合間に反撃を入れる。言葉にすればそれだけだけど、実践するのはとにかくきつい。


 まず安全地帯。詠唱が始まると着弾予定の地面が明滅するから、慌ててその場を離れる。おそらくボス戦仕様として特別に用意されたシステムなんだろうけど、毎回場所が変わるせいで私たちは無駄に広い戦場を駆け巡らされることになる。


「僕は、ここまで、だ」

「ターゲット減ると全滅するから死んでも走って」

「ひどい」


 虚弱体質に鞭を打ち、ちまちまとボスの生命力を削ること十五分、獣の化身が宙に浮く。ヘロヘロの侭の「第二形態だ」という言葉が示す通り、行動パターンが変化する。遠距離戦主体だったさっきまでとは打って変わり、今度は光剣を携えての接近戦だ。


 素人臭い剣術のわりに威力はすさまじく、しのいだ理人の生命力が一瞬で1にまで低下する。そういう特殊効果があるらしい。こちらの回復アイテムを無駄遣いさせるためとしか思えない腹立たしいアルゴリズムを相手取り、ひたすらに攻撃を加える。けれども途中からダメージが0に固定されてしまう。


「第三形態だ」と息を犠牲に目を輝かせる侭に辟易しつつ、戦闘続行。回復アイテムが尽きる直前で、スマホに「祈る」なる謎のコマンドが追加されていることを見つける。


「お願い、もう終わって」


 渾身の祈りから生じた光がボスを貫き、細見さんそっくりの人型はグロテスクな死に顔を見せつけながら爆散した。


「なんだ、とどめ演出だったのか」

「終わった。やっと終わったぁ」


 報酬はゼロ、代わりに両手いっぱいの虚無感。あまり後味のいい結末ではなかったけれど、とにかく最後のボスモンスターを倒した。開かない扉の方から鐘の音が鳴り響き、部屋を揺らす。

 七度繰り返される黄金色の調べは、この世界の終わりを示すのだろうか。


「ねえ侭、シナリオ通りだと、私たちはどうなるの?」


 異世界に放り込まれた高校生という設定だったし、元の世界に戻ったりするんだろうか。侭に尋ねてみると、首は横に振られる。


「世界を支配したからランクが低かったころの自分を虐げた冒険者仲間に報復する、みたいな感じの終わりだったかな」

「歪んでない?」

「当時の世相とか流行を反映してるからね」


 実に笑えない冗談だ。急に死源の外に弾き出されたりしないことは喜んでおこう。


「今度こそ、祭壇に知の石を置くんだよね」

「そうなるね。代わろうか?」


 ウキウキ状態の侭に石を任せ、考えるのは先のこと。たぶん、開かない扉の奥に死源の媒介がある。あるいはこの場所そのものが死源の中心かも。いずれにせよ細見さんは媒介を知っているはずで、そうなると近くに出没するであろうマステマに会ったことがある可能性もあるわけで。先に話を聞いたほうがよかったかな


「ん?」


 考えているうちに、周囲に白い光が満ちる。光の出元はどうやら私たち自身だ。


「なに今の」


 スマホをのぞくと、メッセージが追加されていた。


・ナギは生命力が全快した。

・ジンは生命力が全快した。

・アマネは生命力が全快した。

・リヒトは生命力が全快した。


「回復? 今さら?」

「もしかすると、裏ボスが出るのかもね」


 化身戦が消化不良で終わったせいか、侭は上機嫌だ。正直勘弁してほしい。


 とはいえここは細見さんが作った塔で、となると生命力の回復も意図したものであると考えるのが自然だ。考えられる線は戦闘しかない。法則通りなら次の相手は二十五万。インフレ甚だしい。


「一回アイテム補充に――ああ、もう」


 私の提案むなしく、侭が祭壇に石を置く。かちりと音を立てて、宝玉が台座に嵌る。


 息を止め、マステマを警戒する。何も起こらない。


 息を呑み、ボスモンスターを警戒する。何も起こらない。


「うん?」


 拍子抜け、していいのだろうか。

 溜め込んでいた緊張を吐き出して、ギルドカードを確認する。「魔人伯爵の落とし物」に加え、いつの間にか追加されていた「世界救済の日」にもクリアマークがついていた。ゲームログも同様に目標達成を伝えている。本当に終わったのだろうか。


「……奥の部屋、見てみる?」


 少し待っても何のイベントもない。死源の核が露出するわけでも、別の塔が姿を現したりもなさそうだ。よく分からないけど、何も起きないなら予定通り死源の中心候補地を調査すべきだろう。問題は閂を外す方法だけど。


「ちょっと待った」


 扉に向かう私たちを止めたのは、凪の声。


「何か見つけたの?」


 聞くと、反応は否定。じゃあなんで止めたんだ。


「いやなんか、動かないんだ」

「動かない? 何が?」

「侭」


 よくよく見ると、侭は知の石を置いた時の姿勢のまま、固まっている。


「さっきから押しても引いてもさっぱりでさ」

「もっと早く言ってよ」


 一時停止。侭は右手を台座に張り付けたままピクリともしない。


「な? 面白いだろ?」

「いや面白くないでしょ。罠じゃん」


 罠。誰の、何のための? 犯人は決まっている。この塔に細工できるのはGMの細見さんだから、犯人はあの人のはずだ。でも目的が分からない。侭を縛り付けてエネルギー源にでもするつもりだろうか。あんまり搾り取れない気もするけど。


「ここでまだやるべきことがあるってこと?」


 誰にでもなく自問する。でも、この広間には台座と宝玉しかない。あとは何もなく、雄大な景色が一つあるだけだ。


 ガラス越しに外を見ると、湖が見えた。血のように濁った水質でも、真上からならそれなりに水底が見える。だからなんとなく下を見て、なんとなくそれを見つける。


「……なに、あれ」


 湖底には鎖が見えた。銀の鎖は幾重にも巻かれ、それらを雁字搦めにしている。決して水上に浮かばせてはならない、決して世界に現わしてはならないという固い意志。


 沈められていたのは、鎌を携えた人型の魔物。死神の具現。封じられた四つ目の鐘。


 閉じ込められていたのは、角の生えた純白の獣。世界の意志、子羊。


 異様な威圧感を放つそれらは、けれども亡霊のごとき静けさで水底に揺らめく。まるで存在を許されていないかのように。


 絶対の、敵意。私の平和ボケした脳が一つの可能性にたどり着くより早く、次の手は打たれる。


 地面が、消えた。


「いや、地面が消えるわけないよね」


 一瞬動転したものの、すぐに落ち着く。地面は変わらずそこにある。塔の土台になっている黒土と、その周囲の湖だ。湖の周りの草原も見えるし、山も森もくっきり見える。

 そう、地面が消えたんじゃなくて、塔が消えたんだ。


 風が吹き、私の肝を冷やす。おかげで現実味が湧いてきた。


「凪」

「四人は無理」


 侭は未だに謎の凍結状態。理人が能力で対処しようとサインを作るも、発生する現象はあっという間に遥か頭上だ。先の仮説通り、理人の手の届かない場所で第二のパラシュートが生成されている。なかなか面白い。


「天音」


 凪の声で我に返る。落下まで長くて六秒、今すぐ対処を考えないと。どうやって?


 塔の高さは百五十メートル。地表の反逆が生命力の十割を消し飛ばすのは確認済み。確実に私たちは死ぬだろう。もちろんステータス上だけじゃなく、物理的にだ。


 犯人は細見さんだ。でもどうして? クリアされたくない理由があったのか、あるいはこれもシナリオの一部なのか。善人とは断定しづらい言動をしていたけれど、それでも人の死を願うようには見えなかった。


 混乱が混乱を呼ぶ。時間がない。加速していく。凪の力で滑空? ダメだ出力が足りない。じゃあシドなら? 由宇さんのワープは? ないものねだりが過ぎる。今ある材料ですごい超能力を。目覚めろ私の何か。お願い目覚めて。目覚めないと。


 加速する視界。泥の湖面に収監された狂気たち、白竜の亡骸。走馬灯のように去来するこの死源の思い出たち。落下、隕石、激闘、炎、そして。


「これだっ」


 思考が現実に帰還する。起死回生の思いつき。


「理人、スキル!」


 空気に邪魔されながら叫ぶ。手近な侭を小脇に抱え、再装填は終わってるはず、逆の手は理人の方、意図は伝わってそう、でもダメだ届かない、そんな。絶望しかける私の手首をがっちりつかむ凪、反対側も同様だ。ありがたい。ストップモーションでバラバラになる思考回路をどうにかつなげ、最後の合図。理人に頭を差し出す。


「渾身の一撃!」


 鉄の剣を腹にして、思い切り叩きつけられる一撃。それは私の脳天ではなく、凪の肩に激突する。


 風が吹き、私たちの意識を半分以上刈り取る。私は薄れゆく意識の中、この最後の賭けが成功することを祈った。




「……」


 目が覚める。覚めてくれた。どうやらまだ生きているらしい。


「痛い」


 両手足がひどく痛む。軋む体が酸素を求め、逆に胃袋は吐き出したい、心臓には灰色の動悸。状況は最悪だ。麻痺する私の鼻先に、甘い香り。


「生きてるか?」


 理人の声と、ポーションの味。生命力は全快のはずなのに、不思議と心が楽になる。


「かろうじて」


 凪と侭はまだ倒れているけれど、少なくとも息はある。少し待てば起きてくるだろう。


「にしても、考えたな。全滅ワープで落下死をしのぐか」

「うん。うまくいってよかった」


 確かに生命力が0になったらギルドに戻されることは分かっていた。でも、戻される対象がどこまでかは確証がなかった。本人とその装備は確定、付着した泥や砂なんかも経験上ついてくる。懸念したのは人にまとわりついた別の人。無事持ち物扱いで移動してくれたらしい。


「さて、どうする天音。この状況」

「……考えないとだね」


 未だ意図は分からないけれど、これは確実に細見さんの仕業だ。彼には私たちを殺そうとした理由がある。


「どうして侭を殺そうとしたんだろう」

「侭だけ? 俺らも一緒に落ちただろ」

「それは私たちが一緒に塔に登ったからでしょ」


 私たちと違って侭は体の動きを止められていた。それに知の石を直接渡されたのも、一番近くにいた私ではなくて侭だった。何かの意図があるのだろう。


「いつまで寝てんだ。起きろ」


 業を煮やした理人が侭を叩き起こす。


「なかなかいい気味だ」やめなよ暴力はよくないよ。


「たぶんだけど、逆になってるよ」


 侭が咳き込みながら上体を起こす。


「あ、おはよう」


 侭はまだ意識がはっきりしないのか、頭の横を拳でゴンゴンと叩く。


「この状況、何があったか聞いてもいいかな?」

「どこまで覚えてる?」

「台座にオーブを置いたところまで」

「なるほど」


 つまり固まってからの意識はないと。完全に停止していたことを説明すると、侭は怪訝そうに顔を歪める。


「天音はどう思う?」

「私も、ちょっと変だと思う」


 ゲームログに何も表示されないということは、侭が見舞われたあの状態は細見さん自身の能力による可能性が高い。能力が何かはまだ推測の域を出ないけれど、いずれにしても課題点がある。


「効力が高すぎる」


 人には抗精神力があるのだ。それを貫いて意識を停止させるなど、類を見ない。それに、遠隔で作用させるにしても射程が長すぎる。


「何してんだ」


 遠くから声がかかったかと思ったら、凪だった。いつの間にか目を覚まして、いつの間にか旅支度を整えている。


「行くんだろ? 確かめに」


 少し置いて、私はうなずく。細見さんの意図や能力がなんであろうと、私たちはそれを知らなければならない。決意を固め、再び魔人の館へと向かった。

オオカミ<オオオオカミ<ミカイオオカミ<オオカミカミ<オオオオカミオオミカミの順で強いです。

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