一撃
語彙力、財力、権力、超能力。ありとあらゆる人の所業には、力という表現が用いられている。疑問に思ったことはないけれど、それはつまり、私たちの基盤が戦いによって生成されたことを示しているのではないだろうか。だとすると、目の前の光景を止めるすべは、私にはない。
「俺はThe rEND。姉さんの剣、ボスの右腕」
ぶつぶつとつぶやきながら殴りかかる玲。一切の迷いを捨てた拳が凪を捉え、凪もひるまずに殴り返す。殴る、よろめく、顔をしかめて蹴りつける。コインを飛ばす、燃やす。落ちていくサイコロ。
無言のまま、お互いほとんどノーガードでの格闘戦。表情から見いだせるのは静かな熱と苦痛だけ。凪は今、何を考えているのだろうか。この戦いに意味はあるのだろうか。どうすれば、戦いは止まるのだろうか。答えの出ない問いかけが、私の頭をぐるぐるとかき乱す。
歪な均衡。亀裂を入れたのは、一陣の風。
すさまじい上昇気流が空気を揺らし、凪と玲と理人までもが宙へと飛ばされていく。力の主は当然、シドだ。
突き上げた腕をだらりと下ろす。無力感のにじむ仕草だ。彼?なりに不毛な闘いに思うところがあるのかも。そして、衝動的な攻撃を後悔するかのように頭も落とす。
「不毛な闘い、の辺りから声に出てたよ」
「うるさい」
こんな時に細かいなあ。塞いだ口で無言の抗議をしても、どこ吹く風だ。
「あと、見るべきは上だと思うよ?」
そうだった。シドの能力が止まり、結果として遥か上空に飛ばされた三人が徐々に高度を落とし、地面に近づいてくる。
「どうしよう?」
「祈るがいい」
「それはもうやってる」
高度は建物の四階くらい。死ぬ高さではない、と思いたい。少なくとも凪はもっと高くまで飛ばされても無事だった。問題は理人と玲のほう。
防御スキルを使う? 呪文を唱える? そもそも敵の心配をするのも変な話では? 流れ続ける時間を前に、私の思考はあまりに遅い。何をすることもできず、落下音が三つ地面を揺らす。
「痛ってえな」
理人が腰を押さえつつも立ち上がる。とりあえずは無事そうだ。恨めしげにつぶやきながら、視線はこちらに向かう。私ではなく、その横の由宇さんだ。
「バレちゃった?」
「殺す気か」
そういえば理人だけ不穏な落ち方をしていた。空中で由宇さんの能力が干渉したということらしい。
理人は由宇さんとシドとを交互に見た後、舌打ち一つ。
「天音、そいつ頼む」
「え?」
そいつ=由宇さんで、頼む=止めろってこと? 隣のうさんくさ男のほうがマシではという疑念と、反射的にギルドカードに伸びる手。
「黄唱のわっ」
足元に突如できたくぼみが私の声を止め、まばたきの隙間を縫って由宇さんの姿が消える。そのまま後頭部から斜め下への放物加速。気づいた時には私は後ろ手に縛られていた。久しぶりの土の味。
「ごめんね。痛かった?」
現在進行形で痛いです。とか言ったらやめてくれるだろうか。
「ボス、喜んでくれるかな」
私の話を聞くそぶりすら見せず、ふにゃふにゃと笑う由宇さん。歪ながらも、本物の幸福と恍惚を感じ、ぞっとする。
さて、理人の期待むなしく私の抵抗はここで終わってしまいそうだ。そうなると、本格的に侭に助けてもらわないとなんだけど。なんだけどね。
「そっちのジン君は、戦わないの?」
身構えた由宇さんも、侭が身じろぎすらしないことに多少の動揺を覚えたらしい。上から聞こえてくる声にもかすかな震えが見える。
一方、侭のほうはどこ吹く風だ。「お構いなく」と体育座りの姿勢を崩そうともしない。
「恐怖で足がすくんで動けないんだ」
あくびを噛み殺しながら言われても説得力がなさすぎる。
「アマネさん、大事にされてないんだね」
こっちは同情してくるし。
ごめん理人、ちょっと援護できそうにないかも。申し訳なく思いつつ、それでも何もしないよりはマシの精神で戦場に目を向ける。
飛び交う無数の白い剣、その間隙を縫って交わされる拳と蹴り、たまに空間にひずむ灰色の虚空。一瞬目を離した隙に、さっきとずいぶん状況が違う。
まず凪と理人。二人は個人戦の方針をやめたらしい。理人が作った剣を二人がキャッチボールの要領で投げつけあうことで玲を取り囲んでいる。
玲は刀剣の嵐を紙一重でよけつつ、ときおり来る由宇さんのサポートを合図に反撃を入れに行く。攻防の中幾度か剣戟が命中したように見えたけれど、顔や腕に傷はない。何らかの能力が関係していそうだ。
最後にシド。姿が見えないと探したら、上空にいた。凪の射程外に浮かび、地面に落ちた剣を拾っては三人の足元に射出している。ほとんどは足止めだけど、止まった足は玲が攻撃を叩きこむには十分な隙だ。
二対三の状況、未知の能力、そしてシドの出力。戦況ははっきり不利と言っていい。特に凪だ。火傷の水疱が弾けて血がにじみ、発汗もすごい。たぶん熱がある。皮膚はほぼ確実に真皮まで灼けていて、傷跡どころか後遺症の心配も出てきた。どうしよう。
「もないね」
私の思考をぴしゃりと止める、侭の言葉。
「理人に謝ってるところから聞いてたけど、動揺が口に出過ぎだよ」
「だって」
「だっても何も、天音にできることは口を動かすことくらいだ。もがいても無意味でしょ」
「じゃあ助けてよ」
「僕が危険を冒してまで凪を助けるとでも?」
分からない。そんなの、答えはイエスに決まっている。侭は本当に危ないときはなんやかんやで助けてくれると私は知っている。だからこそ無抵抗を貫く侭の意図が分からない。なぜわざわざ両手を膝裏にしまい込んで動かないことをアピールするのか。あれ?
「いずれにせよ、僕じゃ火力不足だ。一撃で倒すなら長い呪文を完成させなきゃね」
「うん。でも、それを防ぐのが私の仕事」
ことさらに抑え込まれていく私の全身。口は動くけどギルドカードはとっくに取り押さえられている。それはそれとしてだ。
「まさか、そういうこと?」
思わず口を突く思考を、唇を噛んで止める。この状況に至るまでの過去が、少しずつつながってくる。わざわざ私の癖を指摘した理由も、必要以上の薄情で私に反感を買わせた理由も。問題はいつからかだ。いや、可能なタイミングは瓶投げの暴発で意識が飛んだ一瞬だけ。あの時から私は謀られていた。
「由宇さんに、聞きたいことがあるんです」
「うん。なに?」
この死源における詠唱システムは実に単純だ。スマホに触れている間に口にした五七五的なリズムの言葉の数によって基本威力が決定される。つまり、少し足りない。
「どうしても争わないとダメですか? 白星つけて何かあります?」
「少なくとも、ボスの指示は達成できるよ。私にはそれで十分」
呪文の詠唱中、色に関する要素は独自にカウントされ、最大カウントの要素と最後に口にした色が完全に合致していた場合呪文が成立する。「青き波濤よ、来たれ」は青要素一個と青で成立、「青き炎よ、渦を巻け」は青赤要素一個ずつと青だから不成立といった具合だ。
「そうですか。じゃあ戦いは避けられない。そういうことでいいんですよね?」
「うん。残念?」
静かにうなずく。自然と、言動の矛盾に苦笑がこぼれる。
呪文が決まれば、あとは各々の魔力値を元にダメージを確定させる。生命力の数値は計測済み。侭の攻撃のおかげで各々の魔力値もほぼ推定できている。これもよし。
「最後に一つ、言わせてください」
「最後?」
少し色が不安だ。整えよう。
「白む空、入道雲と照らす明星、そんな景色が私は好きです」
「そうなの?」
これで準備完了。あとは配置かな。
「ねえ理人!」
対空戦に忙しい理人に向かって声を張り上げる。
「嘘つきがサボる理由を隠してた。ひどい天気になるかもだから、大きな傘を貸してくれない?」
「……了解」
読解力と想像力が、私の合図を受け止める。走り出す理人は、剣の山を足場にして玲を飛び越え、反対側の凪の方へと肉薄する。
「なんだ?」
「スキル発動――」
そのまま鉄の剣を振りかぶる理人。反射的に攻撃に応じようとする凪と、困惑する玲とシドとがスローモーションになって私の視界に入ってくる。さて、あとは最後の仕上げだ。小声でもこれは言っておかないと。
「我謳う精霊の契約を」
少し話を戻そう。これまでの調査結果を総合すると、精霊術の威力を決めるのはほぼ呪文の長さということになる。恐ろしいことに、色重ねや呪文のこだわりなんかは全然反映されてくれないわけだ。だから、こんな悪用が成り立ってしまう。
息を思い入り吸い込み、可能な限りに張り上げる。
「二人とも、私のために争わないで!」
大声と荒唐無稽な言葉が、一瞬だけ由宇さんの世界を止める。こちらに走ってくる侭の姿を捉えつつ、私は最後の息を吐く。
「白唱の九十九、光輪――救世の永遠」
「え?」
声音は冷笑。きっと私が自棄を起こしたと思ったのだろう。でも、侭の足元に出現するサイコロたちに首をかしげ、やがて上空を覆う隕石の影に気づく。
「えい」
ちょっとマヌケな掛け声で現着する侭のタックル。由宇さんを押し倒し、私を拘束から抜け出させる。
「どういうこと?」
「僕は恐怖を克服したんだ」
たぶんそっちじゃない言葉が由宇さんの混乱を加速させる。普段言われる側だけど、横から見るとけっこう面白いのかも。
由宇さんは私だけを監視していたし、見たところゲームにものめりこんでいない。だから、気づけないんだろう。侭がいつの間にか私とスマホをすり替えていたことに。
この死源において、ギルドカードは誰が触れていても効果を発揮する。一方で戦闘中の雑音に邪魔されないよう、詠唱や宣言は音声認識で個人と紐づけされている。侭は座った手の内側にスマホを隠していた。それはつまり、私と由宇さんの会話が詠唱として計算され続けていたことを示す。カラクリを教えてあげる必要は、今はないだろう。
「それじゃあ、また」
私も侭を追って走り出す。向かう先は隕石の落下地点。理人のスキルの効果範囲だ。ジャストタイミングで、理人が宣言を完了させる。
「――鉄壁の守り」
一日に一度だけ使える、パーティーメンバー全員を守るスキルだ。同時に能力で隕石をしのぐ屋根を作り、私たちを招き入れる。
「おい、入るか?」
玲の方にも手を差し伸べる理人。判断に迷って振り返り、由宇さんの姿を見て首を振る。そこではすでに、巨大なワープホールが生成されていた。
「帰る」
短く告げて、踵を返す。「またな」という凪の声への返事は、舌打ちだけ。ちょっと寂しいけど、きっとまた会うんだろう。次は、戦いじゃなくなればいいけど。
天を見上げる。湖全体を覆いかねない白くて赤い岩の巨神。なんというか、荘厳だ。
「なあ天音、これ本当に大丈夫か?」
「たぶん?」
「たぶんって」
理人が文句をつけようとする間もなく、湖に熱した水蒸気と落石の雨が降った。
雨が止み、霧が収まり、熱も去り。数分を待って、ようやく私たちはシェルターの外に出る。
衝撃のわりに、湖もアトラスタワーもどきも見た目にはほとんど損傷がない。
「マップオブジェクトはゲームにおいて最強の硬度を誇るからね」謎の不文律で解説する侭。
「そういえばシドは?」
姿が見えない。まさか巻き込まれた?
「ワープで逃げた」
私の不安を払拭する凪の一言。
「ワープって?」
「さっきの女と似たやつだ」
「ふーん」
もしかしてワープの能力は最初からシドが使っていたのだろうか。いや、どちらかというともう一つの仮説のほうが正しそうだ。
「ちなみに、プレイヤーが空間から消えた場合って、TRPGだとどうなるの?」
「残ったプレイヤーで続行だね」
ルールあるんだ。冗談で言ったつもりだったのに。呆れつつ、念のためログを確認すべくスマホをのぞく。
・リヒトは鉄壁の守りを使った(成功判定6):リヒトたちはダメージを受けなくなった。
・アマネは呪文を唱えた(威力判定666):ユウに999のダメージ。ユウは気絶した。
その後も同じ要領でレイとシドに最大値のダメージが入っている。威力はともかく、呆れるほどに普通のログだ。
「俺らの勝ち、でいいんだよな?」
「うん」
不安がる理人の気持ちに同調するも、否定材料は見つからない。
ワープの異能がどの程度の頻度で使えるのかは分からない。でも今のところ戻ってきてはいないし、きっと再侵入時は即座に死亡判定の洗礼を受けるだろう。
「次どうすんだ?」
「とりあえず換金に行こう。デルサスの素材でアイテムを補充したい」
異様なまでの切り替えの早さで歩き出す凪と侭。少し待って追従していく理人。でもなぜか、私の心には違和感が澱む。
もう一度ログを見る。やっぱり、威力がとてつもない以外は何もない。
・エンカウント(レベル判定66):ミカイオオカミ3体が現れた。
「あ、敵」
隕石の音を聞きつけたのか、魔物がすぐ近くまで来ていた。
「ナイフ生成、攻撃」
・ナギはナイフを投げた(威力判定6):ミカイオオカミAに15のダメージ。
「ん?」
再びの違和感。思い出すのは、侭の悪行。緻密に造られた世界、足元のサイコロ、ゲームログ、優先順位。頭の中で構築されていく、一つの法則。
「見つけた」
ゲームログの示す真実。もしかすると、「見つけてしまった」というべきなのかもしれない。でも私の好奇心はすでに疲れた足を前へ前へと押し出し始めていた。
本文の通り、詠唱と威力の関係は文字数と色によってのみ決定されます。天音が凝った詠唱を考えているのはそのほうが楽しいからです。




