表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/112

亡霊のテーブルトーク

「改めまして、こんにちは」


 私の目の前で足を止める、ユウレイの片割れ。間近で見ると、侭と同じ程度には背が高い。わずかに見下ろされる角度になるけれど、もう一人のほうと違って威圧感はない。


「由宇さん、でよかったですか?」

「はい由宇さんです。口、どうしたの?」

「ただの重しですよ」


 ごもっともな問いには侭が答える。由宇さんは気にした様子もなく、すぐに私の方に向きなおる。


「あの、私に何か用ですか?」

「お話ししましょう」

「へ?」


 言うなり、私の近くに腰を下ろして促してくる。罠にしては迂遠だし、そもそも戦力外相手にそこまでする必要もない。少し不安だけど、戦わずに済むならそれが一番だ。侭もさっそくと座り込みを決めたようだし、私も倣おう。


「ここはいい場所だよね。空気もおいしいし、眺めもいいし」


 ナイフと剣戟の舞う戦況にふさわしくない、朗らかな声。


「西の方、行った? 世界の端っこ、すごいよ」

「は、はあ」


 向こう見ずの崖の巨大モグラ、「梔子、ベガモール」のかわいらしさとか、道祖の霊峰の「地鳴巨人」との激闘とかを、ほわほわとした調子で冒険を語る由宇さん。まるでピクニックでもしているかのような錯覚が背中を刺し、不安が募る。


「台座が空っぽで玲君は怒ってたけど、私にはあの頂上の景色だけで十分な報酬だったなあ」

「あの、ここには何をしに?」

「さあ? 何しに来たんだろうね」


 答えを笑顔とともに。はぐらかすというよりも、本当に知らないかのようだ。向こうで戦っている玲のほうが目的を持っているということ?


「ボスはね、『フリークハイドに挨拶してこい』って言ってた。だから、挨拶」


 ちょこんと頭を下げて見せる。


「玲君は男の子だから、鍵を奪うことが挨拶になると思ったのかな?」

「やっぱり鍵、集めてるんですか?」

「そういう指示は出ていないけど」


 丈の長い服の内側に手を入れて、確かめるような動き。袖の中に鍵を隠し持っているのだろうか。


「碑文、教えてくれたりします?」


 ここまで興味がなさそうにするのなら、秘密を明かすことにも応じてくれるかも。淡い期待をしつつ提案してみると、その首は小さくかしげられる。


「碑文って?」

「鍵を何度かつついたら出てくる文章です」


 本当に知らないらしい。私がいくつか捕捉で説明を入れると、「そうなんだ」とまたも淡泊な反応。


「情報交換しましょう。私たちのも教えるので」

「ダメ。ボスは『碑文を教えろ』なんて言わなかった」


 言葉は柔らかく、けれど一瞬の躊躇もない。「挨拶しなきゃ。よろしくね、天音さん」と繰り返す。まるで、挨拶とそれに付随するわずかな雑談だけが存在意義だと言いたげに。灰色の空に向けられた「いい天気だね」という言葉が、まるで死源の登場人物のような頑迷さを私に印象付ける。


「私は部品。ただの腕。腕に意思はいらないんだよ?」


 今までの異能犯罪者とは違った意味で、理解が及ばない由宇という女性。


「どうして、そのボスさんに従っているんですか?」


 ヴォイドという名前以外すべてが謎のThe rENDのトップ。そこまで信奉される傑物なのだろうか。


「私たちはボスがいないと生きていけないから」

「それはどういう?」

「言葉通り。私と玲君はボスに命をもらったの」


 当然、詳細を教えてくれるわけではないらしい。文句を言うでもなく、どちらかというと楽しそうに生殺与奪を掌握されていると語る。その態度がなんだかまぶしくて、でも。


「ボスが殺せと言えば殺すし、奪えと言えば奪う。敵対組織に挨拶だってする。愛って、そういうものでしょう?」


 愛。心から心を照らす、あたたかな陽だまり。語る言葉に偽りはなく、けれども私の心にはかすかな違和感。言葉にしようと頭を振り、向いた先にある侭と目が合う。


「それは盲信では?」


 呆れたように侭が言語化する、違和感の正体。由宇さんの語る愛は、私にとっては一方通行な信奉と変わりない。


 由宇さんは、侭の辛辣な言葉にも薄く微笑みを返す。


「違うよ。これは献身っていうの」


 両手を合わせ、天を祈る仕草。そのまま捕まえた虚空を抱き寄せるようにして、由宇さんは笑う。


「依存、隷属、愛。汚れた嘘が混ぜ込まれたこの世の中で、最も純粋できれいな感情だと、私は思うな」


 組まれた手からのぞく瞳は確かに澄んでいて、やっぱり私の常識を押し広げにかかる。その瞳が、突如暗くかげる。


「え?」


 ほんの一瞬だったけど、今見えたのはスニーカーの爪先だ。土を吸った青のスニーカーは、凪が履いていたものと合致する。


「もしかして、バレちゃった?」イタズラっぽく笑う由宇さん。


 やられた。頭の中に駆け巡る、一つの可能性。


「戦闘が長引くわけだ」侭も苦い笑みを漏らす。


 前回の死源で暗に示されていた、異界を渡るワープの異能。出力を調整すれば小さな穴を開けられる可能性も容易に思いつく。つまりさっきのは紛れもなく凪の足で、由宇さんは文字通りそれを引っ張ったわけだ。

 まさか私と会話をしながら袖の裏側で戦闘を補助していたなんて。平和ボケを横殴りにされ、脳がくわんと揺れる無力感。


「……挨拶しに来たって理由も、半分嘘ですよね」

「どうしてそう思うの?」

「挨拶が最優先事項なら、最初からこっちに来ないとおかしいです」


 これまでの会話から、由宇さんがボスの指示を第一に動くことは分かった。だからこそ、私に近づくよりも先に戦場でうろついてたことに意味がある。例えば、戦闘補助の準備だ。


 ワープの異能は空間と空間をつなげる複雑なもの。あたりをつけるという意味でも、何らかの下準備を必要とする可能性は高い。そもそも無条件ならもっと効果的に奇襲できただろうし。


 つまるところ、由宇さんは最初からずっと戦っていたのだ。補助の準備を終わらせてこちらに来たことにも、理由は思い当たる。


「こっちに来たのは――」

「呪文による遠距離攻撃を警戒したからですね」


 私の言葉を勝手に引き継いで結論付ける侭。ほとんど同時に同じ結論に至ったらしい。

 由宇さんは困ったように笑う。二方向から浴びせられる言葉を揺蕩うように受け入れ、「きっと正解」と小さくうなずく。


「きっと?」

「ボスは、『柏木天音の邪魔をしろ』としか言わなかったから」


 言葉は微笑みの中に。それでも一瞬だけ、由宇さんのまなざしがとても寂しげに見えた。近くを見ているようで、とても遠くを眺めている。そんな薄暗い光だ。


 奉仕、献身、無償の愛。それらの存在を疑うほど私は孤独じゃない。でも、見返りを求める心を押し殺す必要はあるんだろうか。そう思わずにはいられない。


「それで、邪魔されてたと知って、二人はどうするの?」

「もちろん、邪魔を邪魔します」


 具体的な手段はこれから考えるとして、集中を乱すくらいはできるだろう。ワープがどの程度繊細な異能かは分からないけど。


「天音、無策が全部声に出てる」指摘され、慌てて口を塞ぐ。

「うん。不正解かな?」


 由宇さんは焦るでもなく、侮るでもなく、するりと指先を戦場に向ける。


「惜しいけど、もう私のやるべきことは終わってるんだよね」


 ひときわ大きな砂煙。シドの一撃が晴れた後に見えたのは、体勢を崩された凪の首筋をつかむ玲の姿。


「十秒もあれば十分だと思うよ」


 動作から見て、玲のスキルは触れた相手に大ダメージを与える呪術の火。生命力の低い凪があれだけ触れられれば当然即死で、そうなると凪が提示した敗北条件が満たされてしまう。もちろん、口約束に効果はない。でもなんでだろう、凪は約束を守る。そう思えてならない。


「問題ないよ」私の焦りをせせら笑うかのように、侭は体育座りの姿勢を動かさない。

「でも」

「鍵はまだ一つ残る。僕にとっては好都合だ」

「ほらそういうこと言う」


 そもそも、私が気にしているのはTRPGのシステム上だけの話じゃない。スキルが実際に威力を持つ以上、大火傷を負わされた凪がどうなるかも分からない。


「スキル発動。呪いよ、開け」


 私と侭が言い争う間すらなく、冷酷に振り下ろされる審判のガベル。動きを取り戻した凪が玲を蹴り上げ、理人がポーションを構える。でも、宣言は完了してしまった。


 一瞬にしてシステムが凪の体を焼き、なすすべもなくケロイドに変えてゆく。はずが、何も起こらない。


「何――ぐあ」


 もう一度命中する凪の蹴り足。目を凝らし、その原因を捕捉する。


「サイコロだ」


 足元に浮かぶ立方体。ゲームを象徴するその物体は、今はその存在意義を凪によって否定されている。TRPGは判定のゲーム、逆に言うと、判定がされなければシステムは停止したままだ。


「ズル、だろ、それ」


 浮かぶサイコロを指さしてがなり立てる玲。確かにズルかもだけど、真剣勝負に後出しで文句をつけられても困る。


「それもそうか」

「え?」


 ふっと肩の力を抜く凪。とすんと聞こえない音を立ててサイコロが落ち、一瞬にして凪の体が炎に包まれる。


「は?」困惑の声は玲から。たぶん、私も同じ反応をしているはずだ。

「アホか!」


 私が茫然とする中、即座にポーションで消火にかかる理人。赤黒い炎はうねる蛇のように水薬を打ち消し、それでも数回の投薬に伴い小さくなり、既定の二倍を消費してようやく消える。

 炎のあとに残されたのは、凪の立ち姿のみ。


「い、生きてる?」

「おそらくだけど、行為判定の遅れのせいで接触時間の計算が崩れたんだろうね。これをバグと見るか仕様と見るか」


 隣で侭が的外れな講釈を垂れる。よくそんな趣味の悪い冗談が言えたものだ。


 もはや、生存を疑うほどのケガだった。皮膚の表面はところどころ炭化し、残りは赤とピンクに焼けただれ。髪も半分焼け落ちて、服もボロボロ。一見すると焼死体と見紛うほどの惨状に、怒りも苦痛も感じさせない凪の深海色の瞳だけが、不気味なほどに映えていた。


「やべえってマジで」


 荷物袋をひっくり返す勢いでポーションを投げつける理人。その足元に瓶の残骸が山を作るほどの時間がたって、ようやく凪の症状はひどい全身火傷にまで回復してくれた。


「思ったより燃えたな」


 大きく伸びをして、痛みのせいか少し顔をしかめる凪。


「じゃ、続きやるか」


 構える凪。対面の玲は、一歩後ずさる。


「お前、おかしい、だろ」

「何がだよ」

「おかしいだろ!」


 声を荒げる玲。私も全面的に同意したい。いつの世の中も、自分から炎をかぶるのは狂人の所業だ。


「俺のルールを俺が守って何が悪いんだ」


 鬱陶しげに向けられる凪の指先から、逃げるようにまた下がる。


「勝負あったね」


 侭の言葉はきっと正しい。玲は及び腰、シドも放心したように右手を突き出したまま止まっている。理人が噛み潰した虫の苦みで戦意を取り戻す。戦況はもはや二対ゼロだ。


 凪がすさまじい笑顔を見せつけながら手足を振るい、それをどうにか受けきる防戦一方。体格差も相まって、なんだかいじめみたいな構図で戦闘が再開される。とはいえ凪のケガも軽くない。止めに入るべきだろうか。


「不良のケンカは臆病風に吹かれたほうが負けだ。そろそろ尻尾を巻いて逃げ出す頃合いじゃないかな?」

「そう? 私はまだまだこれからだと思うけど」


 私の不安を無視して訳知り顔で煽る侭。対する由宇さんはただ一人、この状況でも朗らかさを崩さない。「頑張れー」とまるで運動会の子供を応援するかのように間延びした声援を送る。


「姉さん、俺、どうすればいい⁉」


 玲の動揺が静かな湖畔を波打たせる。幼さの残る高い声が悲痛さを加速させ、侭が笑う。笑うな。


「しょうがないなあ」


 由宇さんは困ったように首をかしげ、指先から黒い穴を一つ。ワープホールだ。すでに存在を知覚しているのか凪は身構え、視線で私に無理な対処を促し、由宇さんが穴に腕を突っ込んで、ビタンと音を鳴らす。


「ん?」


 何の音だろう。穴は、遠目に見える玲の肩から。不自然に生えた女物の左手が、玲の頬にぶつかっている。これはいわゆる、ビンタというやつだろうか。


 動揺を動揺で上書きされて停止する玲に、一言。


「ボスの指示は?」

「……フリークハイドに、挨拶する」

「玲君はそれを実行できた?」

「…できてない」

「じゃあ、ボスの役に立たないと。存在意義を示そう?」

「うん」


 赤く火照った頬から温度が逃げるかのように、一言ごとに冷静さを取り戻していく玲。呼応するかのように、すぐ近くの凪の表情も加速度的に色を失っていく。


「戦いは続くよ。誰かがそれを力で止めない限りはね」


 侭の見透かしたような一言が、私の無力をいたずらに強調していた。

柏木天音⑥:天音には思考が外部に漏れるという妙な癖がありますが、これは嘘や隠し事をあまり良しとしない彼女の人間性の表れです。メタ的には、一人称小説の主人公(=言語で物事を考えるキャラ)を突き詰めた際に自然と定まった気質でもあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ