フェイタルエンカウント
混乱の最中に鳴らされた六度目の鐘。洞窟を飛び出す私たちを襲ったのは朝のごとき灰色の明るさと、遠目に昇る土煙。煙は讃美歌の塔を覆うように立ち込めていて、つまりは塔の近くで発生している。
「まさか、レオデキャイアか?」理人は半信半疑で塔を眺めている。
信じられないのは私もだ。けれども手元を流れるメッセージは、悲劇の竜の最期を味気ない文章で伝えていた。
討伐者はアンノウン。恐ろしいことに、64000の生命力が一撃のもとに削り取られている。「地面に激突した」というメッセージが死因を示す。タイミングからして、私たちの作戦を元にしたのかも。でも、違和感。
「かの竜はいったい、どこからどう落ちたのかな」
侭が私の不可解を言語化する。
先刻、レオデキャイアは地上付近で私たちを迎撃してきた。あの高さから落下してもダメージはないだろう。塔の上から落とせば可能性はあるけれど、その塔を竜が守っているんだからしょうがない。というか、それ以前にレオデキャイアは飛べる。落ちない。
「行けば分かる」
凪の言葉をきっかけに、私たちは塔へと走る。
塔に着いた時、そこにあったのは四つの影だった。一つは竜の死骸。湖畔にできた小さなクレーターと、折れた首骨。その死は明らかだ。傍らには見知らぬ影が二つと、知っている影が一つ。
「シド?」
黒衣に身を包んだ正体不明。シドの姿があった。私たちを見ておらず、レオデキャイアの遺骸の近くに腰を下ろしている。何をしているのかと見てみると、どうやら両手を合わせているらしい。
「お、遅かったな」
自信なさげな声、高いけど野球帽をかぶっているから男の子と見るのが自然か。
「アマネさん、ナギ君、ジン君、リヒト君ね。本名でいいのかな?」
ゆったりと気だるげな女性の声。やられた。ゲームログだ。おそらく遭遇したことにより名前が開示されたのだろう。慌てて私も目をやろうとすると、不要とでも言いたいのか女性の声が通る。
「私は由宇。こっちは玲君。白鳥さんから聞いてるかな?」
微笑んで、小さく会釈する。
「The rENDです」
余らせ過ぎのベルスリーブがふわりと揺れ、不自然な穏やかさを醸し出す。
ユウとレイ。ユウレイってそういうこと?
「天音、どうする?」
理人が構えを取りながら私に意見を求めてくる。戦うべきか否かだ。
「どうって」
一瞬迷ったものの、すぐに答えが出る。
「話し合いができないか確かめないと」
私たちにとって、未だThe rENDは謎だらけだ。胡散臭くない情報が欲しいというのもあるけれど、それ以上に争わずに済む相手かを探りたい。少なくとも目の前の二人には挨拶してくれる社会性はあるわけで、もしかすると会話が弾むタイプかもと期待をしたくなる。
「ええと、二人は――」
言葉が止まる。平和的に、友好的に関係を築きたい。そんな私の決意を打ち砕く、裂空。足元に深々と突き刺さる、冒険者の剣。
「鍵を、よこせ」
たどたどしくも確かな敵意。私が動揺するよりも早く、凪が敵意を拾い上げて山なりに投げ返す。
「勝ったほうの総取りだ」
今さら仮面をつける凪。不敵な表情に楽しさがにじむのは気のせいか。
「ちょっと凪」
「天音はここにいろ」
私を片手で脇にどけて前に出る。文句を言う隙間すら与えてくれない。早々に切り替えたのか、理人が後に続く。そして最後に私の横を抜ける侭。
「よく見ておくといい。本物の能力者同士の戦いってやつをね」
抗議も嘆願もしたいのに、私の意思は風と足音にかき消されて届かない。
再三主張するけれど、私は争いというものが好きじゃない。理解できないし、理解しがたいからだ。けれどもあの小柄な少年が戦闘の素人でないことはすぐに分かった。
「よこせ、鍵」
振り下ろされる一太刀は鋭く、しかしてその剣すら囮に使う旋風のごとき蹴り足。すべてが無駄なく隙間なく繰り出され、先陣の凪へと襲い掛かる。
「とりあえずは、ルールだな」
太刀の軌跡をナイフで弾き、蹴りを飛びかわして凪は戦闘狂の笑みを漏らす。硬貨で相手の視界を防ぐことも怠らない。
「TRPGだし、体力ゼロになったほうが負けでいいか?」
「戦いの終わりは、死だけ、だろ」
せせら笑う、と表現してもよいのだろうか。少年、玲は吐息の塊を吐くように言葉を並べる。
「そうかよ」
残念がるでもなく、ナイフを追加で生成する凪。ギルドカードを浮かばせたから、自分はルールの中で戦うと決めたのだろう。
「小手調べは、終わ――」
「せいっ」
言葉を遮ったのは鈍い音。凪に意識を割かれた玲の死角から差し込まれた、理人の一撃だ。
「卑怯者」文句はなぜか凪の方から。
「いや、一対一じゃねえだろ」
「それもそうか」ああ、一瞬で納得しちゃった。「続けよう」
構えなおす凪。それ以前に相手の子は大丈夫なんだろうか。剣の腹で殴ってはいたけど、腐っても金属製の剣の一撃だ。脳震盪とか起きてないといいけど。
「痛い、な」
私のいらぬ心配をよそに、不機嫌そうな声が上がり、直後に剣が勢いよく振り払われる。
「っと」
理人が体勢を整えるよりも早く追撃のタックルを入れ、ようとしたところに凪がナイフの柄を直撃させる。ほとんど同時に凪の蹴りと理人の棒術とが襲う。
「なかなか強いね」
「うん」
二対一の攻防は怒涛のごとく流れ、私の処理能力を追い抜いて肉弾戦が続く。驚くべきことに玲は体格に勝る男二人の攻撃をしのぎ、まれに反撃すら差し込んでいる。たまに聞こえてくる凪の「攻撃」という掛け声だけが、戦場の緊張感を削ぐ。
「この状況、どう見る?」
言わんとしていることは分かる。思い出すのは春先の凪の戦い。あれと似た違和感だ。その前に、気になることが一つ。
「ところで、なんで侭はここにいるの?」
「僕は戦うのは嫌いなんだ。疲れるし、痛いし」
それは同意見だけど、じゃあなんで戦うみたいな雰囲気出して前に出たのさ。
「違和感の正体に心当たりは?」
私のやっかみをつまんで捨てる侭の問いかけ。
「なんていうか、手加減してる?」
凪も理人も、その攻撃には無駄がない。にもかかわらず波状攻撃はなかなか玲に当たらない。たまに命中しても、ほとんど堪えた様子がない。
「二人とも、そこまで優しくはないよ」
「そうかもだけど」
だとすると、やっぱり何か能力を使っているんだろうか。現状、見当もつかない。凪自身も同じ感触なのか、自分の手を見つめて怪訝そうだ。
「おい!」
均衡を崩すのは玲の一声。思ったより大声だ。
「手伝え、お前、仲間だろ」
声の先にいるのはシド。掌を上げて、下げて、玲ににらまれてしぶしぶ上げる。やっぱり戦いたくないんじゃないだろうか。
「理人下がれ」
「分かっ――」
声が発せられるより早く、差し向けられたシドの右手が息吹く。高々と打ちあがるのは理人の体。六十キロ以上はある質量をものともしない、文字通りの「打ち上げ」だ。
「隙あり、だ」
乾いた空気が破裂するような音。驚くより早く視線を地上に戻すと、凪の顎に突き上げられる玲の拳が見えた。懐に潜り込んでのアッパーカットが、直撃した?
「んなもんねえよ」
よかった防いでた。顎の下から凪が右手を出し、そのまま玲の拳をつかんで落とす。チャンスだ。
「攻撃」
けれども凪がとった行動は、蹴りを一撃だけ入れて離脱すること。玲が不服を訴えるよりも早く、今度は理人が地面に落ちてくる。
「ってえ」
足元で飛散する白い粉。きっと能力で緩衝材を作ったんだろう。けれども減撃が不十分であることは明白で、膝を押さえて苦しげだ。やや遅れて、パラシュートのような形状の骨が頭に降りてくる。
「クソ、作り損じゃねえか」
状況から判断して、能力で落下対策を試みたらしい。物質が取り残されたってことは、能力は慣性に取り残されている? いや、パラシュートは完品だし、発動後は作用点が動かないと仮定したほうがしっくりくる。ちょっと興味深い。
「天音、ポーションの用意を」
「え?」
慌てて遠眼鏡を構えると、理人の生命力が一気に七割減少していた。落下ダメージだ。いつの間にか凪もあちこちケガしてるし、回復しないと。
「ポーション使用」慌てて小瓶を二つ投げつける。
「届いてないよ」
「当てなくてもいいでしょ」
ポーションは理人の少し手前の草むらに散水し、それでも効力を発揮したらしく淡い光を放つ。遠目に凪のケガが治ったことを確認してひと安心。理人も癒えた足でさっそく凪に詰め寄る。
「おい凪、なんだあのヘルメット。おかしいだろ」
「右手に注意な」
「言うの遅えよ」
文句をつけつつもシドの弾道から即座に離脱する理人。中間に玲を挟んで攻撃しづらくするうまい位置取りだ。
「そらっ」
そのまま棒切れを投げつける。玲にはかわされるものの、その体を目くらましにしてシドの不意を突く。けれども命中することはなく空高くへと消えていく。立て続けに何度か同じ攻撃を試し、無理を悟ったのか再び距離をとる理人。
「こりゃ長引きそうだ」
宣言通り、そこから戦況は膠着状態を見せる。玲への攻撃はうまくいなされ、シドの異能対処に距離をとらされ、シドにやる気がないせいで玲は攻勢にも出られない。結果脚本家に逃げられたアクション映画のように肉弾戦が繰り返される。
「こうなると、どっちが先に切り札を切るかだよね。あとお茶」
「精霊術で援護とかしたほうがいいのかな? はいお茶」
幸運にも、戦いは私たちそっちのけで続けられている。動きを止めるサポートくらいはできるだろう。
「やめたほうがいいよ」
「なんで?」
「アイテム錬成:二重フラスコ(塩酸、硫酸)」
説明代わりに放り投げられた侭のフラスコは、いともたやすく蹴り返されて私の足元に返ってくる。
「こうなるからね」
文句をつける間もなく炎上、刺激と熱気で一瞬視界が真っ白になり、何なら意識も瞬断する。身に染みる授業をありがとう。これ、ダメージはどっちに入ってるのかな?
「あ、ちゃんと当たってる」
「たぶん味方にもね」
「……ほんとだ」
跳ね返されたせいか薬品の火力は平等に戦場を襲ったらしい。侭が追加で投げたポーションも同様だ。下手な援護は控えるべきか。
慌てふためく私の姿がよほど面白いのか、侭は含み笑いを隠そうともしない。
「心配しなくても、二対二ならこっちが勝つよ」
「二対二、なのかなあ?」
「僕にはそう見える」
二人してちょっと自信がないのは、格闘戦の中心地に居座るもう一人の存在があるからだ。由宇と自称した彼女は、凪たちの戦いを近づいたり離れたりしつつ眺めて、けれども攻撃も防御もしない。
「怠け者かな?」
「人のことは言えないでしょ」
話題にされていることに気づいたのか、蹴りの隙間からこちらに手を振ってくる由宇さん。なんとなく振り返してみたり。あ、笑った。
あの人はなんだか会話してくれそうな気がするんだよね。こっち来てくれないかな。あれ、うなずいてる?
「話し好きなのは分かってるけど、そろそろ口を閉じる頃合いだと僕は思うよ」
「なんで?」
「情報戦になるから」
侭が指し示す先では、由宇さんが長い袖を揺らしつつ近づいてきているところだった。侭が余計なことを言わないといいけど。
「いいから口を閉じててほしいな」
有無を言わさず手をつかんで口に張り付けられる。そんなに私、独り言多い?
初期構想ではもう少しThe rEND陣営の冒険を書く予定でしたが、四章が予定より長くなったため削りました。




