絶対法則
「もう追ってきてない?」
巣穴を抜けて、早足で洞窟を駆け上がること五分。無事に全員生きたままつり橋まで戻ってくる。デルサスは細道を少し上ったところで諦めたようだ。侵入者より宝箱のほうが優先度が高いということになる。
「天音、ポーション分けてくれ」
凪に手持ちの小瓶を五つ渡して、残りは八。理人と侭が七つずつ残していた分を合わせても、二十七回。
「これじゃちょっと足りないね」
侭が増えた分攻撃のペースは上がるだろう。けれども被弾が減るわけでもなく、どちらかというと侭も低耐久だ。残り一万二千の生命力を削り切ることは難しい。
「渾身の一撃ならどうだ?」
遠眼鏡をのぞくとスキルが使えるようになるまでもう少しだ。でも、デルサスはあれで一撃死してくれるだろうか。
「戻って稼ぐか」
凪の現実的な提案。同意しようとした私を、侭の手が止める。
「それはできれば避けたい。昇格報酬レベルの資金をもう一度稼ぐのは時間がかかりすぎる」
「じゃあどうすんだ?」という凪の視線をそのままトスしてくる侭。「作戦ない?」
「考えないと」
戦力は心もとないけれど、資金繰りに無理があるのも事実。時間を置けばアンノウンに無理やり塔を制覇されてしまうかもしれないし、それ以前に三日経って死源が閉じてしまう可能性すらある。
「ああ、それなら大丈夫。死源が閉じても外には出られる」
また考え事が顔に出ていたのか、凪が鍵をひらつかせる。
「そうなんだ?」
「ここには食料もあるしな」
真顔で怖いことを言わないでほしい。指さした先、黒芋虫の死骸しかないんだけど。とにかく、攻略を急がなければ。
「極端な話、あの蜘蛛を粉々にしてしまえば攻撃はできない、と思う」
何事にも例外はつきものだ。けれどもターン制の原則を無視するには相手の行動を完全に止めるほかないだろう。
侭も同意見なのか、小さくうなずく。
「凪、インフィニティは?」
「粉々は無理だろ」
以前も聞いた名前。たぶん必殺技的なニュアンスを含んでいるのだろうけど、いかんせん抽象的すぎてイメージが湧かない。
「インフィニティって?」
「反復横跳び」
足がかりを求める私に対して、凪の返事は簡素。
「なんじゃそりゃ」
気にはなったけど、これ以上の情報をくれるつもりもないようだ。凪の「今の状況じゃ役に立たない」という言葉を信じよう。
「じゃあいっそ、宝箱だけ開けて全滅するか?」
理人の提案は現実的だ。宝箱はサイズこそ大きいものの、中身は笛らしい。奪って逃げることはできるはずだ。デルサスの追跡はかいくぐれなくても、アイテム入手の目的は成し遂げられる。けれども問題点が一つ。
「問題はデスペナだね」
私の思考に同調するように侭がストップをかける。死亡時にはランダムでアイテムが消失する。笛をなくしてしまったら、クリアから大きく遠のくことになる。
「重要アイテムは落とさない仕組みかもしれないけど、賭けに出るのは得策じゃない」
「私も侭と同意見」
「じゃ無理か」
冷静に考えると逃げるしかない。でも、一発逆転の手段はないだろうか。侭に目で訴えると、困り顔。
「ゲームだと、強敵の対策アイテムがダンジョン内にあったりするんだけどね」
「へえ」
見つけたものといえば、ポーションが三つ、宝箱の鋼の剣と、五千三百ゴールド、あとは穴ボコと虫と虫と穴ボコだ。今も右足にぐにょりとした節足感。虫を踏み抜いた足が膝まで浸かり、私の背中まで悪寒として這い上がる。
「ひいい」
人間なら、この不快感だけで十分倒せるんだけど。実に不快だ。
「あ」
嫌な思い出と一緒に膝下の感覚から湧き上がる、一つの光明。もしかしたら、行けるかも。
「何か思いついたみたいだね」
私の閃きを目ざとく見つける侭。
「うん。さっきのことだけど」
思いつきを口にすると、侭の口元が吊り上がる。作戦は決まった。これがダメなら地道に働いて稼ぐしかない。
休憩し、作戦を練り、覚悟を整えて、私たちは再びボスの間に戻ってくる。デルサスはまだ興奮状態だ。宝箱の周囲をうろうろしながら、理人謹製のアイマスクの残骸を踏み砕いている。ちょうど作業を完了したタイミングで、私たちに気づく。
「さあリベンジと行くか」
意気揚々と飛び出すのは理人。セオリー通りに前衛に出て、けれども攻撃はせずに走ってもらう。目指す場所は宝箱に近づきすぎず、でもデルサスに邪魔もされないポジションだ。戦いの勘が鈍い私は少し後ろをついていく。
「早くしろナイフ生成俺が死ぬ」
その間、攻撃を引き付けるのは凪の役目だ。危険な配役だけど後半を考えると凪に頑張ってもらうしかない。泣き言を詠みながらナイフを投げる姿に手を合わせつつ、足を動かす。
「準備できたぞ」そうこうするうちに理人が位置についた。私の位置取りもたぶんきっと問題なし。始めよう。
「開けて」
私の合図で理人が宝箱を開ける。直後にデルサスの目が赤く光る。暗闇の中でも分かる興奮度合いは、宝を渡すまいとするガーディアンのように映った。
「悪いが俺らは盗賊なんだよな」
「ジョブ上は凪だけだけどね」
息を吸って、そのままギルドカードに手を触れる。
「雷霆の姿見よ、電爪雷牙携えて、その神鳴を天地に示せ、黄唱の四十、紫瞬雷閃」
指先から迸る雷光。麻痺の性質を備えた黄呪文がデルサスの動きを数秒とどめる。
「獲った」
宝箱に手を入れ、笛を取り出す理人。サイズは普通だ。
「凪、持てそう?」
「たぶんな」
目分量だけど重量もクリア。デルサスが復旧する前に急いでボスの間から撤退だ。
「あとはこのままお互いの世界に帰れればいいんだけど」
ズンと、地を響かせる衝撃。
「まあ、そううまくはいかないよね」
大蜘蛛が玉座を動いた。
遥か昔に図鑑で見た知識を引っ張り出そう。蜘蛛の狩りには二種類あり、それは巣を構えて待つタイプと獲物を直接追いまわすタイプらしい。初見の時に考察した通り、デルサスは糸は出すけれど巣を張るタイプではない。つまりは追いかけてくる。
追いかけてきている。すごい勢いで。
速度は一般的に歩幅と歩数の回転量からなるもので、どういうわけかあの蜘蛛は小動物並みの速度ででかい足を振り回す。足が毛むくじゃらで気持ち悪い。
「大迫力だな」
さしもの凪も顔面を強張らせている。
走る間にも定期的に理人の足元にはサイコロが現れ、生命力を削っていく。10、10、10、ポーションを挟んでまた10だ。笛を盗み出した張本人を狙うのか、私と凪には攻撃が一切飛んでこない。
「ちょっと、私、もう、無理」
侭じゃないけど、身体能力の限界が来て足を止める。壁に背をつけた私の真横を、大蜘蛛が通過する。黒い足と硬質な体毛が私の前半分をぞわりと撫でる。
「……帰りたい」
ダカダカと走っていく蜘蛛に戦慄しながら、それでも私はその背を追いかけるしかない。見届けなければ。
理人を追う蜘蛛を追う私、そんな妙な構図で横穴を登り切り、つり橋まで戻ってくる。対岸には仕込みを終えた侭の姿。
「首尾は?」
「少なくとも、逃げ切れなかった」見れば分かる現状報告をすると、侭は指を鳴らす。
「じゃあプランBだね」
こいつ自分だけ走ってないせいか、なんか偉そうだな。
そうこうするうちに理人が追い詰められている。崖を挟んで蜘蛛。手元には大事に抱える笛。ここまでくればもうお判りでしょう。
「おらっ」
振りかぶって笛を投げる理人。投げた先は後方で、つまりは崖。加えて一部を除いて地面は摩擦を弱められている。そしてためらいなく後を追うデルサス。
「いけるか?」間一髪、穴ボコの安全地帯に滑り込む理人。
六秒。高度にして百五十メートルの距離を経て、洞窟内に再度響く轟音。ゲームログを見る。
・最後の軍勢、デルサスは地面に激突した。最後の軍勢、デルサスは15300のダメージを受けた。最後の軍勢、デルサスは倒れた。
「やった!」
言葉がこぼれる。自分が拳を握っていることに遅れて気づく。
「やっぱり世界のほうが強かったね」
侭も満足げだ。
いかに強力な魔物であっても、落下ダメージには勝てないのではないか。それが私たちの考えた作戦だ。
「あとは笛を回収して終わりだな」
しっかり宙に浮かせていた笛を凪が手繰り寄せ、目的達成だ。「おっわグロ。グチャグチャじゃん」それは報告しなくていい。
私たちの勝利を祝福するように、鐘の音が鳴り響いた。
告げられたのは私たちの勝利。ゲームログにもクエストのクリアが通達されている。だからそれは間違いない。
「……」
けれどもどういうわけか、鐘の音の余韻は私に違和感を与えていた。
凪と理人は気にしていないけれど、侭は私と同じ感想に至ったらしい。怪訝そうな顔に、問いを投げる。
「今、五回鳴ったよね?」
「僕にもそう聞こえた」
お互いの思い違いではなさそうだ。理人も不審の意図に気づき、凪は首をかしげる。
「なんだ? 三人して」
これが何を意味するのか、今の私には分からない。けれども不気味だ。
「凪、今私たちが倒したのは、四体目のボスだよね」
「The rENDのも含めるとそうだな」
「侭、鐘の数はボスを倒すごとに増えていく。そうだよね?」
「そのはずだね」
「理人、今鐘何回なった?」
「五回だな。変だ」
そう。変だ。ボスの討伐は四度目なのに、鳴らされた数は五回。辻褄が合わない。可能性を検討してみる。
「子羊が倒した場合は鐘が鳴らないとか?」
「元のゲームだとそんな風にはなってなかったよ」
「まったく同時に誰かがボスを倒したとか?」
「ゲームログが否定しているね」
私の当て推量を楽しげに否定していく侭。
「四体目のボスはどうなっちゃったんだろうね」
残るのは、やはり違和感。
「そもそも、デルサス自体も変な気がする」
最初に戦ったエーベンの生命力は1000、ルミナスは2000、暫定最終ボスのレオデキャイアは64000。ここから、ボスモンスターの生命力は2のべき乗的に増えていくと予想できる。でも、デルサスはおよそ16000。
「おかしいのはどこだ」
凪の口調は疑問ではなく確認。きっと何らかの違和を感じている。その言葉に勇気づけられながら、私は思考を掘り下げる。
「今回のクエストは、アンノウンが順序を無視してボスを倒したことで発生したよね」
たぶん順路はモグラ退治のクエストで、ボスである「梔子、ベガモール」の生命力はおそらく4000。ならディルフィラーが8000なのかというと、きっと違う。ボス一体ごとにクエストのランクが少しずつ上がるとすれば、四番目のボスはBランク周辺が妥当だからだ。それを倒した結果Sランクに昇格するのは筋が通らない。
「倒されたディルフィラーは消去法で六番目のボス。でもだとするとおかしい。どうしてその次に戦うデルサスが、ディルフィラーより弱いのか」
順番通りにやるなら、次のボスはレオデキャイアであるべきだ。でもそうならなかった。
「壊れてんじゃね?」
凪の発言は前回の死源と同じく媒介の不備。前回は正しかったけれど、今回はどうだろう。私の疑念に呼応するように、理人が首を振る。
「ゲームが壊れたなら、ベガモールと一緒に四番目のボスのクエストも出てないとおかしいだろ。確かに、なんか変だな」
「クエストの順番を急遽入れ替えたみたいな、そんな感じ」
思えば、ボスの間に野晒しにされた宝箱も唐突だった。道中だって、宝は脇道に逸れた空間に安置してあったのに。
「そういや、あの宝箱、やけにきれいだったな。他のは泥まみれだったのに」
「アドリブやローカライズはTRPGの花だけど、ちょっと雑だね」
理人のつぶやきが私の思いつきを補強する。侭も否定の意見は出してこない。
死源の現象は、いわば一つの超能力。今回の場合はTRPGという異能核に基づいて遂行されてきた。だとすると、やっぱり変だ。整合しないボスの設定、元シナリオにないという人間性のステータス、そして、スマホとアトラスタワーという、明らかに時代錯誤な道具たち。
「あれ?」
ぼんやりと眺めたギルドカード。何の変哲もない端末を見て、ようやく私はその違和感に気づく。
「このスマホ、去年出たやつだ」
あまりに手に馴染む技術の結晶。死源の生成物だとしても、新しすぎる。
「塔がここに出てくるのも、おかしい」
アトラスタワーは有名な建築ではあるけれど、それはジエンドが起きたから。世間と隔離され続けている南の土地にこの塔を登場させるには、相応の理由が必要だ。
もちろん、確定する要素はない。死源という大異能を推理しきるなんて不可能だ。でも、予感があった。システムに反す現象、すなわち意志に、私は覚えがある。
「ゲームマスターは、人間なんじゃ?」
言葉は私の不安を具現するかのように空洞に響き、沈黙を作る。
そして、轟音。六度目の鐘が鳴った。
「最後の軍勢、デルサス」は実は第二形態の後半が本番のボスです。無数の依り代から放出される豊富な手数と巨大な体による攻撃力で魔法・物理・毒耐性のないPLを刈り取ります。ちなみに落下死が反則かというとそうでもなく、ダンジョン内に布石が置かれている通り想定されている攻略法だったりもします。




