クレイジーハウス
ダンジョンの主、巨大な蜘蛛の化け物が私たちに襲い掛かる。空間はきっとこの蜘蛛が過ごしやすいように掘り進めたのだろう。四メートル近い巨体がその破壊力を否応なしに私たちに教え、すさまじい迫力だ。遠眼鏡で見ると、「最後の軍勢、デルサス」という名前とともに、ステータスが表示される。
「一万五千三百」
「は? 何が?」
「相手の生命力」
「……は?」
理人が一瞬フリーズするのも無理はない。レオデキャイアには及ばないものの、明らかにこれまでの魔物とは一線を画す化け物だ。
何かをスプレーするような音が響き、飛びのいた先には粘性の糸。地面を穿ち、泡立てている。捕まる以前に機能不全になりそうだ。
「おい理人、同類だ。なんとかしろ」
「俺は剣士だ。蜘蛛じゃない」
男二人は軽口をたたく余裕があるけれど、それでも当たれば捕まるだけじゃ済まない。ここで死んだらちゃんと入り口まで吹き飛ばしてくれるんだろうか。
「天音、作戦は?」凪が蜘蛛糸を能力で捌きながら問いかける。
「今考える」
「早めに頼む」
返答は笑いながらだったけれど、その間にも凪の生命力が四十ほど減少する。最大値が百ちょっとだから、かなり余裕がない。
時間はない。どうにか私たちが一回死ぬより早く、その百五十倍のダメージを与えなければ。無理では?
「とりあえず距離とって様子見しよう」
私の提案で三者がそれぞれ近中遠距離に陣取る。直線的な攻撃を避けるため、その角度を少しずつズラさせながら私は遠眼鏡を構える。
思えば、万象のエーベンは簡単に倒せて、切先のルミナスはほぼ理人が一人で討伐した。私自身、大型の魔物と戦うのは初めてだ。
蜘蛛の魔物。最後の軍勢、デルサス。名前からすると唯一の生き残りなのだろうか。さすがにこいつが大群で現れたらどうしようもない気がする。
攻撃方法は主に二つ。一つは直線状に糸を吐き出す攻撃で、対象になった一人に基本値50のダメージが与えられる。
「あぶねっ」
「わっ」
狙われた凪が横っ飛びで攻撃をかわし、その余波が私に当たる。
「悪い」
両手を合わせる凪。そんなに痛くないからいいけどね。遠眼鏡で生命力を確認すると、凪には40のダメージが入っている。理人には10しか入らなかったから、筋力値の影響を受けるようだ。計算上私は五発、凪は三発、理人は二十二発でお陀仏だ。
「あ」
もう一つ発見。ダメージはあくまで狙われた一人にしか入らない。先の攻撃で私にも糸は当たったけれど、生命力が減ったのは凪だけだ。理由はおそらく、もう一つの攻撃が教えてくれる。
「何か分かったか?」
直線射撃をかわす凪。これまでと同様、糸に当たらなくても生命力は減っていく。
「生命力のステータスが大事だって分かった。ポーション使用」
小瓶のポーションを投げつける。買いだめしたから50個くらいはあるけど、当然有限だ。
「サンキュー」
網を張るタイプでもなく、幸いなことに即効性のある毒も持っていなさそうだ。八本の足が発達していることからも、本来なら走りまわって獲物を狩るタイプなのかもしれない。
「やっぱり、守ってるね」
動かない蜘蛛の背後には宝箱。烏のように物品を溜め込む蜘蛛はいるのだろうか。あるいはこれも理人の言った「気にしたら負け」というやつか。いずれにせよ、遠距離戦に徹してくれるのはありがたい。
広間にサイコロが六つ、現れる。
「次、全体攻撃だから集まって」
二つ目の攻撃は放射状の射撃。こちらは全体に20だ。防御値の計算を経由すると、理人は全体攻撃ではほとんどダメージを受けない。
言い終わるや否や、糸が四方に波となって飛ばされてくる。理人が盾を作って凌ぎ、私と凪はその影でやり過ごす。
「なんで分かったんだ?」
「サイコロ出てたから」
「あ、そういうこと」
理人の足元からサイコロが消失していく。TRPGは判定のゲームだ。たとえ6しか出なくとも、あらゆる非確定行為にはサイコロが付きまとう。よって攻撃対象になった場合はダメージ判定としてサイコロが現れる。
デルサスの攻撃を二回しのぐと、こちらに攻撃ターンが回る。それぞれが攻撃行為を終えるか、あるいは四十秒くらい時間が経過したらまた相手のターンだ。敏捷値の影響なのか、行動宣言が可能になるのは凪が早く理人が遅い。たまに凪の行動順は二回回ってくる。
おさらいは十分かな。そろそろ勝つ方法について考えよう。勝利条件は知る限りは一つ。相手の生命力をゼロにすることだ。私たちのターンでの総ダメージ量はおよそ200。削り切るのに必要なターン数は75で、ポーションの数を考えると相当運がよくないとダメだ。
「理人、どうにかして相手の攻撃を集められない?」
「どうやってだよ」
「とりあえず、宝箱狙ってみて」
理論上、相手が理人に対して単体攻撃しか仕掛けてこなければ使うポーションは9個で済む。宝箱を守るという性質を合わせると、多少は集弾させられるだろう。
「お、怒ったな」
期待通り、宝箱に近づくとそれだけでデルサスは標的を理人に変えてくれた。けれどもすべてが都合よくは動いてくれないわけで、結局私の足元にもサイコロが出現する。
ぎょろりと。デルサスの8つの目が私を見ている。濁った眼。蜘蛛の一部は視力を失っていると聞いたけれど、この魔物はしっかりと見えているらしい。
「ん?」
ここで一つ。疑問が浮かんでくる。
「ねえ凪」
「なんだよ」
「あの蜘蛛って、どうやって私たちを狙ってるんだろうね」
「そりゃ目だろ」
「うん、だよね」
凪の言う通り、デルサスはこちらを見てターゲットを決めている。
「じゃあ、目が見えなくなったらどうなるのかな」
前例が示す通り、死源の生物は行動不能になれば機能を停止させる性質を持っている。あの巨体の八肢をすべて切り落とすのはいろんな意味で困難だとしても、こちらを認識できなくしてしまえば近い結果を出せてもおかしくはない。
「やってみる価値はあるな」
「できる?」
「こういうのは理人だな」
凪はポーションを両手に抱えて、前衛の理人と入れ替わる。
「作戦ってなんだ」
後ろで死にかけの防衛線を敷く凪を気にしながら、理人は尋ねる。
「作ってほしいものがあるんだけど」
必要なものは巨大蜘蛛の視界を封じ、行動を妨げる枷。イメージとしては一回り大きな頭蓋骨だ。
「天音って、さらっと難しいこと言うよな」
「虫系は作れなかったり?」
「いや、サイズのほうだ」
いわく、あくまで複製でしかないため実物よりも大きなものを作るのはハードルが高いらしい。
「サイン考えるからちょっと待て」
「うん」
だからこそ、制限を取り払うためのサインとしてジェスチャーを使っているわけだ。剣の形にしたり生成途中で止めたりと、技にも工夫が見えて面白い。
「見てないで凪の援護してやれよ」
「そうでした」
適度に炎呪文やポーションをばらまきつつ、それでも好奇心は真横の理人を知りたがる。両手をああでもないこうでもないと合わせて試行錯誤する理人。凪も侭もこの手の補助は全然使わないからかなり新鮮だ。
「よし」
決まったのか、両手の指を広げてドーム状につなげる姿勢を取る。
「創刃――カシワギ」
直径五十センチの半球状。頭蓋ではなく目玉を個別に覆う物質を選んだようだ。デルサスの骨格と同じ色をしているから、ベースは背中の骨格とかだろうか。
「ところで何その技名」
「印象深い単語のほうがイメージしやすいんだ」
「ふーん」
私が理人の合縁奇縁に思いを馳せる間に、理人は一つ一つ骨のドームを作っては凪に投げていく。
「凪、それで蜘蛛の目全部塞いで」
「了解」
凪が攻撃を掻い潜りながら一つ一つ蜘蛛にカバーをかけていく。システム上不要だからか、避ける意思も見えない。八か所すべてを塞ぎきるころには、デルサスはすっかりおとなしくなっていた。
「次は俺、どうすりゃいい」
凪が満足げにデルサスを眺めながら戻ってくる。
「できるだけ攻撃に当たらないように撤退」
「えー」
狙いを付けられないとなると、デルサスにできることは全体攻撃だけ。ステータスの関係上凪はつらいことになるけれど、計算上は残りのポーション合計28個が尽きる前に相手の生命力をゼロにできるはず。
ようやく勝利の目が見えてきた。と思った瞬間、私の足元にサイコロが二つ。
「え?」
急いで横っ飛びに逃げたところに直線状の糸。
「おい話が違わないか」
デルサスの方に警戒を向けながら、凪は半笑いだ。なぜってもう手持ちのポーションが尽きたから。私の分、渡す余裕あるかな?
この蜘蛛は視覚によって獲物を捕らえる。デルサスの複眼はすべて潰している。だとすると、どうやって私を狙った?
答え合わせをするように、デルサスの背中が隆起していく。縦長のトゲ、そこからさらに二本が枝分かれ、赤い目玉が二つ。不完全ながら、人型だ。
「いわゆるアラクネーってやつだっけ」
にょきにょきと生えてくる人型の何か。私の認識と違うところを挙げるなら、はみ出してくる上半身がちょっと多いってことかな。
「なるほど。それで『軍勢』か」
攻撃が止んだ隙に悠々と戻る凪。私と違ってちょっと楽しそうだ。
「理人、どう?」
「目隠しは無理だな。多すぎるし外される」
「だよね」
突き付けられる、女郎孤軍の目玉たち。怨念あふれる様子からして、そろそろ糸も飛んでくるだろう。さて、タイムって何回まで使えたっけ。
「天音は詰めが甘いね」
見計らったように後方から響く侭の声。
「置いていくなんてひどいじゃないか」
足を引きずりながら姿を現す。額からは汗を流し、ひどく消耗している。
「過酷な戦いだったよ」
「走ってきたんだね」
「世界にも牙を向けられたし」
「穴に落ちたんだね」
「天音よく分かるな」理人が侭の茶番に呆れている。
「詰めが甘いってどういうこと?」
「後半のボスモンスターには形態変化がつきものだ。つまり、複数の攻略法が必須になるんだよ。言い忘れてたけど」
そんな大事なことは言い忘れないでほしい。
「撤収」
糸が飛び散る戦場を抜け、私たちは広間の入り口へと一目散に逃げ出した。
霧島理人③:描写される通り、能力者としては凪や侭ほど卓越してはいません。鍛えた体と工夫で戦いに臨むタイプです。




