協力者、あるいは容疑者その二
日付は変わり、私たちは予定通りにクビキリ通りに足を向ける。
「……なんていうか、廃れてるね」
スーパーヤクマルを通り抜け、私のマンションから駅を挟んで反対側。たったそれだけで驚きの元気のなさだ。人がいないというよりは、若者がいないことが原因だろう。
「いかにも猫好みって感じだな。とりあえずは魚屋か?」
凪が慣れた様子で進んでいくので後を追う。道なりに進むと、身内と常連だけで回していそうな八百屋や肉屋がいくつか見えた。さっそく聞き込みしてみよう。
「ダメだったね」
瞬殺である。肉屋魚屋道行く人と聞き込みしてはみたけれど、答えは決まって「変な猫など見ていない」の一点張り。当然だろう。まともな常識を持つ大人であれば超能力に関わろうなどとはしないのだから。
仕方なく、私たちは路地という路地に首を突っ込んでは見えない猫を探す羽目になる。
「椎名君、そっちいた?」
「変な猫? 悪いけど覚えがないなあ」
それさっきのお店の人の真似じゃん。結局どっちなの?
「いたぞ」
代わりに答えたのは反対側の凪。見えない何かを両手で抱えてこちらまで歩いてくる。
「やっぱり消えてるな」
手元には透明な何か。触れてみるとさわさわとした毛並みが猫を主張するけれど、姿は影も形もない。
「よく見つけられたね」
「完全に透明ってわけでもないからな」
透明化の作用が減衰しているのか、目を凝らすと猫の骨格らしき何かが見える。ような気がする。いや、気のせいかも。
「侭」
「了解」
慣れた様子で猫を受け取り、その場でアンチサイキック。数分を経て現れたのはすらりとした体格のキジトラ猫。
「見覚えある?」
「ないな」
「この猫は身を消されるに足るどんな罪を犯したんだろうね」
「おとなしいし、善良だと思うよ」
ちょっと透き通っている以外は何の変哲もない野良猫だ。首輪はなくても毛艶は良好。人慣れしていて、右耳が欠けている。やっぱり誰かが世話をしてるんだろうな。
「この子に発信機とかつければ犯人にたどり着けたりしないかな?」
「消えたかどうかを遠隔で判断できない以上、予算の無駄遣いだと思うよ」
「うーん、確かに」
直接見張れば見つかるかもだけど、時間はもっと有意義に使いたい。猫のたまり場に一日中いる暇な人、いないかな。そもそも人目があるなら犯人は猫を消さないか。
虚無に溶けていく思考。傾き始める太陽。額ににじむ徒労の二文字。
「あれ、天音?」
耳元に届く、涼やかな声。
「やっぱり天音だ」
商店街の入り口側に見えたのは、理香の姿。少し大人びた私服姿のせいでずいぶん印象が違うけど、それ以外は学校で見た委員長と相違ない。抱えた買い物袋も相まって、一人暮らしのベテラン感がある。袋の中身が缶詰とインスタントばかりに見えるのが気がかりだけど。
理香は私に笑顔を見せ、それから隣の異物二人を発見したのか表情を固まらせる。遠目にも分かるため息を一つ、そのまま私を呼び寄せる。なぜか隣の二人も一緒についてきてるけど、たぶん呼ばれてないと思います。
「天音、こっちの二人は?」
「ひどいなあ雪村さん。クラスメイトの名前を忘れるなんて」
「そういう意味じゃないし名字で呼ぶな」
今にも噛みつきそうな剣幕で侭に食って掛かる理香。凪は「くわばらくわばら」と時代遅れの呪文を唱えながら一歩下がっている。いったい理香とこの二人の間に何があったのだろうか。
とりあえず、理香が拳を握る前に止めなきゃ。
「えと、理香ってこの辺に住んでるんだ」
「まだね。天音は何してるの?」
「ちょっと、その」まだ?
「あいつらに近づくなって警告したよね?」
「それは、そうなんだけど」
「別に怒ってるわけじゃないよ。後悔してないのなら、止めないし」
「後悔はしてるけど」
「じゃあなんで?」
「……うん」
言葉に詰まる。さすがに人権を質に入れられて引くに引けないなどとは言えない。やむなく、横でにやついている人でなしに助けを求める。
「柏木さんはスピンオフに入ったんだ。だから僕たちといる。それだけだよ」
「は?」
理香が語気を荒げて侭をにらみつける。身長差の関係でド三白眼だよ。怖い。
「どんな脅しを使ったのか知らないけど、今すぐ解放して」
「脅しだなんて、僕は柏木さんの決心を手助けしただけだよ」
首根っこをつかまれてもへらへらした態度を崩さない侭。理香が右手を振り上げる。いよいよ暴力沙汰かと思ったけれど、平手の音は聞こえてこなかった。
侭はなぜか足元をよろけさせ、それを合図にしたかのように理香は手を放す。解放された侭は、制服のしわを雑多に払いながら言う。
「自分の所属をどこに置くかを決めるのは柏木さん自身だよ。当人の意思を無視して話を決めようなんて傲慢だ」
いいこと言うねこいつ。鏡見ろ。理香が「どうなの?」と言いたげにこちらを見るので、仕方なく「この事件だけ」と本音を言う。
理香は苦虫を圧搾機にかけて濃縮還元し、けれども最後には矛を収めてくれた。
「それで、何の事件でここまで来たわけ?」
諦めて協力姿勢を示す理香に、事情を説明する。
「というわけでして。猫のたまり場とか知らない?」
理香は一瞬考えるそぶりを見せて、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。さらさらと慣れた様子で書き込んで、ページを切り離して私に手渡す。
「はい。これ」
罫線上に書かれたのはクビキリ通りの地図。来た道をしばらく戻った先の小道に星印がつけてあった。
「猫と仲のいい知り合いが住んでるから、私の名前を出したら助けてくれると思う」
「ありがとう」
お礼を言うと、理香の眉間に寄るしわ。協力すること自体不本意なのだろう。ちょっと申し訳ない。
「その子に何かあったら許さないから」理香は凪と侭ににらみを利かせ、私には「また明日ね」と去っていく。二人への敵対心は本物だけど、どこか親しげに似た遠慮のなさだ。
「二人と理香って、どんな関係なの?」
「扱いやすい情報源」
「超えるべき壁」
「……」
この倫理破綻者たちと比べて、未だ「その子」でしかない自分が情けない。一刻も早く事件を解決して、理香と普通に仲良くならなければ。
雪村理香①:常識の味方です。あるいは非常識の敵と表現したほうがいいかもしれません。宗像同様、凪と侭の立ち位置を明らかにするために物語に配置されています。




