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協力者、あるいは容疑者その一

 一度学校前の河原を渡り、そのまま川下に下ること三十分。駅から遠いこともあり、ずいぶん寂れた場所に目的地はあった。


「なあ侭、住所ここで合ってるよな?」

「合ってる、っていうかほかに家ないだろ」


 二人が困惑するのも無理はない。指定の住所にあったのは木造の小さな平屋。築七十年はありそうな貫禄ある見た目で、どうにも高校生が住んでいる雰囲気がない。


「まあ、とりあえず行ってみようよ」


 どう見ても供給されていない旧式プロパンガスのタンク、半分崩壊している石垣、何も生えてない家庭菜園らしき囲み。可住性を疑いながら表に回り、すりガラスと木枠の引き戸の脇にあるチャイムを押す。


「……鳴らない?」


 弦の切れたピアノのような感触。どうやら壊れているみたいだ。仕方なく扉の枠をコンコンと叩くと、ほどなくして人の影がガラスの裏に映る。


「どちら様ですか」


 扉が開き、やや面長の眼鏡をかけた顔が隙間から顔を見せた。


「俺だけど」

「ごめん、六時からバイトだから」


 ピシャリ。まさしくそんな音を立てて扉が閉まる。ちょっと嫌われすぎじゃない? 凪が神妙な面持ちでこちらに顔だけを向ける。


「怪しいな。どう思う侭」

「妙だね。クラスメイトを相手にする態度じゃない」

「いや、違うでしょ」


 もしかしてこの二人は、自分たちがクラスで避けられているのに気づいていないのだろうか。まあ、二人から避けているようにも見えるし、意外とそんなものなのかも。


「二人は下がってて」


 放っておくと強行突入しかねない。私はもう一度扉を叩く。


「私たち、ちょっと聞きたいことがあって来ただけだから。猫のことで」


 ガラリ。猫を話題にした途端、古風な扉が古風な音を立てて開く。


「柏木さん、だっけ? 今猫って言った?」

「うん」


 凪からペットバッグを受け取り、目の前に持ってくる。


「この子のこと、何か知ってたりしない?」

「ボスだ」

「ボス?」


 宗像君が鞄を開けると、猫が弾き出されるように宙を舞う。


「生きてたのか。よかった。よかったなボス」


 どうやらボスというのはこの猫の名前らしい。宗像君はひとしきりボスを撫でくり回したあと、我に返ったのか眼鏡の縁を持ち上げる。


「お茶でも出すよ。話を聞かせてくれ」


 そして、ちょっとためらいながらも「……後ろの二人も」と家に迎え入れてくれた。




「ちょっと待ってて」


 客間に通された私たちは、手持ち無沙汰のままに室内を観察する。

 外観にそぐわず、室内も高校生の家とは言いがたい。畳づくりの部屋には物がほとんどないし、曇りガラスの部屋はまだ五時前なのにほの暗い。電気をつけてもよいものかと迷ったけど、よく見ると電球が外されている。そして趣あるちゃぶ台の上には燭台。


「流行ってるの? ロウソク」

「リバイバルブームだな」


 凪の発言は本気なのかギャグなのか判別しづらいんだよなあ。悩んでいるうちに宗像君がお盆をもって部屋に入ってくる。


「とりあえずはお礼を言わせてほしい。ボスを見つけてくれてありがとう」

「そいつ、宗像んとこの飼い猫?」


 凪が今で寝そべるボスを指さす。我が物顔で床を占拠する様子は確かにここが我が家だと主張していたけれど、返ってきた返事は「いや」という否定の一言だった。


「こいつは野良猫だよ。じいちゃんが趣味で餌やってたから、みんなこの家に来ると食わせてもらえるとでも思ってるんだ」


 聞けば、もともと猫屋敷の主は宗像君のおじいさんだったらしい。頑固者で息子夫婦を追い出したはいいが寂しくなって野良猫に餌をやるような人だった。宗像君は遠い目で語る。


「正直家計も厳しいんだけど、こいつらの世話しないとじいちゃんに悪い気がしてさ。俺、じいちゃんっ子だったから」


 口ぶりからして、宗像君の祖父はもう他界しているのだろう。ちょっと湿っぽい空気になったのを感じ取ったのか、「三人の用事を聞かせてくれ」と噛み潰した笑顔を向けた。


「実は――」


 事件の概要をかいつまんで話す。


「そういうわけで、この子が普段どの辺りを出歩いてるかを調べてるの」

「なるほどね」


 宗像君は眼鏡の縁に手を当て、考え込む仕草を見せる。その目が一瞬鋭くなったのは私の気のせい、見間違いだろうか。


 実のところ、彼は第一の手がかりにして現時点で最も犯人の可能性が高い人物だ。猫好きだから警戒されずに能力を仕掛けられるし、高校生だから毎日猫に構うだけの時間がある。

 だから私はボス以外の猫の事例については話さなかったし、宗像君が「ほかの猫も消えてるんだろ?」とトゲのある声を出した時は少し身のすくむ思いになった。


「ご名答」唯一、侭だけが平静に言葉を返す。「宗像の主観では何匹消えてる?」

「さあな。ただ、ボスも含めて、レクタ、ハート、五所川原、チョップ。全員最近見てなかったのは事実だ」


 途中の五所川原ってなんだ。


「ええと、猫たちはいつから消えてた?」

「消えたかは分からないけど、一週間くらい前から見なくなってたと思う」

「何かきっかけとかありそう?」

「何とも言えないな」

「怪しい人影とか」

「見てないよ」


 思ったより情報が出てこない。そもそも超能力に関わる発言をすること自体が非常識なのだから、何か知っていてあえて黙っている可能性もある。どうしよう。


 悩む私の肩を叩く侭。何か策でもあるらしく、自信ありげだ。一抹の不安を感じつつ、言葉を譲る。


「はっきり言おう。柏木さんは宗像のことを疑ってる」

「ちょっと」はっきりしてないことをはっきり言わないでほしい。


「消えた猫たちは共通して宗像の家に出入りしていた。ここ一週間のアリバイもなく、凶器を隠し持っているかもしれない。だよね柏木さん」

「椎名は俺にケンカ売ってる?」

「まさか」

「疑われたくないなら能力を見せろ。さあ見せてみろ」


 非常識と非常識の相乗効果で私の頭痛も効果倍増だ。頭を下げて部屋の端にどいてもらって、宗像君と二人で肩を落とす。


「言っとくけど、ここ以外にも猫はいるからな。クビキリ通りとか行ってみろよ。たぶん似たような状況だから」

「そうなんだ」駅前の旧商店区域だったかな。頭に入れておこう。


「来なくなった猫たちの写真とかある?」

「一応?」


 スマホを操作して画面を回してくる。見ると、猫の鼻先の写真が何枚も連なっていた。


「あいつら写真撮らせてくれないんだ」

「へえー」


 この懐かれっぷりからして、少なくとも彼の猫愛が本物であることは間違いなさそうだ。かろうじて全体が分かる写真で名前を教えてもらって、端末を返す。


「クビキリ通りの方にも行ってみるよ」


 バイトがあるとも言っていたし、そろそろお暇すべきだろう。隅でくつろいでいる人でなし二人を呼びつけつつ、部屋を出る。


「ちょっと待て」


 ふすまをまたぐ私の背中にかかる、宗像君の鋭い声。


「え、何?」

「ボスを置いていけ」


 指さされた先を見ると、確かに侭がペットバッグを抱えている。


「椎名君、ほら」

「断る」


 意外にも、返事は毅然とした拒否。さっきまで爪とぎ板に紙やすりをかけてた人間と思えない。


「え、連れて帰る理由なくない?」

「ないよ。でもこれは僕が見つけた猫だ」


 捕まえたの凪じゃなかったっけ。「見つけたのは侭」「あ、そうなの」


「つまり、これは今や僕の猫。生殺与奪の権利は僕にあると言っても過言ではない」

「つまってないと思う」

「殺すなよ」

「言葉が過ぎる」


 前後からの総ツッコミをもらっても、侭は嘘くさいの悪人笑いを崩さない。


「まあ、僕も鬼じゃないからね。宗像の働きによっては解放してやらなくもないよ」

「本当か? 頼む。何でもする」

「もちろん。まずはこの書類に名前を書くところから始めようか。ああ、給料も休憩もあるからそこは安心していいよ」


 手際よく不平等条約を締結させていく侭。なるほど労働力の確保が目的だったのか。ところで私に給料は出ないのかな。


「頼む、ボスを返してくれ。せめてひと撫で。いやひと吸い」


 欠乏症で危険な目つきになりだす宗像君と、曖昧に笑いつつも絶対に猫を渡さない侭。罪悪感で胸が痛む光景は永遠に続くかと思えたけれど、とうとう宗像君のバイト時間になってお開きだ。


「柏木さん、何かあったら教えてくれよ。できるだけ協力するからさ」


 別れ際、わざわざ名指しで私に助けを申し出てくる宗像君。言葉と一緒に渡されたキャットフードの袋にはボスの名前が入れてあって、取り出した戸棚の様子を見るに、同じものがあと四匹分はあるのだろう。彼の質素な暮らしを考えると、狂気じみた猫たちへの愛情だ。


「うん。ありがとう」


 過去は未来に嘘をつかない。だから、少なくとも彼と猫との関係性は本物だと信じられる。心に温かいものを感じつつ、半分減って少し軽い袋を受け取る。


「そういえば」


 家の外はそろそろ夕方。暮れの朱色を吸い込みつつ、思い出すのは行きがけの好奇心。


「あそこ、畑だよね。何植えてるの?」


 ガスタンクの先にある小さな囲い。土を柔らかく盛り返した痕跡がある。


「実は何も埋めてないんだ。自炊してると野菜不足になりがちだから何か育てようと思ったんだけど、準備中でさ」

「へえ」


 確かに、よく見ると土には雑草の根が交ざっている。最近整備したばかりというのは事実らしい。野菜を植えるには肥料が足りてなさそうだけど、どうするのかな。


「柏木さん、余計なこと考えてないで早く来てくれないかな。荷物持ってるんだから」

「あ、ごめん。今行く」

「俺持とうか?」

「常盤はさわるな」

「なるほど」

「私持つから大丈夫」浮かせろって意味じゃないからね。


 落日荘までキャットフードを運搬し、玄関ホールで出くわした井垣さんになぜかお菓子をもらい、侭に「まあ及第点かな」とムカつくねぎらいの言葉をもらって解散する。


 帰り道に立ち寄ったスーパーでは驚くべきことに宗像君がレジ打ちをしていた。お互いちょっと気まずくなりつつも買い物を済ませ、自宅でひと息。


「なんでだろ」


 脳を圧迫する嫌な思考を眠気でどうにか抑えつけ、無事一日を終えていく。余計なことは考えるべきじゃない。今はそうするべきだ。

宗像灯弥①:相対的常識人です。彼をはじめとして多くの人物が凪と侭に苦言を呈しますが、できるだけそこに正当性が宿るよう気を付けています。こっちが正義。

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