見えない手がかり
進展があったのは翌日のことだった。スマホに届いた「手がかりあり」という味気なさすぎる凪のメッセージに困惑しつつ、放課後のギルドに向かう。
天板をノックして薄暗い地下室に入ると、そこにはすでに二人の姿があった。凪が無言で長机の中心に視線をやる。
「ケージだ」
置いてあったのは長さ五十センチのかまぼこ型。ペットと旅行するときに使うビニール製のやつ。
「これから猫を捕まえに行くってこと?」
「いや、もういるよ」
侭が出入口に手を近づける。すると確かに、高い唸り声が虚空に響いた。めっちゃ威嚇されてるじゃん。
「まさか、午前中いなかったのはこれが理由?」
「そゆこと。オオトリモノだったよ」返事は凪から。
そんな大げさな。と思ったけどよく見ると凪の顔には小さなひっかき傷が無数にあった。それこそ超能力で捕まえればよかったのでは?
「見たところ、昨日の猫とは別の猫みたいだね」
侭の言う通り、今日の猫は気性も荒く、そもそも子猫じゃない。つまり被害者は複数いるということになる。あとは見かけが分かれば縄張りの検討も付けられそうなものだけど。
「ちょっと調べてもいい?」
「どうぞ」
侭の許可を得て、ケージのジッパーを少しだけ開く。光が差し込み、猫の輪郭をうっすらと映し出す。完全に透明になっているわけでもないらしい。
指を入れてみると、意外と人慣れしているのか顎をすり寄せてきた。ゴロゴロと上機嫌な音が鳴る。
さわった感じ首輪をつけてはいないし、その痕跡もない。前足をつまむと、ゴワゴワした肉球の感覚が手のひらに伝わる。地面を踏み続けた足。とすれば十中八九野良猫だ。
そのまま猫をケージから引っ張り出して持ち上げる。四キロくらい? 運動させなきゃってのはともかく、外傷はない。ちょっと雨の匂いがする。
「何か分かった?」
凪がさわりたそうにしていたので猫を渡しつつ、答える。
「いろいろと」
服に着いた毛を指先に集めながら、私は得られた情報を共有する。
「はっきりしたのは、猫が透明になってるってこと」
「つまり?」凪は判然としない表情を向ける。
「何かを透明にするにもいくつか種類があるよね? 触れた相手を透明にする能力だったり、透明になる力を持つ物質を散布したり」
今回の場合は、私が手を触れても透明化が伝染したりはしなかった。一方で猫から剥がれ落ちた体毛は透明なまま。つまり、力は猫という対象に対して働く、ある種使い切りの透明化だということだ。
私の説明に対し、凪は「なるほど?」とどっちつかずの相槌を打つ。「そこから何が分かるんだ?」
「犯人の性格とか、ある程度は分かるよ。能力者の性格と能力種別に相関があるって話、聞いたことない?」
「ああ」凪は手を叩く。「聞いたことはないけど、確かにそんな感じはするな」
超能力は精神、つまり心によってもたらされる。ゆえに能力の種別、特に異能核は当人の気質や資質に大きな影響を受けるらしい。だから同じような能力でも使い手の性格によってできることの範囲は多少異なる。
「今回の場合、犯人は『猫』っていう明確な対象に能力を発動させてる。無差別な空間じゃなくて、猫を透明にしたい意図があるって言えるね」
「極度の猫嫌いってことか?」
「それはまだなんとも」
常人の理外からくる思考、能力者の動機は私にとって最も理解できないものの一つだ。以前にネットで見た連続殺人犯は、遺体をその能力で五十以上の肉片に分解する猟奇的手口で有名になった(らしい)けれど、とうとう私にその考えは理解できなかった。
「『一人が一つだとかわいそう』なんて動機で人を殺す例もあるくらいだし」
いわく、突然頭に熱した鉛の棒をねじ込まれた。警察の遅すぎる介入で身柄を拘束された犯人はそう語ったらしい。異能犯のほとんど多くは不可解な執着にとらわれ、常人には理解の及ばない思考で犯罪を行使する。四則演算に新しく記号を足されて混乱している、とは父の言。父は擁護していたけれど、共有できない思考回路は只人にとって怪物のそれだ。
「八つ裂きジャックか。よく知ってるね」侭が言葉を挟む。
「まあ、うん」
皮肉ではなく純粋に褒めているみたいだけど、嬉しくない。事件に話を戻そう。
「それから、よく見ると分かるけど、この猫は完全には透明になってない」
薄目で長机を注視すると、猫の輪郭がうっすらと浮かんでいる。
「これは昨日の猫とは違う特徴。つまり透明化には段階があるってこと。この子、ずっとこうだった?」
凪に聞くと、「そういえば、なんか朝よりはっきりしてるような」と返る。
「じゃあ、時間減衰の傾向がある。一方で昨日の猫は常盤君の話を聞く限り、数日間はずっと透明だった。だから、犯人は猫に能力をかけなおせる人間って言えるよね」
それはつまり、猫に対して警戒を持たれない、継続して接する機会がある、あるいは猫の生態を知っている人間ということだ。
「つまり犯人は猫に詳しい暇人か。まあ妥当な見解だね」侭がうなずく。「やっぱり、猫好きを探す方針がいいのかな?」
「あるいはちょっと透けてる人とか見つかればいいんだけど」
「今のところ透明人間の目撃証言はないよ」
でしょうね。口ぶりからしてすでに情報収集中らしい。異能痕としては目立つほうだから、かなりうまく潜んでいるということになる。だとすると、手がかりは被害者自身か。
「うーん、この猫が元に戻ったら聞き込みもしやすくなるんだけど」
猫の素性を突き止めて、その猫に詳しい人を見つけて、移動ルートから犯人の足跡をたどる。少しずつやっていくしかない。
「時間かかりそうだな」
凪は不満げにソファに腰を落とす。「なあ侭、これお前の能力でなんとかできないか?」
「ちょっと」
思わず声が出る。マナーやタブーをものともしない爆弾発言。場所が場所なら大ゲンカに発展しかねないそれを、侭は乾いた笑い一つでいなす。
「まあ、少しくらいは武器を与えるべきかな」
「武器?」
「こっちの話」
私の疑問に答える気はないらしい。
侭は凪から猫を譲り受けると、そのままテーブルに座らせる。さっき唸られてたわりに、猫は侭には噛みつこうとも爪を立てようともしなかった。
侭は猫に手を添え持ち上げて、そのままぴたりと動きを止める。
「何してるの?」
「まあ見ててよ」
一分経過。
「……それで、どうなるの?」
「ちょっと待ってて」
三分経過。
「これ、どうにかなってるの?」
「まだかかる」
「俺お茶入れてくるよ」
五分経過。いったい何の儀式を見せられていのかと不安になったけど、ようやく侭の意図するところが見えてきた。
「三毛猫だ」
というか、見えてきたのは猫だった。ほぼ完全に透明だった猫は、今は透明と茶色の間くらいの透過処理素材状態だ。うっすらとその輪郭は存在感を増していき、凪がお茶の入ったお盆を浮かせてくるころにはほとんど完全に見えるようになっていた。骨や内臓が透けるタイプじゃなくてよかった。
「これが僕の能力。アンチサイキックだ」
ケージから手を放し、侭がこちらに顔を向ける。気のせいかな。ちょっとやつれた?
「アンチサイキック?」
「そう。触れた相手にかかっている能力を解除する能力。この手の事件にはぴったり」
なるほど確かに便利な力だ。でも疑問の意図はそこじゃない。
「……椎名君は能力隠すタイプだと思ってたけど、違うんだ」
私の疑念交じりの感想に対し、侭は「信頼の証だよ」と唇の端を吊り上げる。申し訳ないけど、私にとってはその言葉自体がまだ信頼できない。
侭は「ふふ」と薄く息を吐く。
「ある種の先行投資、武器の貸与だ。別に全部を示したわけじゃない。あくまで『こういうこと』ができる力だと思って役立ててほしいってだけ」
まあ確かに、見えた一端だけでTRICKが特定できるわけじゃない。今は素直に協力の意思として受け止めておくべきだろう。
「うん。じゃあ、あとは猫好きを探すだけだね」
「ならちょうどいい。井垣さんから連絡が来た」
凪がスマホの画面をこちらに向ける。そこには学校からほど近い住所と、住人のプロフィールが記されていた。近所で有名な猫好きらしい。
「あれ?」読み進めるうち、文章に引っかかりを覚える。
「宗像灯弥。末日高校二年。二人の知り合いなんじゃない?」
「ああ、そうなのか」
「そういえばいたね、クラスに」
まるで三年前の流行を語るかのように現役のクラスメイトを思い出す二人。能力を広める前に、交流を広げたほうがいいんじゃないかな。ため息を一つ吐いて、私たちは宗像君の家に向かった。
椎名侭①:本作の流言担当です。意地悪と曖昧模糊を使い分け、的確に天音のストレスを溜めます。




