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協力者、あるいは容疑者その四

 地図に記された場所は思ったより細い小道だった。建物と建物の隙間を通り、それこそ野良猫の抜け道のごとく練り歩いた先、私たちを迎えるのは黒板でできた立て看板が一つ。


「純喫茶、@ネメント。だってさ」


 凪が書いてある内容をそのまま読み上げる。こんな入りづらい場所に喫茶店。いわゆる隠れ家的名店なのだろうか。とりあえず、ガラス張りの扉に手をかけて中に入る。動かすとパイプ型のドアベルがカランと音を立て、いかにもな雰囲気だ。


 店内は黒を基調としたシックな空間。鼻腔をくすぐるコーヒーの香り。空気に浸透するピアノの旋律。悪くない。なんというか、ものすごく落ち着く。これこそ原初より続く人類の憩いの場だと主張したい。


「いらっしゃい」


 店の奥に置かれたカウンターから声が聞こえる。飾り気のないダークグレーのエプロンをつけた若い男性が、コップを磨いていた。

 年は二十代後半くらいだろうか。かけているサングラスのせいか、アルバイトというにはちょっと貫禄があって、でも店主にしては若いような?


「三人だね。空いてる席にどうぞ」


 お客さんと勘違いされてしまった。コーヒーを飲みに来たのではないけれど、何も買わずに話だけ聞くのもよくないか。二人を促してカウンターの足高椅子に腰を下ろす。

 パウチ加工の紙に書かれたメニューを見ると、ブレンド一杯二百七十円。チェーン店じゃないから個人経営なんだろうけど、この手の店にしては異様に安い。


「ええと、ブレンドコーヒー三人前お願いします」

「……俺ケーキ頼むけど、二人はどうする?」

「僕はいいよ」「私も」

「モンブランとチーズケーキどっちがおすすめっすか?」

「チーズケーキが自信作だよ」

「じゃあそっちで」

「コーヒー三つとチーズケーキ一つだね。少々お待ちください」


 場にそぐわない散らかった注文にも動じず、男性は食器を準備し始める。顔には柔和な笑顔をたたえたままだ。


「椎名君、あれが本物だからね」

「心外だな」


 毒を吐いても侭は人工甘味料のような笑顔を崩さない。比べると分かる、この嘘くささ。


 しばらくして人数分のコーヒーと、凪の分のケーキがカウンターに置かれる。目の前でサイフォン式コーヒーの抽出を見るのは初めてだけど、コーヒーが上に行ったり下に行ったりで、なかなか面白い。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 男性は食器を音もたてずにきれいに置いたあと、店員然とした笑顔を少し崩す。


「それで、何か別の用事があって来たんだよね?」

「どうして分かったんですか?」


 いや、確認するまでもないか。店内に人はなく、テーブルは六席全部空いている。この状況でわざわざカウンターに座る高校生は少数派だろう。男性は私の推測と同じほぼほぼ同じ理由を教え、こう付け加える。


「コーヒー好きの若者、にしてもこんな辺鄙な場所まで来ないだろうしね」


 自覚があるのか、というかやっていけるのかそれで。


「よく潰れないっすね」凪の遠慮も配慮もない発言にも「道楽みたいなものだから」と余裕しゃくしゃくだ。


 三上と名乗る男性は、やはりバイトではなくこの店のマスターらしい。私は軽く自己紹介をしたあと、ここ数日で洗練させてきた説明を復唱する。


「というわけで、透明猫の原因を探るために調べてまして」


 三上さんは私の説明に「へえ」とか「ふうん」とか曖昧な相槌を見せる。このままではまた知らないフリをされてしまう。申し訳ないけど先手を打つべきか。


「理香にこの店の人なら助けてくれるって言われて、それで来たんです」


 三上さんはサングラス越しに一瞬目を丸くして、なぜだか少し嬉しそうに笑う。


「なるほど、キリカちゃんの友達か」

「キリカちゃん?」「あだ名」横から侭が捕捉を入れる。なんでキリ?


「なら、助けないわけにもいかないね」


 こっちはこっちで気になる話題だったけど、三上さんに「お客さんのプライベート以外なら答えるよ」と釘を刺されてしまう。あだ名は話したくせに。

 とにかくだ。理香のおかげで一日ぶりの情報提供者に巡り合えた。


「さっそくですけど、透明な猫の噂とかって聞いています?」

「何人か話しているのは聞いたかな。いろんなところで消えてるらしいね」


 それから、何か所かの猫だまりの場所を並べ上げていく。通りの小道とか、図書館の裏とか、病院の駐車場に、神社の境内、どれも具体的だ。距離があるせいか宗像君の家は話題には出てこない。


「やたら詳しいっすね」凪が驚くのにも同意する。


「同類ばっかり集まる店だから、必然的に話題が猫一色になっちゃうんだよ。僕は猫好きっていうか、暇なときの話し相手になってもらってるだけなんだけど」


 三上さんは右手側にある勝手口を指す。そこに猫たちが来るらしい。


「見に行くか」


 言うが早いか飛び出していく凪。先に三上さんの話を聞きたかったんだけどなあ。

 とはいえ話から凪を外すのもかわいそうだ。今は三上さんの「僕はいいから行ってきなよ」という厚意に甘えよう。


「そうそう、調べてきなよ」

「椎名君は行かないんだね」


 まあいいけど。


 勝手口の扉を開けて外に出る。店側からは見えなかったけれど、小さめの駐車場くらいの広さがある。窓際には小さめのスノコと餌入れらしき深皿がいくつか。なかなかのホスピタリティだ。


「どう?」少し前に凪の姿を見つけて声をかける。

「いた」


 指さす先には猫の姿。四つ足を立てて背中を山のように上げている。


「消えてるね」

「だな」


 姿は視認できるけど、色合いは夕日に溶けるうっすらオレンジだ。毛並みも首輪の赤も、時間減衰が進んでいてくっきり見える。となると透明化は夜から朝の間かな。


「捕まえるか?」

「どうしよ」


 明らかにこちらを警戒しているところを捕まえるのも申し訳ない。一応近づいてみて、逃げられたら諦めよう。


「よしよし怖くないからね――うわっ」


 ガシャンと、踏み出した私の足元に硬い感触。何かを踏んだ、というか割った。でも、視線を下げてもアスファルトの上には何も見えない。


「何これ。消えてる?」

「消えたっていうか、逃げたぞ」


 凪の言葉に思い出して前を見ると、猫の姿も影も形もなくなっていた。


「追いかけたほうがよかったか?」

「ううん、いい」


 今は消えた消えてない猫よりも消えない消えた証拠だ。

 しゃがみこんで手を触れる。硬くざらざらした感触は陶器のそれ。でも、このぬめりは何だろう。嫌な予感するんだけど。ためらいつつも指先を鼻先に近づける。


「トマト?」


 ナポリタンな匂いだ。状況から察するに、地面に落ちているものはパスタの空き皿か何からしい。そして私はやっぱり割っちゃったらしい。


「コーヒー冷めるし、戻ろっか」

「だな」


 頭を蝕み始める得体の知れた感触。私はそれに、逆らうすべを知らない。




 再び店内。お手拭きをもらって透明な何かを拭きつつ、本題の聞き込み開始だ。音もなく置かれる二杯目のコーヒーとウインクに申し訳なくなりつつ、三上さんに話を振る。

 十日ほど猫を見ることが減ったという噂。小動物らしき透明な気配を感じる噂。それを気味悪がる、あるいは憐れむ常連客の反応。有意義だけど、既知の情報だ。


「椎名君、ちょっといい?」


 とうとう耐えられなくなって、凪を人質に店を出る。


「言っとくけどコーヒー代は経費で落ちないよ」

「そうじゃなくて」


 喉が絞まる感触。抗えない魔物が、私をためらいという崖から突き飛ばす。


「その、椎名君のアレの話」

「何のことかな。トピックは具体的に言わないと伝わらないよ?」


 吸った空気が痛みになって肺を刺す。決して私から出すべきではない提案。能力者じゃない私が、苦しんでいない私が、苦しんできた侭に言ってはならないこと。


「ええと、超能力の話、なんだけど」

「六年前のジエンドがもたらした怪現象、後天性過剰生存症候群がどうかした?」

「超能力で、助けてほしいことが、あって」


 私のためらいが、ためらいなんだけど。


「人に頼み事をするなら態度とか誠意ってものがあると思うんだよね」

「ああもう」


 気を遣うのがバカらしくなってきた。


「消えたもの見つけたから、アンチサイキックで調べてくれない?」

「それ言うためだけに連れ出したの?」


 小ばかにしつつ、その言葉は少しだけ柔らかい。氷雨の冷たさも、鉄の敵意もない。私にとって、それが何よりありがたかった。


 メンタルをだいぶ削ったけれど、本人の了承は得た。とすると唯一最大の課題は三上さんだ。彼の中で超能力がどの程度の畏怖を持つか分からない。最悪叩き出される可能性すらある。なんと説明しようか。いや、申し訳ないけどちょっと目をつぶっていてもらおうかな。でも侭の能力って効くまでけっこう時間かかるからなあ。


 扉を開ける。


「――ってわけで、俺らは超能力で世界を変えるために頑張ってるんですよ」

「へえ、立派だなあ」


 店に戻ると、凪が大げさなジェスチャーで三上さんと話している。


「柏木さん」

「うん」

「三上さんと話してて思いついたんだけど」

「はい」

「侭の能力でこの辺調べるってどう?」

「……ナイスアイデア」


 台無しだよ。

三上創①:異常に触れていない人です。能力に関する説明を自然に引き出してくれるありがたい存在でもあります。

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