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世界の正体

 フモトノ村まで歩いて戻って村長に報告し、ご褒美の地ビールを売却して道具を補充し、追加の野暮用を済ませること数十分。私たちは侭に連れられて、焼け落ちた家の前にいた。


「さて、全員揃ったね」


 うなだれる家の主を不遜にも椅子にして、侭は私たちにふんぞり返る。


「かっこつけはいいから早く話せよ」


 凪の言い分はもっともだけど、迷子探しの野暮用がなければもっとスムーズに進んでたってことを忘れないでほしいな。

 侭は凪の文句を意に介さず、ぐるりと視線を一周させてから話し出す。


「そうだね。じゃあ簡潔に言おうか。この世界は、風切り羽の追想録に基づいて作られている」

「風切り羽の、追想録?」


 侭の言葉をそのまま復唱する。小説? いやゲームかな。


「風切り羽の追想録っていうのは、界隈で有名なクソシナリオの一つでね」

「界隈」


 どの界隈なんだろう。というか今クソシナリオって言った?


「あ、続けて」


 侭がちょっと不機嫌そうになったからろくな界隈じゃないなこれ。


「まったく天音は。話を続けるけど、普通TRPGのシナリオはGMが作るから、基本的にはローカルの範囲を出ないんだ。だから、有名になるには理由がある。なんだと思う?」


 急に指をさされた凪は、面食らいながらも答える。


「んーと、ものすごい名作だった」

「僕の話聞いてた? じゃあ天音」

「界隈=ローカルだった」

「橋の真ん中渡って帰れ。次理人」

「俺も答えるのかよ」

「そうだ答えろ」


 急かすのはなぜか凪。被害者増やそうとしてるね、これは。


 とはいえだ。私の回答がハズレということは、実質的に答えは一つだ。理人の問いは、わざわざ答える必要があるのかという論旨も含んでいるのだろう。息を小さく吐いて呆れを表現してから、理人は最後の答えを提示する。


「たくさんの人に見てもらえる状況にあったってことだよな。例えばルールブックのサンプルシナリオとか」

「正解」


 思い通りに話が進んでご満悦な侭。


「今から十年くらい前になるかな、老舗TRPGブランドのソクラテス社が発売したドラゴンヘキサマグナの第28刷。三年ぶりのシステム一新に沸き立つマニアたち。僕もその瞬間に立ち会いたかった。事件はそこで起きたんだ」

「事件?」


 殺人事件か、強盗事件か。なるほどそうか、シナリオと結びつく形で連続殺人が起きたりすれば、人々の心には強く刻まれる。有名とはそういう意味だったのか。


「そう。事件だ。ゲームが死ぬほどつまらなかった」

「はい?」

「運要素の強い劣悪なバランス、パクリと宗教的タブーを満載したシナリオ、ブランドが積み重ねてきた世界観との乖離、ライターの緊急逮捕、ほかにもいろいろあったらしいんだけど、とにかく当時のTRPG界で知らないものはいないシナリオだったんだ」

「……へーそう」


 この狭いうえにどうでもいい界隈の話は本当に必要なんだろうか。


「暴動はネットを炎上させ、人々は署名を募り、それなりの数字が出てウェブニュースの見出しになる程度の騒ぎになった。結果としてそのシナリオは一瞬で廃版になったんだけど、悲しいことに全編が流出して白日に晒されることになった。僕が読んだのもそこからだね」


「天音天音」凪が私を小突く。「終わったら起こしてくれ」


 え、ひどい。逆サイドでは理人が諦観の目をしている。


「――この炎上はTRPG界にとって大きな損失だったと人々は言うけれど、僕はそれだけじゃないとも思ってる。燃え盛る炎の中でも光るべきものはしっかりユーザーに判断されたし、新しいシステムは新ブランドとして出す土壌もできた。つまりは意義ある痛みというわけだ」


 知らない世界の歴史の授業は五分ほど続き、私の目が死んでいることに気づいたのか、さすがに侭も冷静さを取り戻す。


「……さてと、そろそろ本題に入ろうか」

「うん。そうして」


 寝ている凪を叩き起こすか迷いつつ、侭を促す。


「とりあえず、ざっとシナリオを説明しよう」


 提示された物語の流れは、こうだ。


 1. あなたは平凡な高校生。不運にもトラックにはねられて死亡してしまいます。

 2. 目が覚めた時そこに広がっていたのは異世界。風切り羽の追想録です。

 3. 右手には獣の刻印。あなたが現代でやっていたゲームの、敵側の印です。

 4. 抗わなければあなたは負け、歴史に従って獣の陣営は滅ぼされるでしょう。

 5. 子羊に先んじて七つの封印を解き、獣を復活させて神を打倒しましょう。

 6. 神を倒しても安心はできません。獣はあなたが偽の眷属だと気づいています。

 7. 神も悪魔も乗り越えて、無事この世界を脱出しましょう。健闘を祈ります。


 なるほどなるほど。うんうん。なるほど。


「……つまり、どういうこと?」


 第三勢力から成りあがれ、ってこと? 異世界に突然高校生が出てきたけれど、その設定は本当に必要なんだろうか。


「まあ、噛み砕いて説明するよ」


 侭も今の説明で分かるとは思っていなかったらしく、一つ一つ要素を説明してくれる。


「だいたいのユーザーに今の天音みたいな感想を抱かれた風切り羽の追想録だけど、分かりやすく特徴的なシステムがいくつかあった。具体的には、封印と対峙だ」


 侭は理人から鉄の剣をもぎ取って地面に輪を描き、七つ点を打つ。


「この世界には七体のボスモンスターがいる。それぞれが支配、戦争、飢餓、死、信仰、天災、賛美をその身に宿していて、倒せばその封が解かれる仕組みだ」


 ああややこしくなってきた。封印解除はシナリオの5番に相当するルールかな? ボスモンスター。思い浮かぶのは切先のルミナス、森で戦った万象のエーベンもその一体だろう。


「解かれるとどうなるんだ?」理人が先を促す。

「元のゲームだと、第一の獣には支配が封印されていた。ボスを倒すことで、プレイヤーには支配の力が与えられる。途中、魔物たちが不自然に動きを止めたりしてたでしょ? あんな感じに、ランダム発動する恩恵が与えられるんだ」


 私にはピンとこないけれど、前衛をやっていた理人には通じたらしい。「なるほどな」と思い返すようにうなずく。


「じゃあ次のタイジってのはなんだ? 魔物退治か?」

「対峙はGMとの対峙だ。このゲームは、対戦型TRPGだったんだよ」


 私たちの相手はGMに相当する死源。それは当初から分かっていたことだ。けれども、改めて言葉にされると湧いて出る疑問もある。


「それってTRPGってジャンルとしてどうなの?」


 TRPGとは演劇のゲーム。侭はそう言っていた。だとすればシナリオを提示するGMはいわば裏方で、前に出るべきではないはずだ。侭も同じ意見なのか、少し渋い顔をしている。


「だからこそ酷評されたんだよ。言うまでもなく力関係はGMの匙加減一つだ。当時はプレイヤーのモラルも育ってなかったから、どうしても楽しめる状況までたどり着けなかった。不憫だ」


 侭はひとしきり憂いを訴えてから、話を本筋に戻す。


「この世界には、GMの代行者として子羊というNPCが存在する」

「NPC?」

「ノンプレイヤーキャラ。この人みたいな」


 足蹴にしているかわいそうな家主を侭が指でつつく。子羊というのは比喩表現で、実際にどんな姿をしているかはGM次第なのだとか。


「子羊は一定時間ごとに行動して、倒されていないボスを倒す。倒せば封印の力は子羊に渡る。このゲームは、子羊とプレイヤーが恩恵を奪い合うゲームなんだ」


 つまり、時限式で放っておいてもボスは倒されていくらしい。だとすると私たちが倒す必要はないのでは? そんな疑問を見透かしたのか、侭は唇の端を歪める。


「子羊に封印を全部解かれてしまったら、子羊の親たる『大いなるもの』が復活して僕らは死ぬ。そうでなくても、プレイヤーにはクエストにいそしむ理由がある」

「その理由は?」

「最終決戦だ。プレイヤーは子羊か獣の生き残ったほうと戦うことになるんだけど、封印をしっかり解いていないと戦力が足りないんだ」

「だから、一つ一つ敵を倒して恩恵を獲得していく必要があると」

「うん」


 侭は視線を外し、少し遠くを見る。


「あと、最終決戦の舞台が『讃美歌の塔』って名前なんだよね。だから僕は、あそこに死源の中心があると思っている」


 侭の視線の先にあるのはアトラスタワーもどき。不自然に人工的なその建築物は、異物として私たちを監視しているようにも見えた。

 理人が塔を見て舌打ちする。


「なんか攻略のコツとかないのかよ」

「ラスボス特効の天災は最低限確保したいね。いったん羊に獲らせてから賛美で奪うのが効率いいんだけど、それもGMのスタンス次第かな。明らかに吟遊詩人だし、ハウスルールの警戒は怠るべきじゃない」


 専門用語らしきワードを並べながら首をひねる侭。明らかに楽しげだ。


「いずれにせよ、討伐の成果を報告しに戻ろうか」


 異論はない。一つ攻略したから、また別のクエストが増えているかもしれない。私はその場から腰を上げる。侭が乱暴に立ち上がり、椅子にされていた住人がうめき声を上げる。もう私は何も言うまい。


「ところで、この焼けた家にも理由があったりするの?」


 未だ燃え続ける奇妙な木材に手をかざしつつ、代わりの質問を投げる。


「ああ。こっちはフレーバーだね。だんだん滅亡していく世界の表現。終盤は店とか使えなくなるから気を付けなきゃだけど、しばらくは気にしなくていいよ」


 それはつまり、終盤は人里が全体的に燃えてくるってことなのだろうか。私たちのせいで。なんか、嫌だなあ。再び「俺の家が」と嘆き始める村人に罪悪感が出てしまう。


 ため息を一つ吐き、でもまあやることは変わらない。まずは迷子を出さないようにしないとだ。


「凪、凪ってば」


 ぼんやりしている凪を揺すって起こすと、半目のままこちらを見る。


「話終わったか?」

「うん。終わったよ」

「で、俺はどうすりゃいい?」

「今まで通り敵を倒す。でも勝手にいなくならないでね」

「了解。簡単だな」


 簡単に言ってのける凪だけど、すでにその視線はどこか別の方へと流れている。これは注意深く見張らなければ。


「おーい、置いてくぞ」


 手招きする理人を追いかけて、私たちはフモトノ村からの帰路についた。

TRPGと言えば十面や二十面サイコロが有名ですが、本作では野外での安定性などを考慮し六面サイコロを採用しています。

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