キャスティング
頭蓋骨を揺らされる感覚に目を覚ます。残響するのは、目覚まし時計というにはやや壮大すぎる鐘の音。
「おい、生きてるか?」
「……たぶん」
「よかったな。死んでたら返事できてなかったぞ」
理人はよく分からない励ましをかけながら、私の右手をつかんで上半身を起こす。左腕と後頭部とに鈍痛は残っているけど、幸いにも大したケガはしていなさそうだ。
「ルミナスは?」
急いで周囲を見るも、半人半馬の姿はない。理人は「倒したよ」の言葉とともに、へし折ったのかルミナスの角らしき物体を見せる。
「ポーション全部使ったけど、まあしょうがないな」
「うん。よかった」
スマホを見る。確かにクエストクリアの状態に更新されている。私の残り生命力は25。思ったより残っている。
「私に回復アイテム使ってないよね?」
「ああ。悪いがそんな余裕なかった」
「大丈夫」
比喩でなく骨身に染みるほどの衝撃を受けたのに、ダメージを数字にするとせいぜい20にしかならないとは。いや、私がレベル1だったら見た目と実際のダメージが一致しているし、これで正しいのかな。魔物にレベルがないなら、これで食物連鎖が完成する仕組みなのかも。
「あれ?」
遠眼鏡で理人の生命力が6しかないことを確認して驚きつつも、違和感。
「どうした?」
「人間性、下がってる」
これまで50あったはずのそれは、一つ減って49だ。一方で私のは50のまま。首が傾く。
「あれかな」
理人の視線を追って見つけるのは、斜面に投棄されたルミナスの死骸。なんだか損傷が激しいような気がして、数値が下がった一因としての説得力がある。とはいえ、オオカミを爆発させても変動しなかったステータスだ。それだけではない気もする。
「どんな倒し方したの」
「内緒だ」
「ケチ」
文句はつけるけど、教えてもらえないのは慣れっこだ。きっと理人の能力と関係しているんだろう。いつの間にか手持ち武器もやたらでかい棍棒に変わってるし。
「……」
わずかな沈黙。もしかして気を悪くさせてしまっただろうか。いやまさか。
「ケチとはなんだ」
「え?」
そのまさかだった。理人は私の方にずいずいと近づいてくる。
「一つ言っておく。俺はお前のことを認めたわけじゃない」
「はあ」
「さっきの戦いで確信した。足手まといは俺たちにとって不利益をもたらす」
「うーん」
「なんだその態度は。そんな浅い覚悟で死源に来るんじゃねえ」
「そんなこと言われても」
矢継ぎ早に恫喝してくる理人。私がぼんやりとしか応答できないのは、どうにもその言葉が冷静すぎるから。どういう情緒なの?
「決闘だ。言いたいことがあるなら戦いで示せ」
事態を呑み込めない私の目の前に突き出される、理人の武器。鼻先にぶつかる棍棒が皮膚を押し、その闘気を主張する。
「戦う理由がないんだけど」
「理由があるのは俺のほうだ」
「武器もないし」
「ほら」
投げつけられる謎棍棒。慌てて受け取るも、重さにふらつく。
「存在意義を示せよ。それともいつまでも凪と侭に助けてもらうつもりか?」
理人は依然として高圧的なセリフを淡々と投げつけてくる。だんだんと言いたいことは見えてきたけれど、それによって何をしたいのかは見えてこない。あと、あの二人は私をそんなに助けてはくれてないです。
とにかく状況を見守ろう。まずは手元に渡された太い棒だ。カルシウム色でしなりがよくて、なめらかだ。なんとなく、骨のイメージが強い。
「戦うのはいいとしても、これ重すぎて扱えないんだけど」
「……待ってろ」
憮然とした表情のまま理人は足元を見まわす。やがて草原の中からもう一本別の武器を取り出して投げてくる。
「わわっ」
「それでいいか?」
ワンサイズ小さな槍だ。材質はきっとさっきの棍棒と同じだけど、この重さなら私の筋力でも振り回せそう。だからこそ、私の武器はこれじゃない。
「黄唱の二、閃雷」
足元に向けて呪文を放ち、距離をとる。
「どこ狙ってんだよ」
不服そうにせせら笑う理人。どうやら呪文がシステム的に必中であることを知らないらしい。計算上あと一回呪文使えば倒せるけど、どうしようか。
「せいっ」
「痛っ」
私のぬるい考えを咎める理人の反撃。振りかぶった姿勢と風切り音からして、武器を投げつけてきたらしい。左腕の皮膚がぱっくりと開き、遅れて心臓が鼓動を増す。
「構えろよ」
一拍を置いて、再び攻撃を仕掛けてくる理人。今度は直接の殴打だ。仕方なく槍で受け止めて、弾き飛ばされる。
「拾え」
なんだか打ち込み稽古みたいだ。痛みと痺れを訴える左右の手に鞭打って、仕方なく武器を拾う。
「次だ」
再び飛んでくる白い投擲物。きっと先のルミナス戦で使ったものなのだろう。足元から拾ってはこちらに投げてきている。大きさゆえに最初の一投ほど速度はないけれど、重さゆえに私の腕やら腰にガツンガツンと響く威力だ。
「痛い」
「攻めないとずっと痛いままだぞ。反撃の一つもしてみろよ」
引き続き理性的なままこちらを煽ってくる理人。そして、いずれの内容も私への闘争を促すもの。分かってきた。
思えば、ストーキングの時点で変だったんだ。話して受けた印象と、悪質な犯罪行為。その二つがどうしてもつながらない。あの時点で理人の計画は動いていたと考えるべきだ。
「オラッ」
遠心力の効いた一撃が私を横薙ぎに打つ。情けない悲鳴と転がる体を客観視しつつ、考えるのは勝利への方程式。
激痛の中体を起こし、手元の槍を投げ捨てる。
「何のつもりだ? 戦意放棄しても攻撃はやめないぞ」
言葉のわりに手を止める理人。きっと困惑しているのだろう。もっと困らせてあげないと。
三つ、指を立てる。
「理人に勝つのなんて、指三本あれば十分ってことだよ」
「護身術でも使うのか? 俺の戦いはそんなに甘くないからな」
「私の戦いはそうじゃない」
理人には言葉が通じる。話せるなら会話で制する。わけの分からない暴力に暴力で応じてやるほど、私はお人好しじゃない。
「教えてあげる。どっちが足手まといだったかをね」
「やってみろ」
初めて、理人の顔が歪む。
「一つ目」
尖らせた指を差し向けるのは、丘の上に転がる遺骸。
「切先のルミナスは草食だった」
「それがどうした」
「分からない? 草食獣に羊を襲う理由はないでしょ」
「あ」
驚きを示し、けれどもすぐに「だから何だよ」と取り繕う理人。
「示すのは別の黒幕と、切先のルミナスが味方になってくれた可能性」
「ただの可能性じゃないか」
「そうだよ。でも、理人の人間性は下がってる」
魔物を倒しただけでは増減しなかったステータス。それが減るということは、ルミナスは倒すべきではない魔物だった。私の仮説はそう訴える。
「確かに。いや、でも」
うろたえる理人。なんとなく地金が見えている感じを無視しつつ、次の指だ。
「二つ目。少なくとも、戦闘中に凪と侭は私のことを助けてなんてくれなかった。理人と違ってね」
「え、そうなのか」
「決めつけで猛進するだけの人間が死源の謎を解けるわけないよね」
まあ、この辺りは知ったうえであえて煽っていただけかもしれない。
「三つ目、理人の能力について」
「は?」
突き出されたタブーに常識的な反応。
「理人の能力って、他人の複製だよね」
手渡された武器は大型の獣骨。ちょうどルミナスの腕と同じくらいのサイズで、けれども死骸から取り出したというには不自然なまでに白く清潔だ。
加えて、凪は理人の異能を治療に使おうとしていた。そのうえで打ち身は無理らしい。一般的に打ち身以外のケガといえば裂傷で、皮膚を複製・定着させる技能があれば裂傷には対処できる。
ここまでの情報と理人自身の人間性を踏まえると、その目的は明白。ではなぜそれに反する行為に及ぶのか。私に何も教えないのか。答えは当然、必要だからだ。
「私に武器をくれた時、わざわざ地面から探してた。つまり複製には条件がある」
「待て」初めて動揺をあらわにする理人。
「待たないよ。これが私の『攻撃』だから」
高らかに宣言する。さて、チャンスは一度。ここからは理人次第だ。
「執着のないストーキング、冷静すぎる怒りの真似事。理人の行動は全部が一つの結果につながっていて、でも私にはそれを言えない」
「やめろ」
「だって、教えたら信じられなくなるから。理人が欲しいの演技じゃなくて本気の――」
「やめろ!」
怒気を帯びた声。そして、その掌からはぬるりと一本の人骨が生成される。細くしなやかな、女性の骨だ。
「はい、私の勝ち」
がっくりと肩を落とす理人。吐く息から漏れ出るのは、安堵。どうやら本当に私の勝ちでよさそうだ。
「説明してくれても?」
「説明も何も、天音の想像通りだよ」
ルミナスの亡骸を傍目に丘の上に腰を下ろす私たち。理人の態度はもう戦う前に戻っていて、ひと安心だ。
「俺はまあ、敵対した人間を増やせるんだ」
「なんでまた」
予想通りの答え。でも知りたいのはその先だ。
「詳細は省くんだけど、昔レウィンラットって非認可ギルドやっててさ」
「へえ」由来は濡れネズミかな? 雨いいよね。
「一応は正義の味方のつもりだったんだ」
「うんうん」
六年半前の尾張市が荒れていたとか、異能犯罪が横行したとか、まだギルド制度が整ってなかったとか、そんな話が続く。つまり、義勇の手を振り上げたのだろう。
「そん時に、この力の危険性を知って、敵対するクズにしか使わないって誓いを立てたんだ。『代わり』にな」
「なるほど」
能力を補佐するサイン。聞くところによると、それは異能核以上に本人の気質や精神状態とリンクするものらしい。
「凪に負けて、侭に悪用を教わったりしたけど、発動条件のほうは変わんなくてさ。凝り固まっちまってんだ。悪いな、いろいろと」
「いいよ。腑に落ちたし」
異能は定着の過程で能力者と結びつき、その歪を濃くしていく。なんとなくお父さんに聞いたことがある話だけど、実例に遭遇すると感慨深いものがある。いや、私は能力研究に興味なんてないけれど。
「つまり理人は、私のケガを治すために私と敵対したかったわけだ」
「おう」
言葉とともに、私の左腕に触れる理人の指。痛みの上から温かい感覚が私の皮膚に流れていく。数秒もすると、傷は跡形もなく隠されていた。再び「悪いな、本当に」と謝罪の言葉。こんな優しい人間が異能の発動条件なんかに振り回されて、本当に不憫だ。どこかのアホどもも見習えばいい。
「それで、どうやってルミナスを倒したの?」
「え、その話戻ってくんの?」
「だって気になるし」
理人は気まずそうに空を見て、ルミナスの亡骸に両手を合わせてから、結局は「秘密だ」と口を閉ざす。しょうがない。言いたくないことを無理に話させるのもかわいそうだ。理人の言動から推理していくしかない。
「そこは諦めてくれよ」
「でもだって気になるし」
私の猫より深い好奇心は不幸にも侭のお墨付きだ。諦めるのを諦めてもらうしかない。
「じゃあほかのこと聞こうかな」
なだらかに傾斜する理人の両眉を見て、思いついたことが一つ。
「学校サボって各地を転々としてるってのは、なんで?」
「誰がフリークハイドの活動やってると思ってんだよ」
疲れた様子で渡される言葉。聞くと、特例転校制度を悪用していろんなところで潜入捜査をしているらしい。ますます不憫だ。
「理由、それだけじゃなかったり?」
「勘弁してくれ」
きっと誰かのために苦労を背負い込んでいるんだろう。ようやく私の中で霧島理人という人間の定義が固まってきた。
「さて、そろそろ殴り合いは終わったかな?」
見計らったタイミングで聞こえてきた胡散臭い声。近づいてくるのは当然侭だ。というか、実際見計らっていたんだろう。ため息ついてもいいかな?
「切先のルミナスは倒せた?」
「おかげさまでね」
当てつけに見せたポーションの空き瓶にも通じないフリ。まあいいや。
「そっちの収穫はどう?」
侭は数秒返事をもったいつけてから、胡散臭い笑顔を胡散臭く整える。
「分かったよ。この世界の正体が」
世界の正体。大仰なワードが、曇り空に轟くように響いた。
霧島理人②:彼の能力「創刃閃戟」は大きく分けて特殊な構造の物質を作る「創刃」と構造物を使った攻撃「閃戟」に二分されます。刀を模した技が多いのは本人の趣味に由来します。




