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 スライムを処理しながら道なりに歩き続けて三十分、森を素通りした先には確かに小さな集落ができていた。


 緩やかに傾斜した川と、その岸沿いに家が十五ほど。奥にある大きな屋敷が村長宅だろう。小規模で、のどかだ。近くで焚火でもやっているのか、少し焦げ臭いにおいがする。


「フモトノ村って、まんまだな」


 凪の感想通り、村のすぐ近くには小高い丘が立っていた。丘の上には建物と柵。家畜の放牧場とかがあるのかもしれない。


 木製のアーチをくぐって村の中に入る。そのまま依頼人の家に向かうのもよかったけれど、途中で気になる建物を見つける。束ねた草の看板、そして道具屋の1.33文字。


「寄ってこう」


 勝手に建物に入っていく凪の後ろを追いかけて私たちも中に入る。


「いらっしゃい、道具屋『蟻と髷』へようこそ」


 入るなり聞こえてきたのは野太い声。主はすぐ正面だ。ガラス製の商品棚を境にして、男が立っていた。ハチマキと口ひげで武装した道具屋は、狭い店内に不釣り合いなほど大声でしゃべる。


「冒険に必要な道具は何でもあるぜ。欲しいものがあったら言ってくれ」


 言葉通り、商品棚には剣盾鎧に何かの薬、市販の板チョコ?まで様々なものが置いてあった。


「マゲじゃない」凪の感想。それは私も気になった。

「アリでもないな」理人の感想。道具屋の店主が巨大な蟻だったら、たぶん私は卒倒している。


 とにかく商品を物色する。目当ての地図もあるようだ。値段は百ゴールド。ギルドでもらった銀貨の束と、魔物を倒したら(なぜか)出てきたお金があるから、ほかにもいろいろ買えそうだ。


「みんなは何か欲しいものある?」

「金あるなら鉄の剣とポーションがいくつか欲しいな」

「了解」


 わりと堅実な物品を渡してくる理人。


「板チョコ売ってんだけど、これ食えんのかな」

「一個だけね」


 凪のチョイスには期待してないから、もうこれでいいや。あと板チョコは正直私も気になってた。


「じゃあ、これ買っといて」


 最後に侭に手渡されたのは小さなルーペ。


「なにこれ?」

「お役立ちアイテム。僕はちょっと村の様子を見てくるから、あと適当によろしく」


 息をするように単独行動を開始する侭。文句を言う隙間すらなく去っていく。


「ああ、もう」


 まあ、侭のことだからそのうち帰ってくるだろう。というかもう放っておこう。


「俺も遊びに行っていい?」「凪はダメ」「ひでえ」


 こっちの自由人は一度野に放ったら絶対迷子になる。文句を言いたげな視線を手のひらで撃ち落として、カウンターに向かう。


「これください」

「950ゴールドだ」

「これで足ります?」


 銀貨十枚を手渡すと、店主は一つ一つを検品し始める。どうやら重さや掘り込みを確かめているらしい。変なところでリアリティにこだわる死源だなあ。

 数分ほど待って、「良質だ。9枚でいい」とお釣りと商品を渡してくる。


「また贔屓にしてくれよな」


 品物を凪と理人に手渡しながら、ついでに情報収集を思いつく。


「ちょっといいでしょうか」

「何だ? 欲しいものがあったら言ってくれ」

「この地図の中心に行くにはどうしたらいいでしょうか」

「欲しいものがあったら言ってくれ」

「え、あの」

「欲しいものがあったら言ってくれ」


 店主は壊れたラジオのように同じセリフを繰り返す。


「こりゃ、台詞が設定されてないな」


 後ろから理人が店主の頭を小突く。だいぶ失礼な言動だけど店主は動じる様子もない。


「どういうこと?」

「ゲームとかだとよくあるんだよ。重要じゃないキャラには台詞が数パターンしかないんだ」

「へー。そうなんだ?」


 どうにも理屈に感情が追いつかない。確かに目の前の店主は作り物めいていて、息もまばたきもしていない。でも、人の形をして人の言葉を話すのであれば、そこに感情や魂があって然るべきじゃないか。


「あなたに意思はありますか?」

「欲しいものがあったら言ってくれ」

「イエスの場合は2回、ノーの場合は3回同じ言葉を繰り返してください」

「欲しいものがあったら言ってくれ」


 答えは1回。悲しいことに、会話が成り立つ相手ではないようだ。肩を落としつつも店を出る。


「侭は――いないね」


 店の外に姿はない。どうしたものか。よし、置いていこう。無言で三人の意見が一致し、私たちは村長の家へと向かう。


 村の奥への細い道を歩きながら、少し村の様子を観察する。片側は川、反対側は高めの柵。獣、というか魔物対策だろう。平和そうな見かけに反して、意外と村人たちは苦労しているのかもしれない。そしてやはり、何かが焦げる臭い。


 途中、焦げ臭さの原因を知る。家屋が一軒焼け落ちていた。その横には住人らしき村人がうずくまっている。けれども何を聞いても「俺の家が……」と「火元なんてなかったはずなのに」の二言しか話してくれない。何かありそうではあるけれど、理人の助言でとりあえず無視して先に進む。




「ようこそ、冒険者の皆様方」


 村長の家に向かうと、分厚いメイド服を着こんだ使用人らしき女性が迎え、私たちを客間に通す。振る舞われた紅茶と持ち込みの板チョコで休憩すること数分、村長らしき男が部屋にのっしりと入ってきた。


「私が村長です」

「は、はあ」


 この村の名産品は地ビールです。そう言いたげな恰幅をした村長の言葉によると、村はずれの光の丘に半人半馬の怪物が徘徊しているらしい。


「あそこには私どもの羊もおりますので、このままでは私たちは飢えて死んでしまいます。どうか討伐をお願いいたします」


 一通り事務的な説明を終えたら、途端に屋敷を追い出されてしまった。どうせ文句を言っても同じ受け答えを繰り返すだけなんだろうけど。


「これ、行く意味あった?」

「クエスト情報進んだんじゃないか?」


 理人の指摘で確認すると、確かに状態が進行していた。一項目の「村長の話を聞く」にチェックマークがついている。次の目的は、光の丘で「切先のルミナス」を討伐することらしい。


「切先のルミナスって?」

「話に出てた獣人だろうな。いわゆるボスモンスターってやつだ」

「ボスモンスターって?」

「強敵のこと」

「ふーん、ところで凪は?」

「それは俺も知らん」


 会話がテンポよく進むと思ったら、いつの間にか凪が姿を消していた。さっきまで後ろを歩いてたはずなのに。


「逃げたな、あいつ」


 理人の言葉はおそらく正しい。きっと何か面白そうなものを見つけたんだろう。


「ダメって言ったのに」


 もう一度スマホを開いてゲームログを見る。もしかすると侭と凪のことが書かれているかもしれない。


・アマネは買い物をした。

・ジンは村人Cに攻撃を仕掛けた(威力判定66):攻撃は当たらなかった。

・ジンは村人Dに爆弾を投げた(威力判定66):攻撃は当たらなかった。

・アマネたちは村長に話を聞いた。

・ナギは100ゴールドとかびたパンを拾った。

・ナギは毒状態になった。


「……とりあえず、丘に行こっか」

「ああ。あいつら、どこにいるんだろうな」


 二人の意見は一致した。見なかったことにしよう。




 急ごしらえの二人パーティーで光の丘を練り歩く。とはいえ役割のはっきりしたジョブ二人だ。さほど苦労することなく経験値が溜まる。


 ひらけた場所に出たおかげで分かったことは、魔物が何もない空間から突然現れるということだ。目測で十メートル以上離れた位置にサイコロが出現し、その目に呼応するようにウサギやら蛇をまがまがしくした感じの生物たちが登場する。


「大人数で周りを監視したら魔物出現できなくなったりしないかな。空の慈悲、怒涛が大地を青く染める」

「そしたら空中に出るんじゃね?」

「あー、ありそう。見えざる魔を洗い清めよ。青唱の四十一、清浄の慈雨」


 無駄口を重ねながらも青の精霊術を使って理人を援護する。ここの魔物には水がよく効くらしい。角つきウサギが水圧でぐったりしているのを理人が切り裂いていく。


「なんやかんや言いながら、相当使いこなしてるな」


 戦利品の銅貨を拾いながら理人が私のスマホを指す。


「まあね」

「ところでその青唱ってなんだよ」

「さあ? 侭の呪文についてたから、何となく」


 色の要素が明確にできるし、数字が大きいほど強いという法則も持たせられる。うまくいけば数字と呪文名だけで詠唱を完成させられるかもしれない。


 戦闘に余裕があるおかげで検証は順調だ。新たに三つの特性が明らかになった。


 一つ、詠唱は私の声を正確に認識している。戦闘中の雑音と区別するためだろう。

 二つ、詠唱はスマホに触れてさえいれば、その間は中断できる。

 三つ、中断のインターバルはおよそ一分。間隔が開きすぎると詠唱を終えても精霊術は完成しない。


 そして呪文のストックができるということは、こういう応用もできるということだ。


「お、いたな」


 頂上に到着する。理人の視線の先には、競走馬ほどのサイズのこげ茶の巨馬。首と頭の間には、神話のケンタウロスのごとく人型の上半身が生えている。

 すでにこちらに気づいているようで、黒々とした目玉二つが私を捉える。そびえる二本の角と携えた両刃槍の物々しさからして、あれがボスモンスターとみてよさそうだ。


「切先の、ルミナス」


 ゲームログから名前を確認し、臨戦態勢。どうしよう、凪と侭を待つべきだろうか。


「この辺雑魚ばっかだし、ダイスも味方してるしいけるだろ」


 私の懸案をばっさり切って前に出ていく理人。頼もしいその背中を見て、私の心も決まる。


「じゃやるぞ」

「ちょっと待って」


 突進斬りの姿勢を取る理人を引き留めて、深呼吸。


「最果ての蒼、深淵の盟主よ、全なる命の一滴よ、空を吞む波涛は根源のいざない、地を覆う滄溟は永遠の静謐、群青、嵐牙、クラオカミの血潮、我謳う精霊の契約を――はいオッケー」


 理人が鉄の剣を構えながら突進していく。その背後を少しずれて回り込み、スマホに手を触れ耳元へ。


「浸し流して世界を濯げ、青唱の九十、深域の雨」


 海色の雨粒が矢のごとき速度で降り注ぎ、ルミナスの動きを止める。そのままダメージを確認すると、426。なかなかの威力だ。けれども相手はひるむ様子もなく、こちらに濁った眼を向けてくる。横長の目と、石うすのような歯。


「……草食だ」

「今それ重要か?」


 理人が向かってくるルミナスをせき止めながら声を上げる。


「あ、ごめん」


 慌てて出の早い黄色呪文を唱えながら、再度観察。


 ルミナスは手に持った両刃槍(パルチザンというのだろうか)を振り回し、理人に襲い掛かっている。獲物の長さは二メートルを超え、体格も巨大な武器を操るにふさわしい大きさだ。膂力と遠心力との相乗効果で生み出されるエネルギーはすさまじい量になるはず。


「重っ」


 理人はそれを傘サイズの鉄の剣でしのいでいる。最初は技量の高さによるものだと思ったけれど、それだけでもないらしい。剣戟を受け止めるたび、理人の周囲に何か光る粉のようなものが飛び散る。小さな破裂音も飛んでいる。ここからは見えないけれど、何かの能力を使っているみたいだ。

 けれども悲しいことに、死源には回避や防御というシステムがないらしい。しのいだところでダメージ表記は0にならず、着々と生命力は低下していく。


「二人じゃ厳しいか」


 理人も弱音を吐く。私も呪文のボキャブラリーがいつまでもつか。


「あ、そうだ」


 一つ思い出し、ナップザックから道具を一つ。侭に買わされた遠眼鏡だ。何かの役に立つかもしれない。細長いモノクルを手に携え、敵をのぞき見る。


「切先のルミナス、生命力843/1960」


 見えたのは魔物の名前と生命力。そういえば、マニュアルに魔物の生命力を見る手段があるとか書いてあったっけ。

 戦略を立てやすくなったけれど、見えた数字は厳しい現実。今のペースだと理人が攻撃を完全に防ぎ続けても回復アイテムが足りない。


「あ」


 眼鏡を理人に向けて気づく。このアイテムはどうやらプレイヤーのステータスも見えるらしい。スキルの使用制限はまだ解けていない。レベルは私と同じ11、あとは。


「って理人、回復回復」

「え?」

「もう生命力7しか残ってないから」

「嘘だろ?」


 慌てて一歩引く理人。代わりに私が前に出て、前に出て? さていったいどうしよう。


 自身の倍はあるサイズの生物が、致死性の武器を両手に構え私を見下ろしている。上半身の骨格は人間に近く、盛り上がった肩と胸の筋肉が剛とか暴のつく力を主張し続けている。


「いや無理でしょこれ」


 回避を諦めて両腕を顔の前に持ってくる。前傾姿勢でとにかく頭と内臓だけを守った時点で、飛んでくる極大の一撃。


 衝撃で体が浮くというのは初めての体験だ。世界がちょっとしたスローモーションで映り、遅れて鋭い痛みが左腕に現れる。ルミナスが私を横向きに見下ろしている。いや、倒れてるのが私なのか。


「う、ぐうう」


 痛みで腕の感覚がない。まだくっついてるといいけど、確かめようにも体が動かない。世界と自分との間に透明な膜が張ったみたいな感じだ。ぶつけたのか頭も痛い。黙って現状を受け入れろと言われているようで、少し涙が出る。


 私の現状を見て、ポーションを腕にかけていた理人が慌てて突っ込んでくる。呪文で支援しないと。でも、私の生命力って残ってるのかな? 分からない。痛い。意識が遠のいていく。

「切っ先のルミナス」は突進、斬撃、様子見の三択をランダムに繰り返す行動パターンで動きます。序盤のボスなため難易度は低めですが、低レベル二人で相手をするには少し厳しいと言えるでしょう。

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