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獣の印

 スライム数体を討伐しながら陣形に慣れ、その勢いでつきまといの森に踏み入る。不自然に密集させられた木々は世界の歪さを物語るようで、私の眉も下がる一方だ。


 道中、出てくる魔物はスライムからオオカミにランクアップし、さすがにノーダメージとはいかなくなってきた。けれども陣形を崩さず戦えば苦にならない。今のうちに呪文の法則を頭に叩き込んでいこう。


 まずは色。赤は炎、青は水など、根源たる精霊から力を借りる触媒として、色は重要な役割を持つらしい。これがないと呪文は成立しない。

 現時点で見つけている色は赤青緑白黒黄の六色。知る限りの原色を試してみた結果だから、たぶんこれで全部だろう。


「青き波濤よ、来たれ」


 言葉とともに、小さな水流が前方に飛び出す。当たった。でもあんまり効いてない。オオカミたちは頭を振るって水気を飛ばしているだけだ。青は攻撃には向いてないかも。次の検証だ。


「青き炎よ、渦を巻け」


 しかし何も起こらない。


「天音、色と現象のイメージを合わせないと呪文は成立しないってさっき言ったでしょ」

「分かってるってば」


 こういうのは実際に検証しないと気が済まない性質なのだからしょうがない。というか、青い炎って普通にあるでしょ。呪文の判定はどうもデジタルな感じがして味気ない。


「おーい、呪文まだか?」


 前衛でオオカミ三匹の攻撃を身に受ける理人から、苦情の声。


「あ、ごめん。黄色、春雷、落ち蛇腹」


 雑な呪文で生命力を削りつつ、とどめを理人に任せてスマホを開く。ダメージは2、オオカミはひるんだみたいだ。黄色は雷、低威力で発生速度に優れる、と。覚えた。


・リヒトの攻撃(威力判定6):オオカミに8のダメージ。オオカミCを倒した。


 ゲームログの更新とほぼ同時に、足元に転がるサイコロ。それを見て侭が舌打ちを飛ばす。


「やっぱり、6しか出ないね」


 侭の話によると、TRPGとはサイコロによって判定を行うゲームだ。攻撃の威力も、相手からの防御も、イベントの成否でさえも運によって制限される。実際、途中で出会った強敵「万象のエーベン」なる巨大スライムも、凪のナイフ投げが三連クリティカルを出してずいぶん楽に倒せてしまった。


「これじゃダメだ。有利すぎる」


 侭は忌々しげだ。どんな状況でも1が出れば下振れて、6が出ればうまくいく。その立ち行かなさが面白さなのだと、道中で侭は語っていた。それが蓋を開けてみれば6しか出ないのだから不機嫌にもなる。私としてはプレイヤーへの優遇措置は嬉しさしかないけれど、ゲーム好きとしては思うところがあるのだろう。


「初心者向けの補助なのかもしれないよ」

「初心者からサイコロを取り上げるTRPGなんて僕は認めない」

「まあ、とにかくクエストクリアしよ?」


 めんどくさい腐れ方をしている侭をなだめつつ、森の奥へと進む。


「お、あれじゃないか?」


 前方から理人の声がする。「それっぽいな」と後を追いかけた凪。やけに光が差し込む広場の中央には、一目で特別な存在だと分かる低木が一株根を生やしていた。あれが目的の薬草と見てよさそうだ。


「採るぞ」


 逸る理人を「ちょっと待って」と抑えて推定薬草の木に近寄る。


「一応、観察したい」


 しゃがんで凝視する。白ばんだ緑色の葉がひしめく、五十センチほどの小さな木だ。丸っこい複葉の裏側には薄毛が覆っている。


「ヨモギ?」


 いや、ヨモギにしては枝がしっかりしているような?


「ニガヨモギだね」


 後ろから侭の声。確かに、特徴はニガヨモギと合致する。


「薬草、かなあ」


 どっちかって言うと香料とか防腐剤とかに使われてたはずだけど。やっぱり用途が気になる。

 普通のニガヨモギとは違うのかも。確かめようと枝を一つ折ると、どういうわけか残りの木は光になって消えてしまった。


「あれ?」


 遅れて、ゴーンと、どこからか鳴り響く荘厳な鐘の音。


「クリアか?」


 凪が音に警戒心を見せながらつぶやく。


「いや、こういうのはボスが出てくるはずだよ」


 もう確実に心待ちにしながら侭が言う。言うからにはそうなるのだろう。構えて、敵襲を待つ。


 待つこと数分。


「……来ないね」


 妙だ。侭も首を傾けている。


「あ、そうだ」


 クエスト情報が更新されているかもしれない。アプリで確認すると、依頼文の右上にスタンプらしきものが押されている。ゲームログにもクエストクリアの文字列が並ぶ。


「クリアみたい」


 ログの隣には、もう一文。


・アマネは身構えた。しかし何も起こらなかった。


「……戻ろっか」


 周囲を覆う人数分の虚無。なんだかやるせない気持ちになりつつ、とはいえずっと立ち往生するわけにもいかず、仕方なく森を引き返す。と、ここで異変が一つ。


「痛っ」


 まただ。右手の痣が鋭くヒリつき、私は足を止める。


「どした?」異変を見て凪が近づく。

「いや、なんか痛みが――え?」


 絆創膏を剝がして見ると、例のN型雷が太いミミズ腫れになっていた。痛いのだから当然だ。安静にしていなかったせいか、未知の植生の影響か。一瞬そんな予測がよぎり、すぐに否定される。


「痣が腫れてる」

「マジだ。痛むか?」

「いや、痛むけどそっちじゃなくて」


 指さしたのは目の前。むき出しの凪の右手だ。


「どこかでひっかいた?」

「まさか」


 手の甲の痣は太く赤く、私以上に悪化して見えた。これは死源の意志だ。急いで侭と理人の手も確認する。


「みんな同じだ。どうして?」


 何度目かの、答えの出ない疑問を口にする。


「これは、獣の刻印か?」


 侭が意味深につぶやき、しかし尚早な推測だったのか「いや」と言いよどむ。

 ギルドカードを確認する。ログにはそれらしき情報はなく、生命力にも影響していない。痛みだけが私に困惑をもたらす。少なくとも、絆創膏で抑えつけるのは無理そうだ。


「理人、治せるか?」


 話を振る凪に、首を振る理人。


「打ち身は無理だろ」


 会話の流れからして、理人の能力はケガの治療にも応用できるらしい。それはそうと私の常識はもう完全にダメみたいだね。何も感じないや。


「どっちかって言うと、その薬草のほうが効くんじゃないか?」


 理人が思いついたように私の手元を指さす。


「いやダメでしょ」


 曲がりなりにも仕事として請け負ったのだ。使うにしてもギルドか、あるいは依頼人と直接交渉すべきだ。


「アイテム使用、ニガヨモギ」

「あっ」


 私の葛藤を吹き飛ばす凪の一声。若干イラっと来たものの、効果を待つ。


「……何も起きないな」


 理人の言う通りケガは治らず、幸運にも薬草が消滅することもなかった。とりあえず抗議の視線は入れておこう。


「一度ギルドに戻ろう」


 侭の撤退案に全員が賛成し、私たちは森を後にする。




 ギルドに戻り、半信半疑のまま枝付きニガヨモギを受付に提出する。お姉さんは板ガラスで物品を透かして検めたあと、書面に必要事項を書き込んでいく。


「確かに確認いたしました。クエスト完了です。ありがとうございます」


 この暫定ニガヨモギはちゃんと目当ての薬草だったらしい。百五十ゴールドを安堵と一緒に手渡され、ひと息つく。


「おめでとうございます」


 引き返そうとしたところで、受付のお姉さんが平坦な声で告げる。


「魔物の討伐数が十を超えましたので、Eランクに昇格です」

「あ、はい。ありがとうございます」


 けっこう道中で怪物を倒したからか、あっという間に昇格してしまったらしい。ランクが上がったら何があるんだっけ?


「魔物の討伐数が二十を超えましたので、Dランクに昇格です」

「え?」

「魔物の討伐数が三十を超えましたので、Cランクに昇格です」

「はあ」


 どうやら、冒険者ランクとはそういうシステムらしい。達成感も情緒も何もなく、私たちはエリート街道を駆け上がってしまったようだ。手渡される銀貨の詰まった布袋。


「あなた方はこのギルド始まって以来類を見ない、優秀な冒険者です。Fランクなどという低級位から始めさせてしまい申し訳ありません。今後ともなにとぞお力添えをお願いいたします」

「ええ、はあ。まあ」


 深々とお礼をされて奇妙な感覚だ。とりあえずカードを受け取って場を離れる。


「冒険者って、こんなに簡単な職業なの?」


 どことなくバカにされているような気がして、侭に尋ねる。


「下積み生活なんてやっててつまらないでしょ」

「……なるほど?」


 低ランクの仕事はさっきみたいな薬草探しがメインなのだという。TRPGという遊戯の土壌に当てはめると、確かに低ランクの仕事を繰り返すのは面白みに欠けるかもしれない。


「世界観を理解して、本番の討伐クエストってわけだ」


 侭が指さす先にはクエストボード。やはり読めない文字ながら、最上段に貼られたクエストに描かれた竜の絵が、高ランククエストの難易度を主張している。


「よっしゃ、ドラゴン退治だな」

「ストップ」


 意気軒高とクエストボードに向かう凪を言葉で止める。


「何だよ天音」

「ドラゴンはやめよう?」

「なんでだ?」


 まったく理解できていない凪。恐ろしいことに隣の侭も同じ顔だ。私は歪む視界を自覚しながら、場を制する文句を考える。


「危ないから」


 そもそも、死源の異能によって私たちは手に傷を負わされている。生命力が減ればその分のフィードバックが来るかもしれないし、ゼロになった場合のリスクも検証できていない。コルクボードの絵から見て、ドラゴンは私たちの数倍のサイズだ。オオカミより数段強いに違いない。となると、今の段階で戦うべきではないだろう。


「なるほど。天音は勝てる勝負しかしたくないと。残念だよ」

「そんなのやってみないと分からないだろ」


 私の説得に対し、侭と凪は不満げだ。だからそう言ってるんだってば。


「理人はどう思う?」


 一歩引いて私たちのやり取りを見ていた理人に話を振る。


「そもそもレオデキャイア討伐のクエストは未解禁だろ」

「へ?」

「それに立地も悪い。讃美歌の塔までは近いけど、途中湿地を横切るのが気になる。装備で対策すべきだ」


 すらすらと繰り出される謎の専門用語。その情報源はどうやら、壁に貼られた依頼書と壁画たちにあるらしい。


「ちょっと待って。理人あの文字が読めるの? 何語?」

「何語って、そりゃ日本語だろ」


 驚いて尋ねると、平然と答えが返る。


「いや、日本語じゃないじゃん」


 壁にかかれているのはミミズが吐きながら踊り狂ったような謎言語。日本語というにはあまりに複雑だ。


「よく見ろ。ベースはひらがなだ。文字がごちゃごちゃしてるのと、六文字分ずれてるから読みにくいだけだ」


 怪訝になりながらもドラゴンの横に書かれた但し書きを注視する。確かに「こてをかせまれせり=えすらんくのやくめ」の文字が押し固めて表現されていた。


「……ほんとだ」

「とりあえず、Cランクだな。候補を選んでくるよ」


 クエスト用紙を物色し始める理人。私は後ろでしょげている凪の肩をつつく。


「理人って、何者?」

「ただのクイズ好き」そっけなく言い放って、「ドラゴン後回しかあ」と未練たらたらだ。


 しばらくして、理人が紙をつかんで戻ってくる。


「手ごろなの持ってきてやったぞ」


 手渡された紙には、魔物退治の暗号文字。「切先」なる獣が丘に住み着いて住民たちが困っているらしい。依頼人は村長だ。


「さっきの依頼も同じ村からだったよね。フモトノ村って」


 死源のサイズがどの程度かにもよるけど、意外と狭い世界なのかもしれない。


「地図とかあればいいんだけど」


 つぶやくと、「道具屋なら売ってるかもね」という侭の声。同じ村ということはさっきのニガヨモギを売っている店もあるはずだ。行ってみる価値はあるだろう。


「決まりだな」


 勝手に総意をまとめた凪が手続きを済ませ、二度目の銅鑼が鳴る。目的地はフモトノ村の光の丘。やってやろうじゃないか。

この死源における通貨単位はゴールドです。描写外で「銀貨や銅貨もゴールドなのはなぜなのか」という質問を天音が繰り返し、侭をうんざりさせています。

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