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ランダムエンカウント

 アクリル絵の具と液体のり、それからホウ砂。それらを混ぜ込むと、ポリビニルアルコールの組成構造がホウ砂によって強固になるらしい。目の前でのそりのそりと動くそれは、小さいころに理科の実験で作ったゲル状物質を巨大化したような姿かたちをしていた。


「スライムだ」


 同じ感想に至ったのか、侭が指を鳴らす。


 小さめのカマクラ程度の大きさの、青いスライム。見ようによってはかわいらしいとも言えるけど、半透明な体の中には獣の頭蓋のようなものが浮かんでいて、私を油断させない。これが受付のお姉さんが言っていた魔物というやつなのだろうか。


 前提を踏まえて再度スライムを観察する。こちらに対して警戒はしているものの、表立って敵意を振りまいてはいないようだ。そもそも意思があるのかも疑わしいけれど、今のところは怪物というよりそういう生態の生き物という印象だ。


「おい侭、これどうすんだ?」


 スライムは小道を塞いでいるけれど通れないほどでもない。害がないなら逃げてもいいし、危険なら逃げるべきだ。凪も迷っているのか、小石をスライムの前に投擲して近づけないことにとどめている。


 侭はスライムをじっと見て、理人から棒を奪い取って近づいて、おもむろにそれをスライムの体内に突き刺した。


「とりあえず、いろいろ試してみようか」


 悲鳴なく体液を噴出させるスライムから離れながら、朗らかに言う。


「試すって、何を?」


 恐る恐る聞いてみる。


「そりゃもちろん、攻撃して弱点を探るんだよ。火とか効きそうだね」

「え、殺すってこと?」

「人聞きが悪い。モンスターを倒すだけ。あれは生き物じゃない」

「いや、微妙だけど生き物でしょ」

「解釈によるね」


 目で困惑を訴えても、侭は涼しい顔のままだ。


「幸いにもあれは粗製濫造の疑似生物、死源の部品だ。なんにせよ倒さないと経験値は手に入らない。きれい事を言うのは勝手だけど、仕事はしてもらうよ」


 嫌な言い方するなあ。でも侭の言葉は正しい。私も気持ちを切り替える。


「じゃあ戦うってことでいいんだな」


 凪が能力を発動し、数発の小石をスライムに叩き込む。ぶつかった部分が陥没し、石がめり込み、身じろぎする。けれどもそれ以外には何も起こらない。


「これ効いてるか?」


 スライムはふよふよと流体を近づかせ、凪に攻撃する。遅いから当たらないのだけど、異変に気づく。


「また、サイコロだ」


 さっきまで何もなかったはずの地面に、白いサイコロが一つ転がっている。それを拾い上げながら、侭が小さくうなずく。


「どうやら凪の行動は攻撃とみなされていないみたいだね」

「どういうことだ?」


 問われた侭はサイコロを凪に投げる。サイコロは凪に届く前に空中で塵に変わり、私たちを驚かせる。


「これは行為判定だ。TRPGにおいて、確定していない事象の顕現には神の意思、つまりサイコロの判定が付きまとう」

「そういや前もサイコロ振ったな」

「僕は今、スライムの攻撃と同時にサイコロが出現するのを見た。逆に凪の時は何もなかった。どういうことか分かる?」

「分からん」


 早々に諦める凪はともかく、私と理人は侭の意図するところに気づく。


「凪がちゃんと攻撃できてたら、もう一つサイコロが出てたかもってことだよね?」

「そういうこと。凪の攻撃はゲームのフォーマットに準拠していないんだ」

「じゃあどうすりゃいいんだ?」


 首をかしげる凪。そこで私は思い出す。


「ちょっと待って。マニュアル読んでみる」


 スマホを開いて情報を確認する。マニュアルアプリの目次には、「戦闘」の項目が見えた。上から斜め見し、重要そうなところを読み上げる。


「魔物への攻撃時は、ギルドカードに触れながら行動を宣言しよう。ステータスと宣言をもとに判定し、ダメージが与えられるぞ」

「攻撃宣言? 殴ります、とかでいいのか?」


 凪が発現した瞬間、サイコロが出現する。


「うわ」


 驚く間もなくサイコロは地面に落ち、少し転がって6の目を示す。その光景をしげしげと眺める侭。


「6はクリティカルかな。サイコロ一個だから弱めの攻撃が行われたとみるべきか」

「なあこれ、効いてる?」


 律儀にスライムにパンチを繰り出してねばねばに辟易する凪。それを横目にマニュアルを読み進める。あ、戦闘のヒントの項目があった。


 通ったダメージをゲームログで確認して有効な攻撃を探ろう。特別な道具があれば相手の生命力も見られるぞ。なるほど。マニュアルをいったん閉じて、今度はログアプリを開いてみる。


「おお」


 思わず感嘆の声が出る。そこには私たちの行動をさかのぼって記録する文章がいくつか書かれていた。


・リヒトはボロの棒を手に入れた。

・エンカウント(レベル判定66):スライム3体が現れた。

・ナギは何もしなかった。

・スライムAの攻撃(威力判定6):ナギに0のダメージ。

・スライムBの攻撃(威力判定6):ナギに0のダメージ。

・ナギの攻撃(威力判定6):スライムに2のダメージ。


 履歴が中途半端だから、上書き形式で数行分だけ記録するタイプのログみたいだ。目当ての情報もちゃんとある。


「あんまり効いてないっぽい」


 ダメージの基準値を私たちの生命力と等価とすると、2という数値は決して高くはないだろう。その間にもスライムの攻撃を示すログが一行更新される。相手が弱いのかダメージは今回もなし、ひと安心だ。


「どうすりゃいい?」


 お互いに攻撃が効いていないことが分かって少し緩んだのか、凪が戦闘を止めてこちらに来る。「交代」と近場の理人に任せている。


「何かヒントがあるといいけど」


 再び戦闘の項目を探し、ちょうど役立ちそうな記述を見つける。


「『プレイヤーのジョブにはそれぞれ固有スキルがあるぞ。ギルドカードに触れて発動を宣言することで、戦闘や探索に様々な効果を及ぼすのだ』、だって」

「戦士のスキルってどんなのだ?」


 攻撃を連呼しながら棒を振り回している理人からの注文。数ページ進むと、一番最初の項目に書いてある。


「『渾身の一撃』と、『鉄壁の守り』が使えるみたい」

「オッケーやってみる」


 理人はスマホに手を添えて「渾身の一撃」と宣言し、そのままスライムを棒で叩く。

 棒が触れた瞬間、スライムは破裂音とともに飛沫となった。


「え、ええー?」


 慌ててゲームログを見直してみる。


・リヒトは渾身の一撃を使った(威力判定6):スライムに128のダメージ、スライムを倒した。


「……強いね、スキル」

「バランス悪くないか?」凪も首をかしげる。

「だよね。あっ」


 不安を感じつつもマニュアルに目を戻し、威力の理由を知る。


「ごめん、理人」

「何だ?」

「スキルには回数制限があるんだって。攻撃と防御それぞれ一日一回ずつ。使いどころを考えようって書いてあった」

「おう、マジか」


 理人は特に気にしていないようだけど、侭は渋い顔をしている。私と同じ感触らしい。もしも強敵との闘いがスキル使用を前提にしていた場合、今の一撃を使ってしまったのは大きな損失になる。


「今のうちに各自のスキルを確認しておいたほうがよさそうだね」


 侭の言葉に従い、私はマニュアルをさらに読み解く。


 戦士は高い攻撃力と生命力でパーティーを守る戦闘の要。一日一度の必殺技の使いどころが重要だ。


「重要だったんだな」理人は他人事だ。

「うん、ごめんね」

「いいよ別に」


 時間経過で再使用可能になるとはいえ、一日かかる。今日ここで野宿しない限りはもう使えないと考えるべきか。


「ゲーム内の一日が二十四時間とは限らないけどね」

「ふーん」


 まあ、その辺の仕様もいずれ分かるだろう。マニュアルを読み進める。次は盗賊だ。


 盗賊は敏捷と窃盗・鍵開けのスキルを活かしてフィールド探索を有利に進められる。戦闘ではナイフ生成のスキルが役に立つ。


「へえ。ナイフ生成」

「あ、ちょっと待って」


 説明を聞きながら即座にスキルを使う凪。もう少し慎重になってほしい。


 言葉とともに凪の手元に刃渡り七センチほどの刃物が出現する。サバイバルナイフというより果物ナイフに近い細さで、鋭さはおもちゃ寄り。


「で、これどうすんだ?」


 ナイフをしげしげと観察している凪に目でクレームを送って、マニュアルを読み進める。幸いにもナイフ生成に回数制限はないらしい。通常攻撃の延長として扱うようだ。


「敵に投げろって書いてあるよ」

「なるほど」


 手首のスナップを利かせて投擲されるナイフ。風を切って空を裂いたそれは二体目のスライムに突き刺さり、5のダメージを与えて消滅させた。威力はそこそこ、使い勝手がよさそうだ。


 次は錬金術師。錬金術師は魔力を消費して任意のアイテムを生成できる後衛職だ。戦闘では爆弾や罠をうまく使おう。強力なアイテムは魔力を大きく消耗するから注意が必要だ。同じアイテムを作り続けると威力が下がるので、クリエイティブも重要になるだろう。


「だってさ。侭、何か作ってみて」

「了解」


 少し思案して、侭はスマホに手を当てる。


「アイテム錬成:瓶入り酢酸フェニル水銀」


 侭の手元に液体で満たされた小瓶が出現する。名前に覚えはないけど、侭のことだからどうせ劇物だろう。


「そら」


 侭の手元から放物線を描いた小瓶は、その先にいたスライムを霧に変えた。25のダメージだ。これも強い。


 もう一度スライムを探し出して、最後に精霊術師。精霊術師は言霊を介して魔法を使う後衛職だ。世界と精霊に響きよい呪文ほど強力な一撃となる。君のセンスが試されるぞ。


「響きよい呪文って、どういうことだろう?」


 とりあえず侭に話を振ってみる。


「ああ、詠唱が必要なんだね」

「詠唱」


 魔法使いが唱える呪文みたいな感じだったっけ? 具体的なイメージが持てずにいる私に、侭が助け舟を出す。


「いくつかサンプル教えるから、唱えてみてよ」


 口頭で三つほど呪文の詠唱とやらを教わる。


「……それ、本当に言わなきゃダメ? ちょっと恥ずかしいんだけど」

「TRPGってそういうゲームだから。慣れてよ」

「うーん」


 気は進まないけどシステムでそうなっている以上従わないわけにもいかない。スマホに手を当てて、教えられた呪文たちを順番に唱えてみる。


「赤き炎よ、来たれ」


 何も起こらない。


「あれ?」


 もしかして騙された? 侭を見るとにやけ面をしている。


「ちょっと、どういうこと」


 けれども手を振り上げた瞬間、その手のひらから小さな火球が発生する。


「わっ」


 なるほど。効果が発生するのはスマホから手を離した瞬間なのね。ほかのスキルと違うのは詠唱システムの都合なんだろうけど、逆に言うと呪文を唱えたままホールドし続けるなんてこともできそうだ。面白い。


「面白いのは分かったから、とりあえず僕に謝ってほしいな」

「あ、ごめん」


 微妙に焦げ臭い侭をおざなりつつ、状況を確認する。


「凪、ダメージは?」

「3だな」


 予想通り、低い。スライムが飛ばしてくる粘液をどうにかかわして次弾を放つ。


「紅蓮の眷属よ、赫灼の渦より出でて敵を爪弾け」


 出てきたのは手のひらサイズの火球。ごうごうと音を立てそうな勢いで燃え盛り、スライムへと一直線に命中し、消滅させる。


「15ダメージだな」


 オブザーバーの凪の報告。ちょっと恥ずかしいけど、いい火力だ。そのまま三つ目の呪文を唱える。


「理人、悪いけどちょっとスライムの攻撃引き付けてくれる?」

「時間かかるのか?」

「けっこう」


 侭が渡してきた三つ目の呪文は、おそらく最大威力の検証に使うようなものだろう。耳慣れない単語が並び、ずいぶんと魔術めいている。

 スライムの前衛対処を理人に任せ、一つ一つ詠唱を進めよう。


「紅蓮の王よ、空仰ぐ赤熱よ、揺らぐ導きの灯火よ、夜を照らす茜は星々の猛り、火種を束ねるは朱雀の嘴喝、蠢動、発破、アマテラスの頂、我謳う精霊の契約を、燃やし焦がして焼き尽くせ、赤唱の八十六、闇不知――陽炎」


 息が切れるほどの長さの呪文を待って、現れたのは二メートルを超える大火球。驚く間もなくスライムが蒸発する。


「ダメージ260。かなり高いな」


 凪も感心しながら画面を見せてくれる。


「呪文が長いほど威力が高いってこと?」


 聞くと、侭の返事はノー。


「最終的な基準はGMに委ねられているけど、長いだけじゃだめだ。一般的には、呪文の内容が具体的で、語感はリズムよく、かつ神秘を感じる単語があればいいってことになってる。精霊に言葉を差し出すんだ」


 要するに、平安時代の歌合みたいなものらしい。早い段階でゲームマスターが何に神秘を感じるかの法則を突き止めないと。


「ちなみにさっきの呪文は即興で考えたの?」

「いや、普段からストックしてるうちの一つだけど」

「……そうなんだ」


 それから私たちは小道を歩きながら数体の敵を倒し、戦いの感覚をつかんでいく。


「生命力の高い理人で前方を固めて、脇から僕と凪とで投擲攻撃、敵が堅いなら時間稼いで天音の呪文で決着をつける、って感じかな」


 三人に異議はなし。戦闘の方針が決まった。


「よし、それじゃあチュートリアルを終わらせようか」


 意気揚々と踏み出す侭。その上機嫌につられたわけじゃないけれど、なんだかこの死源の構造が好きになれそうな気がしてきた。

物語的に大した意味はありませんが、精霊術は詠唱に応じた現象を死源が起こすのではなく、そういう性質を持つ能力そのものを死源が一時貸与することで成り立っています。

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