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ファジー・ファンタジー

 部屋を出て受付に戻り、一人ずつ書いたキャラクターシートを差し出していく。


「お願いします」

「承りました。こちらがギルドカードです」


 シートと引き換えに渡されたのは、手のひらサイズの板状の物質。


「ギルドカード、ですか」

「はい。冒険者としての技量や実績を示すものです。簡易ですが身分証にもなるので、領主の許可が必要な土地への通行証としてお使いください」

「カード?」

「ご不明な点はありますでしょうか?」

「……いえ。ありがとうございます」


 手元のギルドカードを観察する。硬質で、手のひらに収まるサイズで、艶めいていて、六インチの画面があって、カメラ機能があって、裏面にはEM社のロゴ。たぶん電話もできるだろう。


「スマホだこれ」


 使い方が想像しやすいからありがたくはあるんだけど、舞台設定が台無しだ。


「あちらのクエストボードからランクに応じたクエストをこちらへお持ちください。手続きをいたします」


 手で示された先にはコルクボード。やはり、あそこから課題をこなしていくようだ。識字率が低いと助かるんだけど、どうかな。死源の絵心に期待しよう。お礼を言って、凪たちのもとに戻る。


「これ、スマホだよね」尋ねると、全員が怪訝そうな顔でうなずく。

「これもこういうもの?」

「違う、と思う」


 侭に意見を求めると、首は横に揺れる。彼の中のTRPGについての常識が更新されている最中なのか、珍しく不自然じゃない苦笑いだ。


「まあ、違和感はともかく、いろいろできるみたいだよ」

「ふうん」


 スマホの画面をタップしてみると、いくつかのアプリがインストールされていた。ステータス、マニュアル、ゲームログのアイコンが見える。幸いにも日本語対応済みだ。とりあえずはステータスを開いてみよう。


 キャラクター名:アマネ、精霊術師レベル1、筋力20、敏捷20、知力20、生命力20、人間性50。


 気になる項目が二つ。


「ねえ侭、この精霊術師って何?」


 画面を見せると侭は興味深げにのぞき込む。


「ジョブ、いわゆる職業だね。魔法使いとか戦士みたいな。それぞれ固有のスキルが使えるはずだ」

「じゃあ私は精霊術とやらが使えると」


 侭は軽くうなずく。


「おそらく精霊術っていうのは、この世界における魔法みたいなものなんじゃないかな? この辺はゲームマスター次第なところはあるけど、同じような設定なことが多いから」

「ふーん。ゲームマスターっていうのは?」

「進行役。カジノのディーラーが近いかな」

「なるほど」


 そうなると、今回のゲームマスターは死源そのものか。構造を整理すると、前回の死源と同じく異空間の謎を解くことになりそうだ。納得しつつ、もう一つの項目を指さす。


「この人間性ってステータスは?」

「これはちょっと見たことないな」


 肩をすくめる侭。


「ステータスが設定されるからには、何かしら人間性を試されるイベントが用意されるんだろうね。悪道を進むか善性を貫くか。この死源が僕らに求める正義はいったいどっちかな。いやあ困ったなあ。これは困った。きちんとシナリオを読み解かないと」


 侭は口をやや仰角に歪めながら苦言を呈する。


「……もしかして侭って、ゲーム好き?」


 思い返すと侭の部屋にはテーブルゲームが並んでいたし、休みの日に見かけたのもゲーム屋の類だった。当人は「それほどでも」とへらへら返すも、隣から凪が「嘘つけ」と横槍を入れる。


「休みの日に一人でチェスやる変人のくせに」

「棋譜並べだ。全世界のチェスプレイヤーに謝れ」


 それも個人の趣味としてはけっこう暗い気がする。というか凪も見てたなら相手してあげればいいのに。

 まあ、侭の日陰趣味は置いておいて、そろそろ話を進めよう。


「三人のジョブはどんな感じ?」


 ギルドカードを借り受けて見てみると、凪は盗賊、侭は錬金術師、理人は戦士のジョブが割り当てられていた。侭は「ステータスの配分で決まったのかもね」と推測する。侭によると盗賊は犯罪者ではなく、斥候の役職らしい。斥候ってなんだっけ。


「人間性はみんな50なんだね。なんだろ、このステータス」


 つぶやいてみるも当然答えはなし。分からないことに時間を割きすぎるのも悪手だし、少しずつ手探りで調べていくしかなさそうだ。


「じゃあとりあえず依頼をこなそうか」


 意気揚々とクエストボードに向かう侭をぞろぞろ追いかける。




「はい。確かに承りました」


 受付のお姉さんはクエストの書かれた紙を受け取りながら、目的地への道のりや報酬の受け取り方などについて簡単な説明をしてくれる。仕草は自然、発音も流暢だけど、現実離れした外見のせいか、なぜだか人間味がない。


「Fランクの採取クエストですが魔物の出現報告もあります。くれぐれもお気を付けください」

「あ、はい」


 私たちが受けたクエストは、つきまといの森での薬草探し。というものらしい。侭が勝手に選んだから詳しくは知らないけれど、響きからして難しくはなさそうだ。まじないなのか大仰な銅鑼が鳴らされ、その音に追い出されるように建物を出る。


 馬車が通れる程度に舗装された道に沿い、私たちはぞろぞろ歩く。「こういうのは縦並びだよね」という侭の謎のこだわりにより、先頭を凪、理人、私そして侭と続く。


「森ってあれか?」


 凪が片手で距離を測りながら言う。視線の先には確かに黒ずんだ木々の密集地帯があった。距離もさほど遠くなさそうでひと安心だ。

 とりあえず道なりに歩きながら、歩きスマホで死源を探る。


「ねえ、この薬草って何?」


 クエスト内容:薬草三個の納品、依頼主:道具屋「蟻と髷」の店主。いつの間にかスマホに追加されていたクエスト情報アプリで依頼内容が映す。続く文章は簡易なガイドで森へ行くことを示唆しているけれど、採取対象の品種が書いていない。


「薬草は薬草だろ」


 すぐ前の理人がキョトンとした声で答える。


「薬草にもいろいろあるでしょ。ヨモギとかアロエとか」

「ああ、そうなん?」


 依頼人が道具屋、この場合は薬剤店だろうか、そこの店主である以上、目的とする薬効があるはずだ。いや待てよ。普段売るものならちゃんと仕入れ先があるはず。何か特別な植物を特別に依頼したのか、あるいは懇意の業者に何か問題が起きてギルドを頼らざるを得なくなったとか?


「俺はやっぱ、ただの薬草だと思うけどなあ」


 理人は深く考えない性質なのか、道端で拾った木の枝を振り回しながら歩く。私にはその「ただの薬草」が分からない。

 頭を抱える私を見かねたのか、後ろから侭の助け舟。


「薬草が何かは森に着いてから考えるといいよ。TRPGってのは過程を楽しむ遊びだから」

「過程?」

「そう。あの森に生えている薬草は一種類だけで迷わないかもしれない。迷った末に一つだけを持ち帰る必要があるかもしれない。モンスターの乱入でそれどころじゃないかもしれない。そもそも僕らの目的は死源の中心であって、クエストクリアじゃない」

「あ、そういえば」


 うっかり世界にのめり込んでしまっていた。猛省しなければ。また侭になじられるかと思ったけれど、意外なことにその顔は朗らかだ。


「この死源に限っては、そのほうがいいかもしれないよ」

「どういうこと?」

「世界がゲームに基づくのなら、クリアすればいい。謎解きよりも簡単だ」

「普通のてぃーあーるぴーじーだと、何をしたらクリアなの?」

「いろいろあるけど」


 侭は少し考えてから答える。


「一番オーソドックスなのは、ラスボスの撃破かな」


 続く説明によると、ゲームマスターが定めた強力なモンスターを打ち倒して世界を救ったりするらしい。


「敵を倒せば世界が救われる? どういうこと?」

「悪い魔物がいるんだよ」


 侭は鬱陶しそうに私の知らない不文律を説きながら、自分のスマホの角をコツコツと指でつつく。


「そのためにはクエストをクリアしてお金を貯めたり、レベルを上げてステータスを強化する必要があるんだ」


 ステータス画面にもレベル1の表記があった。あれを上げるとステータスが強化されて、強化されるとどうなるんだろう。


「そういう意味では、そろそろ出るかも」

「え?」


 侭の意味深な言葉。それに驚いたのかは分からないけれど、不意に私の足はもつれる。靴底に硬い感触。足を止めて観察すると、白い立方体が二つ。


「サイコロ?」


 六の面が二つ。スマホに続いて文明レベルに合致しない、量産品のサイコロだ。


「二人とも気を付けろ」


 前方から鋭い声。理人が後ろ歩きでこちらに近づいてきていた。


「どうしたの?」


 理人は一瞬険しい顔を見せたあと、正面を指さす。


「敵襲だ」


 数メートル前方、凪の背中を通過した先にはモンスター。文字通りの怪物がいた。

気まぐれに侭のチェスに付き合った結果ボロ負けして死ぬほど煽られた経験があるため、凪は侭とチェスや将棋などのゲームでは遊ばないと心に決めています。

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