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さいしょからはじめる

 南の大地に新幹線で五時間、それから駅を乗り継いで、歩くことさらに三十分。見えてきた一千メートル級の山の途中に死源はあるらしい。だから私は山岳登山部よろしく歩く。


 二か月前、まだよく分からない存在だった二人との旅行は、手放しで楽しむには不安と危険が多すぎた。理を外された世界、常識を崩壊させた男ども、そこで出会った黒塗りの敵意。思い出しても臓腑の根元がぎゅっと締まる。


 前を歩く侭と凪を見る。縁があり恩もあり、私はとうとうこの二人の友達になってしまった。友達との旅行は楽しいものだ。たとえそれが人でなしであっても、私はそう信じたい。


 そして、後ろを静かについてきている霧島理人。表情に険しさはないけれど、ときおり鋭い眼光で私を見ているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいだろう。ストーカー騒動が尾を引いているのか、まだ少し苦手意識がある。


「天音はさ――」

「うぇっ?」


 ずいと距離を詰めて声をかける理人。思わず変な声出しちゃったじゃない。


「何?」

「いや、天音こそなんで、あいつらについてんのかって思ってさ」


 視線の先は当然凪と侭。わき目も振らず緑の秘境をひた歩き、私たちのために二本もけもの道を作ってくれている。


「あいつら変人だろ? 非常識で、外道だ」

「うん」

「見たとこ常識人の天音とは合わないんじゃないか?」

「まあね」


 理人の言う通りだ。私は二人に振り回されっぱなしだし、きっとこれからも振り回され続ける。それがよいか悪いかはともかく、よくある友達関係じゃないのは事実だ。


「でも、人の縁って理屈じゃないから」

「……なるほど」


 私の言葉に彼なりの納得を得たのか、理人はそれ以上問いを投げることはしなかった。無言のままに山道を登り切り、山の七合目でひらけた場所に出る。


「見えてきたね」


 肩で息をする侭が指さす先には、この前と同じ立ち入り禁止の立て看板。やはりロープと看板だけの簡素な閉鎖がされていて、触れると跳ね返される点も同じだ。となると、この向こうには異空間が広がっているのだろう。


「さて、今回は、何が出てくる、かな」

「酸素いる?」


 足を止めて疲れが噴き出している侭に酸素のスプレー缶を渡して、深呼吸。土と水の濁った清らかさ。親しみやすく染み渡る、田舎の空気だ。


「用意周到だね」


 O2の補充を終えた侭から缶を受け取ってナップザックにしまう。


「一応ね、一応」


 入ったら宇宙空間でしたみたいなパターンがないとは言い切れない。そうでなくても混乱で酸素が足りなくなるだろうし。


「開けるぞ」


 凪が返事を待たず空間に鍵をかざし、歪みに風穴が開く。そしてそのままノータイムで先陣を切って行ってしまった。


「おい待てって」後を追う理人も時空の彼方に消えていく。

「凪はせっかちだな」


 侭も前に倣うのかと思いきや、なぜかその足はブラックホールから少し離れた場所。


「もしかして、またゴミ拾い?」

「今日は先客なしかな」


 指先にぶら下げるのは死源の鍵。そういうことか。死源の鍵は三回人を通すと穴を閉じてしまう。今日は四人だから、必然的にもう一つ鍵を使うことになるわけだ。


「本来僕の鍵は予備用で使うつもりはないんだけど、天音がいるから仕方ないね」

「私帰ってもいいよ?」

「この人でなし」


 鏡必要になるなんて聞いてないんだけど。


 呆れる私をよそに淡々と入り口を開き、一往復半。あっという間に侭はこの世界から消えてしまった。仕方ない。人手がないと言うのなら、助けてあげようじゃないか。




 世界を渡る透明な感覚。途端に去来する、違和感。

 灰色の膜を越えて視界に広がるのは、やや原色の強い山林、建物、土の道。鳴りを潜める暑さが、ここが異界であると主張する。


「うわっ」


 思い切り踏み外してしまい、体勢を崩す。何事かと思ったら地面が平坦なだけだった。完全に隔絶された空間だからこそのトラップだ。こうなることは予想すべきだったか。


「天音はどんくさいなあ」


 ムカつく声で差し伸べてくる侭の手をつかんで起きようとして、また違和感。


「痛っ。……あれ?」


 右手を見ると、赤い線ができている。道なりにヤマウルシだかなんだかが生えていたから、知らぬ間にかぶれてしまったのかな。いや、記憶にない。それになぜか、つかんだ侭の手にも同じく腫れ。


「雷マーク?」

「いやNだろ」


 隣で凪と理人の声もする。彼らも謎の痣に気づいたらしい。言われてみれば、手の甲に刻まれたジグザグは、何らかの文字か模様に見えなくもない。


「何の刻印だろうねえ」


 侭が訝しげに息を漏らし、手の甲をなぞる。


「カッコつけてないで消毒」


 山道歩いてきた手で傷口にさわっちゃダメでしょ。ナップザックから消毒液と絆創膏を取り出して侭に手渡す。


「まったく、過保護すぎるよ」


 消毒液を一周させてひと息。落ち着いたところで、そろそろ三つ目の違和感に取り掛かろう。


「あれ、建物だよね」


 指さした先には最初に目に映った建築物。コンビニエンスストア四つ分くらいの大きさの、横長の平屋建て。建材に華美な装飾はないけれど、目立った傷みや汚れもない。人の手が定期的に入れられている。


「山小屋?」


 間の抜けた声を出す凪。当然そんなわけはない。山小屋にしては大きすぎるし、そもそもここはもう山じゃないし、あと山小屋にはよく分からない文字で看板なんて書かれてない。


「侭、あれ読める?」

「いや、僕らの言語じゃないね」


 英語でもなく、中国語でもなく、ロシア語でもない。何らかの法則性をもって書かれたそれが文字であることは想像に難くないけれど、内容をうかがい知ることはできない。奇妙なほど赤くて青い森の色合いも合わせて、ここが異界であるという感覚だけが突きつけられる。


「何してんだ、入ろうぜ」


 ずいと歩き始める理人に、後を追う凪。侭は建物の文字を意味ありげに眺めていたけれど、結局二人と同じ結論に至ったらしい。私にも目配せしつつ、建物に向かう。




 観音開きの扉を押して、建物に入る。ややホコリっぽい空気と、歩き古されて艶のないニス塗りの床。人が住む場所よりも仕事場や寄合の印象を受ける。なんというか、歴史の教科書に書いてあった商会館のような感じだ。

 天井には水晶のような謎の光源、奥の壁には張り紙だらけのコルクボード、その横にはカウンターがあり、仕切りの向こうで分厚い女給服を着た女の人が笑っている。


「へ?」


 もう一度見る。やはり女性だ。髪が長く、少し栗色をしていて、笑顔でこちらを見ている。外国人の先客? そんなまさか。迷い込んだ人間というには、少し空間に調和しすぎている。


「どういうこと?」


 隣の侭を見ると、こちらもどういうわけか渋い顔をしている。


「死源にはときおり、モンスターが発生することがあるんだ」

「言ってたね」

「……モンスターとはすなわち疑似的な生物。それが知的生命体を模して創造される可能性も、まあゼロじゃないってことだよ」


 ため息とともに侭は「あれが本当に死源の副産物ならだけど」と諦め混じりに付け加える。

 カウンターの主は私がじっと見ても、手を振ってみても、愛想笑いをしてみても、ずっと笑い続けている。自然だけど、不自然に不気味だ。

 先に入った二人から情報を得ようとしたけど、別の部屋に向かったのか見つからない。諦めて侭をもう一度見る。


「危険は?」

「モンスターよりマシ。知的だから」


 どこか投げやりに聞こえたけど、今は信じるしかない。コルクボードに興味を奪われかけている侭の腕を引っ張って、カウンターに向かう。


「あの、すみません」

「ようこそ。冒険者ギルド、預言書の館へ」

「あ、はい」


 ハキハキとした対応に面食らう。飛び出てきたギルドという文字列は、どうやらサバイバーズギルドのことではないらしい。雰囲気から察するに、近代で実在したという組合所を意味するのだろう。


「ええと、ここはいったい」

「冒険者志望の方ですね? 当ギルドのルールを説明いたします」

「お、お願いします?」


 さっきも出てきた冒険者という単語。隣で侭が「へえ」と上ずった声を出す。


「当ギルド、預言者の館はジョバンニ伯爵の支援のもと運営される治安維持施設です。領民が持ち寄ったクエストを私どもでランク付けし、冒険者の皆さんはそれをこなし、互いに安寧と報酬を得る。相互利益ですね」


 淀みも息継ぎもなく流れ出る言葉の洪水。見た目に似合わない流暢すぎる日本語は、まるで機械音声のガイダンスを聞いているかのようだ。仕草も間違いなく人間のはずなのに、彼女が人間でない何かなのだという印象が強くなる。


「お二人にはまずギルドカードの作成と、適性を調べるために簡単なクエストを受けていただきます。よろしいでしょうか」

「クエスト、とは?」


 聞きなれない単語だ。確か意味は、探索する。頭の中でスフィンクスがハテナマークを出す。冒険者という単語も合わせると、未開の地で植生や地質などを調査するのだろうか。


「天音は知らないだろうけど、この場合のクエストっていうのは物探しとか怪物退治とかのことだと思うよ」


 なぜか答えたのは侭。訂正がないあたり、その理解で正しいらしい。


「魔物の討伐はDランク以上の管轄になります。Fランクの初級冒険者には、まず薬草探しなどから入っていただきます」

「は、はあ」


 なんだろう、話の展開についていけるか心配になってきた。薬草ということは、ヨモギでも採取してくればいいのだろうか。この合成ケミカル全盛の時代に、わざわざ?


「何事も実践が一番です。さっそくあちらの部屋で必要事項の記入をお願いします」


 部屋の奥にある扉を指さす。


「終わりましたら、それを元にギルドカードを発行いたしますのでお声がけください」


 そこまで言って、受付の女性はまるで役目を終えたロボットのように静かになった。


「ギルドカード、ね」侭はなぜか上機嫌だ。「行こう、たぶん凪たちもいる」


 先導して扉の方へと歩いていくので、私も後を追う。


 扉に向かう途中、入り口から見えたコルクボードを横目に見る。文字こそ読めなかったけれど、そこには明らかに、巨人やら竜やらの絵が描かれていた。


「……ドラゴン?」


 嫌な予感がしたけれど、ひとまず無視して扉をくぐる。




 扉の先にあったのは応接室程度の小さな部屋。中央には丸机と背もたれのない椅子、そして人影が二つ。


「やっと来たか」


 入るなり凪の声。先に書類の記入を始めていたらしく、私たちに紙とペンの場所を教えてくれた。


「名前書いて、ステータスの振り分けするんだってさ」

「ステータス?」


 なんのこっちゃ。隣では侭が「なるほどなるほど」と笑みを漏らしている。気持ち悪いなコイツ。


 部屋の奥の書類から一枚を取り出し、備え付けの羽ペンとインク壺も持っていく。見る限り、この死源は中世か近世の西洋文化に準拠しているらしい。紙はゴワゴワしていて少し生臭いにおいがした。羊皮紙というやつだろうか。文明レベルを考えるとけっこう貴重な気もするけど、書いていいのかな?


「とりあえず、戦闘はありそうだな」


 隣に座る理人が羽ペンで紙の表面をトントンとつつく。記入内容に迷っているらしい。


「嬉しい?」


 聞くと「んなわけあるか」と返る。よかった。戦闘狂ではなさそうだ。


「ただ、俺にできるのは戦闘くらいだし、いる意味あるだけマシかな」

「ふーん」


 そういうものなのか。


「二人とも、さっさと書いちゃってよ」

「あ、うん」


 侭に急かされ、紙面に目を通す。

 手書きの羊皮紙には青字でチェック項目が数か所。言語は読めないけれど、読めない人向けなのか絵も添えられているからなんとなく理解できそうだ。右上には商会のマークらしい車輪をかたどった紋章がある。一つ一つ目を通していく。


「名前欄と、筋肉、靴底、眼鏡、ハートマークに、最後の金平糖はなんだろ」

「たぶん魔力だね」


 魔力。魔力ねえ。魔力かあ。


「……意味分からん」

「教えてしんぜよう」


 訳知り顔の侭に助けを求めると、意外にも助けてくれるらしい。後ろに回り込んできて、紙を指さす。


「これはキャラクターシートっていってね、自分の設定を書き込むためのツールなんだ」

「設定?」


 いわく、それぞれのマークは筋力、敏捷、知力、生命力、魔力を表すのだとか。


「そう。厳密には、シナリオを進めるときに参照される数値だね。生命力が高いとアクシデントにあっても死ににくくなるし、知力が高いとピンチを打開する可能性が高くなる」

「ちょっと待って、それ何前提の知識?」


 侭はどうやらこの死源の原理を看破しているらしい。説明に知らない概念をガンガン持ち出してくる。問いただすと、返答はイエス。


「僕の見た限り、ここはTRPGに基づいた世界みたいだ」

「TRPG?」


 RPGはゲームのジャンルだったかな。何となく知ってるけど、Tってなんだろう。


「テーブルトーク・ロールプレイングゲームの略だよ。自分で役を作ってなりきって、世界に没入する。代理演劇のゲームだ。今のところは、天音の想像するRPGのイメージをそのまま持ってきてもらって大丈夫だと思う」

「なるほど?」


 確かに、西洋風の舞台設定はいわゆるファンタジーゲームの一般イメージと合致する。やったことはないけど、スライムとか倒すやつだ。


「それを踏まえてステータスを割り振ってみなよ。大丈夫、天音は戦力としては期待してないから」

「ええー」


 いちいち余計な一言を入れてこないでほしいなあ。まあ、戦わなくていいのならそうさせてもらうけど。


 これはゲームのキャラ設定。そこまで念頭に置いて、再びペンを執る。小さく描かれた説明図によると、ステータスは最低一、合計百の範囲で自由に割り振っていいらしい。

 筋力、敏捷、知力、生命力、魔力。記入できる五種はどれもおろそかにはできない気がする。とりあえず均等に二十を書き込む。


「できた」

「どれどれ」


 侭はキャラクターシートをしげしげと眺め、「へえ」と明らかに小ばかにした声を出した。


「何か問題でも?」

「ないよ。ゲームやらない人の発想だな、ってだけ」


 口ぶりからするに、私の振り分けはセオリーを外したものらしい。


「じゃあ侭はどう設定したの?」

「はい」


 手渡されたシートを見て、困惑する。

 キャラクター名:ジン、筋力:5、敏捷:25.5、知力:35、生命力:10.5、魔力:24


「……なんか、極端だね。こういうものなの?」

「こういうものだよ」


 というか、小数点以下を使う発想がなかった。確かに整数で書けとは言われてないけど。指摘すると、「速度調整が効いてくることもある」と得意げだ。


 せっかくだから、すでに書き終えた凪と理人のステータスも聞いてみよう。快く見せてくれた二人のステータスは、こんな感じ。


 キャラクター名:ナギ、筋力:38、敏捷:55、知力:1、生命力:5、魔力:1

 キャラクター名:リヒト、筋力:46、敏捷:10、知力:1、生命力:42、魔力:1


「……」


 アホなのか、こいつら。


「参考までに、理由を聞いてもいい?」

「早い、強い」

「死なないのが大事だろ」


 凪も理人も実にシンプルだ。合理的だね。何も考えてないのかな。


「これもこういうものなの?」


 再び侭に尋ねると、首をかしげながらも「まあ、ありかな」と微妙な返事。


「極振りっていうのは一種のセオリーではあるんだ。知力と魔力はたいていセット運用だから割り切るのは悪くない。ただ、なんで二人ともそうしたんだ」


 侭が問い詰めると、凪と理人は顔を見合わせる。


「だって、なあ?」

「前に侭が言ってただろ。知力と魔力は死にステだって」

「それはゲームによるんだけど」


 侭は数秒表情筋を強張らせたあと、ふっと力を抜く。


「まあいいか。さっさと手続きを終わらせよう」


 どうやら諦めたらしい。賢明だ。

本作の貴重な異世界要素です。王道に則り荒くれとのエンカウントを挟もうとも思いましたが、説明が渋滞しそうなのでやめました。

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