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呼び声

 翌日。昨日のアレは何だったのか消化しきれないまま朝が来た。教室に入るなり、理香が「おはよう」と声をかけてくる。


「おはよう」うん、なんだか不機嫌そうだね。


 理由は明白だ。理香のすぐ後ろ、いつの間にか増えていた座席に座っていたのは、ある意味予想した顔。


「よう、おはよう」

「……おはよう?」


 昨日のストーカー、霧島理人だ。ふてぶてしい態度はお友達と同類ゆえか、それとも単に気まずいだけか。後者であることを切に願う。


「あれ? ケガしてる」


 理人の頬には小さな赤い腫れ。昨日凪からもらったものでもなさそうで、サイズ的にはちょうど女子の拳一つぶんくらい。


「ちょっとな」


 ばつが悪そうに頭をかく理人。その表情が一瞬理香の方に向かい、ぐしゃりと歪む。理由は私にも分かった。だって理香、めっちゃ怒ってるし。


「はあ」理人は小さくため息を吐いて。私に向き直る。

「その、悪かったよ。いろいろ怖い思いさせて」


 不承不承ながらの謝罪。その感情は私というよりも前方の理香に向けられている。理香はというと謝罪の仕方が気に入らないのか、思い切りグーで理人の左肩を殴っている。ああ、痛そう。


「すみませんでした。もう二度としません。だから許してくれ。頼むから」


 結局理人は当たりの宝くじを落とした人さながらのローテンションで誠意ある謝罪をしてくれた。私としては終わったことだから別にいいんだけど。


「でも、霧島君は」

「理人でいい」

「じゃあ、理人は、なんでストーカーを?」

「ああ。気になってさ」


 話し始めた理人を止めるように、チャイムが鳴る。


「続きは放課後だな。どうせ侭からも話があるだろうし」


 そのほうがよさそうだ。入ってきた先生が理人に驚いてひと騒動し、会話どころではなくなってしまった。




 数か月学校から消えていたわりには、霧島理人という男は真面目に授業を受けていた。少なくとも、消しゴムと鉛筆を戦わせる凪や、授業を聞くフリをしながら脳内で何らかの音楽を流している侭よりは、普通にノートを取っている。


 そして意外なことに、教師や生徒からの反応が悪くない。休み時間のたびに理人を囲う男連中の人だかりができていたし、教室に入るなり笑顔を見せる教師もいた。本人も周囲の歓迎を自然に受け入れていて、実に分かりやすく人気者だ。


 そんな人間がなぜストーカーをしていたのか。理由が分からないまま放課後になり、私は吸い寄せられるように落日荘に向かう。今日は前々から侭が「大事な案件」として予定していた会議だ。きっと死源絡みだろう。

 いつも通り奇行に走る凪から少し距離をとり、私と侭と理人で三人並んで歩く。


「なんだ?」


 私のなめるような視線に気づいたのか、理人がこちらに怪訝そうな顔を向ける。


「理人はなんで、あいつらについてるのかなって思って」

「まあ、腐れ縁みたいなもんだな」

「ふうん」


 返しはある意味予想の範疇で、そして大した重みも含んでいない。男の子ってそういうものなのかな。


 考え事をする間に老朽アパートの門に着く。


「あ、おかえりなさい」


 玄関扉の前ではなぜか晴が迎えてくれていた。手には箒と塵取り、頭には三角巾。落日荘の外観が比較的きれいに保たれている理由はここにありそうだ。


「ただいま。一年は短縮だっけ?」

「うん」


 凪は自然に掃除道具を引き継ぎつつ、取り出したハンカチで晴の顔を拭う。されるがままの晴は恍惚としていて、雰囲気は付き合いたての恋人同士のそれだ。


「お客さん来てるから、終わったら部屋に行くよ」


 凪の一言で晴が我に返る。最初に私に軽く一礼し、理人を見つけて顔を明るくする。


「理人さん、帰ってたんですね」

「おう。侭に呼ばれてな」


 口調から推察する二人の関係性は先輩後輩より少し親しげだ。凪と腐れ縁ということは、きっと晴との仲も長いのだろう。


「晴、僕への挨拶は?」

「侭さんはいつもいるじゃないですか」


 少なくとも、こっちよりは敬意を持たれてそうだ。聞く限りはこの二人も浅い付き合いじゃないはずだけど、人徳と実績の差かな。


 さて、私はどうだろう。少し近づいてみる。


「こんにちは」

「……こんにちは」


 晴は人見知りの気があるのか、少し声を強張らせて応じる。

 寒色系のデニムの上からエプロン頭巾の家政婦スタイル、手には軍手だし、凪が雑に拭ったせいで顔は少し煤汚れている。にもかかわらず、やっぱり整った顔立ちがなんというか正当性を主張している。

 正直理人はどうでもいいし、さらに輪をかけてどうでもいいフリークハイドの謎会議より、晴と仲良くなりたい。


「天音、早く行くよ」


 侭が邪魔したせいで、あえなく晴との交流は後回しだ。今度凪に頼んで機会を作ってもらおうかな。




「あれ? なんか豪華になってね?」

「最近予算に余裕が出たからね」


 侭は我がことのように言うけど、それは私のたゆまぬ努力の結果なんだよ。とりあえず人数分お茶を配ってから、侭が話題を出す。


「知っての通り、週末に死源が開く。今日はその方針についてまとめたい」

「ちょっと待って」


 私は進行を止めて、理人を指さす。


「こっちの人についてもう少し話してもらってもいいと思うんだけど」


 何の説明もなく会議を進めようとする侭。一応、被害者としては弁明を求めるのが筋だろう。


「昨日も言った通り、理人はフリークハイドの一員だよ」

「その一員が、なんで私のストーキングを?」


 言葉の矛先は侭ではなく、当人の理人。動じた様子もなく紅茶に砂糖を足している。


「いや、気になるだろ。帰ってきたら知らない奴がいたんだぜ? 俺なら調べる」

「普通に聞けば答えたのに」

「疑ってる相手の言葉なんて信じてどうすんだよ」

「そういうもの?」


 なかなか見上げたDIY精神だ。凪や侭とは違う方向でこじらせてるなあ。


「ほかに聞きたいことは?」理人はつっけんどんに私を急かす。

「うん。特にないや」

「ないのかよ」


 一番気になるのは能力の話題だけど、聞けるはずもなし。人間性はすでにある程度分かってきたし、趣味なんかもそのうち把握できるだろう。少なくとも理香という弱点があることが分かっているだけ、先達二人よりはよほど御しやすい。

 聞かれないなら聞かれないで不服そうな理人を目でなだめ、侭が話を進める。


「じゃあ親睦も深まったところで、本題に入ろうか」


 あらかじめ準備しておいたのか、ホワイトボードを裏返す。そこには地図らしきモノクロ写真が数枚張られていた。印付きの国内地図と、それから印部分の詳細が数枚。


「井垣さんが仕入れた情報によると次開くのはここ。南雲だ」


 指さされたのは国の南端。前回行った枢国との位置関係を考えると、死源は北から南に順番に開いていったりするのかもしれない。


「先言えよ。とんぼ返りじゃねえか」


 文句を言う理人。どうやらごく最近まで南にいたらしい。何のためなんだほんとに。


「まあまあ。顔合わせも大事だし」


 侭は涼しい顔で受け流し、話を進める。


「内部について事前情報はあるの?」

「一応は」


 前回の猛抗議が効いたのか、侭は別の資料を取り出して手渡す。


「これは?」

「どこかの衛星カメラが捉えた写真。何が見える?」


 コピー用紙に印刷されたのは白黒で解像度も高くない写真。見えるのは建物、木造の平屋が散見している。屋根の角度が急だったり、建築様式も見慣れたものと違いそうで、ちょっとした異国情緒だ。そしてそれよりも私の目を引いたのは、異国においてさらに異彩を放つ、奇妙に現代的な建築物。


「アトラスタワー?」


 東都の一角に歪んだまま放置された災害の象徴。写真に写る建物は、私のよく知る旧電波塔に酷似していた。高さは縮尺から見て百五十メートルくらいか。実物よりもだいぶ小さいし傾いてもないけれど、網目状の形状とすり鉢型の物見台がタワーの特徴と符合する。


「僕にもそう見える。さて、天音はどう思う?」


 侭の曖昧な問い。その意味するところは何となく分かる。

 死源の内部は空間的に隔離されている。本来なら中の様子が見えるはずなどないのだ。それに、アトラスタワーは災害の象徴。あれを見てジエンドを想起しない人間はいないだろう。そして最後に、死源には能力、つまり意思がある。だから、このタワーを見せることにもきっと意図がある。


「死源が、人を内側に誘い込もうとしている?」

「その可能性は低くない」


 私たちの見解は同じようだ。そうなると気になるのはだ。


「何の目的で、誰を呼び寄せてるのかな」

「井垣さんによると、この穴――窓とでも呼ぼうか。窓が開いていたのはわずか数分の出来事だったらしい」


 侭の言葉に理人が唸る。


「気づけるのは死源を常時見てる物好きだけか。一応聞くけど偶然の線は?」

「偶然開くなら僕らはもっと早く見つけてるよ。だからこれは死源か、あるいは別の何かの意図だ」


 侭の言葉は鋭い。予想より事態を重く捉えているようだ。私としては、思い当たる節が一つ。


「The rENDが絡んでいる可能性は?」


 あの時、入れないはずの死源に再度侵入してきた白鳥さん。彼らは何らかの手段で死源そのものに干渉できる可能性がある。


「どうかな。いずれにせよ、戦闘に備える必要はあるだろうね」


 否定したいけど、白鳥さんも今後の戦いを示唆するような言葉を口走っていた。そして気がかりがもう一つ。


「幽霊」


 壁をすり抜ける、透明な、過去の現身。いったい何者なのだろうか。情報源は信用していいものなのだろうか。そして侭さん、「ストーカーの次は幽霊か」なんてつぶやくのは私が被害妄想に拍車をかけているように誤解されかねないからやめていただけませんか。


「なあ、The rENDってなんだ?」


 素朴な疑問は理人から。そっか。あの組織が現れたのは理人のいない時期だった。いや情報共有しようよ侭。

 仕方なく戸棚の奥から資料を引っ張り出してきて、敵対存在についての説明をする。異能犯罪、過剰制裁、そして腕切り。井垣さんの調査は継続中だけど、結局のところ直接会わないと進展しないのだろう。


「ってわけで、たぶん侭が理人を呼んだのもそれが理由だと思う。たぶんね」

「なるほど」


 理人は二度うなずき、それから少し目を閉じる。


「Spin off、Freak hide、The rENDか。そう都合よくはいかないよな」


 乾いた笑みを漏らしつつ、指をボキボキ鳴らす理人。好戦的なのかそうでないのか非常に曖昧な反応だ。アクセル役は間に合ってるんだけど。


「ま、全部行きゃ分かるだろ」


 私たちの考察を聞いていたのかいないのか、凪が流れをばっさり切って部屋を出る。身も蓋もないけれど、確かにその通りだ。心配事は着いてから考えればいい。今はただ、週末の旅行に思いを馳せながら、準備を整えるとしよう。

霧島理人①:停学明けの不良枠。不良は足りているので違う理由で放浪してもらっています。けっこう難儀な性格をしていますが、それはおいおい描写していきます。

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