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デモン・ストレイト

 午後十一時半、未だ遊具が復旧しない深山公園の一角で、私はため息を吐く。


「うまくいくかなあ」


 作戦はシンプルだ。公園の中央で私が能力を使い、それを見ようと現れたストーカーを隠れていた凪たちが取り押さえる。現れなければ次を考える。以上。


 私の手にはフリークハイドの要たる死源の鍵。そこには凪がどこからか仕入れてきた、「水っぽい何かを出す能力」が入れられている。これを使って能力を偽装するわけだ。服、汚れないといいな。


 考える間にスマホに着信が一回。準備完了を表す合図だ。凪と侭は公園のどこかに姿を消して潜んでいる。さすがに観鈴本人には帰ってもらったけれど、あと数時間程度は透明でいられる計算だ。


「よしっ」


 小さく気合いを入れ、しゃがみこんでから鍵に手を触れる。


 久方ぶりの能力使用。うまく出せるか不安だったけれど、手のひらの熱は拍子抜けするほど簡単に鍵へと思念を伝える。どろりとした透明な何かが手の内からこぼれ出るのを確認して一安心。なるべく派手に、でも近づかないと見えないように。意識しながら、謎の液体を地面に落としていく。


 やってみると改めて分かる。能力の発動は簡単で、でも制御は容易じゃない。出ていく水は勢いを増したり弱めたり、粘性を高めたり固体になったりと様々だ。これをものにするには数か月じゃ足りないだろう。


 水を出し続けること二分。足元に水たまりじみた何かができるころ、いわゆる「残量」が少なくなったのか鍵の熱量が弱まってくる。ストーカーは未だ動かず、仮説の棄却を考え始めたタイミングで、後ろから小さな足音。


 来た。背後を振り返らないよう、耳に意識を集中させる。音は一歩一歩ゆっくりとこちらに近づいている。その音が数メートルの距離でひたりと止まり、呼吸の音が聞こえる距離まで来た。凪の助けはまだ来ない。来ない。来ない。


 瞬間。私の頭上、正面に風が吹いた。


 何かが硬いもの同士が衝突する鈍い音。遅れて凪らしき舌打ち。防がれたらしい。

「伏せろ」の一言で私はとっさに体勢を落とし、直後に凪がその頭上を飛んで蹴りを放つのがかすかに見えた。蹴り上げた砂が髪にかかり、硬直した私に時間の経過を教える。

 つまり、最初から凪は私の正面に陣取っていたらしい。全然気づかなかったんだけど。


 驚きを捨て置いて状況を観察する。ストーカーは予想通り背の高い男、少なくとも体格は男性だ。パーカーのフードを目深にかぶり、顔にはサングラスとマスクをつけ、服装は暗い装い。パーフェクトなストーカースタイル。


 凪は九割透明のままストーカーに打撃を三発、蹴りを二発放つ。しかし、相手も武道の心得があるのかそのすべてに手足を合わせて置いてくる。


 今さらながら、目的は戦闘じゃない。凪を止めようと動きかけた私の手を止めたのは、ストーカーの一言だった。


「もしかして、凪か?」


 言葉を受けて、凪が足を止める。


「ああ、なんだ。理人か」


 ストーカーが変装道具を外す。困惑に崩れた少年の表情がそこにはあった。


「なるほどね」


 後ろからしたのは侭の声。こちらも姿は消えている。つかつかと歩いてきて、弱化を使ったのか、凪ともども透明化を解除する。


「知り合い?」聞くと、「うん」と返る。

「はーあ」


 息が大きく漏れる。なんだ、ただの変人クラブの同輩殿か。ストーカーじゃなくてよかった。あれ? よかったのかな? ストーカーされてた事実に違いはなくない?


 浮かんできた疑問は本人に直接問いただせばいいだろう。けれども開こうとした私の口をとどめるように、元ストーカーが動く。


「相手が凪なら、手加減はいらないな」

「え?」


 懐から何か棒状の凶器を取り出す現不審者、そこで気づく。凪はさっきからまったく構えを解いていない。つまり、どういうわけか戦闘は継続している。


 私を公園の隅まで引っ張り寄せて、ご丁寧に指をさす侭。


「彼は霧島理人。フリークハイドの諜報員にして、凪の右腕だ」

「言動不一致なんですけど」


 わけが分からない。分からないけど、とりあえず状況を見守ろう。着実に荒事慣れしてきている自分が、なんだか不安だ。




 正直なところ、私は人と人が競い合うというシステム自体が好きじゃない。だから格闘技の試合も見たことがないし、目の前の争いがケンカなのかじゃれ合いなのかも判別できない。


「安心しろ、刃は落としてある」

「悪いな、無駄に労力使わせて」


 文面は軽口。その反面で二人の目元はピクリとも動かない。最初の一撃を交差させた位置から、じりじりと距離を離してにらみ合う。


 長棒を構える理人。獲物を斜め前の正鵠に突き出す構えは、棒術というより剣術のそれだ。揺らぐ剣先に敵を捕らえる動きのルーツに剣道が見える。

 曇っていた空が動き、闇夜を月明かりが照らす。その瞬間を合図として、理人が動く。


「喰らえ!」


 体格を活かした深い踏み込み。同時に振り上げ、振り下ろされる長棒。凪は体を真横に向け最小限で回避し、回転の勢いで突き蹴りを見舞う。命中するも、完璧に管理された間合いのせいで十分な威力が出ていないことは明らかだ。

 互いに能力を使わない小競り合い。けれども両者の打突には一切の加減がない。


 理解できない。隣の侭に苛立ちをぶつける。


「二人はなんで戦ってるの?」

「さあ? 凪はこのジエンドの犯人を明かすためって言ってたけど」

「そういうマクロな視点のやつじゃなくて」


 まったくもって性格が悪い。

 憂う間にも蹴りと突きは交わされる。硬いものがより硬度の低い何かに激突する、嫌な音が交じり始める。


「止めなくていいの?」

「おかしなことを言うね」


 侭はスマホをいじりながら、こちらを見もしない。


「止めたいのは天音だろ? なんで僕が動かないといけないんだ」

「……」


 正論だ。ここで文句を垂れようものなら、侭は私の非論理を的確になじってくるに違いない。


「試しに割って入ってみる? 私のために争わないで、とか言っちゃってさ」

「私のため、ならまだ止めようがあるんだけど」


 争いは嫌いだけど、理由の見えない争いはもっと嫌いだ。論理の通じない争いに介入するのはより強い暴力だけで、私にはそれがないからだ。


 バキン、と嫌な音を立て、振り下ろされた剣戟が凪の右腕に衝突する。凪が何かしたのか棒は衝突面から折れ、破片は異能によって飛ばされる。


「やるな」

「そっちこそ」


 二人の戦う理由は分からない。敵意は見えないけど、楽しんでいるというほどの余裕もない。そもそもスポーツマンシップというには破壊力が高すぎる。困惑する間に戦いは激化していき、とうとう凪がコインをずらりと宙に浮かべ始める。


「おう凪、ウォームアップは終わりか?」


 言いながら理人のほうも構えを変える。何を思ったか武器にしていた白棒を投げ捨て、両手をつなげて左の腰に握る。なんだか侍の抜刀術みたいだけど、刀はその場にない。


「閃戟――カミカゼ」

「来るか」


 理人が技名らしきものをつぶやき、凪も両手を前に構える。


 パキパキと何かがひび割れる音、伝わってくる細かな振動。それらが正面から衝突する予兆が空間を満たす。


「そろそろ頃合いかな」


 侭がおもむろに腰を上げ、私に手を差し出す。


「何?」

「こっちだ」


 まさかそんなに破壊規模の大きな技を使うのだろうか。不可視の火花を注視したまま侭に手を引かれ、けれども侭は数歩歩いてすぐ足を止める。


「二人とも、ちょっとストップ」

「何だよ」返事は両サイドから。

「親切な僕からタイムアップのお知らせだ」


 感情が見えない侭の言葉。公園に踏み入る足音が一つ。


「げっ」


 うめき声も両サイドから。土煙を上げながら走ってきた乱入者、その正体は意外にも私の友達、理香だ。理香は私に目もくれず、戦いの中心地点に陣を取る。


「お帰り理人」

「よ、よう理香、元気か?」


 明らかに動揺を見せる理人、その理人に理香はずいと近づく。未だ臨戦態勢の理人、邪魔者は消すとばかりの形相だったはずが、理香が近づくにつれてどんどん気迫を落としていき、最後にはがっくりとうなだれるように硬直してしまう。


「あーあ。時間切れか」


 凪も戦う気が失せたのか、やる気なくこちらに戻ってくる。


「こいつ連れてくけど、いいよね」

「お好きにどうぞ。終わったら返してくれるとありがたい」

「それはこいつの反省次第」


 理香一人が強かに理人を引っ張っていく。その目にはなぜだろう、涙が浮かんでいるように見えた。侭がやる気なく手を振り、夜中の公園に残るのは静寂だけ。

 彼はいったい何者だったのか、なぜ理香は現れたのか。ああ、よく分からない。星がきれいだ。


「コンビニでも寄って帰るか」


 凪の言葉に、うなずく。


「やっぱり悪魔には共感できないな」

「どういう意味だ?」

「肉まんが食べたいなって意味」


 首をかしげる凪と、訳知り顔の侭。その二人の腕を引っ張って、今日の事件は終了だ。

本章の冒頭で天音が回想している幻想小説は「ギジンとスパイス」というシリーズ小説です。もともとはフランス原産の翻訳本であり、原題はDemi-épices。半人前を意図するDemiをギジンと訳したセンスは賛否両論、という設定があります。

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