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月虹前夜

 青白い光と灰闇のコントラスト。夜の学校、雨脚は駿馬のごとく、けれど静かに私たちを包み込む。


「美奈を手伝うって、何すんだよ」


 数秒のフリーズから先に立ち直ったのは優斗。言葉より先に異能を生み出す指先のほうが動き出し、青白い粉状の物質を地面にばらまいていく。


「それって、七不思議を広めるってこと?」


 続いて復旧した聡も同じく、目を白黒させながらも優斗の物質に手をかざし、空へと送っていく。

 二人の作業は洗練されていて、何年も何年も繰り返してきた狂気じみた信念が見て取れた。後ろで口笛を吹いたのは、きっと凪だろう。


「私が広めたいのは、超能力そのもの」


 きっと美奈にとって七不思議は手段に過ぎない。私が望むその真の目的には、抗精神力の低下が不可欠だ。

 超能力の存在を知らしめる。言葉にすれば簡単で、でも五年経っても実現しない大きすぎる夢。だから私は、友達の力を借りる。


「何か、いい方法ない?」

「ノープランかよ」

「どうせ一人で考えても失敗するから、これでいいの」


 少し考えて、優斗が片手を挙げる。


「町中を雲のひげ櫛で覆ってみる?」


 想像する。ありとあらゆる場所にとげとげしい物質が繁茂する光景は、不思議だけど、それ以上に不気味だ。


「できれば、もっと印象が良くなる側のほうがいいんだよね」


 美奈の異能は街に轟いてはいたけれど、小学生以外からの受けはよくなかった。抗精神力が好き嫌いによっても上下する以上、少しでも良いイメージを植え付けたい。


「能力で動くクジラ作って町中通らせたりできない?」

「僕の力じゃ出力足りないよ」

「みんなで担げばいい」

「凪、それただの神輿じゃん」

「楽しいだろ?」

「楽しいけど」抗精神力への影響が見込めなさそうだ。


 その後もああでもないこうでもないとアイデア出しをしたけれど、結局うまい方法は浮かばなかった。


「こうなるともう、雨降らすくらいしかできることないぞ」


 優斗は降参したのか、天を仰ぐ。その間も手は異能を生み出し続けるのだから、すさまじい執念だ。


「普通なら、雨が降り続けるっていうのも立派な不思議なんだけどね」


 侭は製造途中の青い結晶を指でつまみ、風に放つ。年単位での研鑽によって洗練されたその造形は、雨粒よりも細かい粒子として夜空をきらめかせる。でも、凪の異能が地元で飽きられているのと同じように、続きすぎた不思議は不思議ではなくなるものらしい。


「じゃあ逆に、雨止ませてみるとかどうかな?」


 雨降らしを続けながらにしては冴えた聡の一言。確かに、長年続くどんよりした六月が急に晴れてしまえば十二分に不思議だ。虹クジラの痕跡を残しておけば、超能力との印象付けもできる。


「で、実現は?」後ろの侭が私の夢につまようじを突き立てる。

「……無理」


 エアロゾルをまき散らして雨を降らせるのと違って、雲を晴らすには周囲の水をすべて霧散させなければならない。真上に見える雨雲だって、上空三千メートルで大容量の水源を蓄えた結果なのだから、そもそも人がどうにかできる規模の話じゃない。


「なら、できるかもな」


 意気消沈の中、希望の旗を立てるのは意外にも凪だった。


「まったく。凪は知らないだろうから教えてあげるけど、雲っていうのはものすごく高いところにあって、しかも大きいんだ」

「雲はな。あれは違う」


 侭の嫌味っぽい指摘をすり抜けて、空に指をさす。


「あの雲は偽物だ。人が作ったなら、人の手で消せる」


 一瞬、クラウドシーディングのことを言っているのかと思ったけれど、違うらしい。


「ずっと違和感があったんだ」

「違和感」

「空が近すぎる。たぶんあの雲、七百メートルくらいの高さしかないぞ」


 目と指をスケールにしながら、「七百、四十かな」とやけに正確な目算をはじき出す凪。


「そんなはずは」


 雨雲は上昇気流で水を蓄えた雲のことで、一般的に数千メートルの高さにある。この街だって、山を越えた先で雲ができるのだから、千五百メートルくらいはないと辻褄が合わない。

 でも、凪は嘘をつかない。辻褄が合わないのなら、そこには異能が介入している。事態を呑み込めていない聡が、無意識にまた空に砂を撒く。雲間の月明かりに反射するそれを見て、一つ、思いつく。


「あ、え? まさか」


 頭の中で、急激にピースがはまり始める。


 空中には優斗の異能が聡の異能によって漂っている。それらは雲を作り、雨と共に落下してきて、そのあとはどうなるのか。


 聡は変質型のサイキッカーだ。変質型の異能は、誰かが違和感を抱かない限り、そうあり続ける。つまり、疑問に思われなければ極小の物質は上空へと立ち上っていくことになる。空に戻った結晶は、やがてまた雲を作る。


 凪が「あれもだな」と次々に不自然な雨雲を指摘していく。町中に蔓延するそれらはつまり、優斗と聡が長年にわたり偽造し続けた偽物の雨の副産物、ということらしい。


「僕ら、そんなつもりでやったわけじゃないよ」

「知ってたらもうちょっとやり方考えたんだけどな」


 釈明するのはいいけど、いったん手を止めてもらえないでしょうか。


「とりあえず、方針は決まりかな」


 侭の言う通りだ。異能を知らしめる以前に、降雨量が不要に増え続けるという実害は除かなければならない。


「あの雲を消そう」


 私たちの始めた七不思議の終焉にふさわしい課題じゃないか。面白くなってきた。




 無意識に雲を作り続ける優斗と聡を高台から引きはがし、そのまま体育館の屋根下へと連れてくる。


「とりあえず、二人の能力詳しく教えて」

「え?」

「何言ってんだよ」


 異能を制すには情報が必要だ。私の当然ともいえる質問に対し、二人はなぜか目を見開く。


「言えるわけないだろ」優斗は怒りすら見せ、

「え、なんで」

「なんでって」聡は狼狽をあらわにする。


 それを眺めつつ、ムカつくにやけ笑いを見せつけてくるのは侭。


「悪いね。うちの参謀、常識なくってさ」

「……あ」


 いつの間にやらスピンオフの異能環境に順応しつつある自分の世界。ちょっと笑えたけれど、笑っている場合でもないのだ。代わりに笑う侭と凪をにらんで黙らせ、私は息を大きく吸い込む。


「異能による不当な大気汚染に対し、私は二人を捕まえる権利がある。捕まりたくなかったら、情報を渡して」


 ドン引き顔の幼馴染たち。けれどもその表情は、少し笑っているようにも見えた。


「しょうがないな」

「うん、捕まっちゃったら困るしね」


 と言い訳を並べつつ、私たちに能力の構造を教えてくれる。


「つっても天音が知ってる通りだと思うけど、俺のはこういう物質を作る力だ」


 優斗の指先からはさらさらと青白い粉が流れ出る。


「サイズはある程度調整できるけど、大きいのを作ると疲れる」


 指先の粉が少しだけ肥大し、一円玉サイズの球体に変わる。


「作った物質を消したりはできる?」

「無理」


 一応聞いてみたけど、これも予想通り。接触・変質型の物質生成系の異能力だ。となると、削減方法はもう少し考えないと。


「確か、燃えるんだよね」


 私の確認に対し、「火気厳禁だな」と肯定が返る。どこからともなく凪がライターを近づけると、球体が一気に燃え上がる。


「うお、やめろ。危ない」

「爆発はしないのか」


 なんでちょっと残念そうなんだ。


 凪の奇行はともかく、雨の中でも燃える程度には可燃性が高い。しかも、燃えた後は完全に消滅する気前の良さだ。たぶん、本質的にはこういう燃料物質を作る異能なのだろう。


「アメフラシウムはよく燃える」と侭がよく分からない一言をポツリとこぼす。


 どうにか炎を上空に送れないだろうか。そういうことができそうな候補が隣に一人。


「あ、次僕だね」


 聡は少し恥ずかしそうにしながら、優斗の作った粉を両手で握りしめる。


「僕のは、サイコキネシスみたいな力だと思う。こうやって長い時間さわると、物質を浮かべられるんだ」


 力を受けた粉末は空気中をふよふよと漂い、雨粒で少し沈んでは、同じ高度に戻ってくる。


「解除は?」

「やってみる」


 砂に両手をかざす聡。十秒ほど唸ってみせてから、「ダメみたい」と手を降ろす。まあ、本人のあずかり知らぬところで浮かび続けるくらいだしね。上書きはできるかもだけど、基本的には変質させたら戻らないとみてよさそうだ。


「これ、ほっといたらまた雲になるの?」


 どこまでも浮かび上がるかと思いきや、物質は同じ高さを漂い続けている。気になって聞いてみると、聡の首は横に振れる。


「この高さに浮かべたから、このままだと思う」

「へえ」


 異能が大気圏を突破もせず空に残り続けていることを考えても、聡の異能核は浮かべることではなくて高度の固定なのかも。砂粒を手で上に押し上げると、予想通りに下に戻ってくる。


「俺のは普通のサイコキネシスだ。三メートルちょっと、千四百グラムまで自由に物質を動かせる」


 別に言わなくてもいいのに宣言し、砂粒と雨粒を従える凪。難しさが理解できるのか、聡が目を皿にして驚いている。


「私は能力ないから、次侭だね」

「いや、言わないよ」

「あ、そう」


 必要になったらしゃべらせればいいか。正面から「お前ら変だよ」と聞こえてくるけど、もはや私には何が変なのかも分からない。


「今話した能力で雲を消したいんだけど、まずは聡かな」

「なに?」

「その力で炎とか浮かばせられない?」


 聡は脳内でシミュレーションをしているのか少し目を閉じ、けれどもやはり「無理そう」とかぶりを振る。


「浮くまで炎さわってたら、僕の手なくなっちゃう」

「うん、だよね」


 そもそも、炎を持ち上げたところで燃料が燃え尽きれば終わりだ。


「じゃあ、浮かべるならこっちかな」


 侭が凪の手からライターを受け取って聡に手渡す。


「これならまあ、いけるかも」


 聡が一分ほど両手でライターを握りしめる、空中に浮かべていく。けれどもその軌道はなんというか、蚊取り線香を浴びた蚊のように不安定だ。


「一時間くらいもらえれば、なんとか」

「そっか」


 うすうす気づいていたけれど、聡の能力は凪よりも出力が低い。もともと絵や砂粒を浮かべることに使っていた力だから仕方ないか。


「そうなると、何か雲に届かせる手段がいるんだけど」


 いるんだけど、あるかなあ。


 凪いわく雲の高度は七百から八百メートル。単純計算で凪が二百五十人くらい必要だ。


「花火とかどうだ?」凪の提案。

「どうだろ」


 調べてみると、花火の高さは最大でも三百メートル程度らしい。


「ちょっと足りない。あと、近所迷惑になりそう」

「じゃあ、ペットボトルロケットとか」

「あれもそんなに高度は出ないんじゃない?」

「ヘリで上から攻める」

「それならいけるけど」


 侭の方を見てみると、「お金次第」と返答あり。井垣さんの伝手でなんとかなるらしい。


「いくら?」

「三十万くらいかな。井垣さんの肩揉めばちょっと安くなるかも」

「三万なら、なんとか」


 半家出中の庶民にとっては三万でも大金だ。スピンオフの予算をつぎ込んでも、全然足りない。


「んだよ、文句ばっかだな」

「ごめんって」


 文句たらたらの凪をなだめつつ、考える。


 導火線のように紐を伸ばして浮かべる? 紐だけでも相当重いし目立つ。

 雨と一緒に降ってきたのを捕まえる? そんなことをやっていては日が暮れてしまう。

 そもそも、炎を上空に届けられたとしてもある程度方向を操れなければ物質を燃やし尽くせない。多少は誘爆するにしても限度がある。結局のところ、異能に対抗する手段としては異能を用いるしかない。


「ねえ凪、千メートルくらいガバっと動かせるようにならない?」

「無茶言うな」


 凪は私の妄言につむじ風で返し、けれども急に動きを止める。


「どうしたの?」

「いや、あったな」


 ポケットに手を突っ込む凪。そこで私も思い至る。なるほど確かに、それならうまくいきそうだ。

常盤凪⑥:凪は卓越した空間認識能力を持ちますが、これは努力の成果でありそういう超能力ではありません。

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